――時間の狭間を、焔が覆う。
それはもう、派手に、派手に。
今まで、全力の炎同士がぶつかったのは、白面金毛との決戦以外にない。
しかもあの時、俺にはまだ余力があったし白面の生ける炎は不完全だった。
だからこそ、完全な生ける炎同士の戦いというのはこれが初めてだ。
加えて出力はあの時から更に上昇している。
こうなると、もはや戦闘の規模は単なるまほろばじゃ受け止めきれないほどにまで達していた。
ここが通常のまほろばだったら、きっと世界そのものが溶けていただろう。
ティナのマナ切れによってもたらされる時間切れ、それよりも早く世界が終わっていた。
そういう意味で、ここが時間の狭間で本当に良かったといえる。
かくして俺達は、ひたすらの全力で持って刃と焔をぶつけ合っていた。
「はは! ははははは! はははははははははは――――!」
互いに、笑みを浮かべながら。
狂気的な笑みだ。
ただ狂っただけの顔よりも、よっぽど狂っている。
楽しげに終わりを惜しみ。
世界を終わらせる焔を振りかざし、深淵を前にしてもなお微笑む。
「これなら、どうだ!」
俺は刀を一直線に突き出す。
それと同時に焔が噴出し、もう一人の俺に襲いかかった。
焔は焔によって防がれ、もう一人の俺は刃を回避する。
その後、横から刃を自身の刃で叩こうとしてきた。
純粋に正面からでは、俺を崩せない。
故に隙ができたところを更に叩いて、その隙を大きくしようとしている。
当然俺がそうすると、俺は理解しているから対応していく。
弾かれる前から態勢を整え、弾かれた瞬間その勢いを遠心力に変えて一回転しながら斬りかかる。
だがそれよりも早く、もう一人の俺が更に焔を生み出し俺を覆うように放ってきた。
俺自身も焔をぶつけてそれを相殺するが、視覚を奪われる。
とはいえ、視覚がないのはどちらも一緒だ。
ここでどのように行動するか、それによって状況は一変する。
――決着をつけにいくなら、こうやって複数の”択”を同時に発生させるのが効果的だ。
俺ももう一人の俺も、考えていることは一緒。
戦い方も、戦闘手段も、ほとんど同じなんだから当然だ。
しかし、先程の攻防で複数の択が存在する時、必ずしも同じ選択を取るわけではないことが解っている。
具体的に合理的な理由が存在すれば、同じ選択をするだろう。
だがそうでない場合は、その時の俺の気分で選択は変化するのだ。
これは、戦闘においても同じこと。
であればやはり、こうして択が発生しうる中での選択のブレで相手を上回らないと行けない。
しかし――
「だあ! またか!」
無数にある択の中から、俺は焔の中に突っ込む選択を取った。
それは相手の意表をつくものではあったが、しかしもう一人の俺は”待ち”を選択していたようだ。
すなわち、どこから突っ込んできても対処できるように気を張るということ。
結果、炎の中からという意表の一撃も、普通に対処されて終わってしまう。
「さっきからこんなんばっかだな!」
多分向こうも、似たようなことを言っているだろう。
俺達はこれまで何度も――中盤の炎を少しだけ使っている時でも――こうして複数の択の中から選んだ攻撃をぶつけ合っていた。
結果はどれも拮抗。
多少どちらか有利にころんだとしても、直ぐに取り返してしまう程度のやり取りしか発生していない。
これは俺達が、あまりに平行線すぎるからだ。
実力も、意識も、戦い方も。
結局、相手の取れる戦略を俺達はすべて把握している。
しかもそれに対する手段も、ほとんど同じなのだ。
どこまで言っても、鏡合わせ。
致し方ないことではある。
そういうものなのだから。
――だが、だからこそ。
俺は感じている。
勝敗を分ける要素が、一つだけ存在することを。
「――なぁ、一回目の俺。お前は
それは、少しだけ違う辿ってきた道のり。
ティナと出会ってからの俺達は、やってきたことは同じだが、その過程が少し異なる。
最終的に道は交わるだろう。
けど、今この瞬間だけは少しだけ――けれども決定的に違うのだ。
「お前の魔滅場は、どうなってる?」
――魔祓刃は同質だった。
そりゃそうだ、俺の魔祓刃はこれまで積み重ねてきたものの集大成。
自分が身につけてきた技術と、それを手に入れるために重ねてきた鍛錬を思えばそうなることはあまりにも必然だ。
だからこそ、その”次”は違う。
魔滅場は――どうしても、手に入れるまでの過程で容易に変質してしまう。
そもそも、実はすでに手に入れた魔滅場が覚醒して変質する、なんてことが原作で起きているのだ。
なにせ魔滅場は言ってしまえば自身の経験の投影。
こうありたい、こうあってほしいという理想の具現化だ。
だからこそ、理想の変化で容易にそれは形を変える。
同じ名を冠していても、まったく同じにはならないだろう。
「きっと、根底にあるものはそう違わないんだろうな」
おそらく、能力そのものに大きな違いはない。
”百鬼夜行・常勝不敗”。
自分の能力を最大限活用するという点において、これ以上の能力はない。
何より俺は、基礎的な出力と応用力についてはずば抜けている。
だけど、決定打と呼べるものを今まで持っていなかったのだ。
もっと言えば、必殺技。
少年漫画なのに必殺技がないなんて片手落ちだ。
無論、炎鬼天生は俺の代名詞たる能力だけど、一発の火力という意味ではやはりリズ先輩に憧れてしまう。
だから俺は、この力を手に入れた。
これが俺の、ある意味で理想の一つだったんだ。
「――――だからこそ、その理想に少しでも違いがあるなら。俺は、俺にだって負けたくない」
本来なら、これをいつ使うかでも攻防は発生する。
時間切れは迫っているというのが、肌で感じ取れる状況。
一瞬でも相手の虚をつければ、状況は完全にこちらへ傾くはずだ。
でも、そうならない。
俺達は――俺ともう一人の俺は、理解してしまった。
「――
そう、今この瞬間しかないと、直感的に。
互いが、少しだけ距離を取る。
向かい合い、睨み合い、見つめ合う。
相手の感情は読めない。
けれども、読むまでもない。
答えは、最初からわかりきっているのだから。
「――――俺は、背中を押されて強くなり」
ああ、だから。
背中を押してくれ、ミホノ。
「負けたくないから、強くなる――――」
そして見ていろ、もう一人の俺。
俺は、きっとお前より少しだけ強いぞ――!
「故に、魔滅場開放――!」
刀を構える。
焔が、それを覆った。
「百鬼夜行・常勝不敗!!」
同時に、刃は放たれた。
本気の本気、全力の全力、全開の全開。
持てる全てを出し尽くし、何もかもを燃やし尽くす。
それは、もはや時間すらも焼き尽くすほどの威力となった。
ティナに振るった時は、殺さないためというのもあって加減をしていたのだ。
これこそが、俺のできる本当の全力。
負けたくない。
負けないために、力を尽くせ――!
「ぐ、おおおおっ! おおおおおおおおっ!!」
これほどまでに、直接力と力をぶつけ合ったことは、今まであっただろうか。
白面との戦いも、どちらかといえば正面からの打ち合いというわけではなかった。
掻い潜るように切り込んで、そして一撃を叩き込んだのだ。
それ以降の相手は、どちらかというと搦め手を好む連中が多かった。
鵺や這い寄る混沌は言うに及ばず。
ティナを初めとしたティンダロスの猟犬も、派手な一撃を持っているわけではない。
だからこそ――ここまで力を振り絞ることも、なかなかない。
そもそも俺は、正面戦闘のスペックが炎鬼天生を使わないと多くの場面において他者に劣るのだ。
ああだからこそ――
「気持ちいいな、これは! ただただ、力を振るうのは!」
――さっきも思った。
俺が才能を持って力を手にしていたら、どうなっていただろう。
今のようにはなっていなかったはずだ。
でも仮に、そうだったとしてもそれは――悪いことではない。
むしろこんなにも爽快な気分になれるのだ。
でも、ああ、だとしても――
「やっぱりこっちが、性に合ってるよな!」
――――しかし、本当にそうだろうか。
俺と、もう一人の俺。
その二つに大きな違いはない。
ここに至る結末は、どちらも一緒だ。
でも――一回目の俺には、一つの大きな違いがあったじゃないか。
それに、気づいた時。
「――――
俺は、自分が押されていることに気づいた。
ジリジリと、少しずつ炎が押し込められているのだ。
このままでは――――負ける。
そう、理解できてしまうほどに、俺は力負けしていた。
なぜ? 答えは――経験の違い。
ああそうか、もう一人の俺は――
「――ミホノを守れなかったことを、後悔しているのか」
その後悔が魔滅場に変化を与えた。
今の俺より、もっと生ける炎の反動を少なくできるのだろう。
結果、純粋に火力が上がる。
今の俺では、それに対応できない。
「クソ、ここに来て……!」
この違いを、小さな違いだとは思わない。
そもそもの話、もう一人の俺がティナを別の時間軸に送り出そうとした理由の一つに、ミホノが傷つかない未来を作りたかったというのもあるだろう。
俺と戦うことが主な理由だとしても、俺だって人間だ。
一つの理由だけで、物事を選択するほど合理的じゃない。
色んな理由が重なって、こうなっている。
だからこそ、その行動を起こした根底にあるミホノの傷は、俺に変化を与えるには十分なんだ。
「だとしても――今の俺が、劣っているとも思わない!」
俺には、俺にだって、俺だけの経験があるはずだ。
考えろ、考えるんだ。
この状況をひっくり返す手札が――かならずどこかにある。
それは――いや、そもそも。
「――――考えるってことそのものが、俺の経験だ」
ミホノは言った。
止まらないで、と。
俺は選んだ。
最悪の――けれども、あの絶望的な状況をひっくり返す手段を。
結果、俺はこうしてここにいる。
きっと、一番の違いはそこだろう。
「そうか……これだけの威力があれば、ティンダロスの猟犬を一撃で殲滅するのも不可能じゃない!」
もう一人の俺は、触手プレイなんてしてないんだ。
その圧倒的な火力でもって、強引に猟犬をなんとかした。
そうでなければ、全力の猟犬をどうにかすることなんてできない。
俺みたいに、仲間たちや白面の力を借りることは、きっとなかっただろう。
その違いがあるなら――それが、この状況を突破する鍵になる。
「俺ともう一人の俺の違いは――仲間? いや、この場にみんなは居ない。それに、あくまで猟犬の討伐方法に皆の力を借りなかっただけだ。そこは大きな違いにならないだろう」
だとすれば――やはり、俺ともう一人の俺の違いは――
「――発想だ。俺達は、まったく別のアプローチで猟犬を討伐した。向こうから襲ってきた俺は触手に頼り、自分から襲いかかったもう一人の俺は、純粋な力でなんとかした」
なら、そこに俺の魔滅場は影響を受けているはず。
何より俺ももう一人の俺も、才能は限られている。
出力を手に入れたもう一人の俺は、何かを犠牲にしてそれを得ているのだ。
その何かを、今の俺は持っている。
言うなればそれは――
「――――拡張性」
俺は、もう一度刀に力を込める。
そうだ。
出力を手に入れるために、もう一人の俺はある縛りを魔滅場に設けているはず。
それは、
そう考えれば色々と辻褄が合うし――何より俺は、そんな縛りを設けていない!
「――――――――解郷!!」
瞳にもう一つの光が宿る。
それは、深淵にして混沌の色。
這い寄り、嘲笑い、弄ぶ。
ニャルラトホテプの、狂気の光!
「……行くぞ、もう一人の俺……この戦いは……さいっこうに面白いだろ!!」
そして、刀を振るった。
一閃。
――それだけで、互いの焔が消し飛んだ。
俺が、もう一人の俺の一撃を切り払った。
多分それは――どちらが上だったということはない。
どちらも、困難の果てに積み上げた力だ。
誇るべきものである。
それでも、多分。
もう一人の俺は――きっと、すごく悔しそうな顔をしていたんだろうな。
ああ、でも――
「それは、俺もか」
がくん、と体が崩れる。
力が一気に抜けていくのだ。
間に合わなかった。
あと一歩、あと一手攻撃できていたら、俺は勝っていた。
もう一人の俺の炎を吹き飛ばした時、俺は動けたのだ。
対するもう一人の俺は、焔を消し飛ばされてその反動で身動きが取れなかった。
あと少しだけ動けていれば、きっと俺は勝利をもぎ取っていただろう。
でも、そうはならなかった。
俺も――もう一人の俺も、炎鬼天生がその効果を終えたのである。
後は、昏睡して戦いを終えるだけ。
結局――引き分けか。
まぁ、当たり前といえば、当り前だよな。
――――いや、まだだ。
「……ぐ、おお」
俺は、炎鬼天生が失われ意識が奪われていく中、それでも一歩前に踏み出した。
元々、生ける炎が体から抜けても、意識を昏睡するまで少しだけ猶予がある。
白面とはその間に色々と語り合ったし、力を失うと同時に意識を失っていたら、ニイアが覚醒した時に俺は死んでいただろう。
だから、その猶予は。
まだ、
「まだ、
――俺は、拳を振るった。
同時に、もう一人の俺の拳が飛んできた。
回避は、できない。
「ぐ、お……」
ああ、やっぱり。
考えることは同じか。
顔面に拳を受けながら、顔面に拳を叩き込む。
なんて泥臭い光景だろう。
でも、俺は構わない。
そのまま、今度はボディに拳を振るった。
今度は、俺がそれを回避してきた。
カウンターで放たれる拳を、俺は両手をクロスさせて受け止める。
「おおお……っ!」
拳、拳、拳。
互いに、もはやはっきりとしない意識で、それでもなお拳を振るう。
端から見れば、なんと滑稽な光景か。
這い寄る混沌が俺に力を貸してくれたのは、きっとこれが見たかったからだろう。
あまりにも愚かで、バカバカしくて――しかし絶対に譲れない意地のぶつかり合い。
「ぐ、お」
ケリがみぞおちに叩き込まれた。
痛みで一気に意識を持っていかれる。
もはや自分が何をしているのかもわからない。
でも、一つだけ確かなことがあった。
まだ、ダメだ。
終わりたく、ない。
「まだ……まだぁ!」
ケリを叩き込まれた状態から、頭突きを放った。
相手だけでなく、自分にも痛みが襲いかかる。
それでも、まだ。
「こんな……こんな楽しい時間を……」
パンチ、キック。
ラリアット、ボディブロー。
クロスカウンター。
「最高の瞬間を……情けない終わらせ方して……たまるか……!」
もはや、意地だ。
意地しか、お互いには残っていない。
もう解ってるだろう、決着なんてつかないって。
俺達は、結局どんな未来を歩こうと、やってることは変わらないんだって。
だけど、それでも。
もう二度と訪れない機会に――もう二度と戦えない相手に。
情けない姿は、見せられない。
「おお、おおおおっ! おおおおおおおおおっ!!」
叫び、そして、拳を振るう。
多分、これが最後だ。
もう耐えられない。
でも、それは相手だって同じはず。
ここで耐えれば、俺の勝ち。
俺が、
互いにそう確信し、正面から拳を振るう。
最初に互いへ放った顔面パンチを焼き直すように。
ああ、しかし――
その拳は、空を切った。
時間切れだ。
世界が歪み、もとへ戻っていく。
俺は倒れた。
多分もう、この時間の狭間で起き上がることはない。
ああ、でも、本当に――
「――楽しかったな」
そうして、俺達の戦いは、終わりを告げた。
次回で一区切りです。
よろしくお願いします。