瀬戸場ミホノは、瀬戸場家の期待を背負って生まれ、そして多くの失望を向けられた少女だ。
もともと瀬戸場家は百鬼家ほどではないが、才能に乏しい家柄だ。
そんな家系に、水準以上のマナ総量を持って生まれたミホノは当然、期待された。
幼い頃から、簡単ではあるがマナを鍛える修行を始め、将来的には瀬戸場再興の礎となることが期待されていたのだ。
しかし、どういうわけかミホノはマナが成長しなかった。
原因はミホノの体質によるものだ。
ミホノはマナ総量こそ生まれつき多かったが、瞬間放出量が総量に対して極端に少なかったのだ。
瞬間放出量は、言ってしまえば身体がどれだけマナを効率よく動かせるかを示している。
これを鍛えるには、マナではなく身体の方を鍛える必要があるのだが、魔祓師の修行は多くがマナを鍛えることを主としている。
総量と瞬間放出量のバランスが取れているなら、その鍛え方でも成長するのだ。
しかし瞬間放出量に異常がある場合は、まず身体を鍛えて瞬間放出量のバランスをマナ総量と合わせる必要がある。
こういった修行の概念が魔祓師になかったのは、そもそも魔祓師の起源が「まほろば」と呼ばれるこの世界に存在するもう一つの世界の住人を源流としているためだ。
真生生物とも呼ばれるマナでできた肉体を持つ彼らは、ある時様々な理由から現実世界にやってきた。
そこで人と交わったのが魔祓師一族の原型である。
結果として、人体ではなくマナを重要視する気風が魔祓師の中で大きくなり、身体を鍛える修行は発展しなかった。
だからミホノは、「欠陥品」の烙印を押され、期待を失望にひっくり返された。
幼い子ども故に、そこまで瀬戸場家はミホノに強く当たらなかったものの、家族の失望を聡いミホノは感じてしまったのだ。
以来ミホノは、なんとなく周囲に萎縮しながら育っていくこととなる。
原作においては、そんな自己評価の低いミホノに、主人公の風魔コウタロウが正しい鍛錬法を教えることでミホノを救うのだが、この世界にはなんか変なのがいた。
言うまでもなく、百鬼セオである。
ミホノにとってセオの第一印象は、大人びた子ども、だ。
百鬼家は魔祓師の中でも特に冷遇される一族。
加えて兄の百鬼ルトが規格外の天才であったことから、セオに対する周囲の反応は冷ややかであった。
しかしセオはそれに気に病むこともなく、父の後に付き従ったのだ。
まぁ、実際には「この空気、原作でもあったやつ!」と内心テンションを上げていただけなのだが。
だがそんなセオだからこそ、ミホノは興味を持った。
周囲の失望を恐れていたミホノにとって、失望どころか侮蔑すらされるような立場でも、気にせず振る舞うセオはなんというか、「すごい」存在だったのだ。
家族を通して知り合ったセオは、最初のうちはなんだか随分おっかなびっくりとミホノに対応した。
しかし、少し話をすればすぐにミホノとセオは仲良くなったのである。
なぜならセオは、ミホノが思う通りの「すごい」存在だったからだ。
はっきり言って、ミホノはセオが何を言っているのか半分も理解していない。
五歳の子どもだから当然といえば当然なのだが、ミホノはセオが嘘を言っていることはないということだけは理解していた。
ミホノに語るセオの姿は、どれもこれもが真剣で、そして熱意に満ちていたためである。
たとえば先日、魔祓刃を習得したらしいセオに、ミホノは問いかけた。
「どーしてセオたんは、こゆー? のまはらばじゃなくて、こーだん? をしゅーとくしたんですか?」
以前からセオは、魔祓刃の素晴らしさについて色々とミホノに語っていた。
なんでも、固有の魔祓刃というのはロマンが詰まっているらしい。
だからてっきり、セオは固有の魔祓刃を作成すると思っていたのだが。
「あー、まぁ単純に、俺に固有の魔祓刃を作れるだけの才能がなかったんだ。でも、代わりに俺には光弾を習得しても、さらに別の魔祓刃を習得できる余裕があるんだ」
才能、という言葉を聞くとミホノは少しだけ胸がきゅっとなる。
だけどそれを口にするセオに、後ろめたい雰囲気は何も無い。
気にしていないのだ、そんなこと。
自分の持っている手札を使って、できることをする。
セオは常々そんなことを言っていた。
「光弾は非常にシンプルな魔祓刃の割に、拡張性が大きい。練習すれば放つ光の玉を曲げたりできるんだ。これは、曲がる光の玉を生み出す魔祓刃を習得するよりも、開発可能数を消費しない」
「なんだか、すっごいですね?」
「そう、すっごいんだ。魔祓刃は使い方次第で、固有の魔祓刃を光弾が上回ることもある!」
「いひひ、すっごい、すっごいです」
無論、セオもミホノが自分の語っていることを理解しているとは思っていない。
語ってる内容からして当然である。
のだが、それでもこうしてミホノに語るのは、ミホノがそれを望んだからだ。
ミホノにとって、この世で最もすごい人間はセオなのだ。
なにせ、ミホノにあった鍛錬法を教えてミホノのマナを成長させたことで、瀬戸場家はセオに大きな信頼を置いている。
最初の頃は百鬼の落ちこぼれとしか思っていなかったのに、現金なものだ。
それでも、評価をひっくり返したのはセオの行動である。
ミホノにとって、周囲の期待や失望は自分の行動で変えられないものだと思っていた。
しかし、セオにはそんなこと関係ない。
周囲の評価なんて気にせず、思うがままに振る舞うのだ。
それがどれだけ、ミホノにとって眩しく思えたか。
ミホノは以前、セオの兄であるルトと顔を合わせたことがある。
ルトは規格外の天才として、多くの魔祓師から注目を集める存在だ。
だからか、ルトのミホノへ対する対応はひどいものだった。
半ば興味すら持たず、ミホノの挨拶を途中で遮ってどこかへ行ってしまったのである。
正直なところ、怖くて仕方のない相手だった。
ミホノは幼く、魔人と直接相対したことはないし、大人は自分とは違う世界の存在だ。
だからミホノにとって、この世で最も恐ろしい存在はきっとルトだったのだろう。
圧倒的なマナの量、存在するだけで周囲を威圧する存在感。
そして何より、周囲をつまらない存在だと切って捨てるような視線。
どれをとっても、ミホノにとってルトは怪物以外の何物でもなかったのである。
ある時、ミホノは百鬼の家にお邪魔することがあった。
百鬼の当主――セオの父――と瀬戸場の当主――ミホノの父――が話し合いをするためだ。
なんでも、ミホノの将来についてとかなんとか言っていたが、今のところミホノは何もわかっていない。
ただ、ミホノは百鬼の家に行きたくはなかった。
いくらセオがいるからといって、ルトのいる家に行きたくなかったのだ。
セオとなら、会合で会えるのだからいいではないか、と本気で思っていたのである。
しかし百鬼の家に行ってみると、そこでミホノはあるものを目撃した。
一体何を話していたのか知らないが、ルトは明らかにセオを恐れていた。
セオは割と人の感情の機敏に疎いところがあるため気づいていないようだが、あのルトがセオを本気で恐れているのである。
何がどうなってそうなったのか。
ミホノには、正直よくわからない。
でも、セオがルトをびびらせるほど「すごい」ということは確かなのだ。
その時、ミホノは理解した。
この世界で最もすごいのは、セオなのだ、と。
以来、ミホノはセオを「すごい」と思うようになった。
信仰心である。
セオはすごいのだから、すごいセオの言っていることはすべて正しいのだ。
そんなことを、ミホノは本気で考えるようになっていた。
――セオが感じているミホノの信仰心は、正しい。
しかし、一つセオは勘違いしていた。
その信仰心は、決してセオの知らない原作に由来するものではない。
セオのやらかしによって発生したものなのだ。
セオは理解していない。
知らない原作を恐れる前に、「自分みたいなモブが転生者ムーブをしても周囲は気にしないだろう」という認識からくるガバ行動で、周囲を恐れさせているということを。
それによって、知らない原作どころか、知っている原作すらおかしな方向へかっ飛んで行ってしまうということを――――
転生者特有のやらかしムーブ、いいですよね。
そこに知らない原作という要素を加えて転生者本人を幻惑していきます。