「結局さ、這いよる混沌だろうが、生ける炎だろうが、神格だろうが、この世界に生きてるんだよ」
「この世界に……生きてる?」
ぼろぼろになった空間の中で、ニイアがへたり込んでいる。
このまま続けても、勝つのが俺だとはっきりしたからだ。
ニイアは俺を殺そうとしているが、俺は別にニイアを殺したりはしない。
だから、俺はニイアに語りかける。
「確かに神格は特別な存在だし、ニイアは特殊な生まれ方をしたかもしれない。でも、それがこの世界全体を見渡した時に、異質かって言われたらそこまでじゃないだろ」
「そう……かな」
「真生生物には、もっと特異な生態をしているやつもいるぞ。一日ごとに生まれ変わったり、とか」
原作の序盤に登場した、不思議な真生生物の存在を思い返しつつ、俺は笑う。
気にするな、と。
「ニイアはもうニイアなんだよ。混沌と俺への愛情しかなくっても。それ以外の感情でめちゃくちゃになりそうでも。それは普通のことだ」
「……セオくんはひどいね、アタシの悩みをばっさりだ」
「俺には、ニイアの悩みをわかってやることはできないからな。俺の考えを示してるにすぎない」
結局、答えはあの時と変わらない。
迷い、自分を見失いそうになっていたニイアにかけた言葉――
「生きるんだ、そして前に進もう」
「……そればっかり。もっと優しい言葉をかけてよ」
「これでも、精一杯優しくしてるつもりなんだけどな」
「つもりじゃ、だめ」
言いながら、ニイアはふらふらと立ち上がる。
その姿はなんだか、吹けば飛んで消えてしまいそうなほどか細いけれど。
でも、確かに一人でそこに立っていた。
「……答えてよ、アタシの言葉に」
「…………」
「本当にアタシにやさしくしてくれるなら、ちゃんと正面からアタシに答えてほしい。これは……わがままじゃないよね?」
ニイアの言葉。
俺がここまで答えることを避けてきた言葉。
いや、きちんと殺し合いではなく、話し合いの場に状況が移るまで答えを口に出せなかった言葉。
ようするに――
「好き、セオくん」
ニイアの告白に対する、答えを。
奈留島ニイア。
俺の前に突如として現れた這いよる混沌の化身。
ドジなところがあって、ポンコツで、どこにでもいる普通の少女。
ちょっと性癖がおかしかったり、這いよる混沌らしい姿を見せる時もあるけれど。
少なくとも今の俺にとって、ニイアは信頼に値する仲間だ。
そして――
「俺は……」
ずっと考えてきた答えを――
『
口にする、その瞬間。
突如として現れた
「な――」
警戒はしていた。
だが、対応する時間はなかった。
一瞬にしてその場に触手は現れたからだ。
飲み込まれた、と表現したがそれは正確ではない。
入れ替わったのだ。
そこにいるニイアが、触手に。
そして――
「奈留島アルラ……!」
それを操る、奈留島アルラに。
見上げればそこに、そいつはいた。
十メートルはあるかという、巨大な触手の怪物。
その頂点に、上半身だけの奈留島アルラがいる。
顔の半分はまるで最初からなかったかのように黒く塗りつぶされ、明らかにボロボロになった状態で。
『ニャハハハハ! 大事な告白の最中に失礼しますぅ! でも、そのほうが滑稽でいいですよねぇ!』
「往生際が悪いぞ、お前……!」
俺は触手に炎をぶつけながら、距離をとる。
触手は――無傷。
生ける炎の力をものともしない何かと奈留島アルラは合体しているのか!?
いや、ニイアを取り込んでパワーアップしているというのもあるだろうけど。
それにしたって、これは……!
『あなたが悪いんですよぉ。這いよる混沌そのものであるこの空間を破壊したことで、アレの奥に閉じ込められていた私が外にでるチャンスを得たんですぅ!』
「……!」
『ぜーんぶぜんぶ、あなたのせい! 奈留島ニイアが私に飲み込まれたのも! これから貴方が死んで外の世界がめちゃくちゃになるのも!』
奈留島アルラが触手を振り上げる。
何本もの触手が俺に迫り、俺は炎でそれを凌ぎつつ、すり抜けてきた分を刀で迎撃していく。
しかし防戦一方だ。
出力が高すぎる!
『ぜーーーーーんぶ! 百鬼セオが悪いんですぅ!!』
そして、奈留島アルラが両手を掲げる。
なにか、まずいものがくる、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
だが、止められない。
あまりにも触手の猛攻が激しすぎるから。
『以前、あなた自身がやってみせてましたですよねぇ。強化の概念を付与した両手の間にマナを行ったり来たりさせて、とんでもない威力の一撃を放つんでしたっけぇ?』
「お前……!」
『
掲げた両手の間に生まれた光が、勢いよく膨れ上がっていく。
そして――
「……他人の猿真似なんて、芸のないやつだ!」
『――死ね!』
俺の言葉につられたように、奈留島アルラは光を解き放つ。
それに対して俺は、何もできなかった。
『百鬼セオ――――ッ!』
否、しなかったのだ。
行動を起こす前に、ある存在が俺のもとに現れ、俺を連れ去って光から距離をとったのだから。
それは――
「鵺っ!?」
『何をぼーっとしている!』
鵺は俺を背中に乗せると、空間を勢いよく駆け回る。
追いかけてくる触手はどういうわけか鵺を
そして、炸裂した光の届く圏外に出ると鵺は一度動きを止めた。
『ニイアの戦いが無事に終わりそうだからと静観していれば、何だあれは。あれも貴様の想定内ではないのか百鬼セオ!』
「俺とリズ先輩の攻撃を受けた後、ニイアの世界に隠れて潜んでたのか!?」
『ああそうだ。あの攻撃に対処できない時点で、我は貴様らには勝てん。ならばあとは、我をここまで引っ張ってきたニイアへの義理を返すのみ』
鵺のやつ、そんなに義理堅かったのか?
やろうと思えばニイアとの戦闘中に奇襲だってかけられただろうに。
これも知らない原作ってやつか。
今はそれどころじゃないけど。
「一応、奈留島アルラが割って入ってくる可能性は想定してたさ。そのために炎鬼天生をニイアとのタイマンまでとっておいたんだから。でもあの触手はなんだよ。奈留島アルラがあり得ないくらい強化されてるし!」
『ヌハハ、貴様にも想定できんことはあったか!』
「それと、鵺があの触手の攻撃を受けてるのは……」
言葉に出して、そこで気付く。
鵺は一度奈留島アルラに殺され、再構築されている。
今の鵺は這いよる混沌の一部だ。
つまり、フレンドリファイアが発生しないようセーフティがかけられているのか。
『なんだ、どうしたのだ』
「……いや、なんでもない」
どちらにせよ、それを口にすることはできない。
今の鵺が本当の鵺でないことを、話さなければならないからだ。
とはいえ、ここに”アレ”がいる以上、俺が隠しても意味はないのかもしれないが。
『ニャッハハハ! 鵺、鵺ですかぁ! 私のおもちゃが今更何をしに来たのですか!?』
『ふん、野暮用だ! 終わればすぐに帰る!』
『帰る場所なんてありませんよぉ! だって今の貴方は――鵺であって鵺じゃないのですからぁ!』
触手で俺を攻撃しながら、その余波で煽るように鵺にも触手をぶつけてくる。
当然それらはすり抜ける、鵺が奈留島アルラの創造物に成り下がったことを見せつけるように。
「悪趣味がすぎるぞ!」
『だからなんだっていうんですかぁ!? だって鵺は――』
『――ああ、そうだな』
そこで、鵺がぽつりとこぼした。
『我は、以前の我ではないのだろう。とっくに気づいていたぞ、そんなこと』
鵺は、まるで何でもないことのように、そう言ってのけたのだ。
「鵺……!」
『かつての部下に鵺と認識されていないのだ。その意味を考えれば、自然と想像はつく』
『ニャ、ニャハハ! それは滑稽ですねぇ! あなたに存在価値がないと、あなた自身が気づいてしまったのですから!』
『だが……何よりも顕著なのは、今この瞬間だ』
奈留島アルラの言葉を完全に無視して、鵺は独白を続ける。
『
「それは……」
『牛鬼の仇なのだぞ、こいつは。我にとって最も信頼できる部下だった牛鬼を討伐した絶対に相容れぬはずの存在を、我はニイアのために助けている』
触手をはじき、躱し、奈留島アルラの周囲を飛び回りながら鵺の独白は続く。
その独白は鵺の本心の吐露であると同時に、俺が作戦を考える時間を稼ぐためのものだろう。
鵺は、本気だ。
『無論、今でも牛鬼にたいする愛着はある。しかしそれも、結局は以前の我の考えにすぎん。そう、客観視できてしまうのだ』
『だから、なんだというのです! ああ、もう! 私の話を無視するなぁ!」
『……”今”の我を拾い上げてくれたのは、間違いなくニイアだ。我に再起のきっかけを与えたのは百鬼セオだ。結局それは、今の我を構成する大部分なのだろう』
迫りくる触手を、鵺と二人がかりで振り切る。
奈留島アルラ本体が放つ光弾は、予備動作が多い。
回避自体は、こうなってくればどちらも簡単だ。
『我に敵として、正面から向き合った男に! すべてを失った我に、もう一度生き方を与えてくれた女に! ――我は報いなければならぬ!』
「鵺……!」
『あるのだろう、この状況をどうにかする方法が! 百鬼セオ! 貴様なら!』
鵺が、そこで視線を俺に向けた。
考えたのだろう、思いついたのだろう、と目が語っている。
『あるわけありませぇん! 逆転の方法なんて! だって私は這いよる混沌! ただ生ける炎に接続しただけの人間に、私を倒すことなんて!』
「……ある」
『はぁ!?』
「方法なら……ある!」
迫りくる触手に、俺は刀を振るった。
結果両者は激突し、触手ははじかれる。
「そもそも、ずっと疑問で仕方がなかったんだ。奈留島アルラは確かに強い。今の俺では、こうやって攻撃してくる触手をはじくことしかできないくらいに」
『そうでしょう! そうでしょう! 何故なら私は這いよる混沌の本体! 本来であれば、あなたみたいな木っ端と戦いが成立することがおかしいくらいに、私は強大なのですからぁ!』
「――それが何より、おかしいんだよ」
今まさに、俺より強大な力をふるっている奈留島アルラ。
それ自体は、別にそこまでおかしなことじゃあないだろう。
神格なんだから、本体なんだから、強いのは当然だ。
強くなかったら、逆にがっかりだ。
だけど――
「這いよる混沌って、そんな力を誇示するような存在か?」
その言葉に、奈留島アルラのすべてが一瞬停止する。
攻撃をしかけようにも触手が邪魔だからできないが、それでも十分だ。
十分すぎるほどに、図星をついていることが理解できるのだから。
「這いよる混沌ってのは、もっとトリックスターであるべきだろう。すべてを翻弄し、嘲り、やることなすことが支離滅裂じゃないといけない」
『それが、なんだって言うんですぅ!? これだけの強さがあれば、私にはなんだってできます! 部外者が、知ったような口を利くんじゃないですよぉ!』
「さっきまでのニイアの方が、よっぽど這いよる混沌らしかったよ」
突如として性癖を暴露したり、感情がぐちゃぐちゃだったり。
支離滅裂と表現したけれど、その破天荒さは今目の前の奈留島アルラよりずっと這いよる混沌だ。
だが、ニイアは這いよる混沌ではない。
這いよる混沌がパーソナリティの一部に存在する、普通の少女だ。
それはこれまで、ニイアとの交流の中で何度も俺が感じてきたこと。
そして同時に、今俺が抱いている感想も、何度も奈留島アルラに向けてきたことだ。
「こいつは、力の使い方が単純すぎる。発想も面白みがないし、這いよる混沌としてはあまりに三流だ」
『何を……言っているんですぅ!』
「やっぱりお前――」
奈留島アルラが光を放つ。
この期に及んで、攻撃方法が俺の模倣という時点でこいつは――
「本体じゃないだろ!」
――
そう、判断した途端。
放たれた光は、俺の炎で容易にかき消すことができるようになった。
まるで奈留島アルラから、ベールがはがれるかのように。
『なっ――』
「結局、這いよる混沌においてもっとも重要なのは、ルールなんだ」
ここまで、俺が何度も口にしてきた”ルール”。
這いよる混沌が縛られている何か。
否、縛られているというのもおかしいな。
そうしないと”ゲーム”が成立しないから、這いよる混沌自身が設けた規則なんだ。
「這いよる混沌は、あまりにも強大すぎる神格だ。本来なら、こういった人間のちっぽけな争いに介入するには、なんでもできすぎてしまう」
『ちっぽけだから、踏みつぶすのでしょう! 這いよる混沌にとって、人の思いなど玩具にすぎないのですぅ! だから私は……私は這いよる混沌なんですぅ!』
「確かに、そういった遊び方だってできるだろうな。でも、考えてもみろよ」
じゃあ、いったい何が這いよる混沌のルールなのか。
俺はその答えを、ずっと考えていた。
だけど、少し複雑に考えすぎていたのかもしれない。
本当のルールはとても単純で、そしてそれしかないといえるくらい絶対的なもの――
「ただ蹂躙して、あっけなく人は虫けらみたいにつぶされて終わりました。そんな結末――
今の奈留島アルラは、まるで怪獣映画の怪獣のようだ。
人の命を塵芥のようにすりつぶし、虫けらとしか思っていないような。
そんな、どうしようもない怪獣。
だけれど、怪獣映画は決して怪獣がすべてを踏みつぶして終わりではない。
「そんな怪獣に、知恵と勇気で人々が立ち向かい勝利する。そんな筋書きのほうが
『……ああ、そうだな。我も、そのほうが見てみたい』
鵺が同意する。
そういうことだ。
這いよる混沌のルールは、とても、あまりにも単純なもの。
「這いよる混沌が活動する時」
『やめて……やめなさい……!』
俺はそれを、たった一言で口にする。
「お前たちは、
最も端的なのは、ニイアがアルラを取り込んだことだ。
あの時、アルラは強大だったにもかかわらず、ニイアの不意打ちを躱せなかった。
そのほうが面白いと、考えてしまったから。
そしてニイアが破れて、俺の答えを聞いたとき。
もうひと悶着あったほうが面白そうだから、アルラは復活できた。
そんな、あまりにも単純すぎる理由で、こいつらは行動している。
理屈なんてない。
原理なんてどうでもいい。
ただ、面白いかどうか。
それ以外、這いよる混沌は考えていない――!
「なら、この状況で、一番”面白い”ものは何か! ――なぁ、見せてやるよ這いよる混沌」
だから俺は宣言する。
何をって、とても単純で――そして決定的な一言だ。
「俺が用意したとっておきの、
さぁ、最終局面だ。
俺のやるべきことは決まってる。
ニイアの救出と、アルラの討伐。
それを、今回の戦いを通して一番面白い方法で、成し遂げてやる――!
あと二回です。