俺達は触手が闊歩し情事の痕が残る池から、まほろばへと足を踏み入れる。
白面金毛の根城だったまほろば――かつて、あいつと激戦を繰り広げた場所へ。
あいも変わらず荘厳な雰囲気のそこは、しかし不思議な空間へと変容していた。
まず目の前の鳥居だが、一切の角がない。
空間そのものが丸みを帯びており、カーブミラーを覗き込むかのような状態になっていた。
「うわ、何ここ気持ち悪!」
「ティンダロスの対策には角のない空間を作る必要があるんだよ」
「それは解ってるけどさー」
なんてことを話しながら、鳥居をくぐってまほろばの中を進む。
「ここに、人の白面がいるんだっけー?」
「……多分な」
まほろばを改造できるのは、そのまほろばの主だけ。
それは人の白面が、この場にいることを端的に表していた。
白面金毛、俺にとってそいつは誰よりも忘れられない”敵”だ。
これからどんな相手とぶつかることになろうと、白面より印象に残る敵はいないだろう。
俺にとっての、もう一つの姿。
怒りによって力を手にした、才無き魔人。
もしかしたらどこかで再会することもあるかと思っていたが――まさかこんなところで再会することになるなんて。
再会した白面に、なんて言葉をかけるべきか。
そんな事を考えながら境内にたどり着いた俺達は――
抱腹絶倒し、笑いすぎにより死にかけて地面をのたうち回っている人の白面を。
「クハッ――――ッ! ッッッ! クッ! ハハ! クハハハハハッ!」
「……そんな笑うことないだろ」
「いやいや、他人事なら笑うでしょ、アタシの本体も大爆笑してるだろうし……」
そっかぁ……
何にしても、人の白面はそこにいた。
白髪で狐耳、性別が窺えない中性的な容姿。
神職の人間が着ているような和服姿は、あの時と変わらない。
やがてひとしきり笑った白面は、何とか落ち着いたのか鉄扇で口元を覆い隠しながら起き上がる。
「クハハハハ! 久しいなあ、セオ。随分と暴れているようではないか!」
「何事もなかったかのように始めたなぁ……まぁいいか。そっちこそ、まさか本体が死んでも生きているとは思わなかったぞ」
「本体と己達は出所を同じくするだけの別個体よ。まさか筋肉ダルマやスピード狂を本体と同じと思うつもりか?」
「まあ、確かにな」
「それに、今の己は完全にかつての己と同一とはいえぬと言う問題もある」
なんだ、こいつも鵺みたいに這いよる混沌にプチッとされたのか。
いや誰にプチッとされたんだよ。
まぁ、事情はよくわからんが、ここに人の白面がいるということに変わりはない。
「それにしても、まさかお前に助けられるとはな」
「別に助けたつもりはない。そもそも助け舟を出さずとも貴様はあの場を潜り抜けられただろう」
「まぁ、そうだけどさ」
まぁ後は触手と猟犬をまほろばに送還するだけだったしな。
とはいえ、最悪炎鬼天生を切るところだったから、助かったのは事実だ。
「それに、己もあの猟犬に用があるのだ。貴様らを利用したほうが手っ取り早いというだけのこと」
「復活したライバルの物言いだな……」
「ふん、貴様を殺すのは己だからな、他のやつにむざむざ殺されるなど許せん」
「……こいつが漫画文化それなりに詳しいかったり神格に関する話をしようとするの違和感ーーーーーー」
こら、メタな発言をするんじゃないにゃるにゃる!
と言うか、それは別にどっちもあり得るだろう。
白面は退屈が嫌いだから、漫画とか読んでてもあんま違和感ないし、原作で白面が神格に触れる可能性だってなくはない。
こうして人の白面が俺の手を使わずに生き残っている以上、原作でも生き残っている(ことになる)可能性もあるんだ。
まぁ、後付だろうけど。
「それでセオくんはこれからどうするの?」
「体液を使って情報を引き出す。こいつはティンダロスの猟犬の一部だからな、使い方次第で向こうの情報も得られるはずだ」
「さっすがぁ! って言うかくっさ! わかってはいたけどくっさ!」
俺は回収した瓶をニイアに見せる。
まぁさっきからずっと話の横でちょっと臭ってたしなあ。
とりあえず瓶に消臭の概念を具現化付与して、匂いを消す。
「でもこれ単体じゃ、なんの意味もなくない?」
「これ自体は単なるビーコンみたいなもんだよ。これを通して、俺はこいつらの居場所を視る」
「解郷かぁ。セオくんがティンダロスの猟犬形態になったりして」
「猟犬なら問題はないと思うが……」
っていうか、なんならついさっき間近でみたし。
それで何ともないなら、まあ問題はないはずだ。
とか思っていたら、突然人の白面が笑い出した。
「ん? ……クハハ! そうかそうか、貴様まだふぃるたあの開発に成功しておらんのか!」
「フィルター……?」
「いや、よい、よい。わからぬのならばそれで良い! 己が貴様より能力開発の分野において優れているという証明になる!」
こいつ……!
とはいえ、ぶっちゃけ俺にとっては今の発言だけで十分だ。
というか、十分な量のヒントを白面は俺に与えたのだろう。
元々、解郷による神格の視認にはリスクが多すぎた。
原作で使用する場合は、もう少し別のフィルターを使って安全に行なっていたのではないか、と推測はしていたのだから。
それが実際に存在すると分かれば、その方法を考察すればいい。
「……なるほど、フィルターか」
「……今のやりとりだけでわかったの? キモくない?」
「ふん、セオであれば当然だ」
「いやなんで白面が自慢げなのよ! これだからツーとカーは!」
俺は早速、解郷を起動する。
要するに、近すぎたんだ、俺は。
解郷をする際、俺は現実からまほろばを見て、そこからさらに現実を見ている。
だが、本来はさらに二段階、解郷を重ねる必要があった。
現実から、さらにまほろばへ、そして、現実へ。
すなわち、五重。
これによってより遠くから神格を見て、ようやく人は自身に神格を下すことができる。
今回はまほろばからの起動だから、さらに六重。
うん、やろうと思えば今の俺ならできそうだ。
なんでこれが今まで思いつかなかったって、理由は二つ。
一つは必要がなかったから。
もう一つは……
「クハハ、セオ、今まで貴様は
「お前がいうなよ! どうせお前だって、五重解郷を習得できなかったから、今まで俺たちの前に姿を見せなかったんだろう!」
「クハハ、そうだ!」
「同意するんかい!」
ニイアのツッコミが冴え渡る。
ありがたい存在だ。
そして、俺は何となく俺に敗れてから人の白面が何をしていたのか、何となく察することができる。
「お前生き残ったあと、ずっと鍛錬してただろう。それで、満足いくまで強くなってから俺の前に現れるつもりだったんだな」
「クハハ、まぁそんなところだ。残念ながら、強くなる過程でどうしても必要なものが出てきて、こうして貴様と顔を合わせる羽目になったがな!」
「さっきからクハクハずっと笑ってるよー」
「そしてあの炎……お前、生ける炎をその身に宿せるようになったか」
ここに来る直前、俺は確かに生ける炎を見た。
自分が生み出したものではない、まったく別の生ける炎。
そんなもの生み出せるの、白面以外に思いつかない。
「貴様のように直に見ることはできんがな。それでも、そこで寝こけている小娘と同じことはできる」
「しかも、フィルターをしているから反動はない……と」
「はえー、すっごー」
さっきから割と他人事だな、ニイア。
「そしてセオ、貴様はこれからその猟犬の一部を使って、情報を集めるのだろう?」
「ああ、そうだな」
「具体的にはどうするつもりだ?」
「まぁ見てろって」
そう言って、俺は瓶を開けると
「食ったあ!?」
「食べたあ!?」
「まっっっっっっっっっず!!!」
匂いだけじゃなくて味も最悪だこれ!
そして白面も驚くんかい!