犬耳女子だった。
年の頃はリズ先輩と同じくらい、つまり十代半ばに見える。
背丈もそれくらい。
服装は一言で言うと――角ばっていた。
四角い袖に、四角いポンチョみたいなコート。
その下は……わからん。
着てるのか? この下。
それ以外は犬耳がほぼ直角なこと以外は、人間らしい丸みを帯びたボディだ。
髪色は白、クセだらけの長髪は狼の毛並みと言われたらそれっぽく思える。
ウルフカットってやつか?
「……ええと」
俺は迷っていた。
どうしよう、これ。
「…………」
「…………」
犬耳少女は、押しつぶされたままこっちを見ている。
そこには気恥ずかしさと、助けてほしいという懇願が垣間見えた。
ええと……助けたほうがいいのか?
いいんだよな?
「……よっこいしょ」
「…………」
俺は銅像を持ち上げた。
……これおっもいな!? いやマジで重いぞ! 運び込んだ時は軽量化の魔祓具を使ってたから気づかなかったけど、重い!
やばいぞ。
何がヤバいって……普通に持ち上げられない。
まって、いくらなんでも才能なさすぎでしょ俺!?
そりゃ刀も抜いてないからミホノのバフも得られないし、生ける炎をその身に宿して無いから完全に自力だけしか使ってないけどさぁ!
……いやそうか、刀を抜けばいいんだ。
「……ふん! そい!」
「……!!」
俺は銅像にかけていた手の片方を離し、刀に添える。
すると、ミホノのバフのおかげで一気に身体能力が向上、銅像を持ち上げることができた。
「はぁ……はぁ……やったぞ!」
俺は、肩で息をしながら銅像を見る。
なんか普通にさっきまでの修行より疲れた……
「大丈夫か?」
「…………くぅーん」
あ、犬だこれ。
こっちを見上げながら、犬っぽい顔で犬っぽい眼をしながらくぅーんと言っている。
犬だこれ。
なんというか……魂で犬だった。
そうして、俺達は少しの間見つめ合う。
なんだこの時間……と思っていると少女が起き上がって、その場で正座をした。
…………正座?
「好き! 番にして!」
………………………………ん?
「なんて?」
「好き! 君を見てたらビビっと来たの! 番にして! 番!」
「…………つがい」
「あ、えと、人間さんにはこういった方がいいかな!? およめさんにしてほしいの!」
つがい。
およめさん。
……ほわい?
「――――待って!?」
「えっ!?」
「いやいやいや、ちょっと待とう、待て待て待て、おちつけおちつけ。番!? なんで!?」
「好きになっちゃった! 恋だもん、しょうがないよね!」
「なっちゃった、じゃない! まずさ、君って……ティンダロスの猟犬でいいんだよな?」
混乱、混乱だ。
何一つわからない。
創作の中ならそういうこともあるかもしれないけど、でもここは現実……いや創作か? 推しの漫画の世界だもんな……?
じゃない、混乱してるぞ俺!
そんな状態で、なんとか俺は本質的な質問を少女に問いかける。
この子がティンダロスの猟犬なら、いきなり俺に惚れるってのも変だろう。
そんな俺の問いかけに、少女は立ち上がって、ビシッと俺を指さした。
あ、尻尾がめちゃくちゃ揺れてる。
「わふっ! 確かにボクはティンダロスの猟犬だけど、そんな種族名で呼ぶなんて風情がないかも!」
「そ、そう……じゃあ名前は?」
「ティナ!」
「えっと……ティナ。君がティンダロスの猟犬なら……俺を好きになるのはおかしくないか?」
「え、そう?」
だって、ティンダロスの猟犬は時間をどうこうしようとした奴を始末する種族だ。
俺みたいな原作改変野郎はもれなく粛正対象……だと思ってたんだが。
「君は俺を殺しに来たんじゃないのか?」
「んー……」
考えてるのか考えてないのかわからない顔で、ティナは思案する。
不思議な沈黙があたりを満たした。
「
「……ああ、そういう」
「全然驚かないね! 齧ってもいい!?」
「やめてくれると助かる」
「わかった!」
いや、まぁ。
ティンダロスの猟犬としての特性を持ったまま俺を好きになったなら、そういうこともあるだろう。
そしてそれは一見するとやばい特性だ。
今にも命の危機が発生する可能性は高い。
ただ俺としては、ぶっちゃけこれが初めてではないからなあ。
どこぞの這い寄る混沌が、ほぼ同じことを一ヶ月前に行ってきたばかりだ。
あれと比べたら、ティンダロスの猟犬は一つの種族だし、ティナはその一個体だから安心……とは行かないけどやりやすい。
「改めて確認させて欲しいんだけど、ティナはどうしてここにきたんだ?」
「どーして? えとえと……わかんない! しなくちゃーって思ったから!」
とりあえず、今はティナのことをもっとよく知るべきだろう。
一応会話が通じるだけ、想定よりはずっとマシだけど、ティナはいつ爆発してもおかしくない。
こういう天真爛漫系が狂気と紙一重なのは創作のお約束だからな。
「ってことは、ティナが歴史改変したやつを殺そうとするのは本能なのか」
「んー、グータラしてる時に、ポテチぱくってしたくなっちゃうのと一緒かなー」
「ポテチ食べるの!?」
え、マジで!?
と思ったけど、今時まほろば暮らしの真生生物だってポテチ食べるしな……原作でグータラくっちゃねしてたもんな……
しかもそいつは竜だったので、人型のティンダロス族がポテチを食べてても不思議じゃない。
いや、ポテチというなの全く別の悍ましい何かかもしれないけど。
もしそうだったら正気を削られるので、深く追求するのはやめておこう。
「でもでも、ぐーたらポテチは体に悪い! 百鬼セオを食べるのも体に悪い! だから食べないぞ!」
「人を毒みたいにいうのはやめてくださいます?」
「……似たようなものだろ」
「……はい」
ティナは俺が歴史改変したことを知っているからか、マジレスを決めてきた。
まあ……やってきたことはやってきたことだけどさあ!
なんなら歴史改変以外にもめちゃくちゃやらかしてるけどさあ!
……あれ、なんかちょっと違和感あるけど、いや今は気にしてる場合じゃないか。
命の危機は多分さったけど、俺はもっとティンダロスの猟犬について知らないといけない。
次なる質問をするべく、俺はティナに問いかけた。
「ええと、じゃあ他にも質問していいか? 俺はもっと君のことを知りたいんだ」
「それって、ボクのことが好きってことか!? それならなんでも聞いてくれていいぞ!」
「いや、好きになるとかならない以前に、俺は君のことを何も知らないからさ」
「えーもう十分喋ったぞ! 聞かせて聞かせて、答え聞かせて!」
くっ、言い方を間違えたか!
ティナは完全に俺の答えを待つ構えに入っている。
テコでも動くつもりはないんだろう。
まずいぞ、それは非常にまずい。
とりあえず、俺の考えをティナに伝えないと……
「ええと、俺は君のことが……」
その時だった。
「セオさま?」
よりにもよって、というべきか。
こうなることは必然だった、というべきか。
そこには、ミホノがいた。
「ミ、ミホノ?」
「んう?」
一体、いつから聞いていたのか、どこから見ていたのか。
瀬戸場ミホノは光を失った瞳でこちらを覗き込んでいる。
それは夜の闇も相まって、幽鬼の如き様相を呈していた。
怖い。
「んー、何?」
そんな中、一人だけこの場の危うい空気を無視して動くものがいる。
ティナは、不思議そうにミホノへ視線を向けていた。
いや、人っていうか……ティンダロスの猟犬だ。
その感性はどう考えても、人間とは違う!
まずい……と思う間もない。
「ボクね、この人に番になってもらおうとしてたの、邪魔しないで!」
直後。
「ころします」
あまりに端的に極まりない言葉と共に、ミホノは戦闘を開始した!
これでいいのかティンダロス、というわけでミホノがインしてきました。