さて、みんなはそれぞれの通路へと猟犬を誘導していった。
これで残る猟犬は六体。
一体は白面がなんとかしてくれることに期待して、残る五体は俺の仕事だ。
いや本当に、このバランスどうなってるんだとしか思えないが、それはそれとしてみんなに無茶はできない。
白面にならいくらでも無茶振りはできるが、今度は白面がそれに乗ってくれないだろう。
加えて俺には、もう一つやることがあった。
「なあお前ら、ティナはどこにやった?」
問いかける。
俺はティナを戦力の当てにしている。
現在の弱った猟犬たち相手なら、戦力としては十二分。
俺が炎鬼天生を使わずにこいつらを討伐できるかもしれないくらいには。
別の時空でミホノに傷を負わせたことは少し引っかかるけど、それでもこの状況であいつの手を借りないわけにはいかないだろう。
『う、うるるう!』
そしてこの状況、俺に取って有利なことが一つあった。
ティンダロスの猟犬たちが俺を恐れている。
原因は言うまでもなく俺の生ける炎だろう。
全力を出せば、今の俺ならこいつらの殲滅だってできるかもしれない。
今の俺は眼帯を取り外し、生ける炎の光を宿した瞳を、爛々と輝かせている。
やろうと思えば、今すぐにでもお前達にこれを使えるのだぞ、と。
また触手を使われたら敵わないから?
あ、あれは最終手段だから……(使わないとは言っていない)。
「悪いが、存分に利用させてもらうぞ! ”解郷”!」
早速俺は、生ける炎を解放する。
それは何重にも重ねた解郷を通しての、拝謁。
その分出力は下がるが、俺が昏睡せずに制御できるだけの力を手に入れることができる。
ひとまず、弱った猟犬から
「そらよ!」
『うるぅ!』
炎を弾丸のように、六体の猟犬それぞれへ向けて放つ。
当然猟犬は回避してくるが、俺はその間に角ばった時間の通路へと足を踏み入れた。
『うるぅううううううううううううぁあああああ!!』
猟犬が、怒りか、憎悪か、あるいは鼓舞か。
何某かの感情を一斉に咆哮へ乗せて、俺の方を追いかけてくる。
当然通路への道は狭く、一本道。
追いかけてきたところで、後続は詰まるだけだ。
その事を、四体目あたりで猟犬たちは気付いたらしい。
三体だけが俺を真後ろから追ってくる気配がする。
残り三体は、別の通路へ向かったようだ。
何にしろこれで、俺が相手すべき猟犬は一体だけになった。
『うるるるうぅ!』
「後ろがつっかえてるぞ!」
襲いかかる猟犬の攻撃を弾きつつ、後ろに飛ぶ。
通路が狭いことを利用して、とにかく猟犬を逃げる俺の前に行かせないよう立ち回る。
現状、通路のお陰で後ろ二体は前に出れない。
残る三体も追いつくまでには時間がかかるだろう。
なにせ――
「にしてもお前ら――
『うるぅ!』
彼らは自分の住処の構造すら、ろくに把握していない。
それは彼らの生態に問題があるだろう。
彼らは知能は高いが悪意が強い。
悪意の中には、怠慢だとか怠惰だとか呼ばれる感情も含まれている。
自分の好きなだけことをだらだらずっとやっているのも、悪意の一種だ。
彼らの場合は、外に意識を向けて獲物を探すか、群れの中の虐めていい猟犬を虐めるか。
そもそも食事も睡眠も必要ないような連中なのだ。
数日ずっと触手責めされても問題ないくらいには。
だから、生活環境をよくしようなんて発想はこれっぽっちもない。
「別の道にそれた猟犬達は、ぜんぜんこっちに近づけてないぞ!」
『うるるるるるぅ!』
迫る猟犬の鉤爪。
それに刃を添えるようにして振るい、激突の衝撃で後方に吹き飛ぶ。
そのまま着地して、移動を継続。
ここまで、速度は何一つ緩めていない。
俺はこの逃亡戦に加えて、解郷を利用して他の猟犬達を追跡していた。
猟犬そのものをビーコンに、通路の中を動き回る猟犬に解郷を使用する。
これには猟犬がどこにいるのかを把握するとともに、ある存在を探すのに使われていた。
「お前らはどこかにティナを幽閉しているはずだ。――どこにいる?」
――すなわち、ティナだ。
ティナは猟犬たちの住処にいなかった。
おそらくどこか、住処にできるほどではない開けた場所に閉じ込めているのではないか。
俺一人ではとてもじゃないが探しきれないその場所を、目を増やすことで捜索するのだ。
二つのことを並行して進めるとなると、その難易度は非常に高い。
特に目の前の猟犬の相手は、俺が昏睡しないギリギリの出力で生ける炎の力を使っているから、一瞬でも選択をミスればそのまま押し切られる。
これがミホノなら、この出力でも問題なく今の猟犬を倒し切れるのだろう。
いや、そもそも昏睡しない出力に対する耐性がもっと高いか。
ここ最近、ずっと俺は自分の才能のなさを突きつけられているな。
『うるるるる!』
迫りくる拳を、往なして下がる。
そしてまた走り出し、猟犬がそれを追いかけてきた。
才能がないことを悔しいとは思わないが、アレば俺はもっと別のことをしていただろうな、とも思う。
猟犬に追われているのは、俺が神格の力に手を出したからだし。
身の丈にあった才能で眼の前のことに対処できるだけの実力がアレば、俺はもっと腰を据えて七大魔人を攻略しようとしていたはずだ。
いや、どうだろうな。
結局這い寄る混沌に目をつけられていた気もするし、猟犬の存在を知ることもなく猟犬の襲撃を許していたかも知れない。
過ぎたことだ。
であればこの未来を俺が選んだことで、今の俺にしかできないことって、あるのだろうか。
何にしても――
「そろそろ、だな!」
俺は、ようやく時間稼ぎから別の一手に行動を移す時が来た。
理由は二つ。
一つは言うまでもなく、ティナを見つけたからで――もう一つは。
「チャージ完了、吹き飛べ――
今までチャージし続けてきた生ける炎の焔を天井にぶつけて、通路を崩落させる準備が整ったから。
チャージ方法は、鵺相手に使った光弾を強化して炸裂させる方法の応用。
神討滅核の簡単なチャージ方法と同じ、といったほうがいいか?
何にせよこれにより、俺は自分に迫る猟犬一体を崩落する通路によって生き埋めにした。
後ろからついてきていた二体はこれで立ち往生。
俺自身がフリーになる。
否――
『うるるぅ!』
「生き埋めにしたやつは強引に脱出してくる、か!」
通路を突き破って、ティンダロスの猟犬が這い出てくる。
こいつだけはここで退治するしかない。
何より、六体もまだいるんだ、一匹はここで狩っておきたい。
なら、方法は――
「具現化!」
俺は、カメラを具現化する。
とたん、びくっと振るえる猟犬。
しかし隙を晒すほどではない。
流石に触手のトラウマが勝因になったりはしないか。
何にせよ、俺はそのカメラを用いて――
「解郷!」
解郷を起動する。
また触手を生み出すつもりか?
――否、この解郷が見るのは、炎だ。
何重にも解郷を重ねられるようになったことで、俺はフィルターをかけるだけでなくあることができるようになった。
解郷を重ねる際に少しずつ座標をずらせるようになったのだ。
これを利用し、カメラが見る神格を白痴の王から生ける炎に、
結果――カメラは、純度の高い生ける炎へと変化した。
俺はそれを刀に纏わせ――
「――じゃあな!」
『うる――――っ!』
飛び出してきた猟犬を、斬り伏せた。
これで――五体。
ああいや……
+
カメラを使った解郷の起動にも、手間がかかる。
足を止めた状態で十秒集中する必要があるといったところか。
すなわち、戦闘中に集中するのは難しい。
それだったら片手間でできるチャージの方が、使い勝手はいいだろう。
何にしても、今回以外で使うタイミングがあるかどうかは怪しい業だな。
便利そうなんだけど、使いにくい。
なんてことを考えながら、解郷で見かけたティナが幽閉されている場所へと向かう。
そこは――とても寂しい場所だった。
足音は、俺のものしか響かない。
ただ、声だけは聞こえてくる。
「――――さい」
ティナの声だ。
ティナが何かを呟いている。
それは――
「――ごめんなさい」
謝罪。
そして俺は、見た。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
腹部を角ばった時間の角に貫かれ、磔にされるティナを。
そんなティナが、恐怖に陥りただただうわ言のように謝罪を繰り返すのを。
なぁティナ――お前は一体、どれだけの時間こうして仲間たちに虐げられ続けてきたんだ?
問いかけてはいけない問いが、頭の中をよぎるのだった。