「……頭痛てェ」
布団の中から、くぐもった声が漏れる。
鬱陶しそうに布団をはいだ百合子は、そのまま毛怠げに上体を起こした。
「あァ……? どうなってンだこれ」
頭の痛み以外に、全身が震えるほど寒い。
肌に触れる空気が妙に冷たく感じるくせに、額の奥は焼けるように熱を持っていた。
さらに最悪なのは関節だ。
肩を動かすだけで軋む。
指を曲げれば鈍痛が走り、首を回そうものなら骨が悲鳴を上げるようだった。
「……チッ」
舌打ちする。
理解したくなかったが、さすがに分かる。
風邪だ。
しかも、かなり質の悪い部類。
普段なら多少の不調など気合いで黙らせる。
演算で痛覚を誤魔化すことだって出来る。
だが今回は、そもそも演算する気力すら湧いてこなかった。
身体が重い。
脳味噌が泥になったみたいに回らない。
「最悪だろ……」
吐き捨てるように呟いた、その時だった。
「起床を確認しました、とミサカは百合子の生還を喜びます」
「…………」
ベッドの横。
そこに当然のような顔で座っていた
「…………」
一瞬、本気で幻覚を疑った。
熱で脳が焼かれ、ついに変なモノが見え始めたのかと思ったくらいだ。
だが。
「おや、その顔は“なんでお前がここにいる”ですね? とミサカは読心術めいた洞察を披露します」
「帰れ」
「即答!?」
幻覚じゃなかった。
最悪だ。
よりにもよって、一番今会いたくない相手がベッド脇に鎮座している。
しかも妙に嬉しそうだ。
「なンで居ンだテメェ……」
「看病です!」
「嫌がらせの間違いだろ」
「否定します。現在ミサカは“病弱もやし観察キャンペーン”を開催中です」
「その名称考えた奴ぶン殴るぞ……」
「ミサカです!」
「自首すンな!」
叫んだ瞬間。
「ゲホッ!! ゴホッ!!」
激しく咳き込む。
肺がひっくり返るかと思うほど苦しい。
「おっと、とミサカは病人が無駄にキレるからですよと呆れます」
「誰のせいだと……思ってンだ……」
404号はベッド脇の椅子へ座ったまま、じーっと百合子の顔を覗き込む。
その視線が妙に腹立たしい。
「……なンだよ」
「いえ、とミサカは素直に感想を述べます」
404号は少し首を傾けた。
「弱ったもやしの妖精、珍しいなぁと」
「その呼び方やめろっつってンだろ……」
「ですが今は“しなしなもやし形態”ですよ?」
「進化系統みてェに言うな!!」
再び怒鳴りかけて、途中でやめる。
喉が痛い。
頭も割れそうだ。
今ので体力をごっそり持っていかれた。
「……クソ」
再び布団へ沈み込む。
そんな百合子を見ながら、404号は何故か感心したように頷いていた。
「なるほど、とミサカは新たな知見を得ます」
「……何をだよ」
「普段は“触ると危険”みたいな顔してるくせに、風邪を引くとただの病弱もやしになるんですね」
「ふざけンな」
百合子は枕へ顔を押し付けた。
頭痛い。
寒い。
だるい。
そして何より、この騒がしい
ミサカ404号はそんな百合子の様子を面白そうに観察しながら、机の上に置いてあったスポーツドリンクを手に取った。
「水分補給は重要です、とミサカは一般常識を披露します」
「……置いとけ」
「飲ませてほしいんですか?」
「誰が言った」
「わかりました。口移しで飲ませてあげますね」
「殺すぞ……」
「本当に病人の殺意は迫力がありませんね」
くすくす笑いながら、ミサカ404号はキャップを開ける。
その音が妙に腹立たしい。
「はい、どうぞ」
「……」
差し出されたボトルを見る。
普段なら絶対受け取らない。
というか、まず間違いなく顔面に投げつけている。
だが今は、その腕を持ち上げることすら億劫だった。
「……飲ませろ」
「おやおや。随分しおらしいですねぇ、とミサカはレアな貴女に喜びます」
「うるせェ……」
ミサカ404号はにやにやしながら、ペットボトルを百合子の口元へ運ぶ。
冷えたスポーツドリンクが喉を通った瞬間、熱を持った身体に少しだけ楽さが戻った。
「……」
「どうです?」
「普通だ」
「その割に三口も飲みましたよ?」
「数えてンじゃねェ」
「病人観察は基本です」
百合子は半目のまま睨みつける。
だが、いつものような迫力はない。
熱で潤んだ赤い瞳は、むしろ弱々しくすら見えた。
ミサカ404号はそれを見て、ふむ、と頷く。
「これは貴重ですね、とミサカはカルテに記録します」
「そのカルテ今すぐ燃やせ……」
「項目名は『病弱もやし観察日誌』です」
「ぶっ壊すぞ……」
殺気だけは一級品だった。
しかし肝心の身体がついてこない。
少し声を張っただけで頭がくらくらする。
「おや、顔色悪化。これは追加の栄養補給が必要ですね」
ミサカ404号は立ち上がると、何故か得意げにエプロンを取り出した。
「……待て」
「では、病人食を作成してきます」
「嫌な予感しかしねェ」
「安心してください。料理経験はあります」
「その“あります”が信用できねェンだよ……」
だがミサカ404号は聞いていない。
るんるん気分で部屋を出ていく。
数秒後。
──ガシャーン!!
「何壊したァ!!?」
『鍋です!』
「開始三十秒で!?」
百合子は額を押さえた。
頭痛が悪化した気がする。
『問題ありません! 予備の鍋を発見しました!』
「何をどうしたら鍋が壊れンだよ……」
『火力を“根性”で補おうとした結果です!』
「意味がわかンねェ!!」
さらに数十秒後。
──ボンッ!!
「今度は何だァ!?」
『卵が勇敢に散りました!』
「日本語として成立してねェンだよ!!」
ベッドから起き上がろうとして、失敗する。
身体に力が入らない。
「クソ……」
こんな時に限って、本当に動けない。
普段なら一瞬で止めに行けるのに。
その間にも、キッチンから不穏な音が響き続ける。
ジュウウウウ。
ガコン。
ピピピピ。
そして何故か、電子音声。
『Warning』
「待て待て待て待て」
百合子の顔色が変わった。
「何で警告音鳴ってンだ!!」
『電子レンジが敗北しました!』
「家電に勝敗を持ち込むな!!」
数分後。
ふらふらになったミサカ404号が部屋へ戻ってきた。
「お待たせしました」
「待ちたくなかった……」
差し出された皿を見る。
「…………」
「どうしました?」
「これ何だ」
「おかゆです」
「紫色のおかゆは存在しねェよ」
どろりとしていた。
しかも何故か微妙に発光している。
「安心してください。栄養価は高いです」
「人体への安全性を先に説明しろ」
「たぶん大丈夫です」
「“たぶん”を入れた時点でアウトだ!!」
百合子は本気で顔をしかめた。
しかしミサカ404号は自信満々でスプーンを差し出してくる。
「はい、あーん」
「断る」
「病人は大人しく看病されるべきです」
「病人だからこそ命の危険を察知してンだよ……!」
するとミサカ404号は、む、と頬を膨らませた。
「ではミサカが味見を」
「やめとけ」
「いただきます」
ぱくり。
「…………」
「……おい?」
ミサカ404号の動きが止まった。
無言。
沈黙。
そして。
「……これは新しいですね、とミサカは遠回しに敗北を認めます」
「直球で認めろ」
「舌が痺れます」
「毒じゃねェか!!」
百合子は咳き込みながら笑った。
いや、笑うしかなかった。
「ゴホッ……クク……オマエ、料理壊滅的じゃねェか……」
「解せません。レシピ通りだったのですが」
「どこの異世界レシピだよ……」
ミサカ404号は真剣な顔で首を傾げる。
「“体力がつくようにニンニクを大量投入”と書いてありました」
「量を考えろ!!」
「あと栄養バランスを考えて炭酸飲料とチョコを」
「おかゆに入れたのか!?」
「はい!」
「はいじゃねェ!!」
また叫び、また咳き込む。
「ゴホッ……! ゴホッ……!」
「おっと」
ミサカ404号は慌てて背中をさする。
その手つきだけは妙に優しかった。
「……」
「……」
少しだけ、沈黙。
百合子は息を整えながら、ぼそりと呟く。
「……オマエ、何だかンだ帰らねェのな」
「当然です」
ミサカ404号は即答した。
「病人を放置すると後味が悪いので」
「珍しくまともな理由だな……」
「それに」
ミサカ404号は、少しだけ笑う。
「弱ってる百合子、見てて飽きませんし」
「帰れ」
「即答!?」
いつもの流れ。
いつもの馬鹿みたいな会話。
なのに。
熱でぼんやりした頭のせいか、それが妙に心地よかった。
「……チッ」
「おや、照れてます?」
「寝る」
「逃げましたね?」
「うるせェ……」
布団を頭まで被る。
ミサカ404号はそんな百合子を見ながら、小さく笑った。
「ではミサカ、静かに看病モードへ移行します」
「最初からそうしてろ……」
その数秒後。
『お見舞い配信を開始しました!』
「静かじゃねェ!!!」
寝室に百合子の絶叫が響いた。
この後百合子の風は悪化しましたとさチャンチャン