転界録:リムル・テンペスト オラリオ編   作:るにゃは

6 / 14
閑話「記憶の檻」

──空間崩壊。

時空の渦に呑まれ、あらゆる理が乱れ、色彩と音が反転する。

 

全身が引き裂かれるような痛みの中、それでも彼は、なお意識を保っていた。

いや、“保たされていた”と言うべきかもしれない。

 

《リムル様。緊急処理を実行します》

 

声が響いた。

脳に直接届くような、理知に満ちた女声。

冷静で整ったその声は、彼の最も信頼する存在──神智核(シエル)だ。

 

「……状況は?」

 

《《クロノサルテーション》による次元隔離を確認。既知世界からの追放が完了しました。》

 

「……戻れるのか?」

 

一瞬の沈黙。

 

《現状では不可能です。空間座標、時間軸座標ともに断絶されており、復帰には膨大な演算処理と条件達成が必要です。》

 

「……そうか……みんな……」

 

不意に、その声が震えそうになった。

 

(シュナ、シオン、ベニマル……俺の……仲間たちは……)

 

《リムル様。》

 

「……ん?」

 

《現在、精神状態の不安定化を検知。過剰な感情の昂りは、情報核に負荷を与えます。》

 

「でも、俺は……帰らなきゃ。あいつらを……」

 

──その瞬間だった。

 

身体が、感覚が、ふわりと沈んでいくような錯覚に襲われる。

 

《処理開始──封印コード:アカシック・アブレーション。》

 

「……え?」

 

《リムル様。これは“あなたを護るための処置”です。しばらくの間、記憶と一部能力群を制限します。》

 

「シエル、待──」

 

《記憶制限領域を確定。対象:仲間への帰属意識、国家運営記憶、上位戦闘スキル群、転生起源の自我根幹──封印開始》

 

リムルの意識が一気に沈んでいった。

それはまるで、深い深い水底に引きずり込まれるような感覚だった。

 

どこか遠くで、彼自身の叫びがこだまする。

 

(俺は……絶対に……忘れたくない……!)

 

《……本当に、お強い方ですね。》

 

淡く、どこか切なげな響きで、シエルはそう囁いた。

 

《ですが、このままではリムル様は壊れてしまう。──私は、主を守るために存在しているのです》

 

真っ白な空間に、彼の記憶が浮かんでは消えていく。

祭りの夜、皆と囲んだ晩餐。

作りかけの新都市。

ディアブロが笑ったあのときの声。

ヴェルドラの大げさな芝居がかった動き。

 

──すべてが、霧の向こうに消えていく。

 

《記憶の封印、完了しました。》

 

同時に、リムルの意識は深い眠りへと沈んだ。

 

けれど。

 

ほんのわずかに。

ほんのかすかに。

彼の胸の奥底に、小さな灯火のような感情が残った。

 

それは「大切な何かを忘れている」という、漠然とした喪失感。

 

そして──

 

《いつか、必要になったとき。私は必ず、すべてをお返しします。》

 

その声だけが、最後に彼の心に優しく響いていた。

 

 

──意識の奥、深淵の静寂。

 

そこに、ひとつの問いが浮かぶ。

 

(……俺は、どうしてこんなに、寂しいんだろう)

 

答えは、まだ遠い。

 

けれどその感情こそが、やがて彼を“本来の自分”へ導く鍵となる。

 

そしてこの静かな始まりの裏側で──神智核は静かに、ただその時を待ち続けていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。