あの後、踏み潰されたニイアはいつの間にかその場から消えていた。
てっきり薄っぺらくなって宙を舞うかと思っていたから意外な結果である。
それはそれとして、俺の修行は次なる段階へと進む。
あふあふさんが、這いよる混沌への怒りで逆に冷静になっている今がチャンスだ。
早速、眼帯を外して星を視る。
「“解郷”」
静かに瞳が光を帯びて、俺の視界に炎が映る。
ああ、それは星の怒り、太陽の神経、燃え盛る狂気そのものだ。
やがて俺の体に焔がまとわりつく、普段は服の下に隠れて見えなくなっていた、生ける炎の刻印とも言えるそれ。
「ああ、ああ、美しいなあ」
「セオ様……」
アフーム=ザーは歓喜に咽び狂い、ミホノはただただ俺を見る。
不思議な瞬間だ。
こうして体に生ける炎が宿るたび、俺はどこか自分が生きているのだと実感できた。
それは本来あまりにも、生を冒涜する狂気の沙汰に他ならないのに。
「……よし、ミホノ。これから俺とあふあふさんでちょっとバトるから、それを見守っていてくれ」
「危ないです……とか、大丈夫です? とか、色々言わなきゃいけないことはあるのに……その炎を纏ったセオ様を見ると……ミホノ、何もいえなくなっちゃうですね」
「そっか」
こうして俺がミホノに体を纏う炎を見せるのは、そうすることでミホノに深淵への耐性を高めてもらうため。
これから俺は、ガチの神話生物とタイマンを張る。
これまで以上に冒涜的な戦いになるだろう。
それをミホノに見届けてもらうことには、きっと意味がある。
「これが終わって俺が目を覚ましたら、ちょっと話をしよう」
「……です」
「どうしてミホノが、そんなに
「…………ですです」
ミホノの言葉に頷き、俺はあふあふさんに向き直る。
あふあふさんは、なんと言うか今にも溶けてしまいそうな雰囲気を出しつつこちらを見下ろしていた。
これ、ちゃんと戦えるよな?
「ひん、ひん、とかしてー、とかしてー」
「……大丈夫だと信じて、いくぞあふあふさん!」
「んひー、どこからでもきてー」
一言あふあふさんに告げて、俺は勢いよく飛びかかる。
一歩に全力を込めて、一直線に刃を叩き込むのだ。
しかし、
「ぐおっ!」
「んひひー」
あふあふさんはそれを、難なく手で受け止めた。
「く、この!」
「あーん逃げないでー」
手のひらに刀が少し突き刺さっただけ。
ほとんど傷にもなっていないようで、慌てて離脱した俺をあふあふさんが追いかける。
俺は手を翳して、生ける炎を弾丸のようにぶっ放した。
「んひいいいい」
「きいてるのかきいてないのかわかんないぞ、これ!」
そこから、あふあふさんと撃ち合いを続ける。
近接攻撃はほとんど効いてないだろう、遠距離で直接炎をぶつけるのは、案外効果がありそうだった。
単純に生ける炎を直接浴びてあふあふさんが逝きかけているというのもあるが、明らかに直撃した部分がただれているのだ。
相性……によるものだろうか。
氷属性だからなあ、あふあふさん。
「もっとー、もっともやしてー」
「それでも、倒し切れるのかこれ……!」
いや、倒しきっちゃまずいんだけど、戦えているという手応えは欲しい。
引き撃ちで、逃げ回りながら炎をぶっ放せば、多分ちびちびダメージを与えることはできるんだろう。
でも、それだけじゃだめだ。
今回こうしてあふあふさんと戦うのは俺が成長するきっかけを掴むため。
安全策よりも、積極策で打開を狙うべきだ。
「やるしかない……な!」
「んー、いいねー。やる気をかんじるー……
あふあふさんは実に楽しげに、告げた。
ぞくり、と背筋が震える。
「ちょっとこっちも動きを変えるよー」
途端。
俺の周囲に氷の礫が出現した。
そして、
+
俺は、強くなりたい。
神話生物にも負けないくらい、強くなるのだ。
しかしそれは、一体どうしてそう思うようになったんだっけ?
大崩壊という避けなくちゃいけない原作の悲劇に打ち勝つため。
それは確かにそうなんだろうが、だったら神話生物の力を借りるなんてリスクを負う必要はなかったはずだ。
現状を見れば分かる通り、俺が神話生物の力を借りたことで、七大魔人という目の前の危機には対応できているが、別の問題が発生してしまっている。
這い寄る混沌に、ティンダロスの猟犬。
どちらも、一筋縄ではいかない難敵だ。
だが、俺が神話生物の力を使わなければ、寄ってこなかった連中でもある。
それでも俺は、神話生物に力を借りた。
そうしなければ、いけなかったから。
どうして、そう思ったんだ?
まだそれに答えは出ていない。
だけど、今この瞬間も、俺の思いは変わっていない。
強くなりたい、否、なるのだ。
そのためには、
「その方が……俺らしいからな!」
迫る無数の礫、それを俺は自身の体に生ける炎を纏わせながら突っ切った。
怯むな、あふあふさんと俺の相性は決して悪くない。
むしろ最高に相性がいいとも言える。
何せ俺が生ける炎形態になるだけであふあふさんは集中できなくなり弱体化するのだ。
体感、今のあふあふさんの実力はフルパワーニイアとそう変わらない。
なら、負けるわけにはいかない。
ミホノも見ているんだ。
どれだけ強敵だろうと、俺はあふあふさんに勝つ!
「思えば、修行でウダウダしてる方が俺らしくなかったな!」
「そーおー?」
「どっちかというと、積極的に色々挑戦していく方が俺らしい!」
あふあふさんの礫を炎で溶かし、溶かしきれなかったものだけ躱し、はたき落とす。
中には体を掠めるものもあるけれど、この程度ならなんてことはない。
いや、実際にはかすめた時点でかなりまずいことになるんだろう。
傷口が急速に凍てつくのを感じる。
しかしそれ以上の速度で生ける炎がそれを溶かして行くんだ。
「相性がいいなら、それを利用する。あふあふさんが生ける炎に心酔してるなら、それも利用する!」
「なんとー」
「光弾!」
俺は光弾を複数展開した。
人型を形成し、周囲へ散布する。
これに、俺はあるものを纏わせた。
「い、生ける炎様ー!?」
「
生ける炎を纏った光弾が、あちこちへ飛び回る。
それらにあふあふさんは視線を奪われ、明らかい動きが鈍っていた。
俺はさらに、一部の光弾をあふあふさんに向けて突撃させる。
「んなー」
あふあふさんはそれを避けれない。
より生ける炎らしい炎だから。
そもそもただの火球だった時から積極的に避けてなかったんだから、より大きくすればこうもなる。
そこへ炎を纏った俺自身が切り掛かり……
「そらあ!」
「んひー」
一太刀を浴びせる。
鮮血が舞った。
効いている、先ほどよりも明らかに!
「より炎を纏わせた方が、そりゃ威力は出るよな!」
そこから、俺は一気にあふあふさんを攻め立てた。
少しずつ、あくまで少しずつだがダメージを蓄積させて行く。
相性差は圧倒的にこちら有利なのだ。
この状況を維持し続ければ、いずれあふあふさんに膝をつかせることもできるだろう。
大事なのは、集中力。
長期戦になる、一瞬でも集中力が切れればあふあふさんはそこを狙うはずだ。
しかし、不思議なことに俺の集中力はどんどん研ぎ澄まされていった。
炎から、より力を引き出しているような感覚。
行ける。
そう確信するには十分な手応えだ。
「ああ、そうだな」
「ん、お、おー?」
そして攻防の最中、俺は確かにそれを悟った。
単純なことだったんだ。
「俺には、才能がない。でも、こうしてどんな手段を使っても勝利をもぎ取る執念がある」
魔祓刃は、その人間にとってふさわしいものが宿る。
特に固有の魔祓刃は、その人間の精神性の体現だ。
だったら、俺は、
「俺は、なんでもありこそ、ふさわしい!」
笑みを浮かべる。
これだ。
これしかない。
あふあふさんを後一歩まで追い詰めた。
ここからあふあふさんに参ったと言わせるためには、俺自身の強さを見せないといけない。
だとしたら、最後に相応しいのは、固有の魔祓刃……!
「いくぞ! 俺の魔祓刃……!」
「セオ様!!」
その時、ミホノが俺に向かって叫んだ。
少しだけ待ってくれ、ミホノ。
後ちょっと、後ちょっとなんだ。
「百鬼――!」
ああ、でもしかし。
「セオ様、もうやめてくださいです! セオ様はもう限界です!」
惜しかったなあ。
後ちょっとのところだったのに。
力を使いすぎた。
生ける炎にその身を焦がした代償は重く。
俺は最後の一歩を踏み出しきれず、意識を失った。