解郷を終えて意識を浮上させる。
随分と長く潜っていた気がするが、果たしてどれほど時間が経っているか。
意識が浮上した先は相変わらず白面のまほろばの境内。
角のない歪んだ世界と化したそこは、思わず目眩がしそうだ。
それでもなんとか耐えて起き上がり周囲を見渡すと、そこには眠りについたミホノしかいなかった。
何やらうなされているミホノを回収して、階段を降り鳥居の方へと戻る。
他の連中はどこに行ったのかと思ったら、応えはとても単純だった。
「うぇーい!」
なんか酒盛りしてる――――
白面と、人化した鵺、それからニイアが酒を飲み交わしていた。
いや、ニイアは酒じゃないなあれ、サイダーだな。
でもニイアが一番酔ってる。
這い寄る混沌は絶対雰囲気で酔えるタイプだろうけど、サイダーで酔うなよ!
「クハハハハハ! まさか鵺とこうして酒を飲み交わす時がくるとはなぁ!」
「それは我の台詞だ。まったく……我は貴様が憎いのだぞ。能力が若干被っている上に、貴様のほうが強いのだから」
「努力が足りておらんのだよ、努力が。クハハ!」
「うぇーい!」
ところでニイアはうぇーいとしか言ってないな?
まぁいいや。
「……楽しそうだな」
「あっ、セオくーん……うぇーい!」
「……戻ってきたか」
「クハハ、貴様も飲むか、セオ!」
俺が声を掛けると、三人は一瞬こっちをじっと見てから返答してきた。
なんだ今の間。
とにかく、酒は辞退しておきつつ俺も三人が座り込んでいるビニールシートの上に座る。
ニイアはともかく、七大魔人がビニールシートて。
「お酒はのまなくてもサイダーは飲むよね! うぇーい!」
「いや飲まないが……というかなんなら酒より怖いだろ、這い寄る混沌の用意したサイダー……」
「そんなー!」
「クハハハハ! さて、それでは話すが良い。何を見てきた――セオ」
こほん。
白面に促されて、咳払いをしてから話し始める。
興味深げな白面とニイアに、ティンダロスの猟犬の生態とティナのことを語った。
鵺? あいつずっと酒ばっかり飲んでるよ。
「要するに、ティンダロスの猟犬はとにかく悪意しかない存在ってわけ」
「群れてる理由が生息可能範囲が狭いからって……それはそうだねとしかいいようがないじゃん……!」
「群れる獣というのは、得てしてひえらるきいという奴を作りたがるものだ。七大魔人という括りそのものがそうであるように、な」
白面の言うことは最もだ。
思い出されるのは鵺への他の魔人のパワハラである。
ああやって上下関係を作ることで、結果として一つの秩序を作るのだろう。
共通の敵を作ることで、コミュニティは一致団結するものだ。
そして自分のパワハラを思い出したのか、鵺の酒を持つ手はカタカタ震えていた。
「で、ティナは時空を超えて別次元にまでやってきたわけだ。俺が一体何を吹き込んだのか、正直検討もつかん」
「ティンダロスの猟犬が時間を超えてやってきた、っていうのもヤバいけどさ、セオくんが何か吹き込んでるってことのほうが怖すぎるんだけど!」
「クハハハハハハ! クハハハハハハハハハハ!」
そうだね。
とりあえず話としてはこんなところか。
ここまでの話を踏まえて、これからのことを考えないと。
なお、鵺は俺に件をぶすっとされたことを思い出したのか、泡を吹いて倒れていた。
「――まずはこの世界における、時間移動について考えてみないか?」
「SFだぁ」
「ふむ……そのティナという猟犬の例を見る限り、時間を移動する場合は同じ時間軸に移動するのではなく、近い時間軸の並行世界に移動するようだな?」
この世界の時間移動は、あくまで過去の世界に良く似た並行世界への移動でしかない。
まぁ、よくあると言えばよくあるやつだ。
ただし、それだと少し疑問に残ることがある。
「疑問点は二つ、この世界のティナはどうしてるのかってことと、ティナとの戦いの最後で送り込まれてきたティナの思念体みたいな存在だ」
「前者は、多分移動できるのが意識だけってことなんじゃなーい? 要するに、別の並行世界のティナちゃんの意識が今のティナちゃんにインストールされてるの」
世界線の移動みたいな話になってくるな、それは。
「意識を時間移動できるなら、意識を本体以外の場所に時間移動させることもできるだろう。マナを用いれば思念に肉体を与えることも可能だ」
「思念体ってことか……まぁ大体わかった」
時間移動に関してはこれくらいでいいだろう。
問題は――その時間移動をどうしてティナができるのか、って話。
「思うんだけど――他の猟犬って時間移動はできないんじゃないか?」
「そう?」
「だって移動できてるなら、あの触手止めにくるだろ」
「あー……」
あるいは俺達が猟犬にとっての”一周目”なのかもしれないが、その場合でも別の周回の猟犬が飛んだ先にウチが選ばれてもおかしくない。
何にしても、未だにあの触手を対処できてないというなら、時間移動はできないと考えていいはずだ。
加えてティナ自身も言っていた。
”全力を出せば遡行も可能”。
それは本人は軽く言っていたけど、相応の代償が必要な行為なのではないか。
一度使えば二度と使えないか、あるいは使った時点で意味を失うような――ああそうだ、件みたいに”使ったら死ぬ”とかそのレベルの重い条件が必要な感じの。
……それだと、今度はティナがどうしてピンピンしてるのかがわからないけどな。
まぁ何にしても、警戒は必要だな。
「ティナだけが特別な方法で、時間移動を行った。そう考えると……なんとなく猟犬たちの狙いも見えてくると思うんだよ」
「それって?」
「自分たちも代償なしでできるならしたいだろ、時間移動」
ティンダロスの猟犬は悪意に満ちた存在。
悪意の中に、”欲望”と呼ばれる悪意が含まれていたって不思議じゃない。
「つまりアイツラは……ティナを捕まえて安全な時間移動の方法を聞き出そうとしてるんだろう」
「そしてそのついでにセオを喰らっておこうとしたところで――アレをくらったか」
「くらっちゃったみたいだねぇ」
アレいうな。
「というか、そのアレをどうするのさセオくん! ソッチのほうがよっぽど問題だよ!」
「そうだぞ、どうするのだ、アレを」
「お前らアレいいたいだけだろ。……とりあえず、もう少し様子を見る」
俺は解郷でティンダロスの猟犬について情報を調べた。
当然、あいつらの”巣”も観察済みだ。
そこで見たのは、今もえろえろされているティンダロスの猟犬達。
「そして――猟犬たちに捕えられた状態で触手プレイを見せつけられているティナ」
「うわぁ……かわいそ……」
「それを放置するか……鬼畜だな、貴様! クハハ!」
ええい、言うな! 俺だって流石に同情したくなってきたんだから。
並行世界でミホノの視力を奪ったとしても、あそこまでされる謂れはないだろう。
「ただ、触手プレイは露骨にティンダロスの猟犬を弱らせてる。限界まで猟犬を弱らせれば――ニイアやミホノでも倒せるんじゃないか?」
「なるほど!」
兄様とリズ先輩でも、二人で組めば一体は倒せるんじゃないか、というのが俺の目算。
ニイアとミホノなら、タイマンでもなんとかなるだろう。
これで三体、ティナを救出できれば一体は任せられるとして……残り五体かぁ。
「――一体は己が受け持ってやろう」
「へえ?」
「そも、己が貴様らを助けたのは、猟犬に用があるからだ」
「なるほどね」
まぁさっきもそう言ってたけど、多分狙いはあれだよなぁ。
正直、あまり歓迎はできない理由だが、流石に残り五体を俺一人で相手するのは無茶だ。
これが四体なら、まぁ何とかならんこともないだろう。
「それで、猟犬については方針が固まったとしよう。問題はまだあるぞ?」
「ティナちゃんの救出と、触手をどうするか!」
「それに関して、様子見で限界まで猟犬を弱らせているこのタイミングで、いい案を考えるんだよ」
「まだ思いついてなかったの!?」
細部をこれから詰めるんだよ!
何の取っ掛かりもないわけじゃない。
後この作戦は、性質上ミホノの起床を待たないといけないだろう。
どっちにしろ、一日猶予を発生せざるを得ない。
その間に、準備を整えるのだ。
「ところで気になったんだが、なんで酒盛りをするにしても境内でやらなかったんだ?」
「あー」
で、話が一段落したところで、ふと問いかける。
別に酒を飲むだけなら、境内でも良かったと思うんだが。
「――――解郷してる時のセオくん、猟犬と同じ匂いがしたから」
…………
……
それは――
「……臭いな」
「臭かったのだ」
意識を復帰させた鵺が、起き上がって俺の言葉に同意した。
瓶はもう一本あるので、そっと鵺に嗅がせておくことにした。