――鵺が明らかに強化されている。
這い寄る混沌の言葉を受けて、先程までとは比べ物にならないくらい。
あいつはうっかり踏み潰したなんて言ったけど、本当の狙いはこのためか。
自分の現実を捻じ曲げる力をより通しやすくするために、鵺を作り変えたんだ。
とはいえ、やり合えてはいる。
強化された上で、今の俺とほぼ互角程度。
対策さえ取れれば、勝てるかもしれない。
しかし問題は二つ。
既に俺は炎鬼天生を切っているということ。
鵺は七大魔人だ、色々と情けないところを見せてはいるけれど、油断なんてできない。
だからこそ、俺は炎鬼天生をここで使った。
そしてそれ故に、俺は新たな手札を用意するという選択が取れない。
正面から鵺を打倒するしかない。
そしてもう一つは、言うまでもなく奈留島アルラ。
奈留島に何かをしている。
創造主として、被造物の存在を書き換えているのか?
奈留島を俺の敵にすると言っていたな?
ふざけるなよ、自分が創ったからって何をしてもいいわけないだろ。
とはいえ、現状俺にできることは殆どない。
ただこのまま奈留島が別の何かへと書き換えられるのを、ただ見ていることしかできないのか?
――いや、一つだけある。
俺が奈留島に対して――否、ニイアに対してできること。
這い寄る混沌という存在に別のなにかへと組み替えられ、暴走しそうなニイアを止めるためにできること。
それは、一つしかない。
若干の懸念はある、それでもニイアが暴走して誰かを傷つけるよりはずっといい。
だから――俺はその一つを躊躇うことなく選んだ。
「――――
言葉でニイアをこちらに引き戻す。
這い寄る混沌を排除して、ニイアを守る。
なんで、そこまでするかって?
それは当然、ニイアも俺の守りたい大切な仲間だからだ――!
「やっと解った。お前は奈留島ニイアだ! 這い寄る混沌の化身じゃない!」
「……? 何をいっているんですかぁ?」
奈留島アルラが、何かを言っている。
だが、俺が今気にするべき相手はそいつじゃない。
こんなやつのこと、別に無視したって構わないのだ。
「警戒して、奈留島なんて他人行儀によんで、俺がバカだった。お前はお前だろ、ニイア! 他の誰でもない、奈留島ニイアだ!」
「……ぁ、セオ、くん」
俺が今できるのは、ただ言葉を尽くすことだけ。
ニイアが俺の言葉を聞いてくれるように、俺の意思をニイアにぶつけることだけだ。
「――無駄ですよぉ! 既にそいつの核は私が書き換えました! そいつはもはや奈留島ニイアではありません!」
「どうかな! ニイアは何時だって何者かになりたがってる。だったら書き換えたってその根底にあるものは変わらない。答えを求めるニイアは今もそこにいる!」
「うるさいですねぇ!
鵺は、今も俺を妨害し続けている。
その攻撃は、千変万化は健在だ、しかし――
『
――限界が来ている。
これ以上、鵺は強くならない。
俺が話す言葉を、鵺は止められないのだ。
「ニイア! お前がなりたいものを、俺は知っている! お前がどうするべきなのか、俺は知っている! その答えを、お前はずっと知りたかったんだろ!」
「……っ!」
「そうだ、顔を上げろ! 前を向け!」
迫りくる刃、迫りくる腕。
それらを炎で灼き尽くす。
炎鬼天生はまだ、生きている。
「言葉なんて、そんなチンケでありきたりな方法で、私の書き換えを上回れる道理がないんですよぉ! 無駄なことはやめなさい、百鬼セオ!」
「無駄なんてこと、あるものか! だったらどうしてそんな焦っている、奈留島アルラ!」
――違和感はあった。
今、俺の眼の前にいる奈留島アルラは、本物の神格だ。
少なくとも、それに匹敵する力がある。
俺が放った光弾だって、あいつはほとんど無傷でやり過ごしているじゃないか。
だっていうのに、どうして――
どうして、ニイアや鵺という迂遠な方法で俺を殺そうとする?
どうして、今に至るまで言葉でしか俺を煽らない?
どうして、直接的な手段で俺を操ろうとしない?
「――やらないんじゃなくて、出来ないんだろ! どういう理屈かは知らないが、お前にはお前の事情……いや、ルールがある。そのせいで俺を直接攻撃することができない! そしてそれ故に、お前の書き換えは絶対じゃない!」
「っ!」
焔を一気に解放する。
迫りくる鵺の攻撃が一斉に焼き払われ、一瞬だけ猶予が出来た。
だから俺は振り返り、崩れ落ちたままのニイアに呼びかける。
「いいか、聞け、ニイア! お前が欲しいもの、お前がなりたいものの答えは――」
「――
奈留島アルラが、唯一俺に使うことのできる現実改変の力を使う。
しかし、そんなもので俺は止まらない。
「――生きることだ!」
焔を突き破って、鵺が迫りくる。
その一瞬、刹那、俺はニイアを見た。
顔を上げて、こちらを見上げる一人の少女を。
「何者かになりたい。その答えを、一言で簡単に出すことはできない。見つけるしか無いんだよ。でも、見つけようとして生きることにこそ、意味はある」
「い、み……?」
「そうだ。それはきっと、とても大変で、困難な道のりになる。答えが見つかるかどうかすらわからない道だ。でも、その過程には、生きるということには絶対に意味と価値がある。だから――」
そして、刃を振るった。
迫りくる鵺を、切り払うために。
激突する。
鵺と焔が、正面から!
「生きろ、ニイア! そして――お前はお前の道を征け!」
俺は、俺の伝えるべきことを全て伝えた。
あとはニイア、お前が立ち上がるだけだ!
+
アタシは、何者かになりたかった。
他の誰かとは違う、特別な誰かになりたかったんだ。
けどそれは、セオくんが言うには自分で見つけるしかないらしい。
酷い話だよね。
答えを教えるだなんて言いながら、最後には突き放してくるんだから。
でも、セオくんの言うことは実際その通りで、アタシが何かなんて答えそうそう見つかるはずがない。
だってアタシにすらアタシが誰かなんてわからないんだから。
そう考えるとセオくんは確かな答えは教えてくれなかったけど。
それでもアタシを、セオくんなりに見つけてくれたんだ。
ふと、セオくんとの会話が思い出される。
『魔滅場開放ってさ、どうすれば使えるようになるの?』
『どうって、魔滅場は世界だ。確固たる自分の世界を持った上で、より高みに登りたいと思った時、自然と覚醒するものなんだよ』
起き上がりながら、その言葉を何度も反芻する。
あの時は、今の自分には絶対に無理だと思ったけど、今でも自分に確固たる自分の世界なんてないけれど。
それを
胸は高まって、熱く、燃えている。
「ふふ、ようやく動き出しましたかぁ? 使えない貴方でもできる、簡単なことをしろと私は言っているんですぅ。ほら、早くしなさい?」
そいつが、声をかけてくる。
アタシの創造主。
「ああ、使えない貴方でもわかるように言ってあげたほうがいいですよねぇ♪ だから一度だけ
そいつは、
「あの
「
アタシに命令をする。
すると、びっくりするくらい自然に、アタシの体は命令通りに動く。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
完全に理解が停止した様子のそいつ、アタシのなんだっけ……本体?
よくわからないけど、心臓はぶち抜いたはずなのに、今も脈を打っていた。
ちょっと、気持ち悪い。
「……な、ちょっと、何をしてるんですかぁ!?」
「…………アタシにとって、使えないゴミは……
「おばっ……! ふざけんじゃないですよ! ゴミの分際で、だいたい何のつもりですか! 私は這い寄る混沌、その本体! 心臓程度抜かれたくらいで、死ぬわけ無いじゃないですかぁ!」
おばさんは、みっともなくわめきながらもがく。
おかしいよね、マナの総量はこの場にいる誰よりも大きい。
間違いなく、私の攻撃に反応できないはずがないのに。
どころか、この状態から脱出するのも簡単なはずなのに。
おばさんは全く身動きが取れていない!
「違うよ、この心臓はあくまで媒介。アタシはこれを別のものに変化させる」
「は……?」
「さっきやってみせたよね、アタシの中の
「待ってください、待ちなさい、待つのよ――ニイア!」
どうしてだろう、本当にそんなことできる確信なんてまったくないんだけど。
どうしてか、出来てしまう気がする。
セオくんも、普段こんな気持ちでいろんなめちゃくちゃを現実にしてるのかな――!
「――アタシがアタシである限り、アタシはアタシの道を征く! 故に獣応無人――!」
「いや、やめて!」
「――――魔滅場開放ッ!」
そして、私の手の中にある心臓が、光を帯びて別のものへと変化していく。
それは、漆黒の球体だ。
滑らかで、表面にはうねりや微細な模様のようなものが刻まれている。
さながらそれは瞳のようで、アタシの変化した片目に近い形をしていた。
それを――
「
「あ、ああっ! ああああああああああああああっ!」
そして、アタシの本体を名乗る不審者のおばさんは、まるで溶けるようにその場で弾けて消し飛んだ。
そして、アタシは――
「――――あはっ」
その様子を、ただ愉しげに見下ろしていた。
奈留島アルラの墓を建てるルラ……