静かな風が草原を撫でる。
リムルは都市──オラリオ──の方角へと歩みを進めていた。
《都市の外周に巡らされた魔力障壁を検出。強制結界ではありませんが、内部構造の検知は困難です》
「入るだけなら問題なさそうってことだね。なら……行こうか」
道を歩む足取りは軽い。だがその一歩一歩は、まるで世界に問いを投げかけるような静謐さを帯びていた。
やがて、石畳が見えてくる。
そこは都市の正門の一つ──西門。旅人や商人、冒険者らしき者たちが行き交っていた。
「おい、見たか? あの人……なんか変じゃねぇか?」
「すげぇ綺麗な髪……銀髪? いや、青っぽいぞ」
「貴族? いや、雰囲気が違う……」
リムルが歩くだけで、人々の視線が集まる。
それは単に“見た目”のせいではない。“気配”そのものが、彼を異質と感じさせていた。
──だが、彼自身はそれを理解していた。
(うーん、やっぱり気づかれるか……。魔素濃度、抑えてるはずなんだけどな。これでもだいぶ)
《外見上の違和感は、空間振動の余波および魔素密度の影響です。現在、干渉波長を再調整中》
「ありがと、シエル。少しでも目立たないようにお願い」
そう呟いたその瞬間、彼の身体を包む空気の“層”が微かに揺らぎ、波紋のように散っていった。周囲の視線も次第に逸れていく。
「……今の何だったんだ?」
「いや、気のせいかもな」
《錯視干渉により認識負荷を軽減。目立たない一般人の一部として処理されます》
「さすがだね」
門前に立つ門番がリムルに声をかけた。
「そこの人、身分証はあるか? 冒険者ならギルドカードでも構わん」
(あ、そっか。こっちの世界の手続きがあるんだね)
「ごめん、初めて来たんだ。どこかで登録できるかな?」
門番は眉をひそめたが、敵意はない。
「……初来訪か。ならギルド本部へ行け。街の中心部、バベルのすぐそばにある。あそこなら身元登録もできるし、宿も紹介してくれる」
「ありがとう。助かるよ」
通行許可が下り、リムルはついに“神の都”の中へと足を踏み入れた。
◆
オラリオ──その名が示す通り、神々と人々が共に生きる巨大都市。
街の至る所に様々な種族の人々が行き交い、商人の声、武具の音、酒場の賑わいが混ざり合って独特の“生”を形作っていた。
(まるで文化のるつぼ……だね。まさに異世界って感じ)
《推定:この都市は“ダンジョン攻略”を軸とした複数経済圏と生活圏が密集しています。各ファミリアによる権益競争、迷宮からの資源供給、神々による社会構造の分散支配が特徴です》
「……つまり、いろいろカオスってことか。ふふ、ちょっと面白くなってきたかも」
リムルは街の案内看板を頼りに、ギルド本部へと向かう。
すると、その途中──
「あっ、そこのきみっ!」
少女の声が飛んだ。
リムルが振り返ると、そこには鮮やかな蒼の瞳を持つ小柄な少女がいた。腰に装着された紐のようなものが、特徴的な存在感を放っている。
(あれ……もしかして)
「きみ、初めて見る顔だけど、もしかして冒険者志望? それとも他所のファミリア?」
「あー……実は、これからギルドに行くところで」
「やっぱり! じゃあ、ボクのところに来ない?」
「え?」
少女はにっこりと笑った。
「ボクはヘスティア。ヘスティア・ファミリアの主神で今、団員募集中なんだよ!」
──まさかの、“神”との邂逅だった。
リムルは小さく笑い、そっと問いかけた。
「神様って……本当に、こんなふうに出歩いてるんだね」
「ふふん、どう、悪くないだろ?」
(……面白い。やっぱりこの世界、ちょっと好きかも)
彼の目が、わずかに細められた。
それは、久しく忘れていた“興味”という名の光。
──神と魔王の出会いは、こうして始まった。
だが、その出会いがもたらす運命を、この時まだ誰も知る由もなかった。