推しの少年漫画に転生した件   作:暁刀魚

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六 知らないけどあり得る感じの母親

 『魔祓師フウマ』の原作は、なんというかばらまいておいた要素を拾うのが得意な作風だった。

 ようするに、事前にばら撒いておいた意味ありげな設定や、想像の余地を広げるのが抜群に巧かったのだ。

 だからもし、原作に存在しない要素があるとすれば、それは原作であり得た要素である。

 その筆頭と言えるのが、俺たちの母親――百鬼ハナである。

 

 もともとの原作で、百鬼ルトの母親は描写されていなかった。

 幼い頃のルトは父親から虐待まがいの修行を課せられていた、ということしか判明していないのだ。

 原作に、母親は一切登場しなかったのである。

 しかしルトも人間である以上、母親はいるはずだ。

 では、どうしていたのか。

 虐待まがいの修行が始まる前に亡くなっている、とすれば全てに説明がつく。

 特に今の父様は、原作のイメージにあるようなひどい父親という感じはしない。

 兄様への嫉妬こそあれ、あくまで父として振る舞っている。

 俺に対して贔屓しすぎなところはあるけれど、あくまでそれも人として不自然のない欠点といった感じだ。

 そもそも兄様も、この点に関してはまぁそりゃそうだろ、みたいな感じだしな。

 

 だからこそ、兄様と父様の関係にヒビを入れたのは母様の死であるはず。

 母様――百鬼ハナは、とても立派な人だ。

 一癖も二癖もある『魔祓師フウマ』の中で、こんな人格者がいてもいいのかってくらい。

 イヤほんとひどいんだよ、原作のキャラ。

 とりあえず性格の悪いキャラとして出てきて、後々悲しい過去で挽回していく作風なせいで、とりあえず素の性格が悪い。

 無論、仲良くなればいいところも見せてくれるのだが、最後まで改善しない人もいたな。

 主人公の師匠とか。

 ともあれ、だからこそ母様は何かしらの要因で犠牲になったのだろう、ということが簡単に想像できてしまう。

 なにせ、原作にも立派な人格の持ち主は存在するが、たいてい過去編のキャラですぐに死ぬ。

 母様みたいな人ほど、原作においては死亡フラグが立ちやすい存在なのだ。

 

 だから母様の死亡イベントは、絶対に将来的に起こる俺の知らない原作。

 でも、詳細を知らないから俺は対策の立てようがない。

 今はとにかく、強くなることしか俺にできることはないのだ。

 

 

 +

 

 

 ――ふと、意識が覚醒していく。

 なにかとんでもない悪夢を見ていた気がするが、内容は覚えていないのだ。

 体がだるい、意識を失うまで行っていた修行のせいだろう。

 そして――そんな俺を見下ろす一人の女性がいた。

 長い黒髪に、和装の女性。

 俺の母様――百鬼ハナである。

 

「かあ、さま……」

「――セオ。あなた、また無茶をしましたね」

 

 ピシャリ。

 寝ぼけ眼で呼びかけた俺に、母様は一言そう言ってのけた。

 厳しい一言である、が何も否定できることはない。

 俺はなんとか目を覚まし、手元をあさり眼帯を取ろうとしつつゆっくりと起き上がろうとして――母様に止められる。

 

「そのまま眠っていなさい。無茶をしたのです、今は休んでいるべきなのはわかりますね」

「は、はい母様」

 

 有無を言わさぬ雰囲気と言動。

 母様は立派な人格者だが、厳しい人だ。

 間違っていることをすれば、それを間違っていると譲らない人でもある。

 

「それで、今度は何をしていたのですか」

「え、ええと……”解郷”の練習をしていました」

「解郷の? 意外ですね。セオはその年にしてはとてもしっかりしていますから、解郷のような魔祓刃は習得しないと思っていましたが」

 

 解郷は一言で言えば、俺達魔祓師の故郷である「まほろば」を”見る”という()()の魔祓刃だ。

 汎用の魔祓刃として古くから知られているが、習得しているものはいない。

 原作ではとある事情からメインキャラの一人が習得するのだが、習得したエピソード以降使われることはなかった。

 ただ”視るだけ”というのは、使い道がないのである。

 いや、使われたエピソードではかなり活躍したし、「まほろば」は非常に美しい世界なので見てるのは楽しいんだけどね。

 

「そもそも、”解郷”でどうすれば倒れることができるのです。確かにまほろばにいる真生生物の中には、見ただけで影響を受ける生物もいますが、マナを有する私達が倒れるほどの真生生物はいません」

「そ、それは……すいません、言えません」

「…………」

「申し訳ありません、母様」

「……はぁ、そうやって謝るときのあなたは、こちらの言い分など絶対に聞き入れませんからね。ただし、次に解郷で倒れたら、その魔祓刃は以後使用禁止です。いいですか」

「はい」

 

 このやり取り、もう何度目だろうか。

 最初にやったのは、母様に魔祓師の修行がバレた時。

 理由は光弾を使ったから。

 マナを使うだけならともかく、魔祓刃を使ったら魔祓師はそれを察知できるのである。

 なので、父様監視の上で、母様も二人で説得するという相談のもと使ったのだ。

 なお、父様は折れた。

 最終的に俺が根負けしなかったことで、母様が諦める形になったものの、今も母様は俺のことを厳しく見守っている。

 

「……そもそもセオ、どうしてあなたはそこまでして魔祓師の修行をするのです。あなたに魔祓師としての才能がないことはわかります。それを補うかのように、努力の才能があることも」

「……」

「その才能は、ルトにもない素晴らしいものです。ですが、同時に無茶と紙一重の危険なものでもあります」

 

 母様は、決して危険だからといってそれを止めるよう強制する人間ではない。

 俺に才能がなく、それを埋めるためには努力しか方法がないことも。

 努力だけなら、兄様に負けない才能があることも認めてくれているのだ。

 そのうえで、俺のことを思って苦言を呈してくれている。

 ちなみに兄様に努力の才能はない。

 原作でも父様の過酷な修行以外に修行らしい修行はしていなかった、怠慢なのだ。

 まぁ、それでも父様の修行はだめな修行だったけど。

 ともあれ。

 

「まだあなたは幼いのですから、今は無茶にならない範囲で頑張りなさい。私達大人が、あなたが大きくなるまで見守り、育て、導くのですから」

「……申し訳ありません、母様。無茶であることはわかっているのです。でも俺は、自分に努力の才能しかないから、それにすがってしまうのです。無茶だとは理解していても、目標はあまりに高く、遠いのですから」

 

 ――俺の目標は、端的に言えば兄様だ。

 いや、もっと言えば原作の敵とかなのだが、兄様といっておけば一発で説明がつく。

 そして俺には、ただ無茶をする以外の考えだって、ちゃんとある。

 

「であれば、なおのこと――」

「――――だからこそ、母様。俺が無茶をした時は、止めてくださらないでしょうか。今日、このときのように」

「――」

 

 俺の言葉に、母様は少し言葉を止める。

 止めてほしいという言葉は、ただこの場をやり過ごすための方便ではない。

 もともと俺は、自分に足りないものは周囲に求めてしまえばいいと思っているのだ。

 なにせこの世界には、原作で多くの魔人と戦い、それを屠ってきた者たちがいる。

 原作をハッピーエンドに導いてきた強者がいるのだ。

 俺一人がすべてを頑張る必要はない。

 だからこそ、ミホノにも強くなってほしいのだ。

 兄様の性格を考えれば難しいかもしれないが、兄様にも人の守護者として残ってほしい。

 

「母様は、俺が本当に無茶をした時は、いつも止めてくださいました。今だって、俺に正しい線引を教えてくれています。誓います、次に解郷を使い倒れたら、二度とそれを使わないと」

「…………はぁ、あなたはたまに、人を買いかぶりすぎることがありますね」

 

 まぁなんというか、原作キャラというだけで一つ評価を上げて考えてしまうところはあるかもしれない。

 母様は俺の知らない人だし、母様としてしか慕っていないが。

 でも、母様がいる限りちょっと性格に問題のある父様も、問題大有りの兄様もなんとか人としての善性を多少なりとも維持できていると思うのだ。

 そして、だからこそ――

 

「……母様」

「なんでしょう」

「――絶対に、これからも俺を見守ってくださいね」

 

 

 そんな母様を、俺は死なせたくない。

 

 

 これは原作キャラがどうこうとか、そういう話ではなく。

 この世界に新しく生まれ、優しい母に見守られ、その愛情を受け取ったからこそ思うこと。

 俺みたいな転生者で、変なやつで、才能のない人間にも愛情を注いでくれる優しい人を、失いたくない。

 もしこのまま母様が死んでしまったら、俺まで闇堕ちしてしまいそうだ。

 それだけは、絶対に避けたい。

 だからこそ、俺は鍛錬する。

 それに――

 

「それに、ですよ母様」

「……なんですか」

「――――鍛錬って、楽しいんですよ。すっごく」

「………………はぁ」

 

 俺は、目を輝かせて語る。

 いやだって、本当に楽しいんですもの、鍛錬。

 

「考えてもみてください、魔祓刃はとても興味深い力です。個人の性格や思考が反映された能力を操ることができる。これってすごいことだと思いませんか? 中でも、固有の異能や異能を極限まで強化することで発動できる”魔滅場開放”は魔祓師なら一度は使いたいと思うでしょう! 魔祓師としての最高の栄誉ですし、それを極める過程で魔祓刃の奥深さを知ることができるのですから!」

「……セオ? 大丈夫ですか、セオ? 先程から視線の方向がおかしいですよ」

「だから俺はもっともっと強くなりたいですし、いずれは魔滅場開放を習得したいのです。ええ、今は無理でもこのまま努力を続けていけば、必ず到達できると信じています! なぜなら鍛錬は楽しく俺は成長しているからです! ですから母様!」

「は、はい? セオ、あなた解郷でなにかおかしなものでもみたのではないですか?」

「鍛錬鍛錬! 鍛錬最高と叫びましょう! いあ! いあ! 鍛錬!」

「セオ!? 帰ってきなさいセオ!? やはり解郷は使うべきでは……いやそもそも解郷でこんなことなるわけないでしょう。あなた本当に何をしたのですかセオ! セオ――!?」

 

 その後、俺は正気に戻るまで一時間かかるのだった。




この後解郷一発禁止じゃない? いやそこをなんとか……みたいなやり取りがあったことが次回で触れられます。
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