俺の目的はごく単純。
奈留島アルラの討伐と、ニイアの救出。
だが、そのハードルは非常に高い。
這い寄る混沌の”面白いこと最優先”ルールを使ってもなお、奈留島アルラが強すぎるのだ。
「そもそも、だ……奈留島アルラの一番厄介なところは
『何を言っているのだ貴様は』
「つまらないから大人気なく、こんだけの力を発揮するし、よっぽど上手くやらないと奈留島アルラを面白くすることはできないぞ」
『本当に何を言っているのだ!』
鵺とともに、奈留島アルラの攻撃をかいくぐりながら言葉を交わす。
『一番面白いことをすると言ったではないか! 何か考えはあるのだろう! 早く実行に移せ!』
「解ってる。考えだってある。でもまずは、一度この攻撃を止めさせないと行けないんだ」
『……それは、どれほどの時間止めれば良い』
俺の言葉に、思ったよりも鵺は真剣に答えてくれた。
そうやって問いかけてくる以上、鵺が時間を稼げる前提で俺は話すぞ。
「一秒だ、一秒あれば十分」
『……長いな』
「できるか?」
一秒。
なんだそのくらいか、と思うかもしれないが、俺達の戦闘は既に音を軽く超えている。
零コンマ一秒ですら確保するのが難しい状況なのだ。
それでも、鵺は――
『できぬ、とは言っていない』
「なら――」
できる、と言い切った。
少なくとも、俺にはそう聞こえたのだ。
ならばこそ、任せよう。
良くも悪くも、付き合いの中で鵺のことは解ってきている。
鵺がこういったのなら、つまりできるということ。
俺は、躊躇うことなく鵺に一秒を任せることにした。
「――頼んだぞ!」
『任せておけ!』
そして、俺は鵺から飛び降りる。
『ハッ! 血迷いましたかぁ!? その役立たずに守ってもらわないと、生き残ることすら出来ない雑魚のくせに!』
『誰の事を言っているのかわからんな!』
鵺が、俺の前に躍り出た。
対する奈留島アルラは、俺に向けて触手を伸ばしてくる。
迫りくる奈留島アルラの触手に対し、鵺は――
『触手をただ振り回すつまらん戦い方だ。手数に頼っただけの……つまらん一撃!』
微妙に自分のことを棚に上げている発言とともに、自身も武器である剣と腕を展開した。
……否、違う。
鵺のそれは、奈留島アルラの無秩序な攻撃とは違うのだ。
なにせ鵺の攻撃には――正確無比な精密性が備わっている。
『はあ!』
鵺は、迫る触手を
絶妙に俺の元へ攻撃が届かないように、千ある手数のすべてを精密に計算し、動作させ、触手の方向を変えたのだ。
それは最低限の力で剣に剣を這わせ、矛先を帰ることで回避するかのような挙動。
思わず、美しいとすら思えてしまった。
『こんな、小手先の技術でぇ!』
『その小手先すら持っていないのが貴様だ!』
慌てて空振った触手を、急いで引き戻してもう一度構える。
その時間、実に一秒。
『技術すら意味のない、最大火力で消し飛ばせばいいんですぅ!』
「――いいや、その必要はない」
鵺は、一秒を容易く稼いでみせた。
ならその一秒で、俺もまた準備を終えなくてはならない。
「ありがとう鵺、助かったよ」
『礼など不要、何をやるか知らんが……やれ!』
『何をするつもりか知りませんが、そんなことをしたくらいで私が負けるわけ――』
「――なあ、見せてやるよ。これから一番面白いことを」
鵺に背を押され、奈留島アルラの言葉を無視して呼びかける。
今、俺が視るべきはここにいる者たちではない。
もっと
「いや、
俺は、かつて星に願いを託して空を見た。
それによって力を得た俺は、これまで多くの敵を倒してきたのだ。
その力の根源こそ、生ける炎。
怒りとともに世界をもやし、ただあるがままに焦がし続ける破壊の化身。
そんな生ける炎が、すべてを賭して殺したいと思うものがいる。
ならば。
生ける炎の力を借りている今の俺が、
もしも、既に一つの神格から力を借りるという無茶をしている俺に、力を貸してくれる神がいるとしたら?
それを、面白いと思ってくれる神格がいるとしたら?
俺は考えた、この場で最も面白い無茶。
それを、実現するとしたら――
「……”解、郷”ッ!!」
俺は、視界をまほろばにつなぎ、そしてまほろばを通して、あるものを見た。
深淵を。
そして――見た。
そこにいる、
俺のすべての願いを、星に託して。
俺はそこにいる、
◯
生ける炎の力を宿しながら、その宿敵である這い寄る混沌の力をその身に宿す。
これが、俺の思いついた一番の面白いこと。
誰が聞いても無謀だと思う、蛮行。
だが、もし成功したら――果たして、どれほどの力を手にすることができるだろう。
そう考えたら、なぁ。
――流石にそれは、ちょっとアタシでも引くかもぉ。
不意に、声がした。
それはとても聞き覚えのある声で、けれども初めて聞く声でもあった。
――そもそも、その方法には、二つの問題があるよねぇ?
ああ、そうだな。
一つは言うまでもなく、俺の肉体がどう考えても二つの神格――それも相反する存在をその身に宿すことなんて出来ないだろうという問題。
あまりにも強大すぎる上に、反発までしてしまうのだ。
絶対に肉体が持たないだろう、と。
誰でも解る。
――でも、それだけじゃない、そもそもの話し。
解ってるよ。
這い寄る混沌にとって、自分自身はすべてが化身のようなものなんだ。
それは自身を本体だと自称する奈留島アルラという化身の存在がその証明。
はっきり言って、俺はアレを本体だとは思わないけど、奈留島アルラにとっては紛れもなく自分が本体なのだ。
すべてがすべて、この世界を面白おかしく楽しむためのコマ。
それが這い寄る混沌の本質だとすれば、這い寄る混沌にそもそも本体なんて概念はない。
でも、本体を見なければ俺の解郷は意味をなさないのだ。
だったら俺は、まずその本体を見つけなきゃ行けない。
とはいえ、この膨大すぎる宇宙の中から本体を見つけるなんてことは、これまた無謀もいいところ。
であれば、どうするか。
そもそも、発想の転換だ。
――その心は?
今回の一件、全ては這い寄る混沌と俺の抗争みたいなものだ。
もっと言えば奈留島アルラという化身と、奈留島ニイアという化身の間で、俺という面白い玩具を奪い合うような。
そんな争いである。
だとしたら、近くでそれを見ていないほうが不自然だ。
わざわざ化身を近くに配置する俺という存在と、這い寄る混沌の正面対決。
そんな、箸がどう転んでも面白くなる戦いを、特等席であいつが見ない訳が無い。
だとしたら、この場にいる這い寄る混沌。
その中で――俺が考える本当の本体。
それは――君だ、
――ふぅん?
ニイアは時折、我を忘れて這い寄る混沌としての行動を取る。
だったら本質的に、ニイアは這い寄る混沌そのものじゃない。
中にいる這い寄る混沌としての側面は、ニイアであってニイアじゃないんだ。
俺はそうやって、これまで俺の精神の中で、俺に呼びかけていたニイアと良く似た声の誰かに、考えを明かす。
――本当にそう思う?
思っていても、思っていなくても、どっちでもいい。
俺は可能性を示した。
この場でもっともあり得る可能性を。
最も――面白い可能性を。
だったら、仮にそうでなかったとしても、お前は――
這い寄る混沌は、お前を本体だったということにするはずだ。
――――
答えは、無い。
だが、必要はなかった。
俺がそう指摘した瞬間。
俺は確かに、狂気を垣間見たからだ。
そこに“いる”何かを。
それは、影だった。
けれども闇ではなく、夜でもない。
狂笑の境界をなぞりながら聞こえ出るぞれは、星の夢、声なき笑い、虚無の微笑そのものだ。
形を取った言葉である。
音を持った悪夢でもある。
世界が自らの舌で語りだしたような、不条理の象徴だった。
視界の奥で空気が笑い、空間が微笑んだ。
音もなく、色もなく、ただ
彼――あるいは彼女――は顔を持っていた。
だが、次の瞬間には違う顔になっていた。
数百の仮面が一瞬で入れ替わるように、
あらゆる喜びと悲哀と狂気が、ひとつの笑みに集約されている。
そのすべてを理解したうえで戯れる瞳に触れた瞬間、俺の心の内側は意味を失う。
過去も、未来も、“それ”を見た者は、言葉の中に沈む。
「なぜ」も「どうして」も、すべては滑稽だった。
――――理性を嘲る声が、耳ではなく魂に直接響く。
――ああ。
視た、視てしまった。
それを、ただあるだけの、それを。
けれど、俺は確かに感じたのだ。
あの炎が「破壊の慈悲」なら、
この影は「狂気の理解」だった。
すべてを笑い、受け入れ、溶かし尽くす、そんな神のような、人間のような、あまりに残酷な優しさを――――
+
それは、まるでそこにいないかのようだった。
焔を纏った何かが、それとはまた違う何かを纏おうとしている。
影とも、闇とも、黒とも、無とも違う、とてもではないが言葉で表現できない何かが、そこにいる。
アレが、百鬼セオ?
鵺は端的に、その存在を認識できなかった。
正気を削られる状況に、防衛本能が働いているのだ。
それでもなお、狂っているとしか思えない何かがそこにいる。
這い寄る混沌を視る、とセオは言った。
何を言っているのかは正直理解できなかったが、こんなことをするためにあの男は時間を稼げと言ったのか?
無謀だ。
こんな、人でも魔人でもないなにかに変貌を遂げるような真似。
理解できない、一体どのような精神性をしていれば、こんなことができるんだ?
『あ、ありえない……ありえないですぅ! そんな、混沌と炎を混ぜ合わせるなんて! 正気じゃないですよっ!』
奈留島アルラが叫ぶ。
それは混沌の本体を名乗る奴が言うことではないだろう、と鵺は一瞬思ったが、内容自体は完全に同意としか言いようがなかった。
何よりも、この場の誰もが思うだろう。
面白いことをするとは、言った。
この這い寄る混沌に纏わる事件において、一番面白いことを――と。
だが、何もここまですることはないだろう。
おそらく、奈留島アルラの中に取り込まれているだろう奈留島ニイアだって同じことを思うはずだ。
本当の這い寄る混沌以外は、例外なく。
「――――」
その時、それは動きを見せた。
たった一歩、足を前に踏み出す。
たった、それだけ。
たったの、一歩。
それだけで、這い寄る混沌の世界は破綻した。
壊れてはいない、まだ、そこにある。
だけれども、たった一歩で全く別のなにかに変質してしまったのだ。
混沌とも違う、破壊とも違う。
生ける炎のすべてを燃やし尽くす怒りとも違う。
這い寄る混沌の何もかもを嘲笑う愚弄とも違う。
虚無、破滅、終焉――何もかもがピリオドを打ったあとの、零。
それが、この世界をかき乱した混沌と怒りをたたえた人とも呼べない何かの――末路。
「――――あ、あぁ」
声が、する。
いや、それは声なのか?
もう、何も鵺は認識できない。
もう、何も奈留島アルラは受け付けられない。
――だめだ、これは、だめだ。
失敗した。
百鬼セオは、無謀の果てに散ったのだ。
そう、鵺は思う。
思うしか無い。
思うしか無い――はずだった。
「――――ニイ、ア」
その何かが、確かに”彼女”の名を呼ぶまでは。
たったその一言で、鵺は確かにそこへ百鬼セオを視た。
あの形容しがたい何かとしか思えなかった存在が、一気に人としての存在を取り戻しつつある。
「俺……は……ずっと、ずっと見たいものが、あるんだ」
それは、独白。
奈留島ニイアへと語りかけながら、けれども答えを求めていない独り言。
それでも、百鬼セオがどうしても語らなくてはならない言葉だった。
「それは……俺の知るどんな漫画や、アニメや、ゲームよりも……面白くって……お、れに……とっては……人生の、すべてとも……言える、もの……だったんだ」
百鬼セオは、転生者だ。
自身が人生で最も推していた漫画に転生した。
――それが、百鬼セオの始まり。
「それを俺は……俺のわがままで……滅茶苦茶に、して、しまった……けど。でも、この世界には……俺の知らない、もっと、もっと
大好きだったものを、悲劇を見たくないという理由でセオは滅茶苦茶にした。
そのことに、若干後ろ髪を引かれるものはあるけれど、セオは後悔していない。
なぜなら知っているからだ。
この世界には”自分の知らない”原作がある、と。
それはきっと、思わぬ形で姿を表してくれるだろう、と。
そして、
「その、一つが……君だ、ニイア」
人の形をした何かの中から、顔の輪郭が見えた。
口元だけが、はっきりと伺えたのだ。
それは――笑っていた。
「俺は、もっと、もっと面白いものを……これからも、みたい。これからも……見るんだ。だから、だから――」
愉悦とも、嘲笑とも違う。
ただ、純粋なまでの、無垢な笑み。
楽しいことを楽しみたいという、そんな思いだけが込められた、ごくごく普通の笑顔だった。
――果たしてソレが、これまで見てきたどんな笑顔よりも恐ろしく思えるのは、この場にいるものだけか。
もう一歩、百鬼セオは前に足を踏み出す。
そして、言った。
彼がどうして、これほどの狂気と怒りに耐えられるのか。
その理由を、あまりにも端的かつ、明瞭に。
「こんなところでそれが見れなくなるのは、
百鬼セオは、たったそれだけの理由で二つの神格を取り込み。
手を伸ばし。
『あ?』
伸ばされた手の先に居た奈留島アルラは、真っ二つに切り裂かれた。
それだけだった。
戦闘は、発生しない。
破壊も、蹂躙も、何もかも。
ただ、奈留島アルラの末路だけが、底に転がっている。
『――い、いや』
百鬼セオから、混沌の狂気が抜け落ちていく。
もう、必要ないとセオと這い寄る混沌が判断したからだろう。
同時に、奈留島アルラが少しずつ塵へと変わっていき、消失しようとしている。
終わったのだ、と、誰もが理解できた。
『いや! 死にたくないですぅ! わ、私は……這い寄る混沌ですよぉ!? こ、こんなところで、死ぬ、わけ……!』
その言葉を無視して、セオは飛び出した。
消えゆく奈留島アルラが従えていた触手の中に、あるものを見つけたからだ。
『ぎい!』
「――返してもらうぞ」
そして、離脱。
その手には、奈留島ニイアが収まっていた。
もはや、奈留島アルラに構う理由はどこにもない。
『いやいやいや! やめて! やめてくださいよぉ! わ、私はまだ……死にたく……!』
「……悪いが、それはムリだ」
百鬼セオは、消えゆく奈留島アルラにそう告げる。
おそらく、百鬼セオにとって奈留島アルラはそこまで”救えない”存在ではないだろう。
鵺やニイアにとっては、到底許せる存在ではないが、百鬼セオはそこまで奈留島アルラに隔意はないはずだ。
それでも、ムリだと百鬼セオは言った。
なぜなら――
「――お前、復活する時に
『え、あ、それが何――う?』
その時だった。
塵となって消えゆくはずだった触手が――奈留島アルラを飲み込んだ。
『な、に、これ、なんで、こんな、あ、あ、ああ! ああああ――――!!』
奈留島アルラは、その体が触手に飲み込まれて沈んでいく。
手を伸ばし、助けを求め――それが空を切る。
『なぁ、ああまなあないあにあいあにななないなないあぁいあないあぁないあないあぁにあないなすいあしあないしあ――あぁああああああああああっ!』
言葉が言葉になっていない。
狂気が正気を失っている。
そして――
『ま、まさか、これ、白痴の――』
奈留島アルラは飲み込まれ、直後、触手はまるで自身が自身を貪るようにして収縮。
――消失した。
後には何も、残らなかった。
決着です。二章は次回まで。
三章はあります。