――誰よりも強くありたかった。
鵺の魔人としての才は、他に並ぶ者がいないほどだった。
少なくとも、鵺が魔人になった当初は、鵺こそが最強の魔人だったのだ。
実力の劣る魔人を従え、襲い来る魔祓師――当時はそもそも魔祓師と呼ばれてはいなかったが――を薙ぎ払い。
この世は自分のものであると、鵺は本気で思っていた。
――酒呑童子が、現れるまでは。
酒呑童子、間違いなく現状この国の魔人の中では最強だ。
七大魔人の実質的な盟主にして、魔人そのものを支配していると言っても良い。
そんな存在が現れたことで、鵺の天下は終わりを告げた。
最初のうちは対抗しようとした。
しかし実力だけでなく、配下の魔人の強さすら鵺は酒呑童子に劣っているのだ。
互いに七大魔人の配下を有するという点においては同じだが、鵺の配下である件は特異な魔人である。
そもそも、件を用意しようと鵺が行動を起こしたのは、酒呑童子が茨木童子を抱えてから少したった後のこと。
その頃には、もう鵺と酒呑童子の格差は決定的となっており、件がいてもひっくり返ることはない状態だった。
そして、悪いことは続く。
更には白面金毛、ぬらりひょんといった鵺を上回る強者が更に現れたのだ。
そもそも鵺は七大魔人という括りをよく思っていない。
自分こそが、他の魔人より優れていなければならないのに、同列で語られるなど耐え難い状況だ。
それでもまだ、鵺には希望があった。
言うまでもなく、それは件の存在だ。
あの魔人は、鵺が用意した自分の状況をひっくり返せる最大の切り札。
死ぬことで覆せない予言を残す魔装、それを知った時、コレしか無いと鵺は思った。
――だがそれも、突如として現れた災厄によってぶすっと穴を空けられてしぼんだ。
なんで……
不条理にもほどがあるだろう! と、憤ることすらできないほど、最初のうちは落胆した。
百鬼セオ。
あの白面金毛を破り、七大魔人を初めて屠った
目下、七大魔人にとっては最大の脅威と言っても過言ではない相手。
その強さは、実際に相対した鵺も認めざるを得なかった。
まず最初に投入した分身の鵺を、難なく一人で撃破してみせたのだ。
直接戦ったことで解る。あの少年には才能がない。
実力も、マナの総量も、ごくごく一般的な魔祓師程度のものしか無い。
しかし、その手数は余りにも多彩がすぎる。
あの白面金毛を仲間の力を借りたとは言え、殆ど同じ方法を使わず倒したのだろう。
そして、今回は自分に対してこれまで使ってこなかった手段で攻撃してくる。
なんなのだ、アレの発想力とそれを実現する執念は!
しかも、本気を出せば純粋に全力の鵺よりも強いと来ている。
ああ、全てはあいつのせいだ、あいつのせいで全てが狂った。
あいつさえ――百鬼セオさえいなければ……!
何よりなんだ、あの茶番は。
いきなり”あの女”に似た女がおかしくなったかと思えば、自分を吹き飛ばしてしまった。
許せないのは、自分がまるでどうでもいい存在かのように扱われたことだ。
――我は鵺! 最強の魔人なるぞ!
鵺にとって、最も許せないのは自分が蔑ろにされること。
自分がすべての中心でないこと。
鵺こそが魔人の頂点でないという、その事実。
ゆえにこそ、鵺の魔装は千変万化である。
何にでも変化できるということは、対峙する存在にとって最も脅威である存在に変化できるということ。
最もその存在にとって己を厄介だと思わせられる、ということ。
――だというのに! 誰も、誰も我を見ていない! 我を見ろ! 最強である、我を!
そんな思いは、しかし。
『――これから我は、どうすればいいのだ』
――――木っ端微塵に、打ち砕かれようとしていた。
現在、鵺は途方にくれている。
鵺がいるのは、どことも知れぬ森の中だ。
奈留島ニイアによって吹き飛ばされた、人気のない森のなかで一人うずくまっている。
どうして、そんなことになったのか。
一つは
そもそも、鵺を現世に送り出したのは奈留島アルラである。
一度存在を小さくして、それからもとに戻すという荒業で。
だから、鵺はまほろばに戻れなくなってしまった。
無論、それだけならば問題はない。
深刻なのは、もう一つの方だ。
『何故だ、何故誰も我を
――鵺の配下が、誰も鵺を鵺だと認識できなくなっていた。
最初のうちは、別に戻れなくとも問題ないと考えていたのだ。
それならば、一足先に人類を攻撃してしまえばいい、と。
しかしそのためには、配下の存在が必要不可欠。
何せ単独では、百鬼セオに勝てないのだ。
策を弄し、部下を使い、百鬼セオを追い詰める必要がある。
なのに、どういうわけか部下は鵺を鵺だと認識できなくなっていた。
――原因は言うまでもなく、奈留島アルラが鵺を現世に送り出す最中に踏み潰してしまったことなのだが。
結果として、鵺は家なき子になっていた。
『なぜ、我がそんな目に遭わねばならぬ……』
そんな、途方に暮れた、誰にも聞こえないと思っていたつぶやきは、しかし。
「何を弱気になってるのぉ? らしくないじゃーん!」
一人の少女に、聞かれていた。
『きさ、ま――』
「はぁーい、奈留島ニイアだよ! 元気してた?」
『貴様ァ!』
奈留島ニイアが、そこにいた。
鵺は怒りに任せ、それに襲いかかろうとする。
しかし――
「
ニイアがその言葉を口にした途端、鵺は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
何が起こったのか、理解するよりも早く――ニイアが本題に入る。
「ねえ鵺、力を貸してほしいんだけど」
『だ、れが……貴様に、力……など!』
そもそも、元はと言えばこうなったのは奈留島アルラのせいだ。
その関係者だろう奈留島ニイアが力を貸せと抜かしても、受け入れられるはずもない。
しかし――
「あはっ、わかってないなぁ。私はね、セオくんを殺したいの」
『それが……どうした……!』
「鵺――貴方さぁ、自分が誰からも意識されていない状態が許せないんでしょ?」
『――!』
それは、鵺の急所と言える部分だ。
これまで誰にも指摘されたことのない弱点。
どうしてこの女は、それを知っている――?
一気にニイアへの警戒心が強まる中、ニイアは金縛りを解いた。
鵺はニイアを襲わない、攻撃することを危険だと認識したからである。
「酒呑童子に、ぬらりひょんに、白面金毛! 皆とってもつよいもんねぇ! 貴方じゃ勝てないくらい!」
『……今は警戒しているがゆえに、その首掻っ切らぬ。しかし、あまり煽るなよ――刎ねるぞ』
「あはは、こっわーい! でもでも、だったら有言実行しなきゃだめだよ? ――てっぺん取りたいならさ」
『…………』
その言葉を聞いて、鵺は動けなかった。
「動けないよねぇ、だって自覚があるんだもん。自分が最強じゃないって。誰も自分を見てないって」
『きさ、ま……』
「――でも、本当にそうかな?」
その言葉とともに、ニイアは深く、深く笑みを浮かべる。
三日月のような――あの奈留島アルラを思わせる、狂気的な笑み。
「この間の戦闘さぁ、少し気になったんだよね、アタシ」
『この間の……戦闘?』
「どうしてセオくんが、
――それは、確かに。
今にして思えば、そうだ。
あのおかしな女は、間違いなく鵺よりも強かった。
でなければ、鵺を小さくしてまほろば境界を突破するなんて方法、取れないはずだ。
だというのに、百鬼セオは奈留島アルラに対してあの『切り札』を使わなかった。
「実は、セオくんがあたしと貴方の所にやってくる前、あのおばさんと会ってるんだよ。それなのに、そこでは炎鬼天生を使わず、あたしを助けに来るため使ったの」
『それ、は……』
「いやぁ、いじらしいよね。セオくんったら、あたしのこと好きすぎじゃない?」
『いやそれは関係ないだろう』
「あっははははは!」
ニイアは笑って誤魔化した。
「つ、ま、り! あたしの言いたいこと、解るぅ?」
だが、そんなコト以上に、続く言葉は――
「――セオくんは、
――どうしようもなく、鵺を惹きつけてしまう。
『な――』
「奈留島アルラじゃなくて、鵺を警戒していたの! ねぇ、解る? これってさぁ!」
両手を広げて、囁くようにニイアは告げる。
「セオくんは、貴方のことをちゃーんと見てたんだ」
耳元で、あまりにも甘すぎる甘言を。
毒のように、流し込んだ。
『あ、ああ……』
「いいの? それなのに、こうして膝を抱えて。動かないと、セオくんは貴方を見てくれないよ?」
『い、やだ……我は……我は……』
「あはっ。じゃあ――行こうよ、鵺。一緒にセオくんを――ぶっ殺そう☆」
そうして、ニイアは手を伸ばす。
鵺は、その手を――
「安心して、アタシはちゃーんと、貴方を
取って、しまった。
かくして、事態は動き出す。
奈留島ニイアは、コマを手に入れた。
全ては、百鬼セオを殺害し――自分にだけ、視線を向けさせるために。
+
――その様子を、上空から見ている者が居た。
楠木リズだ。
当然の権利のように空を飛んでいる彼女が何をしているのかといえば、鵺を監視していたのである。
「もし仮に鵺が人を襲うようなら、ここで始末をつける。セオくんとはそういう約束だったけど――これなら心配は要らなそうだね」
セオには一つ懸念があった、ニイアに吹き飛ばされた鵺が人を襲う選択を取ることだ。
そうなった場合、一週間の昏睡状態にあるセオでは対処できない。
だからリズに、対処を依頼していた。
しかし、結果としてニイアが鵺を自陣に引き入れた。
ニイアはセオ以外に興味がないようだから、わざわざ鵺に人を襲わせたりはしないだろう。
そしてその場合は、ムリに鵺を攻撃しなくてもいい、ともセオから言われている。
リズとしてはさっさと鵺を撃破したいが、セオの頼みとあっては仕方がない。
言う通りにした方が、きっともっと
そんなことよりも――
「ところで、あのニイアちゃんの煽り……一見危うい雰囲気で鵺を悪落ちさせてるけど――」
ぽつり、とリズは零す。
「内容は、普通に鵺を励まして説得してるだけじゃない?」
悪落ちしても、ニイアちゃんはニイアちゃんだなぁ。
そんなことを、リズは呑気に考えるのだった。
ちゃんちゃん。
というわけで二章後半戦です、ここから二章終了まで一気に行きます。
全十一話です、よろしくお願いします。
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