連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。 作:馬鹿め!そっちは本体だ!
本来プレイヤーの分身である先生に実像があると、ストーリーの構成が難しい。
「9億と6253万円……これはアビドス、私たち”対策委員会”が返済しなくてはならない金額です」
「これが返済できないと、学校は銀行の手に渡って廃校手続きを取らざるを得なくなります」
「ですが実際に完済できる可能性は0%に近く……ほとんどの生徒は諦めて、この学校と街を捨てて去って行ってしまいました……」
セリカが飛び出し、それを追っていったノノミも去った後、教室に残ったのは七海を含めた4人だけであった。そして、その全員が神妙な顔つきであった。
「そして、私たちだけが残ったの」
「学校が廃校の危機に追いやられたのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになったのも全てはこの借金のせいなんです」
「……9億と6253万の借金ですか。確かに、それはあなた達だけで背負うには膨大すぎる金額ですね。続けて差し支えなければ、理由についても教えて頂けますか?」
七海は先ほどのセリカの様子も思い出し、慎重に尋ねる。
「事の発端は数十年前に遡ります……」
「数十年前、この学区の郊外の砂漠で砂嵐が起きたことから始まりました。」
「この地域では頻繫に砂嵐が起きていたので珍しいことでも無かったのですが……その時の砂嵐は想像を絶する規模のものだったのです」
「砂嵐……」
「学区の至る所が砂に埋もれて、砂嵐が去った後も砂が溜まり続けてしまいました。当時のアビドスはその自然災害を克服するため、巨額の資金を投入せざるを得ませんでした」
アビドスに至るまでの道は大きく砂に埋もれていた。それでもマシな方だったのかもしれない。
もしかしたら、七海が通ってきた砂漠の下に、かつての街並みの一部が埋まっていたのかもしれないのだから。
「しかし、このような片田舎の学校のためにそれだけの融資をしてくれる銀行は中々見つからなかったようで……」
「結局、悪徳な金融業者に頼るしかなかったみたいなの」
「……シロコ先輩の言う通りです。最初のうちはすぐに返済できる算段だったのでしょう、しかし砂嵐はその後も年を経る毎に更に巨大な規模で発生して……学校の努力も虚しく、学区の状況は手が付けられないほど悪化の一途を辿っていきました……」
「そうしている内にアビドスの半分以上が砂に呑まれて砂漠と化して、借金もみるみる膨れ上がっていってしまったのです……」
「……」
「……」
アヤネが事情を語り終えると、シロコとホシノは目を伏せがちにして黙り込んだ。
七海もまた、口元を手で覆って考え込んでいた。
「私たちの力だけでは毎月の利息を返済するので手一杯で……シャーレの先生がいらっしゃるまでは、弾薬も補給品も底をついてしまっていました」
「……まっ、そういうつまらない話だよ。でも先生のおかげでヘルメット団っていう厄介な問題は解決したから、これからはその借金返済に全力投球できるようになったってわけ」
「もし、この委員会の顧問になってくれたとしても借金のことまでは気にしないでくれていいからねー。話を聞いてくれただけでもすごくありがたいよ」
そういうホシノの目と表情からは諦観と、未だ七海を信用していないという空気が漂っていた。
七海もそれを、ホシノの言動からも強く感じ取っていた。
「……先生はもう、充分すぎるくらい私たちの力になってくれた。これ以上迷惑はかけられないよ」
シロコも同様に目を伏せる。シロコは七海のことは信用しているようだったが、それでも自分たちの問題にまで気を揉ませたくは無かったようだった。
「確かに、私がそこまでする義理は無いですね。私は今回、暴力組織に襲われているこの学校に支援をしに来ることが仕事ですから」
「「……」」
七海の言葉に、ホシノ以外の2人は目を伏せた。
それもそのはず、七海はアビドスの支援要請を受理はしたが、借金返済のことについての相談はされていなかったのだから。
ホシノもそのことは理解しているのか、特段反応を示さなかった。
「ですが、この学校が抱える問題を聞いてしまった以上、このまま去るのも気が引けます」
「私が所属する連邦捜査部シャーレは権限だけはある組織。決してこの学校のために何かができないというわけでもありません」
「!それって……」
「気持ちはありがたいけど、そこまでするメリットが先生にあるの?こんな片田舎の、5人しかいない今にも廃校しそうな学校に?」
「ホシノ先輩……」
七海の言葉にホシノの口調は冷たく突き放すようなものに変化した。かつてより抱いていた連邦生徒会と、散々騙されてきた”大人”に対する不信感。それは後輩たちと出会って2年の時を経ても未だ拭えぬものであった。
「メリットはあります。ここでの実績は今後シャーレが活動していく上で重要になる……これはシャーレにとって間違いなくプラスになることです」
「それで最初に仕事するのに丁度良さそうだったのがアビドスだった、ってわけね」
「有り体に言ってしまえば。ですが、あなた方からの救援要請が無ければ私がこうして出張ってくることも無かったでしょうし、そこは偶然です」
「当然シャーレの信用度合いが上がればできることも自ずと増えてくる。そうすれば今以上にあなた達を支え、サポートすることも可能になってきます。まあ、これ以上は言葉ではなく行動で示していくことにしますが」
七海が己の腹の内を正直に明かすと、ホシノは不信感は拭えずともとりあえずは納得できたようであった。七海の人となりの全ては分からずとも、話す言葉に噓は無いことは理解できたようである。
「……まっ、そこまではっきりとした理由があるなら信頼できるかもね」
「それにしても、先生も変わり者だねー。こんな面倒ごとに自分から首突っ込もうとするなんてさー」
ホシノはため息を吐いた後で、いつもの様子に戻った。信用できるかはともかくとして、言葉に噓が見当たらないことと、理由の正当性に納得はいったようだった。
「どの仕事も面倒なことには変わりありませんよ。詳細はまた後日、対策委員会の皆さんが全員揃ったときに改めて話すとしましょう。私も今日のところは一度シャーレに戻ります」
「良かった……!本当にありがとうございます!”シャーレ”が力になってくれるなら、これで私たちも未来に希望を持っていいんですよね?」
「この場でお約束することはできませんが、少なくとも何かしらの形でプラスになるようにはします」
「ありがとう、先生。これで私たちにも希望が見えて来るかもしれない」
「あまり期待しすぎないようにお願いしますよ」
「え~?そこはドーンと任せておけ!って言う流れじゃな~い?」
「できるか分からない口約束はしない主義ですので」
「……ふん。何よ」
その様子を外から聞いていたセリカは面白く無さそうに鼻を鳴らして立ち去って行った。
「セリカちゃん……」
同じく近くにいたノノミはそれを心配そうに眺めていた。
―――――――
『あの、先生。大丈夫なんでしょうか……』
「何がですか?」
『アビドスを助けるとは仰っていましたが、9億円もある借金をどうにかするなんてその、すごく難しいことなんじゃないでしょうか?』
アビドスからの帰り道にて、アロナは運転する七海に心配そうに尋ねていた。
9億6253万円の借金。呪術師として稼ぎの良かった七海にとっても膨大すぎる金額。
それを処理する方法など到底無いように思える。
「ええ。今すぐにどうこうというわけには行かないでしょうし、正直彼女たちの代で返済し終われるとも思えません。何せ金額が金額ですから」
『それもそうなんですけど、まだあの人たちは先生を完全には信じていないような……』
「そりゃそうでしょう。助けたとは言っても、私は要請を受けて行っただけ。要するに部外者です。見た感じ、彼女たちは”大人”たちには散々イヤな目に遭わされてきたのでしょう。無理もありません」
『大人に……』
アロナは七海以外の大人をまだ知らない。だからこそ、子供である生徒に対して酷いことをするような大人についての想像がいまいち思い浮かばない様子だった。
「口先だけならいくらでも都合のいいことが言えますから。まずは信頼関係を構築すること。何事もまずはそこからです」
『!そうですよね!まずはお互い信じあえるようになってからですよね!』
「ええ、そのためにもまずは行動で示していかなければ。ようやく仕事の段取りができて落ち着いてきたところに早々ですが、これから忙しくなっていきます。大変ですが、気張っていきましょう」
『はい!私もしっかり働いて先生のことをお助けします!ですが、無理はし過ぎないでくださいね?あんまり無理するようであれば、アロナストップをかけますから!』
「それはもちろん。働くことに命を削るような真似はしませんよ」
そうして話している内に七海とアロナを乗せた車がサンクトゥムタワーの前に到着した。
やるべきことは山積みであるが、それでも七海は不思議と嫌な気持ちがしなかった。
■
「アビドスに……ですか?」
「ええ。しばらくはそちらの方で仕事をすることになりそうです」
連邦生徒会の一室にて。七海はリンの元を訪れていた。
今後の業務内容についての報告も兼ねて、彼女の仕事を手伝いに来ていた。
七海がシャーレの業務を早々に終わらせて頻繫に連邦生徒会の方にも仕事を手伝いに来るのはもはや日常風景となっていた。
その甲斐もあり、リンの健康状態は肉体的にも精神的にも良好であった。
「遠い昔はキヴォトス最大の学園規模であったことは知っていますが……まだ残っていたのですね。すみません、私も把握しきれていませんでした」
「無理もありませんよ。あなたも忙しいのですから。後々報告書を提出します。しかし、残っているとは言ってもその状況はあまり芳しくありませんが」
七海は書類に目を通して、シャーレの権限でどうにかできそうなものをファイリングする作業をしながら述べた。
「芳しくないというのは?」
「借金ですね。元本だけで9億6253万円。かなりグレーゾーンな金融機関から借り入れていることもあって利息の支払いだけでも首が回っていない状態のようです」
「なるほど……その債務処理の相談について、アビドスの皆さんからの要請を受けたのですね。ですが正直に申し上げると、その問題の解決は割に合わないように感じますが」
リンの指摘ももっともであった。他の連邦生徒会幹部と同じように、七海の人となりや能力、そして実力は信用しているし信頼しているが、それでも出張るような内容ではないことは確かである。
それを解決することで得られるメリットの期待値もそう大きくは無い。
「実績ですよ」
「実績?」
「ええ。あなたも最初に言っていた通り、シャーレには強大な権限こそあってもこれといった設立目的が無い。そんな組織が連邦生徒会に代わって仕事をするなんて言われても、他の学園は納得できないし信用もできない」
リンが七海にシャーレという組織について説明した時も言われた通り、シャーレは連邦生徒会長によって設立された組織ではあるが、その設立された目的については不明、というより最初から定められていないのである。
そんな組織が学園間の垣根すら超えて干渉してくるかもしれないというのは学園にとって由々しき事態であろう。
中立を謳う組織であっても、トップの在り方によっては侵略者ともなりうるのだから。
「シャーレは今後、連邦生徒会に代わって各学園での問題の解決のために動いていく必要がある。それを円滑に進めていくためにも、シャーレが信用できる組織であるという実績が必要になってきます」
「なるほど……確かに、先生の手腕によってシャーレはある程度信頼される組織にはなって来てはいますが、それでも不審に思う声は少なくありませんからね」
「ええ。学園の垣根を超えて活動できる組織を、少なくとも信用に値する組織にするためにも実績作りは必要です。とはいえ、かなり難しく面倒なヤマになりそうなことも事実ですが」
七海の活躍は知れ渡ってきてはいるが、それでもシャーレは世間にとって未だ不明瞭な組織。
これからのことを考えると、実績は重要で必要なのである。
「なのでしばらくはこうして手伝いに来れなくなるかもしれません。もちろん、経過報告の折には手伝いに来れますが」
「それは心配ありません。先生のおかげでこれでも大分仕事は減った方ですから」
「それならいいのですが、きちんと休みは取れているのですか?」
「ええ、問題ありません。むしろ、先生の方こそ休息は必要かと。定時で帰ってはいるそうですが、それでもここ最近は働き詰めのようですが……」
「私は大人ですから。前職よりも充分すぎるくらい休めていますよ」
「そんなに以前のお仕事は大変だったのですか……?」
呪術師はクソであった。それに比べると七海にとってはキヴォトスでのシャーレの先生という業務はずっと気楽でやりがいも大きく感じられる充足感のある仕事であった。
「ええ。とんでもなくブラックでクソでしたよ。あなたもお身体に障らない程度に頑張ってください。それでは、失礼します」
そして七海はいつものようにゴッソリと書類を持ち帰って去っていった。
■
「あら、先生」
「アオイさん。お疲れ様です」
七海が部屋から出てロビーへ向かっていると、財務室長の扇喜アオイとすれ違った。
当初はシャーレに対しても七海に対しても疑惑の感情を抱いていたが、七海の大人としての在り方や働きぶりを見て以降は素直な尊敬と敬愛の念を抱いていた。
「シャーレに戻るところだったかしら?」
「ええ。リンさんに今後の業務内容についての報告を終えたところです。後で報告書も提出します。何かありましたか?」
「いえ。おかげさまでこれといった問題は特にないわ。あなたもお疲れ様……それにしても、また随分と持って行ったわね」
アオイは七海が脇に抱える書類の束を見て呆れるように言った。七海が自分たち連邦生徒会のためにも積極的に働いてくれていることはよく知っているが、それでも働き過ぎという心配の感情も大きく抱いていた。
自分たちも大概オーバーワーク気味であることは自覚しているが、七海はそれ以上に働いているように見えるのである。実際その通りであったし。
「あの人は1人で抱え込みすぎなんですよ。これでも3分の1以下です」
「それには同意するけど……あなたも大概働きすぎなんじゃない?ワカモの監視に、新しく迎え入れたっていうゲヘナの生徒4人の面倒も見ているようだし。気が休まっていないんじゃなくって?」
『そうですよ!先生は働き過ぎで休まな過ぎです!』
「今のところ問題はありませんよ。ですが私が休む姿勢を見せなければ、彼女もあなた方も休むに休めませんからね。そこは善処します」
「そういうことではないのだけれど……」
今の七海はワカモの手助けこそあれど、ほぼワンオペで仕事も家事もと忙しかった。
便利屋68のメンバーもある程度精神的に自立しているため、そこまで世話を焼く必要もないが、生来の面倒見の良さや目下の者への優しさが七海を突き動かしていたのである。
その上で連邦生徒会の仕事まで手伝いに来ているのだから、アロナの気苦労も多いのである。
「まあいいわ。先生、ちょっとお時間いただけるかしら?最近の仕事ぶりについて、世間話も兼ねてお茶をしながらお話したいの」
「構いませんよ。そうですね、少しお茶にして休むことにしましょう」
「……一応、ちゃんと休暇の申請は定期的にするようお願いするわ」
■
「なるほど……アビドスの債務処理ね」
「かなり面倒で大きなヤマになりそうですが、解決できれば相当な実績になります。それでもって、アビドスの生徒たちにとっても知名度を上げることに繋がる重要な仕事です」
「確かに、10億近い債務の処理は難しいでしょうね。それも5人しかいない学校なら」
七海とアオイは連邦生徒会より出て近くのカフェに入っていた。
それぞれ紅茶とコーヒーを注文した後、飲み物が届くまで仕事の内容について話していた。
「当代で返済できる見込みはほぼゼロに近いでしょうね。800万近い利息を毎月払うだけの能力はあるようですが、それでも元本の返済には到底追い付いていません」
「800万も?それは非常に高いわね。もしかしてカイザーローンかしら?」
「そういう名前でした。キヴォトスに来て日が浅いのでよく分かってはいませんがカイザーというのは相当な大企業グループのようですね」
「カイザーコーポレーションはキヴォトスの経済に大きく根付いた巨大企業よ。もっとも、その社風や経営方針はかなりグレーだけれど」
「でしょうね。金利の高さからもそれが伺えます。それにしても、金貸しの業界にまで組み込まれているとなると相手にするには厄介極まりないですね」
カイザーコーポレーション。キヴォトスにおいて様々な事業を展開する超巨大企業である。
町の至るところに王冠を被ったタコのロゴがあるように、その影響はキヴォトス各地に及んでいる。それと同時に、黒い噂も絶えない。
「ブラックマーケットにも大きな影響があると噂される組織でもあるから、恐らく相当裏にも根回しがされているはずよ。連邦生徒会でも警戒してマークしているわ」
「裏社会にもパイプを持っていることは間違いないでしょうね。キヴォトスの各地であのロゴを見るのですから、逆に持っていないと考える方がおかしいでしょう」
アングラな呪術界で呪術師として戦っていたこともあり、七海にはそういうことに対する知識も対処法も兼ね備わっていた。
「先生……気を付けて頂戴。おそらく今回の件、先生にとって相当危険な綱渡りになるかもしれないわ」
「当然気を付けますよ。下手に目を付けられたら対策委員会の皆さんが何をされるか分かったものじゃない。あくまで相手は合法の下で活動しているに過ぎないのですから」
「そうね……無責任なようだけど、あなたが付いているのだから彼女たちもきっと安心だと思うわ」
「そうあるよう努力します」
話している内に珈琲と紅茶のいい香りが2人の鼻腔をくすぐった。
そうして注文した飲み物のカップが空になるまで、2人の話は続いた。
「随分時間を取らせてしまったわね。今後は気を付けるわ」
「構いませんよ。私も有意義な時間を過ごせましたから」
飲み終えて会計を終えて2人は外に出た。
「それじゃあ先生、今後ともよろしくお願いするわ。アビドスでのお仕事の方、上手く行くといいわね」
「ええ。何とか形にしていい結果になるよう最善を尽くします」
僅かに肌寒いような風が吹く中、2人は分かれてそれぞれの所属先に戻っていった。
「フー……今日は何を作りましょうか」
――――――
「げっ……」
「こんにちは、セリカさん」
昨日の出来事の翌日。用事で出かけるところだったセリカはアビドスに向かう七海と偶然にもすれ違った。
「な、何よ?私はあなたのこと、まだ信用……」
「先日は大変申し訳ありませんでした」
憎まれ口を叩こうと口を開いた矢先、七海はセリカに向かって深く頭を下げた。
思い当たる節が無いわけでは無かったが、それでも対面して早々に頭を下げられるとは思ってもいなかったのかセリカは狼狽える。
「えっ!?ちょっ、ちょっと急にどうしたのよ!?一体何!?」
「あなた方の事情も知らずに踏み込み過ぎた発言をし過ぎたことについてです。自分たちの領域に土足で上がられた気分だったでしょう、その辺りの考慮が欠けていました。シャーレの先生としてこの場で深くお詫び申し上げます」
「あーもう!それについてはもういいから!気にしてないから!私もちょっと言い過ぎたし!はい!これでおあいこ!分かったから早く頭上げて!」
未だ頭を下げ続けて謝罪の言葉を出し続ける七海に、セリカは完全に動揺して肩にかけていたカバンを落としかけた。セリカの言葉に、七海もようやく頭を上げた。
「はー……嫌味の一つでも言ってやろうと思ってたのに、会っていきなり謝られちゃその気も失せちゃうわ。私もごめん、あの時は意地張ってた」
「お心遣いに感謝します」
「う~~っ!そういうのムズ痒いからもうやめてッ!!」
「はあ……もう本当に気にしてないから、このやり取りはもう終わりね。で?今日は何でここにいるの?」
「今日話す内容についてこちらでまとめてきたので、その話を。あの場にセリカさんとノノミさんはいなかったので今日は参加してください」
「分かってるわよ……先生のことはまだ信用していないけど、話はちゃんと聞くわ」
「助かります」
開口一番に七海が謝罪したことによって、七海とセリカの間のわだかまりは一応は解消したようだった。まだ七海がアビドスの事情に踏み込むことには納得できない様子であるが。
「でも、今日は自由登校日だから誰もいないわよ?アヤネちゃんは図書館で勉強してると思うけど、シロコ先輩はサイクリングで帰ってこないだろうし。ノノミ先輩は買い出しで、ホシノ先輩は……まあどっかで昼寝してるでしょ」
「なるほど……そうでしたか。あなたも用事ですか?」
「そ。丁度バイトに行く最中でアンタとすれ違っちゃったの」
「それは失礼しました」
「だから別にいいわよ……私はもうそろそろ行くわ」
「セリカさん」
「何?まだ何か用?」
「いえ。お気を付けてとだけ。アルバイト、無理をしない程度に頑張ってください」
「……ふん、ありがと」
セリカは言葉こそそっけなかったが、それでもその足取りはいつもより軽かった。
■
「いらっしゃいませー!紫関ラーメンでーす!」
「何名様ですか?空いているお席にご案内いたしますね!」
「少々お待ちください!大将!3番テーブル、替え玉追加です!」
アビドスの紫関ラーメンというラーメン屋にて。セリカはいつもと違う紫関の制服に身を包み、忙しなく働いていた。
「いらっしゃいませ!紫関ラーメン、で……」
「あの~、5人なんですけど!」
「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ様……」
「お疲れ」
扉の開く音にセリカが顔を向けると同時に、セリカは時間にして1秒間フリーズした。
その眼前には対策委員会の面々と七海の姿が映っていた。
七海以外の4人は笑顔で入店したが、七海は若干渋い表情であった。
「み、みんな、どうしてここを……!?」
「うへ~、やっぱりここだと思ったよ~」
「……お仕事に水を差すようで申し訳ありません」
「せ、先生まで……?」
「うへ、先生は悪くないよー?セリカちゃんがバイトしてる先と言えばここしかないじゃん?だから、来ちゃった♪」
「来ちゃった、じゃないでしょ!それに先生のせいだなんて言ってないわよ!」
「ん?アビドスの生徒さんたちか。セリカちゃん、おしゃべりはその辺にして注文、受けてくれな」
「あ……うう、はい、大将。それでは広い席にご案内します……こちらへどうぞ……」
セリカは気まずいような、面倒くさいような表情で5人を広いテーブル席へ案内した。
「はーい、先生はこちらです!私の隣、空いてますよっ♪」
「……ん、私の隣も空いてる」
「いやここでいいでしょう。奥の席で充分広いので、結構です」
「……むぅ」
ノノミとシロコは自分の隣に座るよう七海に呼びかけるが、七海はどこに座ろうが大して気にしていないようだった。その様子を見て、シロコは軽く頬を膨らませた。
「あらあら、残念です。ですが次は是非とも私のお隣で!」
「先生の言う通り、空いてる場所はあるんだからそれでいいでしょ!車の時もそうだったけど、なんで先生の隣に座りたがるのよ!?」
「まあまあ落ち着いて~。セリカちゃん、バイトのユニフォーム、とーってもカワいいです!」
「いやあ、セリカちゃんってそっち系かあ。ユニフォームでバイト先決めちゃう感じ?最近の若者ってそんな感じなのー?」
「先輩は私と2つしか変わらないでしょ!?というか、ユニフォームで選んだわけじゃないし!ここは行きつけの店だったからってだけで……」
「もうその辺にしましょう。これ以上騒いではお店にもセリカさんにも迷惑になります。早いとこ注文して食べて帰りますよ」
「ユニフォーム姿のセリカちゃん、写真撮っておけば一儲けできそうじゃなーい?一枚どーう?先生?」
「悪趣味な冗談もその辺に。というか私に振らないでください」
七海は暴走しがちなノノミとホシノを諫めると、メニュー表に目を移した。
「それで、バイトの方はいつから始めてたの?」
「い、1週間くらい前から……」
「そうだったんですね☆時々姿を消していたのは、バイトということだったのですか!なるほどなるほど~」
「も、もういいでしょ!?はい、ご注文は!?」
「”ご注文はお決まりですか?”でしょー?セリカちゃん、お客様には笑顔で丁寧に、親切に説得しないとダメでしょ~?」
「あうう……ご、ご注文は、お決まりですか……」
「はー……本当にその辺にしなさいホシノさん。そういうダル絡みはマジで面倒くさいおじさんのそれですよ」
「うへっ!?思わぬところから撃たれた……」
ホシノはわざとらしく胸を抑えながら呻くふりをした。それを見て七海は今世紀最大のため息をつきそうになった。
「はあ……すみません。私は味噌バターコーン、チャーシュートッピングでお願いします」
「私はチャーシュー麵をお願いします!」
「私は塩で」
「えっと……私は味噌で」
「私はねー、特製味噌ラーメン!炙りチャーシュートッピングで!」
「先生、ここのラーメンはすっごく美味しいんだよー!アビドス名物、紫関ラーメン!」
「……ところで、みんなお金の方は大丈夫なの?もしかして、またノノミ先輩に奢ってもらうつもり?」
「はい、私はそれでも大丈夫ですよ☆このカードならまだまだ限度額まで余裕もありますし」
「いやいやー、またご馳走になるわけにはいかないでしょー?それに、今回は先生が奢ってくれるってさ!」
「ええ。ですので皆さん、他に頼みたいものがあれば注文してください」
「じゃあ餃子も追加で」
「シロコ先輩!?」
「私も半チャーハン頼んじゃおっかなー?」
「どうぞ。食べきれるのであれば構いませんよ」
「わーい!ゴチになりまーす!」
「……先生」
「はい?」
「こっそりこれで支払ってくださって大丈夫ですよ?」
「いりません。ちゃんと払えるので」
■
「ふう……お腹いっぱーい!いやあ!ゴチでした!先生!」
「ご馳走さまでした!先生!」
「ご馳走さま。おかげでお腹いっぱい食べれた。今度は私がご馳走するからね、先生」
「その必要はありませんよ……すみませんでしたセリカさん。随分と騒がせてしまって、お店にも迷惑をかけました。大将も、すみません」
「良いってことよ。この歳くらいの子供は騒がしいくらいで丁度いいんだ。先生もまた来てくれよ!」
「ありがとうございます」
「早く出てって!もう来ないで!仕事の邪魔だから!」
「あはは……セリカちゃん、また明日、ね?」
「もうみんなホント嫌い!バカ!」
――――――
「お疲れ様でした!」
「おうよ。今日もありがとうなセリカちゃん。気を付けて帰れよ」
「はーい!」
「はあ……今日は目まぐるしかったわね」
「ホシノ先輩、昨日のこともあってわざと先生のことも連れてきたのかしら」
「……先生のことは嫌いじゃないし、頼れる人なんだろうけど、それでも私は折れたりなんかしないんだから」
「……」「……」
「あいつか」
「はい、そうです。アビドス対策委員会のメンバーで間違いありません」
1人夜空に向かって呟くセリカの後ろから、何やら不穏な影がセリカを覗き込んでいた。
ナナミンならどう動くか。まさかイノタク先輩と同じことを思いながら話を書くことになるとは思わなかった。
既存のストーリーにオリジナル要素も捻じ込むの難しすぎる!構成はできてても行間がムズい!
そりゃエタるわけだ!(言い訳)(半年放置した前科アリ)