鵺は、久方ぶりに件のまほろばへとやってきていた。
少し前にある存在から「白面金毛を屠った相手に監視されている」と教えられ、それ以降近づいていなかったが、久方ぶりに戻ってきたのだ。
その存在曰く、きちんと対策をしておけば観察はできないそうだが、そもそも座標のバレていないまほろばに移動するのが適切な対策だという。
鵺の本拠地とも言えるまほろばの場所はバレていないので、そちらに引きこもっていたのだ。
無論、この件のまほろばも対策はしているので向こうからの探知は不可能だ。
ようやく、この時が来た。
鵺は思う。
酒呑童子とぬらりひょんに詰められ、白面金毛を討伐した相手と戦うことになったとき。
最初は「いや無茶だろ」と思ったものだ。
しかし、とある存在の協力を得られたことで目処がたった。
どころか、この最悪極まりない状況を全てひっくり返せるかもしれない。
思わず笑いが止まらなくなってしまうほど、鵺にとっては都合のいいことに。
酒呑童子やぬらりひょんには散々煮湯を飲まされてきた。
七大魔人最年長は自分なのだ。
それだというのに、どうしてこのような立場に立たされなければならないのか。
とにかく、酒呑童子やぬらりひょんには絶対に負けられない。
それこそが、鵺の原動力だった。
ああだから、今回の作戦を成功させれば、今度こそ自分が七大魔人の頂点に立つのだ。
人間どもなどもはや敵ではない。
酒呑童子もぬらりひょんも上回り、鵺こそが最強の七大魔人であることを証明する。
ああ、なんて素晴らしい計画だ。
絶対うまくいくに決まっている。
なにせあの存在が、自分に授けた策なのだから。
これほどまでに成功の約束された策がほかにあるだろうか。
きっと、すべてがうまくいくだろう。
都合よくいって、ウハウハになって、鵺はすべてを手に入れるのだ!
いくらなんでも、その考えは都合がよすぎはしないか?
確かにいい策だとは思う、これまでの七大魔人にはない堅実かつ陰湿な一手だ。
ある程度保険がきいている、というのも実にいい。
良い策ではある、と思う。
けど、ここまでうまくいくと確信の持てる策かといえば、どうなんだ。
思い返してみると、そもそも。
この策を提示したのは誰だった?
ああ、鵺はその“誰か”の名前すら思い出せず――
「ニャハハァ、いい月ですねぇ」
一人の女が、鵺の前にあらわれた。
いったいいつからそこにいたのか、まるで最初からいたかのような。
そんな不可思議な雰囲気の女。
年のころは読めない、二十かそこらにしか見えないほど若いが、もっと年月を重ねたような妖艶さも感じられる。
黒い髪に、青のインナー。
ぞっとするほど深い海の底のような、どこか人間離れした髪色は、女の存在を端的に表しているかのようだった。
ゆったりとしたワンピースと、それを押しのけて余りある胸部。
人間離れした美しさを誇る顔立ち。
じゃらじゃらとした髪飾りやアクセサリや、極彩色のネイル。
どこをとっても、この世ならざる美しさをした女だった。
『お前は――』
「あれぇ、お忘れですかぁ?
「ああ、
ふと、鵺は違和感を覚えるが、すぐにその違和感を何かが塗りつぶす。
そうだそうだ、この女こそ敵の盗み聞きや、今回の策について教えてくれた女だったではないか。
名前は思い出せないが、それだけは確かに覚えている。
なぜそんなことも忘れていたのだ?
「それにしても、おめでとうございますぅ。こんなにも素晴らしい鵺様がぁ、七大魔人の頂点に立つなんて。そんな素晴らしいこと、ほかにないですよぉ」
『う、うむ。そうだな。素晴らしいことと二回言ったが、語彙力低いのか?』
「あ?」
ん? 今何か変な声が聞こえたかな? と鵺は女を見る。
するとそこには、変わらずニコニコと笑顔で這い寄ってくる女の姿があった。
『どうかしたか?』
「いえいえ、なんでもありませんよぉ。ほらほら、すばらし……すば……
『ああ、そうだな
鵺がそう返すと、女は口元を押さえて深い笑みを浮かべた。
まるで何かをこらえているかのようだったが、気にせず鵺は続ける。
『では、此度の策を牛鬼に伝えてくる。奴には前線に出てもらうことになるからな、万が一の時には必ず戻ってきてもらわねば困る。奴こそが我が陣営の最高戦力なのだから』
「そうですねぇ。でしたら鵺様、私にその責務、お任せいただけませんか? もし万が一牛鬼めに何か起きた時、その回収もこちらでいたしますので」
『うむ? そういうわけにはいかん。牛鬼は我の一番の部下だ。それをないがしろにするわけには――』
鵺は、そうやって女の言葉をはねのけようとする。
しかし――
「いえいえいけません。
『
突如として、意思が何かにねじまげられたかのように、鵺は女の言葉に同意してしまった。
そしてそのことに、鵺は一切の疑問を抱いていない。
ただ一つ、別の疑問を覚えた鵺は問う。
『――なぁ、お主』
「はい、なんでしょう、鵺様。ニャハハ」
『お主、名は何という?』
先ほど聞き忘れていた名前を問いかけて、
そして、女は――
「ニャハハ、私ぃ、奈留島アルラと申しますぅ。ママってよんでくれても、いいんですよぉ?」
それに女は、鵺に這い寄りながらそう答えた。
ママ? と鵺は疑問を抱いたものの、それを口にすることはない。
ただ、知るものが見れば思うだろう。
奈留島アルラとなのったその女は――
◇
自身の拠点に戻ったそれ――這い寄る混沌は、なぜか届いていた宅配便を手にほくそ笑む。
「ああ、本当に愉快ですねぇ」
ニャハハ、ニャハハ、と。
楽しげに、愉しげに笑う。
鵺は本当に滑稽だ。
こちらの言葉をすべて信じて、道化として踊ってくれている。
たまに正気に戻りそうになってしまうが、そのたびに軌道修正をする。
結果としておかしなことになっていく鵺が、這い寄る混沌には愉快に思えてならなかった。
しばらくその場で笑い転げ、ついには愉しげに踊りだす。
だが、それをしばらく続けると、突然その場に宅配便を持ったまま棒立ちとなり――
「あーあ、つまんなぁい」
そういって、自身の姿を何度か変える。
黒衣の男、黒いファラオのような姿、そして――奈留島ニイアのような姿、最後に、それを成長させたような姿。
アルラと名乗った、女の姿へと変化する。
「この姿も、こういうのが受けるって聞いたから変化してみたけど、全然ピンとこなぁいですねぇ」
ヒロインの母親はヒロインをそのまま全部デカくしたような感じにするのが受けると聞いた気がしたが。
少しトレンドが早かっただろうか。
ともかく。
「でぇもぉ、これからどんどん面白くなりますよぉ」
なにせ相手はあの生ける炎をその身に宿した少年。
殺したくて殺したくて殺したくて仕方がないと思ってしまうような、宿敵との闘い。
あの少年は、奇想天外な方法で敵を撃破することが多い。
だからこそ、それを逆手に取って、それを愚弄するように倒すのだ。
相手は所詮ただの人、神格たる這い寄る混沌には手も足も出ないだろう(ピコーン)。
「何より、あの子はいい仕事をしてくれていますしねぇ」
あの少年のもとに潜り込ませた、化身の一体。
いい感じに、少年をかく乱し、惑わせているようだ。
名前はどうでもいいから思い出せないけれど、うまくやっているらしい。
特に最近の、鵺対策の協力者を求める少年への妨害はかなりいい。
無数のギャルが少年を惑わせているのだ。
あえてポンコツに作ったからか、たまに役に立たないときもあるけれど。
少年からはそこも警戒対象に思われているはずだ。
化身と少年の距離を一定以上に近づかせない要素としては、役に立っているはず(ピコーン)。
「あぁ、本当に楽しみですねぇ。ニャハハ、ニャハハ」
ああ、いよいよ本格的に自分が盤上に上がる。
あの少年が相手をしてきたのは、所詮鵺のような木っ端。
この世界に根付いた、魔人とかいう雑魚。
自分は違う、そんなものとは比べ物にならない“神格”という本物の災厄が、あの少年をめちゃくちゃにするのだ(ピコーン)。
「……ってぇ」
と、愉しげにここまで未来に思いをはせていた這い寄る混沌だが――
「さっきからこの宅配便、ぴこぴこ光ってうっとうしいんですよぉ! いったい何がはいってるんですか!」
がさがさと、包装を破って這い寄る混沌は中身を確かめる。
するとそこには――
「ってぇ、この前すてたはずの触手ぅ!?
数年前から突如として出現し、どういうわけか捨てても戻ってくる触手が、なにやら時折光を発しているようだった。
というわけで今回の敵陣営のお話でした。
そういえばこの作品は今の時代から少し前の話です。
スマホとか出てくるのは、少し前の時代でももうスマホとか出てくる年代だからです。
めちゃくちゃ伝わりにくい例えをすると「咲」の過去編の「シノハユ」で普通にスマホが出てくるようなものです。