ティナは猟犬の群れの中で、群れに馴染めなかった個体だ。
じゃあどうして群れに馴染めなかったんだろう。
理由は二つあって、一つはティナの感性が善良……もっと言えば”無垢”に近いものだったから。
ティナは猟犬としての悪性が薄い。
多分、これは本当に生まれつきのもので、個体差ってやつだろう。
ただこれがなければ、ミホノの視力を奪ったティナに、一回目の俺が何かしらの助言を与えたりはしない。
名前だって送らないはずだ。
そしてもう一つは――
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、
「ティナ……ティナ!!」
先ほどから何度か呼びかけているが、返答はない。
完全な恐慌状態。
この場所でずっと虐げられてきて、それがトラウマになっているんだ。
だけど、その中で一つ重要な単語が出てきた。
弱くて。
何気ない言葉に聞こえるかも知れないが、俺はこの一言で腑に落ちたんだ。
どうしてティナが、俺に興味を持ったのか。
どうして一回目の俺が、ティナに機会を与えたのか。
どうして――俺とティナに因縁が作られたのか。
ティナは――弱かったんだ。
無論、それは猟犬の中では、の話。
普通に戦えば、全力の俺以上のスペックがある。
それでも他の猟犬と比べたら、明確に弱い。
今回俺達は相当弱体化した猟犬を狩っているが、今の弱体化した状態から全力を逆算すると――ティナとは明らかに差があった。
ちょっと観察しただけで、それが分かる程度には。
『弱いから、好き』
その言葉が思い出される。
ティナは俺に魅入られた。
弱いから。
弱いのに誰よりも強い力を手に入れ、それを振るっているから。
憧れがあったんだろう。
無理もない。
白面だってそうだ。
弱者でありながら、発想と努力でそれを補い最強へと至る。
その事に対し、あいつは多少なりとも俺をリスペクトしているように思えた。
そして何より俺もまた、そういった白面の部分をリスペクトしている。
弱者は――弱者から強者に成り上がったものに脳を焼かれるのだ。
「――ティナ!!」
とはいえ、そのことを感慨深く思っている暇はない。
今でこそこの場に猟犬はいないが、三体の猟犬はすぐそこまで迫っている。
ティナをこのままにはしておけないのだ。
俺は、ティナの肩を掴むと、叫んだ。
「君は、弱くない!」
その言葉に、ティナの震えが収まる。
この状況、トラウマを抱えた猟犬へ俺は果たして何ができるか。
考えるまでもない、彼女の欲しい言葉を投げかけ続けるんだ。
なんとなくだけど、一回目の俺はこれができなかったから、二回目の俺にティナを投げたんじゃないだろうか。
ティナのトラウマを克服させるためには、ティナを認めないと行けない。
でも、どれだけ冷静にティナを評価できても最終的に感情が邪魔をしたから――ミホノに不可逆な傷を与えたから――一回目の俺はそれができなかった。
二回目の俺ですら、若干引っかかるところがあるんだから。
今のミホノが無事なら口を挟む必要もないと思っているだけで。
無論、それ以外にも理由はある気がする……っていうか十中八九あるだろうけど。
それもまた、一つの理由だったはず。
「ティナ、君は強い。なぜなら挑戦する勇気があったからだ。一回目の俺を手に入れるために、君は挑戦した」
「う、ううう!」
「そして今は、猟犬たち以上の力を手に入れているじゃないか。過去への干渉、アレを使っても君は消えてない。それは君が今、猟犬を上回っていることの何よりの証拠だ」
あの時、ミホノは言った。
ミホノは「俺が強いから好き」。
でもその強さっていうのは、言ってしまえば強くなろうとしているあり方だと思う。
同じだ。
ティナもミホノも、同じものをみて俺を好きだと言ってくれている。
ただ、それに憧れたスタートラインが違っただけで。
そして何より俺自身も――俺は自分を弱いと思っていた。
「俺はさ、弱いんだよ。でも、弱くたって強くなることはできる。それには代償や、危険が伴うものだけど。それでも俺は、強くなりたい」
「う、う……」
「やりたいことがあるからだ。――ティナ、君は違うか?」
まっすぐ、ティナを見る。
お互いに、お互いが視線を合わせた。
無言、ティナの震えは収まっているが、ティナはまだ怯えているようだ。
それはきっと、猟犬達に対する怯えではないんだろう。
俺という――憧れにして、一度傷つけてしまった存在が、眼の前にいる。
「……答えてくれ、ティナ。君はどうやってつよくなった?」
「…………件を、食った」
それでも、ティナは答えてくれた。
おずおずと言った様子で、俺の質問に正面から。
「
「――
件のマナ総量は、非常に多い。
それは言うまでもなくこの地球に存在するあらゆる人間、魔人、真生生物のなかの頂点に位置するほどだ。
しかしもっと言えば――宇宙に目を向けてすら、マナ総量という側面で件に勝てる存在はほとんどいない。
ティンダロスの猟犬ですら、マナ総量としてはそこまで多くはないのだ。
というか、猟犬に限らないけど宇宙の神格は出力できるマナの量が多いだけで、マナ総量にそこまで俺達と違いはない。
要するに、俺達が最大で一度に100しかマナ総量というタンクからマナを絞り出せないのに対し、神格たちは下手すりゃ一万とか絞り出せる。
でも、マナ総量に関してはどちらも100万とかそのくらい。
最大値には、そう違いはないのだ。
大して件は――一億とか、それくらいあっても不思議じゃないだろう。
具体的にどれほどのものかは、もう測れないけれど。
「一回目の件を食って、過去に飛ぶためのマナを外部からティナは確保した。そして過去の自分に意識を飛ばし、時間転移を成功させた」
「……うん」
「そして過去でもう一回件を食べることで――今のティナは、過去にとんでもなお元気に動ける力を手に入れたわけだ」
本来だったら、まず一回飛んだだけで死ぬレベルのマナが時間転移には必要になるんだろう。
しかし、件というバカみたいなマナの塊を食べたことで、ティナは時間転移に耐えられるだけのマナを得た。
しかしこれだけでは転移した後に生存はできても、まともに動けない。
そこで二回目の時間軸でもティナは件を口にした。
ウルトラ魔力二回分でなんとか時間転移ができるとか、コスト重いなあ。
まあそうでなくちゃ、俺がぽんぽん時間転移してる気もするしな。
這い寄る混沌が見たのは、おそらく一回目の件捕食だ。
あいつはなんだかんだ俺を気に入ったのか協力的だけど、より事態が面白くなるように自分自身に細工を施しているらしい。
まず協力的な這い寄る混沌ってのが厄介な上に信用できないけど、そこはまあおいておこう。
そして本題はここじゃない。
「それは、誰が言い出した案なんだ?」
普通に考えればやらかしたのは俺だ。
だけど俺は、そうじゃないと考えている。
『うるるぅ!』
その時、俺を追いかけていたティンダロスの猟犬が一体この場に入り込んでくる。
その声音には怒りが滲んでいた。
一つは俺に対するもの。
そしてもう一つは、ティナに対するもの。
いや、これは怒りではないだろう。
これが猟犬達のティナに対する普段の態度なのだ。
それにティナは一瞬だけビクッと震える。
恐怖はまだあるだろう。
それでも、ティナはすぐに視線を鋭くした。
「いっぱい、いっぱい考えた」
『うるる!!』
「百鬼セオは、いっぱい手伝ってくれた。知らないことや言葉を教えてくれた。……でも!」
ティナは、力を込める。
それだけで自身を貫いていた角も、周囲の角も一瞬にして破壊した。
そして、
「やったのは、ボクだ! ボクはもう、弱くない!!」
その拳が、一撃で猟犬を叩き潰していた。