白面金毛の魔装『九尾之狐』。
自身の魂を九つに分割し、それぞれに固有の能力を付与。
独自に活動させるという魔装だ。
これにより、本体と呼ばれるまほろば内に引きこもった最強の個体以外白面金毛単体の強さは一般的な最上級魔人と七大魔人の中間程度になってしまうものの。
本来なら現世に干渉できない七大魔人でありながら、現世への干渉を可能とする。
それが『九尾之狐』の力だ。
だが、それとは別に白面金毛には共通の能力がある。
それが『九日之死』とも呼ばれる白面金毛の呪い。
白面金毛を殺した人間が、九日後に死亡するというそれは、基本的に解呪不可能。
使用者である白面金毛を完全に討伐すれば、理論上呪いを解呪することも可能だが。
普通の”解呪”では呪いを解くことはできず、白面金毛の九体いるという特性のせいで完全討伐はほぼ不可能。
すなわち、白面金毛を討伐した人間は必ず死ぬ。
これは、そういう類の呪いだった。
――セオが白面金毛を討伐した後、速やかにセオはまほろば学園の医務室に運ばれた。
しかし、セオの体は生ける炎の”残り火”とでも呼ぶべきものが今も残っており、まともな治療は受け付けない。
同時に、白面金毛の呪いも、また紋様として体に残っている。
誰から見てもこれは助からない状況だ。
百鬼ルトは、その日もセオが眠るまほろば学園の医務室に急いでいた。
ここ数日、ルトは毎日一度はセオの顔を見に行くようにしている。
そうしないと、我慢できないことがあるからだ。
学園には、暗い雰囲気が漂っている。
まほろば境界によって七大魔人がまほろばに隔離されて以来、魔祓師の死というのは普通の魔祓師の子どもには縁遠いこととなっていた。
無論、戦場に出た魔祓師が帰ってこないことはある。
しかしそれは、大人の魔祓師に起きる不幸だ。
だからこそ、セオのような子どもの魔祓師が犠牲になることに対して、学園の生徒は慣れていない。
――かつてのルトであれば、それを生ぬるいと断じていただろう。
そもそも今の魔祓師は腑抜けているのだ。
一歩間違えれば、学園が戦場になっているかもしれないというのに。
まるで他人事のようにセオの死を彼らは悲しんでいる。
おそらく、彼らがセオを侮蔑することはもうないだろうが、そんなこと何の慰めにもならない。
きっとルトが昔のままであれば、そのことに耐えられず周囲にきつくあたっていただろう。
今のルトは、人が怠惰であることも、そんな怠惰な人間が毎日を何気なく過ごしていくことが日常であるということを知っている。
というか、セオのように毎日おかしなことばかり繰り返していく人間ばかりだったら、人類はもっと何か変なものになっているのだ。
だから、ルトは妥協を覚えていた。
それでも今の学園の状況は、許容できるものではないのだが。
――なぜ、こいつらはただ死を悲しんでいるだけなのだ?
ルトは苛立ち紛れに、周囲の生徒達を視る。
彼らには、ルトが弟の死に直面し苛立っているようにしか見えないだろう。
はっきり言って、ルトはセオの死などどうでもいい。
今後の心労が消えると思えば、ギリギリセオの死よりも安堵のほうに天秤が傾くくらいだ。
それでも、セオが死んでいいわけがないとルトは思っていた。
――白面金毛を単独で討伐できる人間が、死んで良いわけがないだろう!
だからここにいる人間は、少しでもセオが助かる方法を考えるべきなのだ。
少なくとも、自分はそうしている。
母上も、父上も、なんとかセオを救えないか頑張っている。
それに――
「――入るぞ、瀬戸場ミホノ」
医務室にたどり着いたルトは、セオではなくミホノに声をかけた。
セオは今も眠りについているからだ。
そして、そんなセオを、ミホノはこの一週間ずっと献身的に介護していた。
――そう、すでにセオが白面金毛の一体を討伐してから七日が経過していた。
もう、セオに残された時間は二日しかない。
それなのにセオは、今も目を覚ましていないのだ。
「……瀬戸場ミホノも眠っているのか」
ルトは、セオが眠るベッドの横で眠っているミホノに視線を向けた。
すぅ、すぅ、と穏やかな寝息を立てて眠りについている。
こうしていれば、セオの婚約者でしかない普通の女だ。
セオを神と崇めているところがなければ、優秀な魔祓師なのだが……と考えつつルトはセオの元へと歩み寄った。
「――まだ寝ているのか、愚弟」
はっきりと、どこか侮蔑するようにセオに言葉をかける。
ルトにとって、セオは理解できない弟だ。
恐怖の対象だ。
それでも同時に、ルトでもできないことをやってのける怪物でもある。
悪路王を討伐し、一年前にはサトリまで討伐し。
そして今度は、白面金毛すら正面から打倒してみせた。
そんなヤバいとしか言いようのない弟が、眼の前で死にかけている。
――到底、許容はできなかった。
「お前の理不尽さは、この程度のものではないだろう。七大魔人の――それも九つに分割された白面金毛を討伐した程度で収まる器ではないはずだ」
ルトは学園に入学し、学園始まって以来の天才ともてはやされている。
もう一人の天才、楠木リズ――原作における風魔コウタロウの師匠――とともに将来を嘱望されているのだ。
だが、自分や楠木リズのような天才よりも、間違いなくセオの方が異常な存在なのだ。
異常すぎて理解できないことがあまりに多いが、それでもセオが結果を出していることは事実。
それに――
「瀬戸場ミホノが、これだけ献身的に寄り添っているというのに、お前はこのまま黙って死ぬつもりなのか? 仮にも婚約者だろう。お前を信奉までしている女を放っていくつもりか?」
ルトに恋愛というものはよくわからない。
それでもミホノが、本気でセオを想っていることくらいはわかる。
セオ自身、ミホノを大切にしているということも。
ミホノは今、ずっとセオに寄り添ってマナをセオに送り続けている。
マナがあれば、この状況から少しでも早く回復できるからだろう。
一体どこからアレほどの量のマナを集めているのかは知らないが。
とにかく、それほどミホノが献身的に付き添っているというのに、ただ眠ったままこの男が死ぬとは思えない。
だからこそ、ルトは苛立ち混じりにセオへ呼びかけるのだ。
「――さっさと起きろ、愚弟」
そして、この時。
まるでルトの言葉に応えるように――
アラームが鳴り響いた。
「……は?」
突然のアラームに、首を傾げるルト。
ミホノがセットしたのか? とミホノをみるが、どうにもミホノはそのアラームで起きる様子はない。
代わりに――
「――っ!」
体は未だ炎で覆われていて、前回の昏睡を考えれば明らかに起きられる状態ではない。
この炎を消さなければセオは起きないと思っていた。
なのに突然、セオが起き出してきたのだ。
「兄様!?」
「お、お前いきなりどうしたんだ、ぐて……セオ!?」
セオ――とミホノ――が居ない場では弟のことを愚弟(ちょっと親愛が滲んでる)と呼んでいる系兄様のルトは、突然起き上がったセオに驚いて思わず愚弟と呼びかけてすぐに直す。
仮にミホノが聞いている場面で愚弟と呼んだら首が飛びかねないので、ルトも必死だ。
なお先ほどまでは、セオを救えなかった無力感があったので愚弟と呼んでそれを誤魔化していた。
もうその必要はない。
「兄様、今は俺が白面金毛を倒してから何日ですか!?」
「い、一週間だ。……オイお前、起き上がって大丈夫なのか!?
「大丈夫……ではない、ですけど。とにかく……一週間なんですね、よかった」
ホッと胸を撫で下ろしたセオ。
だが、混乱しているルトとしては色々とセオに聞きたいことが在る。
「まずお前、あのアラームはなんだ」
「ああ、兄様にも聞こえていたんですね。アレは俺が概念で体内にセットしたアラームです。炎の力を使った後、一週間で起きられるようセットしてありました」
「はぁ?」
セオの言っていることが理解できなかったら、とりあえず「は?」で返すようにしているルトである。
ともあれ、セオは構わず続ける。
ここを説明してもしょうがないのは、ルトもセオもわかっているからだ。
「白面金毛の呪いを加味して、できるだけ身体を回復できるように一週間でセットしましたけど、まだ完璧ではないですね」
「お前、何を――」
「呪いが効果を発揮するまで、二日。炎を纏ってると呪いを弾くんじゃないかと少し不安でしたが、呪いを
「は? まて、受けることが……え?」
「呪いは白面金毛とのつながりです。これとミホノの招来空間、そして俺の解郷を組み合わせて、残る白面金毛の居場所を探り当てます」
「待て待て待て」
言いながらセオは、自分の体を見下ろす。
今現在、セオの体には自身が生み出した生ける炎と、白面金毛の呪いによって浮かび上がった紋様が二つある。
それらを眺めて、一つ頷いてからルトを見た。
「兄様、これから俺は白面金毛を討伐します。力を貸してください」
その言葉にルトは、過去最大の「は?」を返しつつ。
やはりセオこそ、この世で最も異常な”弟”だと、どこか嬉しそうにそう認識するのだった。
ツンデレお労しや系兄上。
周囲にセオを「愚弟」と言っているときの顔はほっこりしてるか、ガチで怯えてるかの二択です。
可愛いですね。