猟犬達は巣に帰った。
あの触手がいつまで猟犬に構っているかは不明だが、とりあえず時間を稼ぐと言う目的だけは達成されるだろう。
同時に、ここまで氷姫招来で頑張ってくれていたミホノも限界を迎えた。
変身が解けると同時に、そのまますうっと眠りについたのである。
お疲れ様だ。
そしてミホノを背負うと、俺は一言。
「さーって、このあとマジでどうするかなあ」
「…………完全にノープランとか言わないよね、セオくん」
「……」
「ちょっと?!!?!?!?!?!???!?!?!!!?!」
いや、まあ。
アイデアがないわけじゃないんだよ。
色々ととっかかりはある。
でもこれはあくまでとっかかりであって、確実にどうにかできると言う確証ではない。
これから検証を開始しないといけないのだ。
失敗したら……当然、世界がパァ。
「でも、やらないわけには行かないし、それに俺は少しだけワクワクしてるんだ」
「ワ、ワクワク……? セオくんの頭が沸騰した時の効果音かなあ」
「目の前の脅威を乗り越えるって、ワクワクするだろ」
「本当にそう言う意味だったかあ。そういうかっこいいセリフはマッチポンプで世界を滅ぼしかけてない時に言おうね」
うーん辛辣。
でもまぁ、俺は結構楽しいんだよ。
誰か大切な人が傷ついたりしない限り、この世界は俺が大好きなものだけでできてる推しの世界だ。
目の前の脅威に、自分の知識と大好きなもので挑むのも楽しみの一つだ。
だからこそ、俺のやらかしで周りの人が傷つくことだけはないようにしないと。
そもそも俺が原作を破壊する理由の一つが、ミホノや母を守りたかったと言う一心にあるのだから。
ニイアと兄様の心労はともかく、他の全ては、俺の手が届く限り守り抜きたい。
「とにかく、まずは皆の安全の確認だ。取りたい行動はあるけど、そのためにはシュリ先輩の力が必須だからな」
「今なんか、大事なものを放り投げてた気がするんだけど、気のせい?」
「気のせいだろ」
とか言っていると、兄様から電話がかかってきた。
兄様から電話!?
『おいセオ! 貴様今、どうしている!?』
「うわ、珍しいですね兄様。てっきりリズ先輩が連絡してくるかと」
『それどころではない! あの場にいた生徒が、ことごとくおかしくなり始めたのだ! 神格に当てられたのだろう!』
「それは……まずいですね!? シュリ先輩もやばい感じですか!?」
『あああの……あいつか』
今ちょっと考えたな兄様!
たまに俺たちの会議にも参加してるんだから覚えてあげてくれよ!
あの人の能力はうちでも特に唯一無二なんだぞ!?
「というかリズ先輩が連絡できないって……まさか、リズ先輩まで!?」
『いやあ、あいつはこの状況に爆笑して、動けなくなっているだけだ』
「そっすか」
まあ兄様が大丈夫なら、リズ先輩だって大丈夫に決まってるか。
とにかく、問題はシュリ先輩だ。
あの人が正気に戻らないことには、状況が動かせない。
一日まってミホノの起床を待つと言う手もなくはないけど、悠長だ。
それに、おかしくなった生徒たちもなんとかしないと。
原因の一端に俺の呼び出した触手が絡んでいないとも限らない。
「最悪シュリ先輩だけなら、あの人が抱えてるセオタード仮面ASMRで起こせるんだけど」
『まて、抱えてるとはなんだ!? そもそも俺は知らんぞその変な音声。と言うかなぜお前は知っているんだ!? 知っていてスルーするのもおかしいだろ!』
ああ、兄様のツッコミは心が安らぐなあ。
触手のやらかしでささくれ立っている俺の心が癒やされていくのを感じる。
と言うか、やっぱりツッコミって大事だよな。
ニイアか兄様が近くにいてくれると安心する。
問題はどっちもたまにボケへ転ぶこと。
「ねえセオくん? 今アタシに対するバチくそ失礼なこと考えてたよね? そう言う顔してるよ? って言うかそんなことしてる場合じゃないでしょ?」
『おい、さっさと答えろ! ここからどうするつもりだ? 考えはあるんだろう!』
「くぅ〜これこれ!」
「口に出すな!!」
まあ、とにかく。
方法ならある。
これに関しては、多分俺よりあの人に任せた方がいいだろう。
こと、「学園生に対するトラウマ」としては明らかに俺と年季が違う。
「兄様、そこにリズ先輩もいるんですよね。リズ先輩に一つ頼んでもらっていいですか? 変わってもらっていいですか?」
『……こいつは電話越しで話する時に死ぬほど唾を飛ばす。スピーカーでいいか』
「あっはい」
兄様の背が見えないのに煤けて見える……お疲れ様です。
というわけでスピーカーにしてもらってリズ先輩に呼びかけようとする。
……が、笑い声がうるさい。
うっさ! なんでこんな大声で笑い転げてるんだこの人は。
「えーと先輩、聞こえてますかリズ先輩!」
『ひーっひっひっひっひ! あーっはっはっはっは! んひひひひひ! ひょひょひょひょひょ!』
「最後の笑い声は嘘でしょう……!」
『んでー、なんだって?』
それから俺は、リズ先輩に作戦を伝えた。
その内容を横から聞いていたニイアと、電話越しの兄様が顔を真っ青にするが、気にせず俺はリズ先輩の返答を待つ。
『お前……いくらなんでもそれは死ぬぞ、お前が』
「……どうですか?」
『ふーんふーんほー……まあ、セオくんなら平気な顔でこういうこと提案してくるのはわかってたけど』
「失礼は承知の上です、お願いします」
下手したら、提案した俺が殺されても仕方ないレベルの失礼な作戦だ。
あまりにも失礼すぎて、普段なら即答で乗ってきそうなリズ先輩が、どこか神妙な感じだ。
でもこれは、多分あれだよな。
『参考までに聞くんだけど、セオくんどうやってさっきの侵入者撃退したの?』
「白痴の王の触手をけしかけてから元のまほろばに送還しました」
『は?』
『乗った!』
『乗るのか!?』
多分、神妙にしているのを隣であわあわしながら見ている兄様を堪能したかっただけだ。
兄様は面白いからな。
白痴の王の名前と、即俺の提案に乗っかるリズ先輩。
それはもう百面相だったことだろう。
ちなみに白痴の王については、一応ある程度説明済みだぞ。
その時の兄様もすごかったな。
何はともあれ、リズ先輩は何度か咳払いをしてから、
『うっふーん♡』
セクシーポーズを決めた。
『おえっ!』
電話越しに聞こえてくる学園生の声。
多分向こうは地獄絵図になってるんだろうなあ、ティンダロスの猟犬触手プレイよりはマシだろうけど。
リズ先輩は、学園の問題児だ。
学園生はリズ先輩を見ると恐怖で竦み上がるのである。
そんなリズ先輩がセクシーポーズを決めたら、発狂してても正気に戻るだろう。
失礼極まりない作戦だが、面白いと思えばリズ先輩は余裕でやってくれるだろう。
かなりノリノリのようだった。
「……これでよし」
「よかったのかなあ……」
「兄様、シュリ先輩が落ち着いたらこっちに転移してもらってください」
『……あ、ああ』
なんにしても、学園生を正気に戻せば準備完了だ。
俺はシュリ先輩がやってくる前に、やるべきことを済ませておくことにした。
湖の方に戻って、あるものが落ちているかを確認する。
「くっさあ! ティンダロスの猟犬の体液くっさあ! ばっちいよー!」
「まあそういうなって」
それは猟犬の体液。
猟犬が現実に現れた時に、現れた場所に残すというめちゃくちゃ臭い液体だ。
俺はこれを、具現化で用意した瓶に詰め込む。
念のため二つ用意しておいた。
「で、こっからどーするの?」
「……さっき、俺が触手に襲われた時、どこからともなく炎が触手を焼いた。生ける炎が、だ」
「セオくんがやったんじゃないのお?」
「やってない。もし仮に、俺以外にそれができるやつがいるとしたら、この世界には一人しかいない」
「それって……」
俺は、一拍置いて、次の行き先を口にした。
「白面金毛のまほろばに、いくぞ」
あの時。
俺はあいつが死んだところを直接目にしていない。
本体ではない、
本体の炎に焼かれたあいつは、果たして今、生きているのか。
俺はそれを、確かめないといけない。