貴方は帝国によって生み出されたホムンクルス──人造人間です。

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幼女脱出 [記録ファイルNo.1473-10D]

研究施設内には数百の兵士と数千の自動機兵(オートマタ)が監視網を敷いています。

 

貴方の眼球には爆弾が埋め込まれており、不穏な行動を取れば自動で爆発する仕組みとなっています。脱出するには爆発のメカニズムを理解し、人体に及ぶ被害を最小限にしつつ爆弾を除去する必要があります。

 

貴方の見た目は幼い女の子です。荒れていますが長く美しい白髪と、透き通った翠眼を持ち、庇護欲を煽る見目です。無事脱出に成功した場合、適切な庇護者によって保護される可能性が高まります。

 

この施設から脱出してください。

 

──────────────────────

 

 

 

「起動プロトコル、完了しました。No.1473、稼働状態に移行」

 

光が走った。

視覚データ、聴覚、触覚──感覚の定義情報が脳内に次々と書き込まれていく。

私はベッドの上で、ゆっくりと上体を起こした。

 

動く。

それは最初の確認項目だった。

 

私の体は「少女型」に調整されている。年齢換算でおよそ10歳前後。

戦闘用途にしては幼すぎるように思えるが、心理的影響を狙った設計だと、頭の中の知識が答える。

 

起動初日の私はまだ完全体だった。

五本の指があり、握ることも、触れることもできた。

 

「感情モジュール、微弱反応あり。初期状態では問題なし」

「では、初期プログラムの確認を」

「Yes, my order.」

 

私は命じられるまま、機械的に応じた。

「言語確認、完了」

「反応速度、完了」

「命令遵守率、98.7%──良好」

 

研究員のひとりがつぶやく。

「見た目は本当に人形だな。人間らしいのは皮だけか」

「皮膚感覚が過敏すぎる。次ロットでは鈍化調整を」

「でもな···こういうのが好きな連中もいるんだよ」

 

彼らの会話に私は反応しない。

それが正しいと知識に教えられていた。

質問されていないことには、答えない。

感情的な反応は制御違反とみなされる。

 

 

 

午前09:20。

私はコンクリート張りの模擬訓練区画に連行された。自動機兵3体との模擬戦闘──攻撃を全て回避し制圧せよ、との命令。

 

体は軽い。骨格は軽量金属、筋繊維は魔術強化処理済み。

最初の1体を飛び越え、背面の関節に蹴りを入れ破壊。

2体目の関節を極めて肘で叩き折る。

3体目は足を掴み、投げつける。

 

誰かが言う。

「いい動きだ。1473は素体も反応も上出来だ」

「今度こそ失敗作じゃなさそうだな」

 

私はその言葉にどこか“誇らしさ”のような反応を覚えた。

が、それもすぐに消えた。

 

この感情は誇りではない。

報酬を期待する犬の条件反射にすぎない。

 

 

 

午後23:00。

格納室に戻された私は金属ベッドに寝かされた。

眠気という感覚が初めて来た。

それは強制シャットダウンではなかった。

自然な眠りだった。

 

天井を見ながら私は考えていた。

今日、私は何人の人と会っただろう?

──数十人。

しかし誰一人、目を合わせてくれなかった。

 

私は兵器。人間ではない。

人形。番号。実験体。

 

それが初日の結論だった。

目覚めたばかりの私の感情は弱く、言葉にするには未発達だった。

でも──「(このままでは、壊される)」

そんな直感だけは、はっきりと脳に刻みつけられた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

【記録ファイルNo.1473-10D】

 

被験体:No.1473

記録対象:起動から10日目までの行動観察ログ

記録形態:研究員記録/自律行動モニターログ/心理観察補足

 

 

 

 

■【Day 1】

 

初期状態良好。肉体健全。命令順守率も高く、感情モジュールの反応は微弱。

 

 

 

■【Day 2】

 

行動内容:施設内オートマタとの協調訓練。

指示待機・休止ポーズの反復。

 

特筆事項:

・指示に対し数秒の「意味探索の間」が確認される

・自己判断の芽生えの可能性あり

・食事プロトコル訓練中に「味」を意識する様子が確認された

 

備考:

音声記録ログより、感覚への情動結びつきが僅かに観察される。

 

 

 

■【Day 3】

 

行動内容:他ホムンクルスとの非言語的接触。訓練用休息スペースにて。

 

No.1468が一時的にこちらへ視線を向け、唇を動かす。音声は記録されず。

No.1473はNo.1468の挙動を見て一瞬動きを止めるが、即時復帰。

 

「あの子···まさか···」

(夜間記録/誰もいない格納室内、独り言)

 

研究員はこの音声データとバイタルを「一時的な誤作動」と判断し削除。

当該研究員は翌日に処分。

 

 

 

■【Day 4】

 

行動内容:模擬戦闘で敵役として投入されたヒューマノイドを制圧。

 

制圧後、模擬敵の“降伏姿勢”に対して、No.1473が一瞬の逡巡を見せる。

首を折るまでに不自然な0.7秒の遅延が発生。

通常のホムンクルスでは確認されない。

 

研究員らはこの反応を「非効率の芽」として警戒。

 

 

 

■【Day 5】

 

行動内容:自由行動訓練。施設内の「任意選択ルート」を歩かせる試験。

 

No.1473は他の被験体と異なり、最短ルートを選ばずに「遠回り」を選択。

施設の構造を丹念に観察していた。

 

意図的な観察かどうかは不明だが、後の脱出計画において“この日のルート”が正確に再利用されていたことから、この時点で観察・記憶は始まっていたと推定される。

 

 

 

■【Day 6】

 

行動内容:清掃任務中にNo.1435の処分現場を目撃(詳細は別資料を参照)。

脳波変動(感情性帯域)に急激な異常値が確認されたが、同時にそれを自主的に抑え込む回路パターンが確認される。

 

 

 

■【Day 7】

 

行動内容:医療区画での補助訓練。研究員の指示に従い、機材の搬送。

 

後に紛失が確認された導線並びに簡易魔力炉と、No.1473が後の脱出に使用したモノは同一であった。

手元動作は正確、視線は逸らさず、記録映像には発覚の痕跡無し。

 

 

 

■【Day 8】

 

行動内容:旧型ホムンクルス解体処理への立ち会い。

 

No.1321の眼球爆弾が解析される工程にて、No.1473がその手順を“見た”。

脳波変動より「構造理解」に成功したことが確定。

この事実を報告しなかった当該研究員は逃走。

現在は敵国に潜伏していると思われる。

 

 

 

■【Day 9】

 

行動内容:施設構造の“安全試験ルート”見学。

 

偶発的に通されたメンテナンス通路で、非常口の存在を視認。

その扉は通常封鎖されており、通過不能。

 

しかしNo.1473は、非常用魔力炉の管理庫の場所と合わせて記憶していた。

夜間モニタログにて設計図の模写行為が確認されている。

 

研究員の半数が脱走。うち8割を射殺。

 

 

 

■【Day 10】

 

行動内容:夜間、巡回の隙をついて行動開始。

詳細は《脱出記録》に準拠。

魔力炉の暴発により左腕を欠損。

 

眼球爆弾は導線操作によって一時的に無効化。

通気孔と外部の地形を通過し森へ到達。

以後は行方を眩ませている。

 

 

 

◆◆

 

 

 

目を覚ます。冷たい金属のベッド、白い照明。

徘徊する自動機兵の機械音だけが響くこの部屋は、命のないモノだけで構成されている。

 

今宵は比較的警備が手薄だ。

記憶した自動機兵たちの巡回ルートを辿ってタイミングを計算し──私は動き始めた。

 

走る。大きすぎる白衣は脱ぎ捨てた。

靴は与えられていないため、足裏に冷たい金属の感触が伝わる。

自動機兵の視線を避け、一切の音を殺す。

 

···警戒は怠らなかったが、それでも非常用警報が作動した。

 

──誰かが私に気づいた。

いや、私と同じように逃げようとした別の個体が、結果的に囮になったのかもしれない。

それでも私は止まらない。

非情だが止まれば死ぬのは私だ。

 

施設西区画の壁にメンテナンス用の非常口がある。

だがそれは通常、溶接されていて開かない。

 

だから私は用意していた。

この身体でも携帯可能な高出力の簡易魔力炉。

左手で握りしめ、壁に向けて内部のエネルギーを瞬間的に放出し焼き切る。

しかしそれは不安定で──暴発した。

 

爆音と衝撃波。

そして熱線が私の左腕を焼き飛ばした。

焼け焦げた肉の匂い。

骨が露出し、皮膚がめくれる。

···私は絶叫を飲み込みながら、破壊された壁をくぐった。

 

 

 

外に出た。

空気は冷たく、空は星に満ちていた。

初めて吸う“自由”の匂い。

 

だが、センサー付きの追跡ドローンがすぐに動き出す。このままでは捕まる。

 

私は爆弾を抑制する最後の手段に出る。

──すなわち、自らの視神経への干渉。

制御ポートに細工した導線を差し込み、一時的に眼球の信号伝達を遮断する。

 

視力を喪失したが爆弾は無力化された。

その後は片腕だけで木々を掴みながら、森の中を這うように逃げた。

 

やがて、限界が来た。

もう動けなかった。

 

──誰かが土を踏みしめる音。

温かい手。初めて感じる温もり。

 

「······助けて」

「······ああ。もう、大丈夫だよ」

 

私はその言葉にすがるように意識を手放した。

 

 

 


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