「……ふーん、なるほどねぇ」
ベルの挨拶を聞いたヘスティアは、腕を組んで彼をじっと見つめる。
その視線は真剣で、けれど厳しさはない。むしろ、神らしからぬ親しみと温かさが混じっていた。
「オラリオに来たばっかりで、右も左もわからないってわけだ?」
「……はい。ギルドに登録はしました。でも……ファミリアに入らないと、冒険者にはなれないって……」
「うん、そりゃそうだ。神の恩恵《ファルナ》がなければ、スキルもステータスも発現しないからね」
そう言いながら、ヘスティアは振り返ってリムルを見る。
「……で、リムル。君がわざわざ連れてきたってことは、それなりの見込みがあるって思ったの?」
「いや、正直戦力としてはゼロだよ。剣もろくに振れなさそうだし」
「……それ、僕の前で言いますか……?」
しゅんと肩を落とすベルに、リムルはにやりと笑った。
「でもさ、あの子、何度も門前払いされても諦めてなかった。しかも“誰かのために強くなりたい”って、口先だけじゃなく本気で言ってた。……そこが気に入ったんだよ」
その言葉に、ベルは驚いたようにリムルを見た。
「リムルさん……」
「自分でも言ったろ。お前、まだまだ素人だって。でも、それを恥じずに受け止めて、それでも前に進もうとしてる。その“心”をヘスティア様にも見てほしかったんだ」
ヘスティアは黙って二人のやり取りを見つめていたが、やがてふっと笑った。
「ふふっ、……よし。じゃあ、聞かせて、ベルくん」
「は、はいっ!」
「――本気で、ボクの眷属になりたいって思ってる?」
ベルは一瞬の迷いもなく、真っ直ぐヘスティアを見据えた。
「はい! 僕は、ヘスティア様のファミリアで、冒険者になりたいです!」
「ふーん……いいね」
ぱんっと手を打つヘスティア。次の瞬間、にっこりと笑って言った。
「――じゃあ、ようこそ。今日からベル・クラネルは、ヘスティア・ファミリアの一員だよ」
「えっ……ええっ!?」
「えっ、もう決まり……!?」
ベルは目を丸くし、リムルも思わず肩をすくめた。
「さすがヘスティア様。決断が早い……」
「だって、気に入っちゃったんだもん。目がいい。心もいい。素直で、嘘がない。ちょっとボクに似てるかも?」
「それ、自分で言う……?」
「うっさい。だいたいね、今のボクたち、君しか戦力いないの! そろそろ新メンバーが欲しかったんだよ!」
そう言って胸を張るヘスティアに、ベルは唖然としながらも、徐々に顔を綻ばせていった。
「……ありがとうございます……っ。本当に、ありがとうございます……!」
目尻に涙を浮かべながら深く頭を下げるベル。
リムルはそれを見ながら、そっと視線を逸らす。
(……良かったな、ベル)
《感情検知:安堵、喜び、微細な高揚感。生理反応安定中》
(うん、俺も一安心だよ。……けど、油断はできないな)
《同意。今後の行動において、彼の成長速度と潜在力に注意すべきです》
(ああ。神の眷属になったことで、ベルは“この世界のルール”に本格的に関わる。……何が起こってもおかしくない)
ふと、リムルはベルを見やった。
その横顔には、不安もあるが、期待と決意が確かに宿っていた。
「なあ、ベル」
「はい?」
「明日、少し早起きできるか?」
「えっ? はい、たぶん……できますけど」
「なら、ダンジョンに連れてってやるよ。俺が手取り足取り、冒険者のいろはを叩き込んでやる」
「ええっ!? いきなりですか!?」
「いきなりだよ。明日から、お前の“冒険”が始まるんだからな」
リムルは笑った。
ベルは戸惑いながらも、その顔に期待をにじませて、頷いた。
◆
その夜。
ベルはホームの片隅に与えられた布団で、緊張と興奮の入り混じったまま眠りについた。
そのすぐ隣。窓辺に座って外を見つめるリムルは、月明かりを受けて静かに目を細める。
「……やっぱり、この世界は面白いな」
《はい。刺激と変化に満ちています》
「シエル、これから忙しくなるぞ。ベルの面倒見ながら、自分の探索もしなきゃならない」
《全能力調整中。制限範囲内での対応、引き続き可能です》
「うん、頼りにしてる」
夜風が吹き、部屋のカーテンがわずかに揺れた。
その中で、銀の髪を月明かりに揺らしながら、リムルは目を閉じた。
オラリオでの新たな一歩。それは小さな始まりにすぎない。
だが、確かに世界は動き始めていた。
──銀の来訪者と、赤眼の少年。
その出会いが、やがて運命を変える