推しの少年漫画に転生した件   作:暁刀魚

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三十四 白面決戦

 セオは、眼の前で変化していく白面金毛を視る。

 体中に生ける炎がまとわりつき、ゆっくりとその身を焼き焦がしていく。

 狂気が、そこにある。

 深淵を覗いたものだけが理解できる、人の意思など介在する余地のない圧倒的なまでの存在の発露。

 ただそこにいるだけで、すべてを燃やし尽くし兼ねない炎が、巻き上がり、燃え上がる。

 

 ――視たのだ、生ける炎を。

 そんな偶然あり得るか? とも思う。

 宇宙(そら)はあまりにも広大で、それを覗いたときに同じモノをみるなど、あり得るのか。

 あり得るのだろう、今白面金毛が同じものを視ているということは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 そういう法則が、この世界にはあるのだろう。

 そう、感じた。

 しかし、そんなことよりも――

 

「……白面、お前」

 

 セオはただ、白面金毛の名を呼ぶことしかできなかった。

 七大魔人は――白面金毛は嘶くように叫ぶ。

 声はない、音はない。

 ただ、声のような、悲鳴のような、絶叫のような――()()のような、そんな何かが口からほとばしっている。

 それは、知っている。

 生ける炎をその身に宿せば――あの神格を直視すれば、誰だってああなるのだ。

 セオだって今、溢れ出そうな咆哮を噛み殺し、戦っている。

 だからこそ、わかる。

 白面金毛。

 最強と呼ばれた魔人の一角は――

 

 

 ――生ける炎の直視に、耐えられない。

 

 

『なぜ……だ……』

「……」

『なぜ、貴様が……()()……を耐え、られ……る……!』

 

 白面金毛の体が――少しずつ焼け落ちていく。

 生ける炎を受け止めきれずに、内側から白面金毛が焼けていくのだ。

 

『燃える、燃え尽きる、己という、すべて、が……何もかもが、炎へと還って……行く! こんな、……こんな、もの、を! 人の身……で、受け止める……など、……正気では、ない!』

 

 白面金毛が、咳き込む。

 すると、その口から炎があふれ、地に落ちる。

 落ちた炎はまほろばを溶かし始めた。

 制御できていない生ける炎は、何もかもをもやしつくすのだ。

 それは、まほろばすら例外ではない。

 ――異常すぎる事態に、白面金毛はもはや笑みを抑えられなくなる。

 

『ク、ハハ……ハハハ……これが……そうか、狂気か……! 笑えて、……わら、わらえ……て、くる、な……』

 

 そして、それでも、鋭く白面金毛はセオを見た。

 

『――――だが、それでも、体は……動く! 驚くほど……視界は明瞭だ!』

「白面、お前まさか……!」

『己の自滅は、必然。……だが、まだ、終わっては、いない……! 己は――この命が尽きるまで、お前という理不尽に抗うと決めた……!』

 

 一歩、踏み出す。

 まほろばを溶かしながら。

 白面金毛は、前に出る。

 最後の戦いに、赴くために。

 ――最強になった自己の力を、最後まで()()()ために!

 

『やるぞッ!!』

「……ッ、ああっ!!」

 

 そして、セオもまた覚悟を決めた。

 白面金毛は死のうとしている。

 死んでもなお、セオを倒そうとしている。

 ならば、それに応えないのは――生ける炎をその身に宿したもの(同類)として、()()()()()()()

 

 

『――――百鬼セオォオオオオオオッッッ!』

「……白面金毛ォッッ!」

 

 

 かくして両者は、最高速で激突した。

 炎を纏ったセオの拳と、ただがむしゃらに直進してきた白面金毛の突撃がぶつかり合い――

 

 白面金毛が、セオを()す。

 両者の力は、若干であるが白面金毛の方が上回っている!

 

『クハハ! どうやら……基礎の違いは、この形態の出力にも……影響するよう……だな!』

「この……っ!」

 

 ここに来て、優勢と劣勢が入れ替わる。

 白面金毛がセオを圧倒していく。

 セオはなんとか攻撃を捌き、受け流していく。

 

『どうやら、貴様の狙いは……時間切れの……よう、だな!』

 

 ことここに至って、両者の勝利条件は明白だ。

 白面金毛は自身が燃え尽きるまでに、セオを殺す。

 セオは時間まで生き残り、耐えきればいい。

 だからこそ――

 

『勝つのは、己だ!』

 

 流れは完全に白面金毛に傾いている。

 セオの勝利条件が受け身になった時点で、勢いは完全に白面金毛にあるのだ。

 そしてそのように傾いた流れは、勝利の天秤すらも容易に傾かせる。

 このまま行けば、セオは時間まで生き残れない。

 勝つのは――白面金毛だ。

 

 ――だが。

 

「――――光弾!」

 

 セオが、手を打つ。

 このタイミングでセオは、この戦闘で一度も使ってこなかった光弾を使用する。

 しかし、その威力は――あまりにも低い。

 

『その程度で!』

「――だが、無視はできないだろう!」

『!!』

 

 痛みは、ない。

 しかし、衝撃はある。

 一瞬だが、白面金毛の攻撃に変化がうまれてしまう。

 そしてセオは、その変化を絶対に見逃したりはしない。

 無数の光弾が――膨大すぎる数の光弾が、白面金毛に襲いかかる。

 セオのマナ総量を考えれば、あり得ない量だ。

 

『これほどのマナを、どこから……!』

「――生ける炎からだよ。こいつは魔装でも魔祓刃でもないが、マナではある」

『貴様、この力すら……利用するのか!』

「ああ、そうだ。――力は、どれだけ恐ろしくとも力でしかない!」

 

 光弾が、少しずつ白面金毛の動きを鈍らせていく。

 一発一発の威力は、本当にたいしたことのないものだ。

 しかしそれらが無数に、白面金毛を穿ち続ける。

 そうしていくうちに、一瞬の停止が一秒に、一秒の停止が二秒に変わってしまう。

 白面金毛とセオの間にあった差が、埋められていく――!

 

「力は、法則だ。この世界にはこの世界のルールというものがあって、そのルールの中で動いているに過ぎない。どれだけ人にとって理解しがたいものであっても、空は、星は、神格は、この世界に生きている……!」

『だから、理解できると!? 貴様のそれは、俯瞰しすぎた視点だ……! そんな異常なもの、()()()()()()()()()()()()()()()()!』

「ああ、そうだろうな……!」

 

 セオがなぜ、生ける炎を直視しても、耐えられるのか。

 それは――それはとても単純なことだ。

 セオは知っている。

 この世界が、一つの物語であるということを。

 自分が、設定という土台の上にいることを。

 だからたとえどれだけリスクがある能力だろうと、そこには一定のルールがあることを理解していて、故に臆さない。

 

「俺は……俺自身は、本当にただの人間だよ。才能もないし、特別なことなんて、なにもない」

 

 本来のセオは、本当にごくごく普通の凡人だ。

 楽しいことがあれば笑い、理不尽には怒る。

 そんな、普通の人間でしかない。

 それは、セオの異質濃度が証明している。

 だが、だからこそ――

 

『その()()が、異常だと言っているのだ――!』

 

 

 今のセオは、平凡でありながら理不尽すぎる――!

 

 

「俺は――」

 

 光弾の雨の中、白面金毛とセオが正面からぶつかり合う。

 拳と鉤爪は、鉤爪が若干ながらも拳を押しているが、その差はわずか。

 攻撃の際に、光弾でバランスを崩されたのがまずかった。

 そこへ、更に光弾が降り注ぎ――

 

「――ただ、守りたいだけなんだ。大切な人を、この世界を」

 

 セオが、ついに鉤爪を自身の拳で弾く。

 

「けど、俺には力がない。才能がない。何ももっていなかったんだ。だったら――」

 

 白面金毛は、そこでようやく理解した。

 ――そうだ、セオは確かに時間切れまで耐えきれれば勝利できる。

 しかしいつセオは、それを自分の勝利条件だと口にした?

 単純な話。

 セオはもとより、正面から白面金毛を打倒するつもりだったのだ。

 ならば、なにより――

 

 

「できることは、なんだってするしかない!!」

 

 

 セオの言葉は、あまりにも彼を端的に表しすぎていた。

 

『ククク、ハハハ……そうか、そう……か』

「……」

『己と、貴様は、同じだと……同類だと思っていた。しかし……根本的なところで、違っていたのだな』

 

 セオは、能力を開発することが好きだ。

 この世界の理不尽に対する怒りもある。

 それでも、それでもセオは――

 

「だって、なぁ。……俺はずっとずっと、ずっとむかしから――この世界が好きなんだよ」

 

 世界を、愛している。

 白面金毛はそうではない。

 この世界を憎み、嫌っている。

 そんな、単純な――けれども決定的な違いだったのだ。

 この世界が好きだから、セオは生ける炎の狂気すら肯定してみせた。

 肯定できるだけの俯瞰した視点を、転生者であるセオが持っているということでもある。

 白面金毛には、それがない。

 それだけの違いが、両者を分けた。

 ならば――

 

『なれば、こそ――()()()()()! いかに貴様がこの世界を愛していようと! 己は嫌いだ! こんな退屈極まりない世界など!』

「俺はそうは思わない。なぜならこの世界は俺が愛した世界で、この世界には俺の大切な人がいるからだ……!」

 

 白面金毛は、吠えた。

 ただ、吠えた。

 己の中にある、怒りに満ちた炎をすべて力に変えて。

 ただ憎しみでもって、それを振るう。

 最後にして、最大の全力だ。

 もうこれ以上を、白面金毛は絞り出せない。

 

 対するセオは、周囲に無数の光弾を並べ――更には刀を取り出した。

 ミホノの刀、そこに生ける炎をまとわせて、更に強化する。

 刀からも青く凍てつくような炎が溢れ出し、螺旋を描いた。

 

 そして、両者は――

 

 

 

『であれば己は――己達は――!』

「――ここで、決着をつける!」

 

 

 

 それを、ただぶつけ合う。

 光弾が白面金毛を押し留める。

 それでもなお、白面金毛は突き進む。

 ただ、まっすぐ、ただ、全力で。

 それをセオは、刀を構えて迎え撃つ。

 

 やがて、炎と炎が激突した。

 

『おおお、オオオオオオオオオオッ!』

「お、らあああッッ!」

 

 ――刹那、少しだけ。

 本当に、少しだけ。

 白面金毛は、思った。

 己と百鬼セオは、根本的なところで相容れない。

 しかし、それでも――楽しかっただろう、この戦いは。

 自身の手札をぶつけ合い、相手の手札に驚き。

 ああ、だからもしかしたら――

 

「――――俺は、少しだけ思うんだ」

『なん、だ』

 

 ――――そして、その時。

 白面金毛の体に、セオの刃が突き刺さっていた。

 決着が、ついたのだ。

 

 

「――この戦いが、もっと続けばよかったのにな、って」

『……同感だ』

 

 

 だから、もしかしたら――二人は思っていたのかもしれない。

 この戦いが、終わってほしくない、と。

 そう、少しだけ。

 ほんの少しだけ、思っていたのかもしれなかった。

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