推しの少年漫画に転生した件   作:暁刀魚

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九十四 ワクワクする

 俺達がいるのは、まっくらな空間だ。

 時空の狭間とでも言うべきか、二つの平行世界が交差して交わる場所。

 そこは完全に暗闇が支配していても、俺ともう一人の俺――互いのことだけははっきりと認識できる。

 そんな不思議な空間で――俺達はただただしのぎを削っていた。

 

「――純粋な剣術の比べ合いは、まったくキリがないな!」

 

 戦闘開始からしばらく、俺ともう一人の俺は純粋に刀だけで戦闘していた。

 身体強化とか、ミホノの力の恩恵は借りてこそいるものの、それ以外にこれといって魔祓刃を駆使したりはしない。

 結果何が起きたかと言うと――めちゃくちゃ低レベルでありながら、やたら高次元な拮抗が発生してしまったのである。

 純粋なスペックとしては、先程まで行っていたティンダロスの猟犬との戦いと比べたらあまりにも雲泥の差。

 なんというか、子供が木の棒を振り回してチャンバラごっこをしているような想像をしてしまうくらいに。

 けれども、その技術はあまりに高度でもあった。

 

 何せ俺は、幼い頃からずっと鍛錬を続けてきている。

 剣術に置いてもそれは変わらない。

 特に魔祓刃と違って俺の剣術の才能は平凡だった。

 それじゃだめじゃん、と思うかも知れないが、魔祓刃の才能に関しては平凡どころかミジンコ以下である。

 だからまぁ、剣術を学ぶのは楽しかった。

 ちゃんと、努力すればするだけ成長を実感できたから。

 だから俺達の剣術は相応に高度だし、身体能力さえ伴えば十分に優秀な剣士になれているだろう。

 マナの量が少なすぎて、絶対にそれは叶わないのだが。

 何にしても――ここからは、もっと戦闘に趣向を凝らすとしよう。

 

「――――百鬼夜行!」

 

 ふと、考える。

 俺は、最高の能力を開発したかった。

 自分だけの力を、自分のものにしたかったんだ。

 純粋な能力なら俺の百鬼夜行は他の魔祓刃に劣るかも知れない。

 魔滅場である常勝不敗の方は、更に扱いにくく単純な魔滅場としては間違いなく弱い。

 炎鬼天生という外付けの能力があって初めて効果を発揮するのだ。

 でも、こと百鬼夜行の取り回しの良さは、他の魔祓刃と比べても負けていない。

 俺の習得している魔祓刃なら、どんなものでも消費をほぼゼロにしてしまうのだ。

 特に具現化は、いくらでも玩具にしてくれと言わんばかりの相性を発揮する。

 そして、ことそういう能力を使って悪さをするという点において俺の右に出るものはいない。

 とはいえそれは――もう一人の俺も変わらないのだが。

 

『――――』

 

 もう一人の俺は、俺と同じように手をかざして何かの言葉を口にした。

 内容は、聞き取るまでもない。

 それと同じ言葉を、俺は今まさに口にしたのだから。

 

「――光弾」

 

 お互いに、()()()()()()()光弾を周囲へ浮かべた。

 これは俺が百鬼夜行の影響化にある中で、使用できる限界の数の光弾だ。

 消費をほぼゼロにできるといっても、完全にゼロというわけではない。

 そして俺の才能はミソッカスなので、一度に多くのマナを消費することすらできないのである。

 結果、生み出せる光弾の量は百とか二百が精々。

 それでも多い気はするが――兄様やリズ先輩なら何ら問題なく対処してくるに違いない。

 そして、俺同士であれば、どうか。

 

「行け!」

 

 まったく同じタイミングで、光弾が射出される。

 暗闇に染められた世界で、白光があちこちを照らす。

 ぶつかりあった二つの光が放つ輝き。

 それらに目もくれず、俺達は互いに刀を振るう。

 先ほどとやっていることはそう変わらない。

 だがそこに、どこから飛んでくるともわからない光弾が混じれば、戦術は一気に変化するだろう。

 

「うおっと!」

 

 飛んでくる光弾を、飛び跳ねながら回避する。

 その勢いで体を回転させ、遠心力で刃を叩きつけた。

 もう一人の俺はそれを巧みに躱す。

 無理な体制で放った一撃だ、そらせば俺の態勢が崩れるのは必然。

 しかし、それに追撃を仕掛けようにも、俺の光弾が目の前に迫ってもう一人の俺は追撃を中断せざるをえなかった。

 そんな風に、ずいぶんと動きがアクロバティックである。

 だがそれでも、決定打には至らない。

 ミスが発生すればそこから一気に崩されるだろうけれど、戦闘開始でそこまで致命的なミスをするほど俺達は甘くない。

 昔から、集中力を高める鍛錬はずっとやってきたのだ。

 

「小さいころの、射出したマナを回避する訓練を思い出すな」

 

 なんとなく、今の状況はアレに近い。

 マナを射出し、それを回避し続けることでマナ総量を増やす。

 正直今にして思えばあまり成果と呼べる成果はなかったが、それでも俺が強くなるための第一歩としてアレは正解だったと思う。

 だがそんな懐かしさに浸っている場合ではない。

 俺ともう一人の俺は、ここでさらなる動きを見せる。

 現状も、膠着には変わりないのだ。

 であれば、どうするか。

 

 ――選択肢は二つある。

 

 どちらも、俺にとってはありふれた手だ。

 周りに誰かがいたら、なんで……? と思われそうだが、ここには俺しかいないからそれはない。

 問題は――もう一人の俺がどっちの選択を取るか。

 俺は俺だ、多少経験したことは違っても、根底の考えは同じであるはず。

 だったら自ずと、取る選択も同じものになるはずだが――

 

「まぁ、やってみるしかないか!」

 

 俺は特に考えず、選択をした。

 ここで悩んだ結果、相手に先手を撃たれるのが一番困るからだ。

 それは言うまでもなく、もう一人の俺も同じだろう。

 

 

 ――結果、俺は光の人型を後ろから刺し殺すこととなった。

 

 

 なんで――?

 とか思っている場合ではない。

 あまりにもよくわからない光景だが、これをやった俺達は、今の状況の意味を正確に把握している。

 一言で言うと――

 

「こいつ、別の選択肢を選んだのか!?」

 

 いいながら、俺は慌てて距離を取る。

 この光の人型は危険だからだ。

 俺が飛び退いた直後にその体を破裂させ、猛烈な勢いで光を周囲に放った。

 何をしたのか。

 まず俺は、具現化でいくつかの概念を自分の身につけているものに付与した。

 たとえば靴に「高速」の概念、刃には「切断」の概念。

 こうすることで、一気に速度と火力を得た俺は、そのまま切りかかったのだ。

 一瞬で背後に周り、後ろから俺を突き刺すことで。

 対するもう一人の俺は、光の人型を身代わりにした。

 結果、俺は光の人型を後ろから刺殺したのである。

 なんかこう、味方を裏切る黒幕みたいな構図になってしまった。

 ブルータス、お前もか、みたいな声が聞こえてきそうだ。

 

「しかし、そうか……たとえ相手が俺であっても、選択が複数あれば別の選択を取ることもあるのか」

 

 俺達は、互いに向かい合ったまま一時的に動きを止める。

 きっと、もう一人の俺もまったく同じ事を口にしているに違いない。

 言葉は聞こえなくても、そこにいるのがもう一人の自分なのだと俺達は理解しているのだから。

 そして、考えることは同じでも取る選択肢は異なってくる。

 これはある意味で当然のことだ。

 俺が後ろからの不意打ちを選んだ理由は、なんとなくだったのだから。

 つまり、もう一度同じ機会が訪れたら、俺は反対の選択を取るかも知れないのだ。

 気まぐれという名の乱数は、常に俺達の前にあるのだから。

 

「まぁ、何にしても……感じることはただ一つ」

 

 俺は刀に、あるものをまとわりつかせる。

 ――生ける炎だ。

 そしてそれは、もう一人の俺も変わらない。

 こうすることで俺達の戦闘は次のラウンドへと移行する。

 ああ、だがしかし――

 

 

「面白いよな、本当に!」

 

 

 この感情は、胸の高鳴りは、止められそうにない!

 さて、第二ラウンドと行こうじゃないか!

 

 

 +

 

 

 生ける炎。

 フォマルハウトに封じられし、狂気と怒りの炎の神。

 ただただすべてを焼き尽くす、炎の形をした炎。

 これこそは、俺が垣間見た最初の神格。

 俺が解郷で見て、繋がることが可能な存在だ。

 そして、現状この世界でそれを見ることができるのは俺と白面だけ。

 ただ純粋に怒り、ただ純粋に力を求め、ただ純粋にすべてを破壊するものだけが、生ける炎と接続できる。

 そして今ここに――もう一人、生ける炎と接続できる存在が現れた。

 まぁ、俺のことなんだが。

 

「そおら!」

 

 光弾に炎を纏わせて、けしかける。

 具現化で呼び出した爆弾を、生ける炎で着火させる。

 解郷で、より深く生ける炎を直視する。

 俺達は、それぞれにそれぞれの方法で生ける炎の力を存分に振るった。

 現在行使しているのは、百鬼夜行と焔を纏わせた刃、そして何重にもフィルターをかけた炎鬼天生だ。

 

「疾いッ!」

 

 迫りくる刃を、ギリギリで躱した。

 今のは危なかった、一撃でも当たれば、そこから一気に状況を持っていかれる。

 だが刀をギリギリで振るってくるということは、向こうも極限まで俺に接近しているということだ。

 故に俺も、刃を振るう。

 回避の瞬間、少しだけ生まれた隙に刀をねじ込み――けれども、こちらも最小限の動きでそれを避ける。

 互いが互いに、至近距離から刃を交錯する形となった。

 直後、互いの姿がブレる――速すぎるのだ。

 

「いいな、そうこなくっちゃ!」

 

 今の俺達は、やりようによってはティンダロスの猟犬すら屠れるほどのスペックを有している。

 まぁ、そのやりようっていうのが、白痴の王の触手であふんあふんさせて弱らせることも含まれているんだが。

 何にしても、今の状態なら弱い方の七大魔人くらいなら屠れるだろう。

 それほどの力を――ただ俺達は楽しいからという理由で互いにぶつけ合っている。

 

「ははははっ! 楽しいな、なぁ!」

 

 そう、楽しいのだ。

 思った以上に、自分自身と戦うというのは楽しかった。

 何せ相手は俺とまったく同じ趣向で、力を得ようとしているのだ。

 この世で他に二人と居ないほどの同士。

 白面金毛は俺にとって、最高のライバルとも言える存在だが、どうしたって根底にあるものは異なる。

 まったく同じ気持ちで、まったく同じ願いを持って力を振るう事はありえない。

 

「っぐ!」

 

 俺の言葉に応えるように振り抜かれた一撃は、受け止めるには重かった。

 けど、これを受け止められなければ俺が俺を名乗る資格はない。

 だってその一撃は――楽しそうでもあり、そしてどこか怒りを纏っていたからだ。

 怒り、俺がこの世界に感じる大きな感情でもある。

 理不尽に対する怒り。

 悪意に対する怒り。

 ――何も持たずに生まれてきてしまった、自分への怒り。

 

「いや、悔しいとも言えるか」

 

 大好きな世界に、転生したのに。

 推しの少年漫画の世界に、転生したのに。

 俺はその世界を、十全に堪能することができなかった。

 才能がなかったからだ。

 何をするにも、いろいろな制限がついて回り、俺の周囲は俺よりも一段飛びで強くなっていく。

 ミホノにすら嫉妬の感情がゼロではないといったら、きっと俺は笑われてしまうだろうな。

 まぁ、でもそれは、だからこそ楽しかったという証左でもあるのだけど。

 

「これが本当になんでもできたらさ――リズ先輩以上の天才だったら、俺は今みたいになれてたかな?」

 

 無論、今とはまったく違うビルドで強さを得ていただろうけれど、そういう話ではなく。

 精神性の話だ。

 果たして俺は、今みたいに怒りでもって強さを求め、生ける炎すら手中に収めることができていただろうか。

 

「――まぁ、無理だよな」

 

 端的に、ばっさりと、自分自身で即座に来て捨てた。

 無理だ、絶対に無理に決まってる。

 だって俺の特殊性――アドバンテージと呼べるものは、何も前世の頃から持っていたわけじゃない。

 二つのプロセスで、偶然手に入れたものだ。

 一つは転生、好きだった漫画の世界に転生できたという喜び。

 そしてもう一つは言うまでもなく――怒り。

 

「俺は自分が弱くて、それが悔しくて悔しくて仕方がなかったんだから!」

 

 無論、根本的な原作の辛い展開への怒りは変わらなかっただろう。

 でも、今ほど必死に強くなろうとはしなかったはずだ。

 もっと慎重に、介入の方法やタイミングを吟味しつつ慎重に立ち回ったはず。

 それも悪いことじゃない。

 むしろ余裕があって非常によろしい。

 そういう二次創作も、面白ければ俺は大好きだ。

 でもこと俺個人に話が向けば……

 

「どう考えても、今の方が良かったよな!」

 

 だって俺が、怒りで何でもするタイプだったから。

 なんでもしなくちゃいけないという免罪符とモチベーションが、俺にとってのいちばんの起爆剤だったんだ。

 だから俺はここまで来れた。

 そして、

 

「そしてこれからも、進んでいく!」

 

 刃と刃がぶつかり合う。

 ああ、もう一人の俺の感情が伝わってくるようだ。

 言葉は交わせない、表情だって全く読めない。

 戦闘中だから、身振り手振りなんてもってのほかだ。

 それでもどうしてか、わかってしまう。

 俺は俺だ。

 俺なのだ。

 目の前の俺が、同じ気持ちでいることが手に取るようにわかる。

 そうだよな、こうやってここまでやってくるのは、楽しかったよな。

 

「俺も楽しいぞ、俺!」

 

 互いの刃が互いを押し返す。

 バックステップで俺たちは距離を取り、再び切り掛かった。

 やはり解っては居たが、俺ともう一人の俺の実力はほぼ互角。

 加えて相手の考えていることもなんとなく察しが付くものだから、お互いに決定打と呼べるものがない。

 これでは、ティナの持ち込んだマナが切れて時間切れになってしまうだろう。

 それではせっかくティナが用意してくれた機会が無駄になる。

 とはいえ、まったく猶予がないというわけではないのだ。

 いずれは時間切れになるだろうが、今ではない。

 ということはすなわち――お互いに次へ以降する一手をいつ切るか逡巡しているのが、いまだ。

 

「そりゃそうだよな。ここまではただぶつけて楽しいだけの遊びだった。でも――次は違う」

 

 次に俺達が使うのは、間違いなく炎鬼天生だ。

 これまでと比べると、その出力は劇的に違う。

 だとしたら、それを切るタイミング一つで決着がついてしまう可能性もある。

 もっと言えばこの炎鬼天生は俺の切り札――すなわち魔滅場にも関わってくるわけだ。

 ゆえにこそ、今の攻防はそれをどのように使うかの読み合いといえる。

 迫りくる制限時間、いかに相手の虚を突くか、最適なタイミングで生ける炎にアクセスするか。

 すべてが、決着へと至るためのプロセス。

 それらを見極め、検討し、そして――――

 

 

 …………いや、めんどくさくね?

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 我慢できなかった。

 見てしまった。

 瞳に焔が宿り、俺は生ける炎を身体へまとわりつかせる。

 そうだ、我慢なんてしてられるか。

 俺は今直ぐにでも全力で眼の前の俺と戦いたいんだ。

 時間制限があるならなおさら、それを待ってなど居られない。

 だから、切った。

 勝利を手繰り寄せるための一手を、無造作に放り投げたのだ。

 ああ、後悔はしていない。

 それに――少しだけ、笑ってしまった。

 

「……なんだよ、考えてることはやっぱり同じだな」

 

 だって、()()()()()()()()()()()でもう一人の俺も焔をその身に宿したのだから。

 解っていただろうに、こうなることは。

 お互いがお互いに、そんな視線を向け合っている。

 我慢できずに生ける炎を見てしまうなら、その瞬間は絶好の隙になるはずだった。

 でも、俺達は何もしなかったのだ。

 ああまったく――

 

「――ワクワクしてしまうよな! こうして、普段なら絶対に戦えない相手と戦うのって!」

 

 だから、無理はない。

 本当に、仕方のないことだったのだ。

 さぁ、本気の攻防を始めよう。

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