六十六 ティンダロスの■犬
俺、百鬼セオには才能がない。
実力がないといったら、流石にそれは嘘になるけれど、才能がないのは本当だ。
特訓を始めてから何年も経過しているのに、未だに魔滅場開放すら習得していない。
漫画だと主人公は一年も経たずに習得しているのに。
原作では才能に乏しい側だったミホノですら、数年で習得したというのに。
無論、才能がないからってそれに腐るつもりはない。
複数の弱い魔祓刃を組み合わせて強い魔祓刃を作ることはできるし、最近は神話生物の力すら利用するようになった。
俺のスキルツリーは人と違うのだ。
ただそれでも時折思う、みんなのようにかっこよく魔祓刃を使いたい。
俺は漫画の登場人物が、かっこよく魔祓刃を使っている姿に脳を焼かれてこの漫画を好きになったんだ。
推しの漫画に転生したからには、その力を使いこなしたいってのは別に変な話でもないよな?
だからまぁ、俺は色々とどうしたもんかと悩んでいた。
他にも色々と理由はある。
神話生物の力を使うことに対して、行き詰まりを感じているのだ。
生ける炎の力を宿した時の反動問題は解決していない。
這い寄る混沌の力は、あれ以来宿すことすらできていない。
だったら、別のアプローチで強くなるしかないわけで、そうなるとやっぱり魔祓刃の開発が鍵になるだろうと、俺は踏んでいた。
いまさら魔祓刃の――それも、才能がみそっかすな俺の魔祓刃を開発したところで意味なんてあるのかって?
答えは――ある。
+
「……はぁ、今日はここまでにしておくか」
俺は一日の鍛錬を終えて、ふう、と息を吐く。
現在俺がいるのはまほろば学園の横にある山、たまに戦場になるあそこだ。
時刻はそろそろ日付が変わるかどうかといったところ。
学園が終わってから山にむかって、それからずっと鍛錬をしていたのである。
夕飯も山で済ませたから、あとは寮の部屋に戻って風呂に入ってから寝るだけだ。
「結局、今日も成果はなかったが……」
這い寄る混沌との戦いが終わってから、一ヶ月が経過していた。
そろそろ夏休みも迫ってくる今日このごろ、学生たちは色々浮足立っている。
俺達の周囲では、特に動きと言える動きはなかった。
なにせ、件をグサッとしてから、俺達は一体も七大魔人を討伐していないからだ。
鵺や這い寄る混沌との戦いは、魔祓寮には報告していない。
流石に朱馬ソウジさんには、娘のシュリ先輩を通じて報告はしているけど、反応はよくわかっていない感じだった。
神話生物に関しては、直接対峙した人間でないとその強大さはわかりにくいからなぁ。
「――ティンダロスの猟犬、か」
そんな俺達のもっぱらの課題は、ティンダロスの猟犬。
時間改変絶対ぶっ殺すハウンドドッグ。
考えてみれば、俺の原作改変がそれに当たるっていうのは当然と言えば当然の話だ。
神話生物がこの世界に干渉してくるなら、こいつらが干渉してくることだって想定しておくべきだった。
というわけで、俺は新たな力を手に入れるべくこうして魔祓刃の習得に励んでいるのだ。
「成果はないけど、な」
ミホノの刀を振るってから、鞘に収める。
俺の才能の無さは凄まじく、昔から考えていた複数の汎用魔祓刃を組み合わせることで魔祓刃を生み出すという試みすら、上手く行っていなかった。
否、それらしいものを作ることはできる。
ただ、例えるなら固有の魔祓刃ってのはTCGにおけるデザイナーズデッキだ。
対して、汎用を組み合わせるのはプレイヤーが独自に考えたコンボデッキ。
そこに優劣はないけれど、最初から考えてコンボが組まれている分デザイナーズデッキの方がカードの収まりはいい。
俺の使っている魔祓刃の組み合わせは、単純に組み合わせでしかないから固有の魔祓刃とはとてもじゃないけど言えなかった。
「……原作だと、それを固有の魔祓刃にしたやつもいたんだけどなぁ。やっぱ、覚醒イベントが足りないのか?」
原作で汎用のコンボデッキを固有の魔祓刃にしたやつは、土壇場で固有の魔祓刃を覚醒させていた。
魔祓刃を覚醒させるのに最も適した方法は、極限状況で強い意志を持つことだ。
少年漫画特有の覚醒展開こそ、魔祓刃を生み出すのに最高の瞬間なのである。
しかし俺の場合、そんな器用なことはできない。
あまりに素の才能が低い上に、環境がインフレしすぎて本気を出さないと死ぬのだ。
ギリギリの状況まで素の魔祓刃で戦う……ということが難しくなっている。
やるとしても周囲に仲間がいるから、俺個人が窮地に陥る可能性は低い。
「だからこそ、覚醒イベントじゃなくて修行イベントでの習得を目指してるわけだが……」
俺は、現在眼の前にあるものを設置している。
それは一言でいうと、リズ先輩の銅像だった。
原作でも登場したのだが、これはリズ先輩のご両親がリズ先輩の魔滅場開放習得を記念して作ったものだ。
まほろばの素材を使って作られて、マナが多分に含まれているため、非常に硬い。
原作でも、これを切り倒す修行イベントがあったんだよなぁ。
なお、二百体作られているので俺がこいつを切り倒しても、原作が改変されることはない。
ティンダロス対策も完璧ってわけだ。
「全然上手くいかないなぁ」
現在の俺が魔祓刃関連の技術だけを使って戦ったときの実力は、最上級魔人相手に時間稼ぎができる程度。
ミホノの刀に希釈した生ける炎をまとわせれば単独でも討伐が可能だが、それは神話生物の力を使っているので使わない。
原作ではリズ先輩の銅像を切り倒すとなると、最上級魔人とほぼ互角程度の実力が必要だった。
そりゃ大崩落を経ても二百体そのまま現存するわけだ。
そして俺の場合、これを切り倒すには間違いなく固有の魔祓刃が必要になる。
これ以上、他の方法で強くなる見込みは、残念ながらなさそうだった。
「んじゃまあ、今日も帰りますか」
そして諦めて帰路につこうとした――その時だった。
不意に、背後から気配を感じる。
「誰だ!?」
こんな時間にわざわざやってくるのは、ミホノか兄様くらいだ。
どちらも「無茶をしすぎだ」と言ってくるのだけど、最近はやってくることもなくなった。
ニイアは一回だけやってきて俺をからかおうとして、キレたミホノに殺されかけて以来一度もやってきていない。
別に俺の修行パートを覗きに来ただけで切れなくても……
ともかく、そういうわけだから、知り合いが山にやってくることは早々ないのだ。
考えられるとしたら、二択。
「――解郷」
俺は、二重解郷で周囲を観察する。
山に、真生生物の姿はない。
どこを探しても、その痕跡を見つけることすらできなかった。
とすると――
「……まさか」
俺は、周囲を見渡す。
山の中は開けた場所で、周囲にあるものといえば木々だけだ。
だから自然と
完全な角のない空間を作り出すことは難しいけど、室内よりはずっと角がない場所なのだ。
ティンダロスの猟犬は角から現れる。
だったら、この山奥でそいつが現れることは早々ないと思うのだが――
「……っ! リズ先輩の銅像!」
銅像の脚と地面には、”角”が発生している。
まずったな、原作再現にこだわって銅像を使わせてもらうよりは、別のものを使ったほうが良かった。
最悪、このまま現在使用している解郷で”生ける炎”を見れるように準備をしながら再び刀に手をかけると――
「んぎゃ」
リズ先輩の銅像の足元から現れた少女によって銅像のバランスが崩れ――少女は銅像に押しつぶされた。
……ええと。
ティンダロスの猟犬って、女の子だったんだ。
いやこの子本当にティンダロスの猟犬か……? 犬耳があるな、ならティンダロスの猟犬かー。
……いや猟犬っていうのは「国家の犬」みたいな意味であって、犬って意味ではないよな!?
なんか思ってたのと違う状況に、俺はどうするべきか首をひねることになるのだった。
というわけで第三章開始です。
あまり関係はないんですが、カクヨムにも本作を投稿しました。
それに合わせて、書籍改稿の際に1話と2話を改稿したいなとなりまして、2話だけ改稿したパターンをWeb版に反映しました。
ハーメルンの方も二話が差し替わってます。
一話と二話が同時に差し替わってるバージョンは書籍にてご確認ください。
前の二話は解説しかしてなかったので、イベントが増えていい感じになったと思います。