MONSTERS   作:谷川春

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第一章 『底辺と最弱』
第一章1 『神様なんていなくても』


 皆、口を揃えて言うんだ。神様に感謝をしろって。嫌なことがあった時も、いいことがあった時も。それらは全て、神様が与えてくださったものなんだと。

 

 ――皆狂ってるよ。ほんとに。

 

 

 〇

 

 

 涼しい風の吹く心地よい季節。まだ日が出てから間もない時間のことだ。

 少年は、暗い部屋で一人、焦った様子でリュックサックに様々な物を詰め込んでいた。間もなく、部屋にひとつついた薄茶のドアを強く開くと、右手にある玄関へと早足で向かった。

 

 玄関のドアを開くと、少しだけひんやりとした風が少年の身を包んだ。吐く息の白さは、まだ新鮮に感じられた。

 

 近所に、生物に関する研究を行っている施設がある。少年はそこを訪れた。自動ドアを通ると、白衣を着た初老の男性がその気配に気づき、気だるげにこちらに振り返った。

 

「ツヅレ、今日も早いなぁ。また何か、聞きたいことがあるのか?」

 

「今日は違うよ、博士。僕は――」

 

 言葉を一度止めると、力を溜め込むように両拳を脇腹あたりまで引き、強く握った。右手を勢いよく突き出し、それと同時に力強く叫ぶ。

 

「僕に、ポケモンをくれ!」

 

 その言葉に圧倒されたのか、『博士』と呼ばれる男性は少しだけツヅレと目を合わせた形で固まってしまう。遅れて、手のひらを上向きにして開き、訴えかけるように身を乗り出した。

 

「いやいや、そりゃ無理だろうよ。大体お前みたいなやつが……いや、俺ァそもそも、ポケモン配ったりしてねぇのよ。慈善事業じゃないんでね。欲しいなら別の、ポケモンくれる博士のところに行きなさい!」

 

 言い切って、ひとつため息を着く。呆れたように、ツヅレを死んだ目でじっと見る。

 

 ツヅレはというと、不満や、怒りを内包した威圧的な表情で博士を睨む。

 

「無理だよ! 今の時代、隣町に行くのだってポケモンなしじゃ危ないんだ。かと言って、近所でポケモンくれる人なんていないし、野生のポケモンは危ないし。これじゃあ一生この町で過ごす羽目になるだろ!」

 

「いやなぁ、ツヅレよ。それこそ今の時代、ポケモン連れて旅に出るなんて、子供のやることじゃねぇよ。

 ポケモンバトルは過激化、ポケモンの酷使が問題になってる。金に困った奴らの暴力事件やらちまちました犯罪行為が後を絶たない。生活が困難だからって闇バイトやら売春で食いつなぐトレーナーも増えてきてる。

 いいか、ツヅレ。こののどかな町で過ごす日常を切り捨ててまで、やることじゃねぇんだ」

 

 博士の懸命な説得は、ツヅレのことを思っての言葉であった。しかし、当の本人はそんなことお構い無しに、わがままを言って聞かない。

 

「嫌だよ、こんな町は。こんな町、何もいい所なんてないじゃないか。きっと外には面白いものだって沢山あるし、友達や、尊敬出来る人だってもっと出来るはずなんだよ。ここに留まってちゃ、それを確かめることすら出来ない……それは、嫌だよ!」

 

 ツヅレはそう吐き捨てると、足早に施設を後にしてしまった。

 

 しんと鎮まりかえって、機械音が無機質に響く空間。博士は頭を掻くと、気落ちした声で呟いた。

 

「俺だって、閉じ込めたくてこうしてるわけじゃねぇんだけどな……」

 

 

 〇

 

 

 勢いで飛び出してしまった。勢い余って、ツヅレ近所の草むらに迷い込んでしまった。

 

「やば……早く帰らないと――」

 

 家の方へと方向を転換した時、目の前に異様な光景が広がっていることに気がついた。

 

 二十体はいるであろう、虫ポケモンの群れだ。恐らく、なんの警戒もなく走ってきたツヅレのことをつけていたのだろう。気づけば囲まれて、逃げることは困難になっていた。

 

「こんなの、どうしろって……あぁ、もう! いっつもこうだ。上手くいかなくて、喚いて暴れる度、それを後悔することに巻き込まれる。こんなことだからあの時も――」

 

 状況と見合わない自虐に気を取られているツヅレ。そんなことは知る由もない、虫ポケモン達の捕食が始まる。一匹のアリアドスがその爪をツヅレへと伸ばした――

 

「ブーバーン、かえんほうしゃ!」

 

 ハリのある声が響くと、続いて炎の柱がツヅレのすぐ横を通り過ぎた。

 

「おい、ツヅレ! ボーッとしてんじゃねぇ! 周りが見えねぇのか!?」

 

 ものすごい剣幕で怒鳴ったのは、あの博士だ。デリカシーが無さすぎるせいで近所では『ぶっちゃけ博士』と揶揄されている、冴えないオッサン。そんな彼が、別人のような必死さを見せていた。

 

 ――僕、ほんとに死にかけてるんだ。

 

「この量は俺だけじゃ対処しきれねぇ! お前にもポケモン貸してやる。生き延びてぇなら戦え!」

 

 モンスターボールをこちらへと投げ、博士はもう一匹ポケモンを繰り出して野生のポケモンと戦う。

 

「僕……は」

 

 右手に握られたボール。中に何が入っているのかすらも知らない。だが――

 

「それでも、ここを切り抜けなきゃ何も見れないままだ!」

 

 精一杯の力でボールを投げる。白みがかった赤い光を放ちながら、その中にいる生命体が身を顕にした。

 

「……は?」

 

 この状況を突破するための救済だと考えていた切り札。しかし実際には、それはなんの当てにもならないほどの小さな存在が繰り出された。

 

「ひ、ヒマナッツ!?」

 

 無慈悲に思えるかもしれないが、しかしヒマナッツというポケモンの雑魚具合は異常。他の追随を許さないほどの最弱、それがヒマナッツなのだから。

 

 不安そうにこちらを見つめるつぶらな瞳がむしろ、可哀想に思えた。

 

「おいオッサン、なんてポケモン入れてんだよ!」

 

「あァ!? トロピウスだって頑張って生きてんだぞ! 文句言ってねぇで戦えよ!」

 

 片手間で話をする博士。しかしその反論にはひとつの大きなずれがあることは明白だろう。

 

「いや、ヒマナッツなんだけど!」

 

「ひ、ヒマナッツ!? ……いや、しかし、それどころじゃ……でも、ヒマナッツかぁ……」

 

 突如として現れた最弱への落胆を顕にする二人。当のヒマナッツはというと、そんな失望の眼差しに目を潤わせていた。

 

「ひ、ひぃまぁ!」

 

 それでも勇敢に大きな虫ポケモンに立ち向かうヒマナッツ。スピアーに向かってはっぱカッターを放った。

 

 スピアーの体にこのはが命中するも、痛くも痒くもないといった様子で、まるでダメージは入っていない。しかし敵意を向けられたことで、眼中にもなかったヒマナッツをスピアーが狙い始めた。その鋭利な針をヒマナッツへと向けるヒマナッツは慄いてしまい、その場で硬直。その隙に背後からホイーガがとっしんしてきた。ノーマルタイプ技の中でも反動技であるとっしんは、ヒマナッツにとって致命的なダメージ足り得るものであった。

 

「既に虫の息……か」

 

 傷だらけで、今にも死んでしまいそうな弱々しい佇まい。痛々しくて見ていられないが、ツヅレはそうも言っていられない。ヒマナッツがやられれば……次は、自分だ。

 

「ヒマナッツ。お前、死にたいか?」

 

 ヒマナッツは必死に首を横に振る。

 

「だよな。だったら、やることはひとつだ」

 

 深呼吸をして、ツヅレは叫ぶ。

 

「死にたくねぇなら死ぬ気で足掻け! そんなもんじゃねぇだろ、ヒマナッツ! はっぱカッターァ!!」

 

 その時だ。ツヅレの渾身の叫びに同調するように、ヒマナッツの周りを不思議なオーラが漂い始めた。

 

「ひ、ひぃ?」

 

 みなぎるエネルギーに戸惑いつつも、決意を新たに、ヒマナッツは司令通り技を繰り出す。

 

「ひぃいまぁ!」

 

 無数の葉が浮かび上がる。先程とは比にならない量だ。そしてそれらが凄まじい勢いで旋回し始めた。周囲の木々すら巻き込んで切り刻む。目にも止まらぬ斬撃は、スピアーやホイーガの体を、絹を裂くような滑らかさで断ち切った。

 

「……え」

 

 何が起きたのか、その場の何者にも知ることは出来なかった。当然だ。これが史上初の、ゼロ・ルーション発動記録であったからだ。

 

「……」

 

 ヒマナッツが、言葉もなくただツヅレへと微笑みかける。

 

「お前……!」

 

 一筋、涙が伝った。それが何故なのかは分からない。安堵も、感動も入り交じっていた。

 

 だが、ツヅレは間違いなく、初めての感覚を味わった。

 

「……こういうのを、報われるって言うのかな」

 

「……?」

 

 ふと口から出た言葉。ヒマナッツは、その意味をよく理解できていないようだった。しかし、そんなことは関係ない。ただ彼にとってヒマナッツは――

 

「お前は、僕の相棒だ!」

 

 ヒマナッツを両手で持ち上げて、額同士をくっつける。少し暖かくて、落ち着く香りがする。そしてヒマナッツの太陽みたいな笑みを見ると少しだけ、心が通ったように思えた。

 

 

 

 

 未だ、僕の世界には神様はいない。でも、それでいいんだ。神様なんていなくても、救いなんてありもしない世界だって、僕にはまだ知らない喜びがいくつもあるのだから!

 

「いや、待てよツヅレ! スッキリした顔してんなよ!」

 

 不覚にも、その存在のことを忘れていた。

 

「博士……え?」

 

 呆気にとられた。博士が、黒服の女性に捕まっている。どうする……助ける? いやしかし、どうやって助ける……?

 

 迷っている内に、女性は痺れを切らしてこちらに話しかけてきた。

 

「君、トレーナーよね? お名前を、教えてくれるかしら」

 

 トレーナーではない。外の世界に出たことすらないのに。それでも、今は名乗りたくて仕方がなかった。相棒とひとつになれたことが誇らしくて。それを称えたかった。だから、声高に叫ぶ。

 

「僕はツヅレ! 除け者で、神様にも見捨てられた……世界一の幸せ者だ!」

 

 僕の滑稽な自己紹介を聞いても、女性は笑わなかった。

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