推しの少年漫画に転生した件   作:暁刀魚

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四十三 それだけを見ている

 それから、俺と奈留島はこの襲撃の元凶たる魔人の元を目指した。

 解郷により場所は特定済み。

 時折迫りくる魔人も、大半はあちこちで先生や特級の生徒が対応中だ。

 彼等は全員原作の登場人物で、這い寄る混沌の影響下にはない。

 大崩壊編の最中に、教師陣が全員集合して顔と名前が表示される展開があって助かった。

 そして教師である時点で上級魔人と単体で渡り合えるくらい強いのが大きい。

 それにしてもなんというか、彼等も俺の知らないところで盛られてそうだよなぁ。

 

「それでぇ、今回ここを襲撃した魔人って何者ぉ?」

「――牛鬼だよ」

 

 奈留島の問いかけに、俺は端的に返す。

 牛鬼。

 鵺陣営の最上級魔人で、件の護衛を務めている魔人。

 しかし俺が件のガス抜きをしたことで、実質的に護衛は無意味となってしまっている。

 加えて、その失態を埋めろという理由で無茶もさせやすい。

 鵺としても扱いやすい魔人だろう。

 

「ん? そいつってさぁ、件からマナの供給を受けてるんだよね?」

「どこで知ったんだ。まぁでもその通り。ああ、供給を受けてるからって外に出てこられないわけじゃないぞ。現世に出現するときだけ、供給を断てばいいんだから」

 

 流石に供給を受けたままだと、まほろば境界に引っかかるが。

 供給を断ってから現世に出現すれば、何も問題はない。

 そして件は俺がガス抜きをしたけど、未だ膨大な量のマナを有している。

 大崩壊を起こすには絶対的に足りないが、こちらの世界にやってきた牛鬼が七大魔人並の動きをするためには問題ない程度の量を。

 そして――

 

「ただ厄介なのが――件とのマナの共有は、牛鬼の魔装によるものだってところだな」

 

 ――俺達は、牛鬼の元へとたどり着く。

 

 

『オオオォオオオオ! オオオオオオオオッ!!』

 

 

 牛鬼といえば、牛の顔をしたクモみたいなビジュアルが有名だ。

 それはこの世界においてもそこまで大きく変わらない。

 正確に言えば、そのビジュアルを元にいい感じにかっこいいバケモノとしてデザインされている。

 それが、今俺達の目の前にいた。

 学園の中庭、ちょうど俺とミホノが話をしていた場所だな。

 そこに、堂々と牛鬼は陣取っている。

 

「つ、つまりそれって――」

「……この牛鬼は、今も件とのつながりを保っているぞ!」

 

 叫ぶと同時、俺は横っ飛びする。

 奈留島も慌てて回避動作に入り――超高速で突っ込んできた牛鬼に少しだけ吹き飛ばされていた。

 

「ぬあー! 先に言ってよー!」

「対処できるだろ、これくらい!」

「できるけど、できるけどもー! ああもう! やったるんだから!」

 

 俺はミホノの刀を構え、いつものタキシードに身を包み、油断なく牛鬼を睨む。

 相手は件のマナを用いて、七大魔人並の出力を得た牛鬼。

 そのスペックは、並の最上級魔人を容易に上回る。

 故に――

 

「獣応無人!」

 

 奈留島が、自身のまほろばである存在に変化した。

 それは――ドラゴンだ。

 

『ドラドラドラァ!』

「それ、ドラゴンの鳴き声なのか……?」

 

 いわゆる西洋竜ってやつで、大きさは牛鬼にだって負けていない。

 ドラゴンはこの世界でも最強クラスの真生生物だ。

 奈留島が“人前で”変身できる存在の、最高出力といったところ。

 そんな奈留島ドラゴンが、牛鬼と正面からぶつかり合う。

 

『ぐおおおお……!』

『オオオオオオオオッ!!』

 

 当然と言えば当然だが、奈留島は牛鬼に押し負けている。

 そもそもドラゴンのスペックって、最上級魔人にちょっと及ばないくらいなんだよな。

 一言でいうと、かませにちょうどいい強さなんだ。

 なもんで、普通にぶつかり合うと牛鬼には絶対勝てない。

 そこを――

 

「――光弾!」

 

 俺が補佐する。

 牛鬼の足元に、何発も光弾が叩きつけられた。

 それらの威力は牛鬼を傷つけるほどではないが、足止め程度にはなる。

 すると奈留島ドラゴンは、ぶつかり合いから一度退いて、距離を取った。

 俺はそんな奈留島に近づくと、勢いよくその背に飛び乗る。

 

「わかってると思うが、俺の基礎スペはクソだ。牛鬼どころか、普通の最上級魔人とも渡り合えない」

『だからアタシがメイン火力になれって? まーいいけどさー』

「んで、当然ながら人目のある場所で酒呑童子とかに変身するわけにはいかないだろ?」

『わかってるわかってる、こうすればいいんでしょ!』

 

 奈留島は俺の言葉に同意すると、口からブレスをぶっ放す。

 それは牛鬼をチリチリと焦がし、奴の怒りゲージを貯めるのだ。

 そしてある程度攻撃したところで、牛鬼がブレスを押しのけてこっちに突進してくる。

 それを――

 

「誘導するぞ!」

『わかってる!』

 

 俺と奈留島は誘導する。

 突進に背を向けて、空に飛び上がるのだ。

 当然、牛鬼はそれを追いかけるべく飛びかかってくる。

 このまま、教師の居ない場所まで牛鬼を誘導していこう。

 

『攻撃来てる?』

「来てる、右に大きく回避!」

『うひー!』

 

 奈留島は後ろを振り返らない。

 俺が回避を指示し、その通りに奈留島が動く。

 牛鬼は空を飛べないので、空を飛んでいるこちらを攻撃するには飛びかかるしかない。

 それを回避していけばいいだけなので、回避自体は簡単だ。

 

「もうすぐ、人に見られても問題ない場所まで到着する!」

『うひうひー。……って、さっきから大変そうに言ってるけど、これぶっちゃけヌルゲーじゃない? 難易度簡単すぎじゃない?』

「上げたいのか? 上げてもいいけど、やるのは奈留島だぞ」

『まるでセオくんが難易度管理してるみたいじゃーん』

「してるみたい……というか、してる」

『うぇ』

 

 いいながら、俺は時折光弾を的確に牛鬼の目にぶつけている。

 目はどうやっても生物の急所だ。

 威力がないから目潰しとまではいかないが、他の場所を攻撃されるより圧倒的に痛い。

 俺はこれを、牛鬼が冷静になりそうなタイミングで的確に叩きつけているのだ。

 

『ようするに、牛鬼には他にも攻撃手段があるけど、怒りで我を失ってる今はそれができなくて。怒らせてるのはセオくんってことぉ?』

「そうなる」

『えげつなさすぎなんですけどーーーっ!』

 

 やがて、奈留島は高度を下げていく。

 目的地に到着するのだ。

 そこは、学園から少し離れた山奥。

 生徒たちを逃がした山とは反対方向で、生徒を巻き込む心配はない。

 俺達が着地した直後に、牛鬼も遅れて到着。

 ――そこで、牛鬼は少し冷静さを取り戻したようだ。

 完全に孤立させられている。

 だが、そのことを意識させないように俺が再び光弾を放つ。

 怒り混じりに突っ込んでくる牛鬼を対処しながら、俺達は言葉を交わす。

 

『グオオ……ッ、オオオオッ!』

『ひー、怒ってる怒ってる。でもでも、迂闊すぎた自分を恨んだほうが早いんじゃなーい?』

「奈留島、次の変身を頼む」

『はいはーい、次に変身するのは何がいい? やっぱ最強のぬらりひょんか酒呑童子? あ、上司の鵺の方が動揺を誘えるかなー』

 

 奈留島が牛鬼を煽る。

 なんというか、煽りが入れば入るほど、奈留島が這い寄る混沌に近づいてる気がするな。

 普段の奈留島だって、人をからかうのは好きだ。

 だけど調子の良い煽りを入れればいれるほど、奈留島じゃなくて這い寄る混沌が煽ってるように聞こえてくる。

 まぁ、俺の気のせいかもしれないけどな。

 ともあれ、俺は奈留島に変身してもらう対象を告げる。

 それは――

 

 

「――件だ」

 

 

 七大魔人が一角、件である。

 

『はーい……って、件? 戦闘力のある他の魔人じゃなくて、件?』

「そう、件。本来だったらミホノに件を招来してもらう予定だったんだけどな」

 

 あの時、ミホノとした目配せは「今回はミホノの役割を奈留島に頼みたい」というものだ。

 ミホノは「はーしょうがないですねーほんとうにしょうがないですねー今度デートで手をうちますー」と了承してくれた。

 視線に感情こもりすぎじゃない?

 

『な、なんでそんなこと……』

「牛鬼の魔装、『毒渦大海』は一言でいうと、毒を周囲に撒き散らす魔装だ」

 

 これの使い方は二つあって、一つは文字通り。

 ただこれに関しては、俺は概念壁があるし、奈留島は毒耐性のあるドラゴンに変身してるから無意味。

 そしてもう一つが――()()()()()()()()ことだ。

 この毒電波で周囲を洗脳したり――電波で別の魔人と交信したりする。

 これは牛鬼の毒が、マナを介して周囲に伝播することで発生する現象だ。

 要するに、俺の身体強化毒がマナへの干渉によって発生するのと理屈は同じ。

 マナへの干渉能力が、他人と自分のマナを交信させるという方向に発露している。

 ちなみに、これを思いついたのは白面らしい。

 あいつほんと能力の扱い方に関しては超一流だな。

 結果それを他派閥の最上級魔人に教えて、自分たちの派閥が不利になっても気にしないのも白面らしい、といえばらしい。

 

「まぁ要するに――今、牛鬼は件と交信状態にある。その状態で奈留島が件に変身したり、ミホノが件を呼び出す。当然その件は本体よりずっとマナ総量が少ない。つまり――」

『……実質的に、牛鬼と件のつながりを断てる?』

「そうだ、そうすれば――」

 

 俺は、そこで奈留島から降りた。

 牛鬼を怒らせて正気を失わせ、その間に相談をするパートはおしまいだ。

 故に、宣言する。

 

 

「牛鬼はただの最上級魔人。今更普通の最上級魔人に、俺は負けないよ」

 

 

 勝利宣言だ。

 

 

 ◇

 

 

 ――何が起きているのか、わからなかった。

 牛鬼は鵺の命令を受けて、まほろば学園を襲撃することとなったのだ。

 そこで、学生たちを血祭りにあげるのが今回の指令。

 なんでそんなことをするか、といえば単純である。

 現在、鵺は百鬼セオという怪物に狙われていた。

 本来であれば、無能の烙印を押され何の成果も残せず大崩壊によって死ぬはずだった命。

 それがどういうわけか、大崩壊の引き金である件からマナを奪い鵺の立場を滅茶苦茶にした。

 結果として、セオは現在鵺を討伐するためにどんな特権すらも許される立場にあるらしい。

 これをどうにかするために、鵺は牛鬼を派遣し、学園を攻撃することにした。

 目的はセオの排除ではない。

 ()()()()()ことだ。

 そうすれば、セオの危険な行動で魔人を本気にさせ、被害が出た……ということになるらしい。

 本当にそうなるのかは、牛鬼には正直わからなかったが、これはその疑惑の種を生み出すための一手……だそうだ。

 

 ――だというのに。

 学園には学生が一人もいなかった。

 正確には、魔人に対抗できる力を持たない学生が、一人も。

 なぜ、どうやって!?

 疑問に思うが、不幸は一度では終わらない。

 

 ――何故、件のまほろばに帰還できない!?

 

 学生がいないなら、襲撃の意味はない。

 即座に撤退を判断するべきだ。

 しかし、できない。

 何故か件のまほろばへの転移ができないのである。

 鵺の拠点であるあのまほろばへは、すぐに転移ができるはずだった。

 

 ――退路を絶たれたのだ。

 

 何故だ、何故鵺はこんな失態を冒す!?

 そもそも、学生を殺して疑惑の種を植え付けるなんて方法、鵺らしからぬ姑息な手だ。

 誰かが入れ知恵でもしないかぎり、こんな――

 

 困惑する中、それは眼の前に現れた。

 百鬼セオ。

 隣には、見たこともない学生の少女が一人。

 それを見て牛鬼は考えた。

 現状を打破するには、この男を殺すしかない、と。

 

 ――結果は、失敗。

 セオの的確な光弾による眼球抉りですっかり冷静さを失った牛鬼は、学園のハズレに追い込まれていた。

 そこでなんと、セオといっしょに居た女は七大魔人に変身するという。

 そんな、あり得ない。

 しかも、それに対するセオの要求は――件に変身することだった。

 牛鬼の魔装『毒渦大海』の弱点を把握されている――!

 こいつらは、一体何なんだ!

 そして、女はそんなセオに対し、少しだけ思考を停止させるような表情をしてから――

 

『あはははは! それ、最高! いいねいいね! そういう面白いのアタシ、大歓迎だよぉ!』

 

 盛大に笑みを浮かべて、肯定した。

 

『やっぱセオくんはこうでなくっちゃ。アタシぃ、そういう面白いの大好きぃ!』

「ん? んーなんか違和感あるな……いや、とにかく、頼んだぞ」

 

 かくして、ドラゴンに変身した女の姿が――更に変化する。

 件。

 牛鬼と同じ、牛を思わせる姿の魔人。

 牛鬼は件が嫌いだ。

 なにせ牛鬼と件は見た目が近い、だというのに向こうはただマナを与えられるだけで存在を許されるどころか、七大魔人に数えられる。

 対する牛鬼は、あまりにも長い間、あのまほろばで件のお守りだ。

 そしてその結果が今である。

 理不尽な方法で件を攻撃され、その責任を鵺から押し付けられていた。

 だというのに自分は件がいなければ、全力を出せないときている。

 

 ――しかし、今。

 眼の前に壊してもいい件がいる。

 牛鬼はこの時、そう気づいた。

 女が変身した件を倒さなければ、本来の件への接続が回復しない。

 だから、倒していいのだ。

 あの件を! 憎たらしくて仕方のないデカブツを! この手で!

 

 セオとかいう男は言った。

 最上級魔人に、今更負けない。

 勝利宣言だ。

 だが、そんなことどうでもいい。

 今は眼の前の件を殺せれば、牛鬼には他に何もいらない――!

 牛鬼は、セオを無視して件に飛びかかり――

 

「させるかよ!」

 

 それを、防がれる。

 間に割って入ったセオが、何やら盾のようなものを取り出して、構えているのだ。

 それに、自身の牙のような腕が阻まれている。

 

『――――オオオオオオオッ!』

 

 この程度の壁で、積年の恨みを止められるものか。

 ――だが、壊せない。

 どれだけやっても、セオの盾は不壊のまま。

 まるで、不壊という概念を体現したかのような――

 

「……焦ってるな」

『――――ッ!』

 

 盾の奥から、声が聞こえる。

 そこでようやく、牛鬼はセオという男の瞳を見た。

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

 見透かすように、セオは問いかけてくる。

 その瞳は、どこまでもまっすぐ、牛鬼を見ていた。

 その言葉に牛鬼が感じた感情はただ一つ。

 

 ――なんだこいつ!

 

 理解できなかった。

 何故こいつは初対面にもかかわらず、牛鬼の感情を見抜いてくる。

 これまで、誰一人として明かしたことのなかった、牛鬼の根底にある感情を!

 

「別に理由なんて、なんでもいいだろ。ただ、お前が件を殺したいと知っていれば、今起きた感情の変化は、結構わかりやすいな……と思ってな」

 

 言葉を聞きながら、牛鬼は何度も攻撃を加える。

 この盾さえ――この盾さえ破壊できれば、件は目の前なのだ。

 なのにどうして、壊れない!

 この男は何を言っている!

 

「でも、知っていなければ、わからない変化でもあった。それくらい、お前が普段から感情を押し殺してるってことだ」

 

 攻撃で壊れないなら、どうすればいい?

 横をすり抜ける? だめだ、流石にそれは隙が大きい。

 向こうも普通に対応してくる!

 それに、だから、この男は本当に何を言っているのだ!!

 

「――それがわかっているから、俺は件を選んだんだ」

 

 その時だった。

 ふと、牛鬼の体の感覚が狂う。

 前に進もうという意思に対し、腕は前に()()()()()しまう。

 対して、その腕の動きは緩慢だ。

 まるで、自分の根底にあるマナによる強化をかき乱すかのように――感覚がおかしい。

 

「身体強化毒、やっと効いたみたいだな」

『オォ……オ、オォオオ!』

「うん、お前のためにこうして、準備をしておいたかいがあった」

 

 牛鬼のために――準備を――

 セオが何を言っているのかは、未だに何一つ理解できない。

 しかし、今身体に起きている変化がどういうものか、セオがどういった手を打って牛鬼を倒そうとしているのか、それはわかる。

 

 牛鬼と件のつながりを別の件――本体よりも格段にマナが少ないが、本物と遜色ないもの――と接続させ、マナの供給を断つ。

 件を殺さなくてはならないと焦った牛鬼の前に立ち、どういう理屈かは知らないが牛鬼が絶対に壊せない盾を構える。

 そして――マナを持つ生物ならば誰もがやっている身体強化の感覚を狂わせる毒を使った。

 

 特に最後が強烈だ。

 牛鬼はそもそも、普段は件の供給を受けた状態で動いている。

 それを絶たれた状態での戦闘は、全くの未知だった。

 そこに加えて、身体強化が狂ってしまえば、もう全く牛鬼は戦いようがなくなってしまう。

 

 ――完全に、牛鬼を討ち取るためだけの戦術。

 ()()()()

 この男は――七大魔人すら討伐してみせた怪物なのだろう。

 それがどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 聞けば、この男には七大魔人を正面から打倒しうる“切り札”があるという。

 それをさっさと切ればいいだろうに。

 どうして、それを使わない?

 

「……感情が読みやすいやつだな。俺がどうして切り札を使わないか不思議なんだろ? ……温存のためだよ。お前の親玉を倒すための」

 

 ああ、やはり。

 理由としては、そんなところか。

 その切り札にはリスクが伴うというから、牛鬼相手にそのリスクは見合わない、と。

 なんともつまらない理由だ。

 聞いてしまえば、一気に腑に落ちてしまう。

 

「――けどな」

 

 しかし。

 セオは続ける。

 

 

「お前は強い」

 

 

 思っても、みなかったことを。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。だから油断できなかったんだ」

 

 ――牛鬼は件を殺したかった。

 ただ与えられるだけの魔人を。

 ()()()与えられるだけの魔人を――

 

 牛鬼は鵺を上司として尊敬していた。

 確かに理不尽な命令は多い、自分を件のまほろばに縛り付けもした。

 それでも、牛鬼の上司は鵺を置いて他になかったのだ。

 鵺が、目の上のたんこぶの酒呑童子や、自分より若輩のくせにでかい顔をするぬらりひょん相手に、それでもなんとか彼等を上回ろうと立ち回っていたから。

 

「そして――だから利用させてもらった。お前の件に対する執着を」

 

 ああ、それは――

 

「理不尽だと思ってくれていいよ。理由もわからず自分の根底を覗かれて、不条理だと思ってくれていい。それでも俺は――」

 

 確かに、その感情はある。

 セオは敵だ、最悪の敵だ。

 けれど、敵、だからこそ――

 

 

「俺の目的のために、どんな手を使ってでも、お前を倒す」

 

 

 おそらく、きっと、この世でただ一人――牛鬼を“見ていた”人間だ。

 

 

 ◇

 

 

 牛鬼の首は落とされた。

 その最期は、憤怒とも満足とも言えぬ、なんとも奇妙な(かお)をしていた。

 原作という、理外から自身の過去を把握したセオという怪物。

 それに怒りと納得を抱いたまま、牛鬼は倒されたのだ。

 だから牛鬼は、確かにその時納得していた。

 

 ――この男だけが、牛鬼の根底にあるものを世界でただ一人、知っていた。

 

 そう、納得して死んだ。

 そのことに満足はしていない。

 どれだけセオが理解を示しても、やったことは牛鬼の抹殺だからだ。

 そのことに対する悔しさはどうしてもある。

 だが、だとしても確かに――牛鬼は「自分だけを見ている」相手に殺された。

 

 

 そんなセオに「自分だけを見ていてほしい」と語った少女の前で。

 

 

 その時、きっと。

 全ての歯車が動き出したのだ。

 件に変身した少女――奈留島ニイアは、ただただセオの行動を見ていた。

 這い寄る混沌の化身にして、どこにでもいる普通の少女は――その時。

 

 

 その運命を、大きく狂わせ始めたのだ。




件に変身したまま初恋に堕ちる女……
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