白面金毛の本拠地たるまほろばは、神社の社だ。
そもそもまほろばとは、そのまほろば内にいる真生生物が暮らしやすい環境に変化する性質を持つ。
加えてまほろばは大きな一つの世界ではなく、一つの大きな幹に芽吹いた葉のように無数に存在し、白面金毛のまほろばもその一つでしかない。
そんなまほろばに転移した俺を待っていたのは――
『――クハハ、よく来たな、小童』
人だ。
狐の面を被った人型の魔人。
こいつもまた、白面金毛の一体。
”人の白面”。
能力は変身能力、様々な人間に擬態して暗躍するのがこいつの仕事だ。
性別の読み取れない中性的な長い白髪の仮面魔人が、俺を出迎えてくれた。
「……意外だな、人に似せているなら、俺を騙すのに使うかと思ったが」
『貴様には必要ないだろう? どういうわけか、こちらの能力を
「……」
俺は答えない。
くつくつと笑い人の白面も、それ以上は追求せず「こちらだ」と視線で示して先を歩き始めた。
俺達の前には、社に続く長い階段があり、この先で本体の白面金毛が待っている。
『己がここにいるのは、貴様と話をするためだよ』
「……そうか」
人の白面の後ろを追いかける。
不思議な感覚だ。
”あの”白面金毛から意識されているという事実。
なぜ、俺にだけこうも意識を向けるのか。
白面の方から話を持ちかけてくるというのが、まずもって意外すぎる事態だ。
『――己の始まりは、孤独だった』
「……」
『今から千年も前のことだ。口減らしをされた己は、気がつけばまほろばにたどり着いていた』
その事実は――知っている。
そうしてまほろばにたどり着いた人間は魔人となり、数百年もの間真生生物を食し雌伏の時を過ごした。
白面金毛となった魔人は、乱世の時代に大暴れして――まほろば境界により封印されたのだ。
『であれば――魔人になった当初の己が
「――! それは、……知らないな」
『だろうな。他者にそのことを話したのは、これが初めてのことだ』
そうか、確かに言われてみれば数百年も真生生物を食い続けたにしては、白面金毛は
もし仮に、酒呑童子やぬらりひょんが同じ生き方をしていたら、もっと大きな力を手に入れていただろう。
原作では語られていなかったけど、あり得る余白。
――俺の知らない、未来で語られた原作だ。
「……だからこそ、なぜそれを俺にだけ語る? 俺はお前にとって、つまらない人間の一人でしかないだろう。兄様みたいな天才を見ていたほうが、楽しいんじゃないか?」
『貴様、それを本気で言っているのか? 貴様ほどおかしなことをしでかす人間が他にいるものか』
「それは……! いや、どこかに……いるかも知れないだろ」
原作を思い返すと、基本白面金毛は周囲に塩だ。
主人公のコウタロウには少し興味を示すけれど、俺に対する関心ほど強くはない。
いやでも、コウタロウは特別な存在だ。
主人公で、魔祓師で、そして忍だ。
魔祓師と忍の力をかけ合わせ、他のキャラにはない独自の能力を開発している。
やっていることのおかしさはともかく、特異性はそう変わらないはず。
だったら――
「……だったら、お前が俺に見出してる特別性は、才能の無さか?」
『――クハハハハ! まさにその通り! 初めて貴様を見た時は驚いたものだ。これほどまでに無能な人間が、平凡な魔祓師と言えるまでに成長している。どれほどの鍛錬を積めば、ここに至るのか、とな!』
楽しげに――実に楽しげに、人の白面は両手を広げて肩を震わせる。
背を向けて、面を被っているが故にその表情は伺えないが、伺うまでもないくらいご機嫌なのは見て取れた。
『己が孤独に耐えながら真生生物を喰い続けたのは、生きるためだったからだ! しかし貴様は違う! 貴様は己のように、生きるために力を求める必要はない!』
そして、白面金毛は演説を始める。
『この世のあらゆる生物は常に退屈に苛まれ、そうでありながらも理由がなければ動かない怠惰な愚物だ! そしてその怠惰は、無能であればあるほど
――きっと、兄様のような天才であれば、周囲はその才能を振るうことを望むだろう。
しかし俺のような無能に、同じことを望む人間はいない。
つまり俺は――
『貴様が強くなろうとする理由は、
「……俺は」
俺が強くなろうとする理由は、最初から決まっている。
未来で死んでしまうかもしれない推しを救いたかった。
不幸になるかもしれない人を、一人でも幸福にしたかった。
大崩壊によって発生する悲劇を、防げるものなら防ぎたかった。
そしてその原動力は――怒りだ。
「……そうか、そういうことか」
『クハハ、何だ? 何を語ってくれるというのだ? 貴様は』
「――語らないよ。これ以上自分を晒すのは、手の内を晒すのと変わらなくなる」
『ハッ、道理だな!』
俺が怒りを原動力に努力を続けてきたのなら――それは白面金毛にも言えることだ。
退屈に耐えながら、生きるために真生生物を貪った白面金毛の中に、理不尽に対する怒りはあって当然だろう。
むしろ、ないと不自然なほどに白面金毛は退屈を憎んでいる。
だったら、俺からも一つ。
問わなければならないことがある。
「――なぁ、白面金毛。お前が退屈を耐えられた理由は、一つじゃないだろう?」
『なんだ、今度は貴様の方から己に探りを入れようというのか? ――ならば答えは変わらん。答える道理はない』
「……だろうな」
どうしても、聞いておかなくてはいけないことだけれど。
答えてくれるかどうかは、白面金毛の気分次第だ。
そして俺が答えを拒否した以上、白面金毛に答える義理はない。
ただそれでも、やはり白面金毛が退屈を耐えられた理由は、怒りだけではないと思うんだよな。
奴のある一点が、俺にそう囁いている。
とはいえ――
『――ついたぞ』
今、その答えを出す時間はない。
俺達は、ようやく長い長い階段を登りきった。
その先にある光景を、俺は知っている。
広く――そして豪奢な神の社がそこにはあって、本社の前にそれは待ち構えている。
白面金毛、その本体だ。
大きさは、これまで相手してきたどの白面よりもでかい。
あの筋肉バカの白面よりも、更に。
姿形は、言霊や破壊の白面といった、四足の白面を更に大きくしたもの。
その体には、美しい赤の紋様。
これまでのどの白面よりも、雄大で、そして威圧感のある面持ち。
――紛れもなく、俺が知っている本体の白面金毛だ。
『――小童。初めて貴様を見た時から、己は貴様に関心をいだいていた』
ゆっくりと、白面金毛が口を開く。
不思議と、本体から発せられる言葉には、他の白面金毛にはない”重さ”がある。
これが――七大魔人の圧。
俺が倒さなきゃいけない、壁だ。
『無才でありながら、呆れるほどの鍛錬を繰り返し、人並み程度のマナを手に入れた貴様を。――人並みにしかなれなかった貴様を』
「……」
『あと五百年もあれば、貴様は己に届くだろう。しかしそれは、魔人にならなければ叶わぬことだ』
「魔人になるつもりなんて、毛頭ないよ」
その言葉に、やはり楽しげに白面金毛は笑う。
その姿は、本気で俺の言動を楽しんでいるようだ。
『それはそうだろう。なにせ貴様は、ここで己を倒すつもりなのだから。五百年の退屈など、必要ないと言わんばかりに……!』
「……ああ、そうだ。俺はここで、お前を倒す」
『――そうだ、そうだな! 貴様のような弱者が、よく吠えた! それでこそ、己がこの世界でただ一人、関心を持った人間だ!』
人の白面が、本体の前に立つ。
その手には――鈍く鉛色に光る得物が握られていた。
鉄扇。
それがあの人の白面の得物だ。
『ああ、この感情を、人の世ではなんというのだったかな? そう、そうだ――』
俺もまた、ミホノの刀を構える。
さぁ、決戦だ。
そう意気込んだ俺に――
『――
なんかありえん言葉が飛んできた。
いや、白面金毛は現代で活動してるし、そういう単語を聞いたことがあってもおかしくないんだろうけどさ、……雰囲気!
『――隙あり!』
一瞬、俺が白面金毛の言動にうろたえた隙をついて、人の白面が襲いかかってきた。
こ、こいつらぁ!?
白面の掘り下げでした。感想でもありましたが、結構愉快だと思います。
そのうえで出落ち白面を殺しても九日で死ぬ呪いがかかるところとかに、嫌な厄介さもあります。