鵺は激怒した。
こんなはずではなかった、と。
牛鬼をまほろば学園に投下したところまでは、よかった。
困惑する生徒達を襲い、学園に打撃を与える。
作戦としては、悪くない。
これまで誰もやってこなかったのは、単なる最上級魔人程度では普通に迎撃されるからだ。
しかし牛鬼は違う。
最上級魔人でありながら、件とのつながりによって七大魔人並みの能力を引き出せる最上級魔人。
何より、いつでも帰還できるのであれば、一撃離脱戦法も可能だ。
それを鵺はあの女――奈留島アルラに任せた。
そもそもそれが失敗だったのだ。
どういうわけか、アルラは牛鬼を撤退させなかった。
学園から生徒が消えた時点で、作戦は失敗しているはずなのに。
『どういうことだ! 貴様、まさか裏切ったのか!?』
「ニャハハ、申し訳ございませぇん」
激昂する鵺のもとに現れたアルラは、申し訳なさそうに笑みを浮かべていた。
軽薄な笑みだ、鵺は激情に任せてこの女を攻撃するべく、腕を振り上げようとする。
しかし――
「ですが、
『……! む、ぅ、
鵺は手を止める。
弁明があるなら、聞かなくてはならない。
「考えてもみてくださいよぉ、まさか学園の生徒を全部転移させちゃうなんて、ふつぅ思いませんよぉ。牛鬼様だって、焦っちゃったんじゃないですかぁ?」
『……まさか、焦った牛鬼が判断を迷ったといいたいのか?』
「
『ぬ、ぅ』
違う、と言いたい。
鵺は牛鬼を信頼している。
件の守りを任せられるのは、牛鬼以外にあり得ないと思っていたほどに。
だからこそ、否定するべきだ、この言葉は。
だというのに。
「
『ちが……
どういうわけか、鵺はうなずいてしまった。
ああそうだ、すべては牛鬼が悪い。
牛鬼が間違っている。
「ですからぁ、そんな牛鬼のことなんて
『あ、ああ……そうだ……いや、違う、牛鬼はどうでもよくなど』
「ああもう、
『
「ニャハハ♪」
ああ確かに、失敗してしまったことは考えるべきではない。
鵺は気を取り直して、話題を切り替える。
『それで、どうするつもりだ。この度の作戦は失敗だった。であれば、次の策を考える必要がある。当然、何かあるのだろうな?』
「もっちろんですよぉ♪ 確かに一つ策がうまくいかなくてもぉ、でもそれがすべて失敗というわけではないんです」
『どういうことだ?』
鵺はアルラをにらむ。
先ほどから、口元を抑えて笑いを耐えている様子のアルラ。
彼女がいったい何を考えているのか、鵺には
「ようするに、失敗の中にも成功はあるということですねぇ。
『ぬ、う』
鵺は一瞬、牛鬼を愚弄する女に文句を言おうかと思ったが、どうでもいいと流されて口を閉ざす。
それを見て、アルラはさらに馬鹿にするような笑みを浮かべながら、続ける。
「私は成功しました。次の一手をご用意できる準備が整いました」
『……次?』
「ええそうです、鵺様。次は――」
そうして、アルラは。
「次はあなたが、現世に赴く番ですよ。まほろば境界をすり抜けて、人類を滅茶苦茶にしてあげましょう♪」
そう、告げた。
◇
這い寄る混沌は無貌の神。
その側面は一つではなく、無数にある。
一つは鵺を愚弄し、牛鬼を愚弄し、それに対して笑いをこらえる姿を鵺に見せていた。
だというのにも関わらず、何の反応も見せない鵺を滑稽だと嗤いながら。
だが、それはあくまで一つの側面。
這い寄る混沌は鵺を見下しながら、別の内心で盛大に焦っていた。
――まずい。
まずいまずいまずい。
あの少年に化身が惚れる。
それだけは絶対にまずい。
あってはいけない、何が何でも修正しないといけない。
かといって、あの化身を消すことは不可能だ。
なにせすでに惚れてしまっているから。
その時点で、這い寄る混沌は
いや、だがまだやりようはある。
惚れること自体は絶対にあってはならないことだった。
しかしその事実をなかったことには、もうできない。
だが、方向修正は可能だ。
まだ惚れてしまった化身を、別の方向に誘導することは可能。
むしろ、そのほうが本来の這い寄る混沌の想定よりはずっといい。
もっともっと愉しい方向に転がる可能性は高いのだ。
だから這い寄る混沌は、化身を誘導する方向で考える。
しかしそうなると、あの少年は本当に危険だ。
何をしでかすか、わかったものじゃない。
なにせ今回も、どこからか宅配されてきた触手を這い寄る混沌が処理している間の出来事である。
何度も何度も捨てては戻ってくる触手に辟易しながら対処していたのがまずかった。
今度からは、テンションが低い時も警戒を怠ってはいけない。
常に気を張り巡らせておくべきだ。
今、這い寄る混沌にとって最も愉快な娯楽が、あの少年の周囲に関することなのだから。
そう考えれば、もう這い寄る混沌が少年に後れを取ることはあり得ない。
なにせこちらは、少年の動向を逐一追うことができるのだから。
今回だって、少年の牛鬼対処法自体は筒抜けだった。
本来なら少年の眷属みたいな存在を使って、件を魔祓刃によって再現することで牛鬼のリンクを乱す想定だった。
結果として、近くにいた這い寄る混沌の化身の力を使われてしまったが。
それ以外は、完全に這い寄る混沌が把握していた策通りの行動を少年は取った。
まぁ、その想定外の行動こそが致命的すぎたのだが。
ともあれ、それにしたって触手の対処に追われて這い寄る混沌が目をそらしてしまったのが原因。
今度はもう、そんな失態を起こさないと這い寄る混沌は誓う。
そもそも向こうに、こちらの観察を止める手段はないのだ。
いや、正確には生ける炎の力を使えばそれも可能だろうが、あれは反動が大きすぎる。
使えば一週間も寝込んでしまうなら、その寝込んでいる一週間に状況を動かしてしまえばいい。
だから、少年にこちらを欺くことなど絶対に不可能。
もし仮にそんなことが可能だとすれば、少年がほかの神格の力を借りることだが、生ける炎とつながっている少年にそれは不可能なのだ。
だから、その心配もまずありえない。
もし仮に、この星にすでに降りてきている神格がいるとすれば話は別だが。
こんな木っ端な星に注目し、降りてくる神格など這い寄る混沌以外にいないだろう。
なんにしても、方針は決まった。
あの化身の恋心を這い寄る混沌は利用する。
化身にとっては、それはまだ単純に恋心というほどではないだろう。
自分自身すら自覚していないから、周囲にも悟られることはない。
というより、隠すように這い寄る混沌が誘導する。
その誘導には、生ける炎の力を借りないかぎり少年にすら気づけないのだ。
神格の力は、神格の力でなければ防げない!
恋心を利用し、あの化身をどうしようもない敵へと堕とす。
そうすることで少年の絶望を引き出し、這い寄る混沌はそれを嗤おう。
方針は決まった。
策もすでに定まった。
あとはそれを、行使するのみ。
鵺のもとを離れ、這い寄る混沌は拠点に戻りこれからに思いをはせようとした。
こらえきれなくなった笑みを、盛大な嘲笑へと変えるのだ。
そう思って拠点へと戻り――
――七色に光り輝くゲーミング触手に目を焼かれた。
と言うわけで前半はここまでになります。
後半は来月には再開予定。
これは完全にぶっちゃけ話なのですが、当初の予定だと本体ニャルは終始強キャラで最後に逆転する構成の予定でした。
でもどう考えてもWeb連載でトリックスター系の強キャラが10万字以上暴れ散らかすのはまずいので、今の出オチニャルになりました。
というわけで次回更新再開をお待ちください。
評価、感想頂けますと大変ありがたいです。
よろしくお願いいたします!