オラリオの朝は喧騒とともに始まる。
市場の呼び声、鍛冶屋の金槌の音、そしてギルド本部前に列をなす冒険者たちのざわめき。
そんな喧騒の中で、ベルは肩で息をしながら受付の窓口を目指していた。
「はぁ、はぁ……早く並ばないと……っ」
昨日のダンジョンで得た魔石と素材を売却し、次の探索準備を整える。それが新米冒険者にとってのルーティンだった。
「ベル、こっち」
声をかけたのは、リムルだった。
彼はすでに手続きを終えたのか、壁際に立っている。朝日を受けた銀の髪がまぶしいほどに輝いていた。
「リムルさん! おはようございます!」
「おはよう。……昨日の素材、だいぶ重かっただろ?」
「はい、でも頑張りました! 僕、もっと早く運べるようになりたいです……!」
その言葉に、リムルは少し笑って肩をすくめた。
「焦らなくていいよ。俺だって、最初は効率なんて考えずに動いてたしな」
《訂正。貴方は最初から最適行動を心がけていました》
(シエル、今は黙っててくれると嬉しい)
《了解》
ベルはリムルの横に並ぶと、ふとその横顔を見上げた。
「リムルさんって……本当に強いんですね。昨日も、一人で三体をあっという間に倒してて……」
「あれはたまたまだよ。モンスターの動きが単調だっただけだ」
「でも、それを瞬時に見抜けるのがすごいです」
素直な尊敬の眼差しに、リムルは少し居心地悪そうに頬をかいた。
「……ま、多少場数は踏んでるからな」
《過去の戦闘記録、約三万七千件以上。『多少』という表現は不適切です》
(シエル、それを言うなって……)
そのまま二人は、今日の探索ルートを確認しながら歩き出す。
◆
第5層──昨日よりも一層深い階層に進んだ二人は、注意深く通路を進んでいた。
「ベル、耳を澄ませて。音の反響が変わった……分かるか?」
「え……あ、確かに……足音が少し、重たくなったような……」
「この先、開けた部屋がある。たぶん、群れがいる」
リムルの声には緊張も焦りもなかった。ただ冷静に、状況を分析する。
(こんな風になれたら……)
ベルの胸に、新たな目標が生まれる。
戦うだけではなく、読み取ること。判断すること。
「行くぞ。俺が前を引く。後ろは任せた」
「はいっ!」
突入の瞬間、シャドウウルフの群れが牙をむいた。
だが、ベルはもう以前のように慌てなかった。
リムルの背中を信じ、自分の戦場を探して動く。
剣を振る。
跳躍する。
斬る。
すべてが、昨日の自分を超えていく。
そして、数分後。
群れは沈黙した。
「……うん。上出来だ」
「やった……!」
ベルの額に汗が光る。
それは苦しさではなく、確かな達成の証だった。
◆
その夜、二人はいつもの屋台にいた。
ベルは焼き串を頬張りながら、静かに口を開く。
「僕、決めました。もっと強くなります。リムルさんと、肩を並べられるくらいに」
「へぇ、そいつは頼もしいな」
「そして、いつか……僕がリムルさんを助けられるくらいに……なりたいです」
リムルはしばらく黙っていた。
けれどその瞳の奥には、どこか懐かしい光が宿っていた。
「……ありがとう、ベル。期待してるよ」
その言葉に、ベルは胸を張ってうなずいた。
新しい冒険者としての一歩。
それは、確かに今、踏み出された。