七大魔人鵺は、内心憤っていた。
突如として起きた理不尽としか言いようのない不幸。
しかしそれは同時に、責任者である鵺にとってぬぐい切れない失態でもあった。
『――さて、そろったようだな』
鵺がいるこの場は、魔人達の本拠地ともいえる場所。
大江山総本山。
七大魔人の実質的な頂点。
酒呑童子が本拠とする場所だ。
百鬼セオに魔城ガッデムと称されたインパクト抜群の独特な外観の要塞に、七大魔人が集合していた。
『これより、七大魔人緊急会合を始める』
場所は大江山総本山の中心部。
こうして七大魔人が会合を行うための場所だ。
静まり返った室内に、”カタン”と懐中時計の蓋が閉じられる音がする。
音の主は、一人の男だ。
品の良い黒いスーツを身にまとった、美しい黒髪と息をのむような美貌を持つ男。
背丈は百九十と人であればかなり大柄であるが、この場においては最も小柄だ。
額には一本の角が生えており、男が人間ではないことを示している。
ただそこにいるだけで、空間を支配する不思議な存在感があった。
――名を酒呑童子。
七大魔人最強の一角。
『カカカ、刑部の奴はまた欠席か。まぁいつものことだけどよォ』
その隣には、青肌の鬼が立っていた。
背丈は酒呑童子の倍ほどはあり、ぼさぼさの髪は腰のあたりまで伸びている。
ぼろぼろの衣服からは、鍛え上げられた腹筋と豊満な
――名を茨木童子。
これもまた、七大魔人の一角だ。
『そして、白面もおらなんだか。あの退屈としか口にせん狐がいなくなるのは、なんとも寂しい話だの』
そして、和装に身を包んだ一人の男が宙に胡坐をかいて座っている。
白い長髪の、どこか老獪さを感じさせる男は、死した白面金毛の名を口に出し、まったく惜しくもなさそうな声音で惜しむ。
そのどこか飄々とした雰囲気は、酒呑童子と並んでもまったく見劣りしない。
むしろ、今にも酒呑童子の喉首を掻き切り、この場の主役をもぎ取ろうかというどう猛ささえ感じられた。
――名をぬらりひょん。
七大魔人最強の一角にして、このメンツのなかで最も老練という言葉が似あう魔人。
なお、七大魔人としては最年少である。
『……』
そんな魔人たちに囲まれて、鵺の姿はあった。
見るものによって姿を変えるとされるその容姿を、現在は猿のような顔をした虎の姿にしている。
鵺としては、これがもっとも自然な姿だ。
『ではまず、鵺。現状を報告してもらおうか』
『……ああ』
気が重い。
酒呑童子は侮蔑と失望を混ぜた視線を鵺に向けながら、わかりきったことを問いかけてきている。
ニタニタと笑うぬらりひょんは、言葉こそないものの鵺の現状をただただ蔑んでいた。
両者の憤りはもっともだ。
しかし同時に、鵺もまたこの現状に、理不尽に憤りを覚えている。
無論それを口にした時点で、酒呑童子もぬらりひょんも、完全に鵺を見限るだろうが。
『…………件が襲撃を受け、大量のマナを喪失した』
『――原因は』
『ふ、不明だ。突如として件の身体に穴が開いて、マナがそこから噴き出したようだ。ひとまず件本体の修復は完了し、マナがもう漏れることはない。
『俺は――』
酒呑童子が、鋭い視線を鵺へと向ける。
『
なんともまた、不条理な一言で酒呑童子は鵺の言葉を切って捨てた。
言い訳などではない。
叫びたかったが、鵺は何も言えなかった。
『げ、下手人は……! 白面金毛を討伐した魔祓師と同一だろう! このような事態を引き起こす人間が、そう多くいるはずがない!』
『…………』
鵺の言葉に、酒呑童子は答えなかった。
ただ、一つ息を吐きだして、鵺を見ている。
『――のう、鵺や』
代わりに、声をかけたのはぬらりひょんだ。
鵺の存在しないはずの器官が、きりりと痛むのを感じた。
『わし等は、貴様の弁明を聞きに来たわけではない。もとより、白面金毛、悪路王、サトリを討伐した魔祓師の存在は我らも把握しておる』
『……ああ』
『今、我々が求めているのは対策だ。我等を再び現世へと帰還せしめる切り札、件が破損した。聞けば、再び予言を成就させるには百年の猶予が必要だという』
『……ああ』
『加えて厄介なことに、その魔祓師はまほろばへの介入すら可能なのだ。白面金毛といい、今回の件といい、奴はこちら側に攻め込む手札がある』
で、あれば――圧を強めてぬらりひょんはつづけた。
『であれば、貴様のすべきことはなんだ』
『……』
一瞬、鵺の脳裏に言葉が浮かぶ。
しかしそれを口にすることは、できもしないことを口にするのと同じ。
結果、言葉を口にするよりも、今は沈黙によって話が進むことを鵺は望んでしまった。
『――鵺』
そこに、さらにぬらりひょんが言葉を重ねる。
これ以上の沈黙は、もはや何が飛んできても文句は言えない。
『わ、我がその魔祓師を……と、討伐する!』
『カカカ! 貴様にそれができるとは到底おもえねぇけどなぁ! 鵺の旦那ぁ!』
鵺の絞り出すような言葉を、茨木童子が嘲笑する。
酒呑童子とぬらりひょんは何も言わなかった。
それからしばし、沈黙。
重い空気が漂う中、酒呑童子が口を開き――
『話はまとまったようだな』
話をまとめに入る。
それから幾つか、酒呑童子とぬらりひょんが互いの情報を交換し合った。
双方は基本的に派閥が対立しているが、直接表立ってぶつかることはない。
牽制のようなやり取り。
普段であれば鵺はそこに割って入ろうとするのだが、今回ばかりは何も言えなかった。
そもそも普段ですら、白面金毛の茶々に便乗するような形でしか話題に入れなかったのだ。
白面金毛が死んだ今、鵺はぬらりひょんと酒呑童子に強い圧迫感を感じている。
何より今回、酒呑童子とぬらりひょんは――鵺を捨て駒にするつもりだ。
白面金毛を討伐した魔祓師は警戒に値する。
その魔祓師に鵺をぶつけ、情報を探る。
言葉にはせずとも、そんな両名の思惑が鵺には伝わってきて――会合が終わるまでの間、吐きそうになるのを鵺は必死に抑えるのだった。
◇
――俺たちの間には、沈痛な空気が流れていた。
現在この場にいるのは俺、ミホノ、兄様、シュリ先輩とあともう一人。
計五人が、まほろば学園の寮にある俺の部屋に集まっていた。
大変室内が狭い中、俺と兄様とシュリ先輩が悲壮な空気を垂れ流すことで、室内は何とも重苦しい空気が流れているのである。
なお、ミホノは俺の膝の上で寝ていた。
「……なんだろうな」
「……なんだ、セオ」
「……いや、その」
「……はっきりといえばいいだろう」
「……いつも迷惑かけてごめんなさい」
「……構わん」
俺と兄様の間に、久々に和解が成立した。
年に一度くらい俺がやりすぎた結果発生する和解は、今年はこんなところで発生した。
理由は――
「……いやあ、ひどかったわね、鵺へのパワハラ」
今現在、俺たちが垣間見た鵺へのひどすぎるパワハラである。
そう、俺たちは見ていたのだ、魔城ガッデム……もとい大江山総本山で行われた会合を。
解郷でこう……盗み見したのだ。
もともと俺は解郷を利用して大江山総本山の場所は特定していた。
昨日は触れていなかったが、そもそも件の保管場所を特定したのも、大江山総本山にやってきた鵺の後を解郷で尾行したからなのだ。
なので今回、俺たちは件の件で集まるだろう七大魔人の会合で、情報を集められないか、と盗み見を敢行したのだが――結果はこれである。
鵺に対するパワハラがひどすぎるぞ。
原因は俺だけど。
いくら何でもあそこまですることないじゃないか。
しかし鵺はぬらりひょんと酒呑童子に利用される立場だったんだな。
いわれてみればそうなんだけど、少し意外だ。
なんて、他人ごとのように思うこと、しばし。
「それにしても……酒呑童子とぬらりひょん、こっちが盗み見してるの気付いてなかった?」
「気づいているでしょうね。もともと解郷は強者であれば見られていることに気が付けます。四重で解郷を使っているので、どこから見ているか、までは特定できないでしょうが」
シュリ先輩の言葉に、俺が肯定する。
だから、酒呑童子もぬらりひょんも、決定的な情報は何一つ漏らさなかった。
そして鵺をあそこまでがん詰めしたのも、鵺から余計な言葉を口に出させないためでもあるだろう。
で、あるから。
おそらく今後、特別な話し合いが大江山総本山で行われることはないんだろうな。
まぁそれに関しては仕方がない。
とりあえず、七大魔人たちが鵺を俺にぶつけようとしているのは確定だ。
こっちとしても、件は半ば無力化したとはいえ、殺しきれたわけではない。
それを無力化するためにも、鵺はここでたたいておきたいのだ。
で、それはさておき――俺は、ちらりと視線を部屋の隅に向ける。
そこでは――
「ひひ、ひひひひ! ひひひひひひ!」
一人の少女が、腹を抱えて笑っていた。
それはもう、盛大に。
鵺のパワハラを見て、少女は笑っているのだ。
――そこにいるのは、奈留島ではない。
美しい金の髪の少女。
年齢は十四、兄様と同学年。
名を――
「……
「けどさルト、ひひ、ひひひ! いやだって、おかしいんだもん! 魔人が、魔人がパワハラて!」
『魔祓師フウマ』の最強キャラで、原作主人公の師匠。
そして――現在のまほろば学園での称号は「学園始まって以来の天才にして問題児」。
なぜそう呼ばれるかは……まぁ、見ての通りだ。
はい。