戦車がないなら、段ボールで作ればいい――!

設備ゼロ、予算ゼロの山奥ボロ女子校「土肥中女子学園」で、情熱だけで戦車道ごっこに挑む少女たち。
これは、想像と友情とノリで駆ける、空想戦車道の物語。

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それいけ!エア戦車道

戦車道──それは、大和撫子の嗜みにして、全国の女子高生たちの青春を燃やす、究極の武道。

 

砲火轟く競技場。履帯の軋みが土煙を巻き上げ、鋭く弾けるような指揮の声が空を裂く。

巨大な鋼鉄の塊が、優雅に、華やかに舞うその光景は、まさに乙女の美と力の融合だった。

 

華麗な操縦、緻密な連携。そして咲き誇る友情。幾度の勝利が刻む、栄光のドラマ。

いまや日本全国の女子校では、戦車道が文化祭の目玉であり、進路指導のトピックであり──

時に、恋のきっかけにすらなるとか、ならないとか。

 

「戦車のない青春なんて、ライスの無いチャーハン」とまで言われるこの時代。

戦車道は、女子高生活の中心に、確かに根を下ろしているのだった。

 

──だが。

 

その熱気が、決して届かない場所もある。

 

埼玉県の山奥。人里離れた森に囲まれ、忘れ去られたように存在する、超零細女子校・土肥中(どいなか)女子学園。

木造校舎は築何十年かも不明、風が吹けば窓が勝手に開閉し、廊下にはところどころ「床抜け注意」の手書き張り紙。

ほとんど枯れかけた校庭には雑草が揺れ、朝礼台には鳥の巣ができていた。

予算は毎年マイナス更新。体育用具室には竹刀とフラフープ、あとはなぜか石臼だけが残っている。

 

戦車? 無理無理。戦車を買う前にまず――職員室の壊れたストーブをどうにかしないと、今年の冬で先生が全滅する。

 

そんな荒んだ学園の、さらに隅っこ──かつて倉庫だったらしいプレハブ小屋から、ひときわ大きな声が響いた。

 

「戦車がない? じゃあ……想像でやればいいじゃないッ!!」

 

咆哮にも近いその声を発したのは、土肥中が誇る唯一の情熱系トラブルメーカー、東雲咲(しののめ さき)

部屋の真ん中で立ち上がり、目に星を宿し、空を仰いで拳を握るその姿は、まるでアニメの主人公。

 

――ちなみに昨年の文化祭では、「未来のエネルギーを体現する」と叫びながら自転車発電機を校門前に設置し、文化祭中自転車をこぎ続ける大盤振る舞い。

その電力で点けたのは、手作りの開校百周年──実際は創立68年だが──と書かれた電飾看板。

しかも配線不良で、一文字目の開だけが点灯し続け、文化祭の三日間ずっと「開」だけが不気味に光っていた。

 

そんな彼女の後ろには、段ボールの山と、大量のガムテープ。戦車道などないはずのこの学校に、戦車っぽい何かが生まれようとしていた。

 

「段ボールがある! ガムテープもある! あたしらの声と動きがあれば……エア戦車は作れる!!」

「えぇ……」

「咲、それもう戦車道じゃなくて妄想道だよ……」

 

呆れる同級生たち。長机に腰かけ、カップ麺をすする子、タブレットで戦車道映像を流してる子、みんな諦め半分で咲を見守っている。

だが、咲の情熱は止まらない。

 

「勝つのが無理? じゃあ見せようじゃない、想像だけで全国に挑むバカの根性を!」

 

ガタン、と誰かが椅子を倒す音。笑う者もいれば、呆れてため息をつく者もいた。

けれど、その中心には、確かに熱があった。

 

こうして誕生したのが、日本初、というか唯一の──

 

エア戦車道!

 

これは、戦車すらない少女たちが、段ボールの砲塔に夢を詰め、

想像と根性だけで全国を目指す、笑いと涙の戦車「風」青春物語である。

 

 

 

 

土肥中女子学園の放課後は、基本的に静かだ。

夕方のチャイムが鳴り終わるころには、昇降口の扉も軋みを立てて閉じ、渡り廊下には吹き抜ける風だけが残る。

部活動の数も少なく、運動部の掛け声もなければ、吹奏楽の音も響かない。

校庭は夕陽に焼かれ、赤茶けた土と、手入れの行き届かない雑草だけが、鈍く空の光を照り返していた。

 

──しかし、今日は違った。

 

「ちょっと! そこの焼却炉横に捨てられてた、燃やされ寸前の段ボール! 全部持ってきて!」

「了解、車長!」

「トイレットペーパーの芯は、ケモケスーパーの店長に頼んでもらってきたよ! こんなのどうするの?」

「それ、砲身用だからっ!」

 

校舎裏、倉庫と給食コンテナの狭間。

本来なら誰も足を踏み入れないはずのその場所に、謎の活動拠点が設けられていた。

咲の怒涛の指揮のもと、数人の少女たちが動き回り、汗と埃にまみれて段ボールを運び、ガムテープを引きちぎる。

 

段ボールは、すでに装甲板として第二の人生を歩みはじめていた。

ガムテープでぐるぐる巻きに固定された段ボールが、歪ながらも確かに車体の形を成していく。

 

その光景を、やや距離を置いて眺めていた少女が一人。

 

「……咲。本気なの?」

 

久留米 琴葉(くるめ ことは)。咲の幼馴染にして、ツッコミ役を一手に担う常識人枠。

彼女は、何かと派手にやらかす咲に、幼いころから延々と巻き込まれてきた。

 

小学三年のある日、咲が突然「校庭に秘密基地を作る!」と叫び、そして勝手に側溝を掘り始め、それにつきあわされた琴葉もろとも先生にこってり怒られた。

 

中学に上がってからは、「青春は爆発だ!」の一言で、理科室のマグネシウムを勝手に持ち出し、手作り花火を打ち上げ未遂。

琴葉はその場で先生に正座させられ、咲はというと、逃げてフェンスに引っかかって捕まった。

 

「うちはお隣だからさ、物心ついたころにはもう、咲に振り回されてたんだよね……」

 

そう愚痴りながらも、結局は最後までついてきてしまう。

なんだかんだで咲を放っておけない――そんな性分なのだ。

 

「当たり前でしょ。心が戦車を動かすのよ!」

 

咲の声は、どこまでもまっすぐで自信に満ちていた。

拳を握る姿は、まるで映画のクライマックスシーンのようだ。

 

「違う、それ大体ガソリンで動くから」

「この子は愛と努力と空想力で動くの! それこそがエア戦車!」

 

琴葉の冷静なツッコミもどこ吹く風。

咲は両手を大きく広げ、段ボール製の砲塔を背に堂々と胸を張る。

その姿からあふれる自信は、もはや本物の戦車にだって引けを取らない。

 

「愛と努力はいいけど、空想力って戦車道で通じるの?」

 

咲は両手を腰に当て、夕陽を背に仁王立ちした。

その表情は、本当に車長の風格すら漂わせるほどに堂々としていた。

 

「我らが土肥中女子学園、資金ゼロ・人員少・設備ボロ! だからこそ逆転の発想が必要なのよ!」

「うん、それにしてもボロいって自分で言う?」

 

琴葉がぽつりと突っ込むが、勢いよく右手を突き上げる、咲の熱量にはまったく届かない。

 

「この戦いは想像力の戦い! 心の目で見れば、ここにあるのは段ボールなんかじゃない! 信頼と鋼鉄の塊よ!!」

「やばい、段ボールが空飛びそうなくらいテンション高い……」

 

呆れ半分、あきらめ半分。それでも琴葉は、本気全開の咲の勢いに、ふっと口元を緩めて笑みをこぼす。

周囲の少女たちも、最初は距離を取っていたのに、いつの間にか段ボールの側に集まり、ガムテープを手にし始めている。

 

「砲塔の形、何とか再現しよう!」

「キャタピラの部分、左右に貼って……あとペットボトルの蓋つけよう!」

「私、無線役やるー!」

 

段ボールの立体交差が車体を彩り、ガムテープが要塞のごとき補強に使われる。

そこに生まれていたのは、ただの即席工作ではない。戦車の概念だった。

 

この日、土肥中女子学園に、段ボールと空想でできた戦車が一台、生まれた。

 

茶色い段ボールで組まれたそれは、見るからに素人の工作だった。

しかし、どこか「それっぽさ」だけは漂っている。

 

車体は低く、直線的。

平面で構成された装甲はガムテープで無理やり接合され、ところどころ箱の印刷ロゴやバーコードが顔をのぞかせている。

だが、正面装甲の水平ラインと、垂直に切り立った側面、その交差する角度は、まさしくあのクラシックなドイツ戦車――Ⅳ号D型のそれだった。

 

砲塔部分は、段ボールを切り抜いて六角形を意識した形状にしてあり、前部には紙筒――トイレットペーパーの芯を差し込んで「長砲身っぽさ」を演出している。

「もっと長いほうがかっこいい」と言って、さらに2本つなげて延長しているあたり、妙なこだわりだけは本気だ。

 

履帯の代わりに貼り付けられたのは、黒く塗った紙の帯。

さらにその横から、丸くくりぬいた段ボールに、ペットボトルのキャップをボルト風に固定して、回らない車輪の再現を試みている。

 

どれだけ崩れていても、どこか格好つけている。

それが段ボール製「Ⅳ号戦車D型(仮)」の、本質だった。

 

 

名付けて──

 

『IV号戦車D型・土肥中スペシャル』

 

武装:トイレットペーパー芯砲

装甲:湿気に弱い

速度:歩行

 

誰がどう見ても、おふざけにしか見えない。

それでも、少女たちは本気だった。

全国の戦車道に真っ向勝負を挑むには、あまりにも無謀。

けれどその分、どこよりも自由で、どこよりも楽しげで、どこよりも眩しい笑顔が、そこにはあった。

 

「咲、これ……ほんとに大会に出るつもり?」

「当たり前じゃない。まずは戦車道全国高校生大会への応募からよ!!」

「審査、通る気がしない……」

 

こうして始まった、少女たちの空想戦車道。

段ボールの砲塔が、夕暮れの空を背景に、まるで誇らしげにそびえ立っていた。

 

 

 

──数日後。

 

夕暮れ間近の廊下。しんと静まりかえった校舎の一角に、制服のリボンを少し曲げたままの少女が、呆然と立ち尽くしていた。

 

職員室の扉の前。

東雲咲は、両手に数枚の書類を握ったまま、虚空を見つめている。

目はうつろで、口は半開き。風にそよいだ髪が顔にかかっても、それを払うことすら忘れていた。

 

「落ちた……落ちたのよ、琴葉……!」

 

その声は、まるで世界の終わりを告げるかのように、くぐもっていた。

 

「うん、落ちるとは思ってた」

 

咲の絶望に満ちた目線の先には、幼馴染・久留米琴葉がいた。彼女は当然だよねと淡々と現実を受け止めていた。

彼女の声はやさしいが、突き放すような乾きもあった。

それは、すでに何度も咲の暴走に巻き込まれてきた者の、長年の耐性と諦念の結晶だった。

 

「『貴校の戦車は審査の結果、安全性と実戦性において不適格と判断されました』って……書かれてた……」

 

咲は震える声で、審査書類の一節を読み上げる。

文字がにじんで見えるのは、きっと涙ではなく、訓練後の汗が目に入ってしまったからだ。たぶん。

 

「まあ、戦車じゃなくて段ボールの塊だから、ね……」

 

琴葉の言葉は冷静だが、どこか寂しそうでもあった。

そこには、想像力と情熱だけでは越えられない現実の壁にぶつかる親友を思いやる、ほんの少しの優しさがにじんでいた。

 

「想像力を軽視する世の中なんて、戦車道の風上にも置けないわ……!」

「そもそも、戦車道の風下にもいない気がするけど……」

 

琴葉のツッコミが効いたのか、その場に膝をつき、崩れ落ちる咲。

だが──彼女の瞳に、すぐに再び情熱の火が灯る。

その小さな火は、すでに大火として脈打っていた。脳内で希望のエンジンが再起動し、再び轟音を立てはじめたのだ。

 

「ならば……自ら開催するしかない!」

「え?」

 

琴葉がまばたきをひとつ挟む間に、咲のテンションは完全復活していた。

 

「エア戦車道全国高校生大会を、ここで開催するッ!!」

「うちの学校で!? っていうか参加校は?」

 

咲は、ぐっと拳を握りしめ、勢いよく右手を突き出した。

その目は未来を見据え、口元は誇らしげに笑っている。

 

「土肥中女子学園!!」

「……だけじゃん!! 1校しかないじゃん!!」

 

虚空に向かって叫ぶ咲を見ながら、頭を抱えたくなる気持ちをぐっとこらえる琴葉。

 

「違うの。これは心の中に、全国のライバルがいるという設定なの!!」

「脳内かよ!!」

 

琴葉の声が思わず裏返る。もはや現実と妄想の境界線が崩壊している。

 

「つまりよ……うちら2台で戦えば、それが決勝戦!!」

「最初から決勝かあ……コスパだけはいいな……」

 

琴葉はそのあまりの突き抜けた発想に、少しだけ笑ってしまいそうになっていた。

そんな琴葉の反応に押されたように、咲はそのまま走り去り、戦車格納庫──もとい、物置き小屋へと駆け込んだ。

そして勢いよくガラガラと戸を開けると、もう一台の段ボール戦車を指差して叫んだ。

 

「見よ! IV号戦車D型・土肥中スペシャルⅠ・雷神号に続く、T-34/85・土肥中スペシャルⅡ・風神号よ!」

 

段ボールの装甲は、あいかわらずよれた線とガムテープの継ぎ目で繋がれていた。

だが、そのフォルムには確かな意図があった。

 

車体前面はなだらかに傾斜し、斜めの面が光を鈍く反射している。

素材は茶色の段ボールにすぎないが、その滑らかな角度は、本物のT-34のような機能美をなんとか模倣しようとした努力の痕跡だった。

 

砲塔は円形に無理やり整形したダンボール箱を載せたもので、やや潰れ気味ではあるが、T-34/85特有の「張り出した感じ」をぎりぎり再現している。

紙製の砲身が前方に突き出しており、その根本には折り紙で作った防盾のようなものが貼り付けられていた。

どこかに実在兵器への敬意がにじみ出ているような、ないような……。

 

そして、砲塔の側面には、大きく手描きで書かれた「За Родину!(祖国のために!)」の文字。

それがこの戦車の出自を、誰にでもわかるように主張していた。

 

粗雑。だけど情熱だけは本物。

その姿は、段ボール戦車でありながら、どこかしら本物のT-34の魂をなぞっていた。

 

「風神!? というか、最初のは雷神だったの!?」

「今決めたッ!」

「設定ゆるいなぁ……」

 

琴葉は思わず吹き出した。

その笑いが連鎖するように、部屋にいた他のメンバーたちも笑いはじめる。

 

「じゃあ私、装填手やる!」「こっちは操縦手やるね!」

「わたしは……観客役で応援する!!」「それ乗員じゃないんかい!!」

 

そんなツッコミも含めて、全てが楽しい。

小さな空き地、段ボールの戦車、誰に認められなくても。

それでも、彼女たちは全力で、真剣だった。

 

こうして、自称・全国大会の準備が始まった。

 

参加校:土肥中女子学園

参加台数:2台

開催場所:校庭

大会実況:東雲咲によるセルフ解説

観客:残りのメンバー、通りすがりの猫、心配して見に来た担任の先生

 

でも、誰よりも熱く、誰よりも輝いていた。

咲は、二台の段ボールの車体の間に立ち、息を吸い込んで高らかに叫ぶ。

 

「さあ、土肥中スペシャルたち! 想像の砲弾をぶちかませ!!」

 

砲身を模したトイレットペーパーの芯が、夕陽に照らされて、鈍く光る。

戦車道? いや、これは新しい──空想道だ!

 

 

 

 

放課後校庭、午後三時。

 

日が傾きはじめた空の下、雑草が侵食気味の校庭には、段ボールで作られた二台の「戦車」が、静かに向かい合っていた。

 

一台は、咲が操る『IV号戦車D型・土肥中スペシャルⅠ・雷神号』。

もう一台は、琴葉が指揮を執る『T-34/85・土肥中スペシャルⅡ・風神号』。

 

両車とも、明らかに段ボール。塗装すら雑で、砲塔部分は明らかに角度が歪んでいた。

だが――少女たちの目には、鋼鉄の巨獣が、そこに確かに存在していた。

 

地面には手描きのラインで仮想の地形を描き、校庭が戦場へと変貌している。

 

その脇には即席の観客席。

校庭の隅に置かれた、レジャーシート上のちゃぶ台まわりに、残りの生徒、通りすがりの猫、担任の先生が陣取っている。

 

「さあ、始まりました! エア戦車道全国大会・決勝戦! 実況は私、東雲咲が務めさせていただきますッ!」

 

咲の声が空に響いた。

右手には作戦マイクと言い張るおもちゃのトランシーバー、左手には戦意という名のテンションがみなぎっている。

 

「え、実況しながら乗るの!?」

「できるッ! 私は車長であり、実況であり、そして魂だ!!」

 

太陽が戦場を朱に染める中、風神号と雷神号のエンジン音が心の中で唸りだす。

自作ルール、エア戦車殲滅戦、正式採用である。

 

「一同、礼!」

 

咲の号令と同時に、6人の参加者たちがぴしりと頭を下げる。

そして次の瞬間、それぞれの持ち場へと素早く散っていった。

 

「全員配置につけーッ!!」

「装填、ティッシュ弾準備!」

「無線──直接聞こえるから良好! 咲、うちからは前見えないから気をつけて!」

 

咲は車長として戦車の中に乗り込んだ。

操縦手は後方から戦車を持ち上げ、装填手兼砲手は前面の支えを行いながら、砲身の先に据えた紙コップに、「砲弾」と称する丸めたティッシュを装填している。

三人は気合だけは、一流の士気をまとっていた。

 

「よし、出るわよ雷神号! 全速前進ッ(パンツァー・フォー)!!」

 

がしゃっ、ごとっ、べこっ。

すでに段ボールの軋み音が、まるで戦車の咆哮に聞こえる空間となる。

その幻想を纏った咲が、段ボールの砲塔から頭を出したまま前進を開始する。

三人の足で地面をかくように這いずり、全力で「進撃」するその姿は、笑いと感動の紙一重をなしていた。

 

一方、風神号も前進開始。

同じように配置された琴葉とメンバー2人が車体を持ち上げ、地声による戦車駆動音で迫力を撒き散らしながら戦場に進出してくる。

 

「敵車接近中!  距離、約10メートル! 想像の砲撃圏内にまですぐ!!」

「風神号、砲塔回せ! ぐるっとだ!」

「ぐるっと!? わかってるけど段ボールの砲塔は回らない!」

「ならみんなで回るッ!」

 

ぐるんっ!

琴葉本人が戦車ごと、全員で回転するという力技で「砲塔旋回」を実現する。

 

「発射準備!! 装填、想像弾!!」

「はいッ!  ティッシュ丸めました!」

「いくよぉぉぉぉおおおお!!!」

 

普段の落ち着いた姿からは想像もつかないテンションで、琴葉が叫んだ。

「ドォンッ!!!」──もちろん、効果音は口からのセルフサービスだ。

 

風神号の砲手が投げるティッシュ弾が、ふわりと宙を舞い、雷神の車体の端をかすめる。

その命中に、観客席から控えめな「おおっ」と声が上がった。

 

「おーっと、ここで雷神号、痛恨の着弾!! だが、想像判定装置の想像旗はまだ立たない! いける! 戦闘続行!!」

 

咲はそう叫びながら、想像上の砲弾の衝撃を再現するように、自ら体を大きく揺さぶる。

その動きにはどこか滑稽さがあったが、不思議とキレがあり、妙な迫力を醸し出していた。

 

そのまま体をのけ反らせたまま、右手から何かをばらまく。

それは、ビニール袋にたっぷり詰められた小麦粉──彼女たちの想像スモーク弾だった。

 

「スモーク展開!  敵の視界を遮断ッ! 雷神号反撃に出たぁ!」

 

ぶわっ、と白い粉が空き地に舞い上がる。

その粉末に顔をしかめながら、琴葉が叫ぶ。

 

「むぐっ、粉が……! やったなこの野郎!!」

 

小麦粉、ティッシュ、叫び声、眠たげな猫の鳴き声。校庭は一瞬にして混沌と化した。

だがそれは、彼女たちが描いた最高の戦場だった。

 

「雷神号、最後の一撃……いっけぇぇぇええええッ!!」

 

咲が渾身の想像砲撃を叫ぶ。

 

「ドガァァァァン!!!」──そう、口でだ。

 

ティッシュではない。言霊の砲弾だ。

声圧と演技で、確かに着弾をイメージさせる力がそこにはあった。

 

「きゃーッ!? 直撃!? 有効!? 想像判定装置の想像白旗掲げます!」

「勝った……ッ!! 想像だけど勝ったァァァ!!」

 

観客メンバーたちの歓声、ちゃぶ台で構成された観客席からの拍手が響く。

 

「第一回エア戦車道全国高校生大会、優勝はIV号戦車D型・土肥中スペシャルⅠ・雷神号!  土肥中女子学園、全国制覇ァァァ!!」

 

喜びの全力ジャンプにより揺れる咲の前髪が、勝利を祝うようにひらひらと舞った。

 

「……今日のところは、これでいいんですよね?」

 

担任の先生がぽつりと呟く。

咲は汗と粉まみれの顔で、晴れやかに胸を張った。

 

「もちろんです先生! 次はエア国際大会の立ち合い、お願いします!」

「……はいはい。でも、今日出した宿題も忘れないでね?」

 

笑顔とともに告げられる現実の一言に、咲の肩がぴくりと跳ねた。

それでも。

 

「見たか全国! 想像だけでも、うちらはここまでやれるんだッ!!」

「その『うちら』以外、誰も見てないけどね!」

 

琴葉の容赦ないツッコミが、夕空に突き刺さる。

すでに猫は、ちゃぶ台の下で遅い昼寝をむさぼっていた。

 

その日、校庭には誰よりも熱く、誰よりもアホらしく、

そして、誰よりも楽しげな戦車道が、たしかに存在していた。

 

 

 

夕暮れ、土肥中女子学園の校庭。

 

その空間には、散らばった段ボール、白く粉をかぶった地面、そしてティッシュの残骸。

少女たちは汗と笑顔、小麦粉まみれの姿で、勝手に始めた大会を――みんなの礼と共に、静かに締めくくっていた。

 

だがその光景を、学校わきの丘の上から、じっと見つめる影があった。

 

模擬戦用の新たな候補地の視察の帰り、たまたま近くを通りがかった彼女たちが、その異様な光景に目を留めたのだった。

 

「……あれ、戦車道……違う。段ボールの戦車は規定にない」

白いヘアバンドをつけた小柄な少女が、夕方になってようやく覚めた目をこすりながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「あれは明らかに――Ⅳ号戦車D型とT-34/85のリスペクトを感じます! 見た目はアレでも、魂は本物ですッ!!

名付けて――想像力戦車道! 空想と魂とノリで戦う、まさに精神力の極致ッ!」

その横で、左右にふわっとふくらむ髪の毛を揺らしながら、少女が目を輝かせて早口でまくしたてる。

 

「いやいやいや、ゆかりんちょっと落ち着いて!? 装甲も何もないよ!? ていうか段ボールでしょあれ!?」

ふんわりした栗色のミディアムヘアの少女が、双眼鏡を構えたまま素でツッコミを入れた。

 

「でも……ふふっ、なんだか楽しそうじゃないですか」

その後ろでは、おっとりとした長髪の少女が、口元に手を添えながら柔らかく微笑んでいる。

 

「ルールも、装備も、戦車すらなくても……それでも戦車道が好きって気持ちがあるなら、きっと、それも立派な戦いなんだと思います」

控えめに佇むボブカットの少女が、そっと地面を見つめながら静かに言葉を添える。

 

吹いた風が、地面に残された段ボールの破片をふわりと舞い上げる。

それを見送るように、少女たちはゆっくりとその場を離れていった。

 

その背に差す夕陽が、どこかあたたかく、そして少しだけまぶしかった。

 

 

──さらに、数日後。

 

午後の陽射しが差し込む、土肥中女子学園の作戦室という名の倉庫。

かつては見捨てられた道具が雑多に積まれていたその場所も、今では段ボール片と紙コップ、謎の設計図であふれた戦場の司令室となっていた。

 

そんな一角に、珍しく咲あてに茶封筒がぽつんと届いた。

宛名は、手書きでこう記されていた。

 

差出人:西住みほ。

 

「えっ、ええええええええ!?!? うそ!? みほさん本人!? 本物ォォォ!?」

 

東雲咲が声を上げたその瞬間、部屋の空気が震えた。

 

手紙を両手で握りしめ、そのまま膝から崩れ落ちる。

彼女は何度も、何度も、擦り切れるほどに便箋を読み返していた。

 

『皆さんの戦いを拝見しました。とても素敵でした。

あなたたちは間違いなく、戦車道の心を持っています。

どこかで、何らかの形で戦える日を楽しみにしています。』

 

咲の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

それは、心から尊敬する本物に、自分たちの情熱が届いた証だった。

 

「うわあ……これ、一生の宝にする……ラミネートしよ……額に入れよ……」

 

彼女は震える手で手紙を胸に引き寄せ、まるで御神体でも扱うかのように大事そうに抱え込む。

 

「なんか地元の神社に奉納しそうな勢いだな……」

 

苦笑しながら琴葉が呟くと、部屋中にくすくすと笑いが広がった。

だがその笑いは、茶化しでもバカにでもなく、確かな誇りに裏打ちされた温かいものだった。

 

そのとき──

 

「車長、FAX来ました! 『貴校に挑戦したい』って、なんか……謎の学校から!」

 

プリントアウトされた紙を手に、小走りでやってきたメンバーの声が部屋に響く。

咲はピタッと動きを止め、目を見開いた。

 

「挑戦状!? えっ、まさか……うちのエア戦車道にライバルが現れた!?」

 

一瞬の沈黙。

そして次の瞬間、咲はその紙をもぎ取るように奪い取った。

 

「えーと、校名……『北海道立 極北高等学校 脳内戦車道チーム』え、何それ? というか、いつ、ここの活動知った?」

 

琴葉が、咲の横から読み上げながら困惑する。

だが、咲は拳を握り、全身で歓喜のオーラを爆発させていたのだ。

 

「勝負受けた!!  全国は広い、心で戦う強敵(とも)は他にもいるッ!!」

 

彼女の叫びが倉庫の壁を跳ね返り、段ボールの山に響く。

 

次の瞬間、メンバーたちはばたばたと持ち場へ散っていった。

段ボールを被り、ティッシュを丸めだし、手足を大きく動かし始める。

 

すでに試合の準備は、始まっていた。

 

ちゃぶ台の上には新しい戦術メモ、メガホン、そして謎の作戦コードが並びだす。

誰に届くでもない、けれど誰にも止められない「戦車道」が、また騒がしく、そして熱く始動していく。

 

これは、段ボールと空想でできた少女たちの──最も自由で、最も楽しい、戦車道の物語。

 

(完)


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