推しの少年漫画に転生した件   作:暁刀魚

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三十三 祈りは星に瞬いて

 生ける炎の力をその身に受けたセオと、七大魔人が一角、白面金毛が正面から激突する。

 白面金毛は魂を九つに分割している、しかしそれは本体の能力がほかと同じということではない。

 本体とそれ以外の白面では、圧倒的に実力の差があるのだ。

 もともと白面は、マナ総量で言えば酒呑童子と並ぶ七大魔人のトップツーである。

 その一部が分割されたとはいえ、全体の総量で見ればごく一部に過ぎないのだ。

 故に、白面金毛は魂を分割した後でも、七大魔人の中では上位の実力を誇る。

 

 少なくとも、そもそも戦闘要員ではない”件”や、酒呑童子の部下である”茨木童子”よりはずっと強い。

 そして大崩壊後にとある方法で強くなり、七大魔人に数えられたサトリや悪路王よりも、だ。

 

 ――だからこそ、白面金毛は過信していた。

 ただの人間に、己が負けるわけはない、と。

 

 

 百鬼セオが、眼の前に現れるまでは。

 

 

 生ける炎を身にまとったセオと、一度対峙してよくわかった。

 その埒外なまでの出力、並の七大魔人を容易に上回る存在感。

 この世に理不尽が存在するのだとしたら、きっとセオみたいな姿をしているのだろう。

 酒呑童子なら、面白いと笑うだろう。

 ぬらりひょんなら、面倒だと吐き捨てるだろう。

 ならば、白面金毛は――

 

 

()()()()()!』

 

 

 純粋な称賛でもって、白面金毛はセオを評する。

 本気を出した白面金毛と、焔をまとってそれに応えるセオ。

 両者の戦いは、音を軽く置き去りにして、まほろば内を震わせていた。

 

『クハハハハハ! ハハハハハハハハハッ――!』

「随分と……上機嫌だな!」

 

 セオが拳を振るうたびに、その一撃は大気を滅茶苦茶にする。

 白面金毛がそれを受け止めるたびに、溶岩の如き炎が散って、大地を溶かす。

 常軌を逸する出力だ。

 純粋な膂力だけで言えば、果たして酒呑童子と炎をまとったセオ。

 どちらが上に立つだろう。

 白面金毛が本気でどちらに転ぶかわからないと思うほど、セオの一撃は強力だ。

 だが、それでも――

 

『これを笑わずになんという! 称賛せずになんという! こんな――こんな理不尽が許されていいのか!? 己には、もはや貴様が魔人ですらない何かにしか見えんよ!』

「そうだな、この力は魔装とも魔祓刃とも違う。未知の力だ」

『それをそのように、ためらうことなく行使する貴様も埒外よ、小童!』

 

 ――白面金毛は、その一撃を受け止めている。

 打ち合いになっているのだ。

 白面金毛の突撃が、狐火が、鉤爪が、正面からセオとぶつかり合っている。

 どちらが優勢か。

 はっきり言えば、セオだ。

 その出力は、並の七大魔人より少しマシ程度の白面金毛の今の全力では、届かない位置にある。

 セオを本気で正面から打倒したくば、酒呑童子かぬらりひょんが戦うしかないだろう。

 それでも、白面は戦えている。

 ――なぜか。

 

『そうら、狐火!』

「今度は狐の形をした火か……!」

 

 その理由は――手数だ。

 今、白面は無数の狐火を生み出している。

 それらはすべて狐の形をしており、威力は白面の鉤爪とそう変わらない。

 一つ一つであればセオは白面金毛を上回っている。

 しかし、無数の手数が一度に襲えば、その有利はギリギリの拮抗に変わるのだ。

 

『クハハハハ! さぁ、まだだ、まだ続けるぞ!』

「本当に手数の多いやつだ……な!」

 

 ここまで、白面金毛は狐火で様々な手を打ってきた。

 狐火をセオの眼の前で炸裂させることで目眩ましをしたり。

 その状態で拳の形をした狐火をぶつけることで、近接していると誤解させたり。

 そして更には――この狐型の狐火だ。

 一つ一つは、単なる奇策の類でしかない。

 実力のないものが振るえば、容易に弾かれるだろう。

 しかし白面金毛は七大魔人だ。

 生ける炎をまとったセオにすら比肩しうる存在だ。 

 ゆえにこそ、意味がある。

 セオと正面から、打ち合えている――!

 

『ああ、そうだ。まだ続けるぞ! 小童、貴様もまだこの程度ではないのだろう! まだ、上があるのだろう!』

「……そうだな!」

 

 狐型の炎をかいくぐりながら、セオは接近する。

 それを白面は距離を取りながら、時には鉤爪で反撃しつつ立ち回っていく。

 猛烈なぶつかり合いの中で、拮抗を崩すために動くのは――セオだ。

 その両手に、炎が宿る。

 

「こいつで……どうだ!」

『……!』

 

 そして放たれた炎は、狐型の焔を一撃でかき消して、まほろばの”壁”に着弾。

 まほろば自体が激しく振動した。

 

『――クハハハ! その威力! 戦闘にまほろばが保たないぞ! そも、最初の言霊との戦いで使っていれば、もっと早くに言霊を始末できただろうに!』

「悪いな、こっちは今も成長中なんだよ、こいつは――()使()()()()()()()()()!」

『今ッ!? クハハ! 今、今だと!? ――理不尽すぎるだろうがぁ!』

 

 怒りとともに、白面金毛は更に狐火を生み出す。

 しかし、それと同等の数の炎がセオの周囲に出現した。

 ――勝てない。

 その思考を、白面金毛は一瞬で切り捨てる。

 

『――まだだ!』

 

 炎同士のぶつかり合いの中、セオが手に炎を生み出しながら突っ込んでくる。

 アレは、そのまま白面金毛にぶつけるつもりだろう。

 ただの拳ですら若干押し負けるというのに、炎までまとわれたら冗談ではない。

 それでも――白面金毛は諦めない!

 

『――――まだまだァ!』

 

 白面金毛もまた、炎を纏う。

 延長された手足のようにそれらを振るい、迫る炎の拳を”ずらそう”とする。

 しかし手足のようになっている炎をセオは正面から打ち砕き、白面金毛はギリギリでそれを回避するのだ。

 

 

『クハハ! クハハハハハ!』

「……白面お前、やっぱり……!」

 

 何かに気づいたように、セオは目を見開いた。

 しかし、手を緩めることはしない。

 ――故に白面金毛は、防戦一方になる。

 それでも狐火を用いて、様々な手札を切った。

 奇策を、正面突破を、手数を、最大出力を。

 すべては、この戦いで――

 

 

『己は、負けるわけにはいかんのだァ!』

 

 

 ――セオに、勝利するために。

 

 

 ◇

 

 

 狐火は、白面金毛が最初に開発した能力だった。

 下級魔人には、ほとんど魔装と呼べる魔装は宿らない。

 狐を喰って狐に変じた一人の人間は、ちっぽけな炎を生み出すことしかできなかったのだ。

 

 

 しかし、白面金毛にはそれがあまりにも輝いて見えた。

 

 

 人だった頃には、想像すらしなかった力を、己は使える!

 その興奮は、孤独に苛まれていた白面金毛にとっての、唯一の生きる意味だ。

 やがて、孤独は退屈へと変わり、白面金毛は自身の理不尽への怒りを強め始める。

 それでも、白面金毛は現世に足を踏み入れることはなかった。

 足りないと、わかっていたからだ。

 己には才能がない。

 才能のない魔人がまほろばから外に出ても、容易に魔祓師か忍に狩られるか、魔人のコマとして使い捨てられるかのどちらかだ。

 

 だから、白面金毛は耐え続けた。

 孤独を、退屈を、長い長い時間を。

 ただ一つ、力の開発だけを楽しみにして。

 

 ――そうだ、白面金毛はただ怒りだけで退屈を耐えたわけではない。

 理不尽に対する怒りだけで、ここまで生きてきたわけではないのだ。

 根底には、力に対する欲求があった。

 もっともっと強くなりたい、こんな力を使えるようになりたい。

 こんな力はどうだろう、こういう能力なら、もっと自分を強くできるだろうか。

 これは少し阿呆な能力すぎるな、しかしそれがいい。

 使えない能力だが、いずれ何かしら別の能力と特殊な作用を起こすかもしれないから、今は置いておこう。

 

 そんなことをずっと、ずっと――ずっとずっとずっと続けてきた。

 飽きることもなく、ただ退屈を紛らわし、いつか己が最強として力を振るうために。

 

 ようやく訪れたその時は、しかし魔祓師のまほろば境界によって潰えた。

 白面金毛は理不尽に震える。

 しかし、こうも思ったのだ。

 

 今こそ――自身が考えてきた能力を使うべきときだ。

 

 魔装『九尾之狐』と『九日之死』。

 それぞれの白面に与えた能力。

 中にはバカみたいな能力もある。

 今にして思えば、自分でも何を思ってこんな白面を作ったのかわからない。

 それでも、楽しかった。

 間違いなく、楽しかったのだ。

 

 

 そんな白面金毛の前に、一人の少年が現れた。

 

 

 百鬼セオ。

 自分と同じ、無才の魔祓師。

 そして――自分と同じ、能力開発に異常な熱意を見せる人間。

 同じだ、と白面金毛は感じた。

 

 ――そんなセオが、今まさに、自分を越えようとしている。

 

 白面金毛には、二つの感情があった。

 たった十年程度の人生で、千年研鑽を積み重ねてきた己を凌駕しうるセオという理不尽への怒り。

 そして――そんなセオが次はどんな能力を見せるのかという興奮。

 

 

『貴様にだけは、負けられぬ――()()()()!』

 

 

 セオが、その言葉に目を見開く。

 初めて白面金毛がセオの名を呼んだからだ。

 

『無才から最強へと至った者同士。怒りと楽しみによって、その道を歩んできたもの同士!』

「……白面ッ!」

『負けるわけには、いかぬ!』

 

 ギリギリの状況、あと何手セオの攻撃を受けれるかわからない状況。

 もはや敗北が決定的となるその瞬間。

 白面金毛はついに、”それ”に手を伸ばす。

 

『貴様にできたのなら、己にもできるはずだ――』

「……まさか」

『貴様ら魔祓師は、この力をこう呼ぶのだったな――!』

「白面、やめろ、それは――ッ!」

 

 

 ああわかっている、容易いことではない。

 しかしそれでも、やらねばならぬ。

 勝つために。

 百鬼セオに勝つために!

 たとえこの身が、燃え尽きようとも――!

 

 白面金毛は高らかに叫ぶ。

 それは――

 

 

『――――解ッ、郷ッッッ!!』

 

 

 まるで、星に願いを託すような祈りだった。

 負けてはならぬという願い。

 そして――――セオのように強くなりたいという、ただただ純粋な――――祈りだったのだ。

 




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