セオは、眼の前で変化していく白面金毛を視る。
体中に生ける炎がまとわりつき、ゆっくりとその身を焼き焦がしていく。
狂気が、そこにある。
深淵を覗いたものだけが理解できる、人の意思など介在する余地のない圧倒的なまでの存在の発露。
ただそこにいるだけで、すべてを燃やし尽くし兼ねない炎が、巻き上がり、燃え上がる。
――視たのだ、生ける炎を。
そんな偶然あり得るか? とも思う。
あり得るのだろう、今白面金毛が同じものを視ているということは。
そういう法則が、この世界にはあるのだろう。
そう、感じた。
しかし、そんなことよりも――
「……白面、お前」
セオはただ、白面金毛の名を呼ぶことしかできなかった。
七大魔人は――白面金毛は嘶くように叫ぶ。
声はない、音はない。
ただ、声のような、悲鳴のような、絶叫のような――
それは、知っている。
生ける炎をその身に宿せば――あの神格を直視すれば、誰だってああなるのだ。
セオだって今、溢れ出そうな咆哮を噛み殺し、戦っている。
だからこそ、わかる。
白面金毛。
最強と呼ばれた魔人の一角は――
――生ける炎の直視に、耐えられない。
『なぜ……だ……』
「……」
『なぜ、貴様が……
白面金毛の体が――少しずつ焼け落ちていく。
生ける炎を受け止めきれずに、内側から白面金毛が焼けていくのだ。
『燃える、燃え尽きる、己という、すべて、が……何もかもが、炎へと還って……行く! こんな、……こんな、もの、を! 人の身……で、受け止める……など、……正気では、ない!』
白面金毛が、咳き込む。
すると、その口から炎があふれ、地に落ちる。
落ちた炎はまほろばを溶かし始めた。
制御できていない生ける炎は、何もかもをもやしつくすのだ。
それは、まほろばすら例外ではない。
――異常すぎる事態に、白面金毛はもはや笑みを抑えられなくなる。
『ク、ハハ……ハハハ……これが……そうか、狂気か……! 笑えて、……わら、わらえ……て、くる、な……』
そして、それでも、鋭く白面金毛はセオを見た。
『――――だが、それでも、体は……動く! 驚くほど……視界は明瞭だ!』
「白面、お前まさか……!」
『己の自滅は、必然。……だが、まだ、終わっては、いない……! 己は――この命が尽きるまで、お前という理不尽に抗うと決めた……!』
一歩、踏み出す。
まほろばを溶かしながら。
白面金毛は、前に出る。
最後の戦いに、赴くために。
――最強になった自己の力を、最後まで
『やるぞッ!!』
「……ッ、ああっ!!」
そして、セオもまた覚悟を決めた。
白面金毛は死のうとしている。
死んでもなお、セオを倒そうとしている。
ならば、それに応えないのは――
『――――百鬼セオォオオオオオオッッッ!』
「……白面金毛ォッッ!」
かくして両者は、最高速で激突した。
炎を纏ったセオの拳と、ただがむしゃらに直進してきた白面金毛の突撃がぶつかり合い――
白面金毛が、セオを
両者の力は、若干であるが白面金毛の方が上回っている!
『クハハ! どうやら……基礎の違いは、この形態の出力にも……影響するよう……だな!』
「この……っ!」
ここに来て、優勢と劣勢が入れ替わる。
白面金毛がセオを圧倒していく。
セオはなんとか攻撃を捌き、受け流していく。
『どうやら、貴様の狙いは……時間切れの……よう、だな!』
ことここに至って、両者の勝利条件は明白だ。
白面金毛は自身が燃え尽きるまでに、セオを殺す。
セオは時間まで生き残り、耐えきればいい。
だからこそ――
『勝つのは、己だ!』
流れは完全に白面金毛に傾いている。
セオの勝利条件が受け身になった時点で、勢いは完全に白面金毛にあるのだ。
そしてそのように傾いた流れは、勝利の天秤すらも容易に傾かせる。
このまま行けば、セオは時間まで生き残れない。
勝つのは――白面金毛だ。
――だが。
「――――光弾!」
セオが、手を打つ。
このタイミングでセオは、この戦闘で一度も使ってこなかった光弾を使用する。
しかし、その威力は――あまりにも低い。
『その程度で!』
「――だが、無視はできないだろう!」
『!!』
痛みは、ない。
しかし、衝撃はある。
一瞬だが、白面金毛の攻撃に変化がうまれてしまう。
そしてセオは、その変化を絶対に見逃したりはしない。
無数の光弾が――膨大すぎる数の光弾が、白面金毛に襲いかかる。
セオのマナ総量を考えれば、あり得ない量だ。
『これほどのマナを、どこから……!』
「――生ける炎からだよ。こいつは魔装でも魔祓刃でもないが、マナではある」
『貴様、この力すら……利用するのか!』
「ああ、そうだ。――力は、どれだけ恐ろしくとも力でしかない!」
光弾が、少しずつ白面金毛の動きを鈍らせていく。
一発一発の威力は、本当にたいしたことのないものだ。
しかしそれらが無数に、白面金毛を穿ち続ける。
そうしていくうちに、一瞬の停止が一秒に、一秒の停止が二秒に変わってしまう。
白面金毛とセオの間にあった差が、埋められていく――!
「力は、法則だ。この世界にはこの世界のルールというものがあって、そのルールの中で動いているに過ぎない。どれだけ人にとって理解しがたいものであっても、空は、星は、神格は、この世界に生きている……!」
『だから、理解できると!? 貴様のそれは、俯瞰しすぎた視点だ……! そんな異常なもの、
「ああ、そうだろうな……!」
セオがなぜ、生ける炎を直視しても、耐えられるのか。
それは――それはとても単純なことだ。
セオは知っている。
この世界が、一つの物語であるということを。
自分が、設定という土台の上にいることを。
だからたとえどれだけリスクがある能力だろうと、そこには一定のルールがあることを理解していて、故に臆さない。
「俺は……俺自身は、本当にただの人間だよ。才能もないし、特別なことなんて、なにもない」
本来のセオは、本当にごくごく普通の凡人だ。
楽しいことがあれば笑い、理不尽には怒る。
そんな、普通の人間でしかない。
それは、セオの異質濃度が証明している。
だが、だからこそ――
『その
今のセオは、平凡でありながら理不尽すぎる――!
「俺は――」
光弾の雨の中、白面金毛とセオが正面からぶつかり合う。
拳と鉤爪は、鉤爪が若干ながらも拳を押しているが、その差はわずか。
攻撃の際に、光弾でバランスを崩されたのがまずかった。
そこへ、更に光弾が降り注ぎ――
「――ただ、守りたいだけなんだ。大切な人を、この世界を」
セオが、ついに鉤爪を自身の拳で弾く。
「けど、俺には力がない。才能がない。何ももっていなかったんだ。だったら――」
白面金毛は、そこでようやく理解した。
――そうだ、セオは確かに時間切れまで耐えきれれば勝利できる。
しかしいつセオは、それを自分の勝利条件だと口にした?
単純な話。
セオはもとより、正面から白面金毛を打倒するつもりだったのだ。
ならば、なにより――
「できることは、なんだってするしかない!!」
セオの言葉は、あまりにも彼を端的に表しすぎていた。
『ククク、ハハハ……そうか、そう……か』
「……」
『己と、貴様は、同じだと……同類だと思っていた。しかし……根本的なところで、違っていたのだな』
セオは、能力を開発することが好きだ。
この世界の理不尽に対する怒りもある。
それでも、それでもセオは――
「だって、なぁ。……俺はずっとずっと、ずっとむかしから――この世界が好きなんだよ」
世界を、愛している。
白面金毛はそうではない。
この世界を憎み、嫌っている。
そんな、単純な――けれども決定的な違いだったのだ。
この世界が好きだから、セオは生ける炎の狂気すら肯定してみせた。
肯定できるだけの俯瞰した視点を、転生者であるセオが持っているということでもある。
白面金毛には、それがない。
それだけの違いが、両者を分けた。
ならば――
『なれば、こそ――
「俺はそうは思わない。なぜならこの世界は俺が愛した世界で、この世界には俺の大切な人がいるからだ……!」
白面金毛は、吠えた。
ただ、吠えた。
己の中にある、怒りに満ちた炎をすべて力に変えて。
ただ憎しみでもって、それを振るう。
最後にして、最大の全力だ。
もうこれ以上を、白面金毛は絞り出せない。
対するセオは、周囲に無数の光弾を並べ――更には刀を取り出した。
ミホノの刀、そこに生ける炎をまとわせて、更に強化する。
刀からも青く凍てつくような炎が溢れ出し、螺旋を描いた。
そして、両者は――
『であれば己は――己達は――!』
「――ここで、決着をつける!」
それを、ただぶつけ合う。
光弾が白面金毛を押し留める。
それでもなお、白面金毛は突き進む。
ただ、まっすぐ、ただ、全力で。
それをセオは、刀を構えて迎え撃つ。
やがて、炎と炎が激突した。
『おおお、オオオオオオオオオオッ!』
「お、らあああッッ!」
――刹那、少しだけ。
本当に、少しだけ。
白面金毛は、思った。
己と百鬼セオは、根本的なところで相容れない。
しかし、それでも――楽しかっただろう、この戦いは。
自身の手札をぶつけ合い、相手の手札に驚き。
ああ、だからもしかしたら――
「――――俺は、少しだけ思うんだ」
『なん、だ』
――――そして、その時。
白面金毛の体に、セオの刃が突き刺さっていた。
決着が、ついたのだ。
「――この戦いが、もっと続けばよかったのにな、って」
『……同感だ』
だから、もしかしたら――二人は思っていたのかもしれない。
この戦いが、終わってほしくない、と。
そう、少しだけ。
ほんの少しだけ、思っていたのかもしれなかった。