わたしの名はローズ。
ただのダンジョン探索者だ。
独立都市メルクトアを拠点とし、都市中央部に存在する巨大地下ダンジョンに日々潜る生活をしている。
ダンジョン探索は常に死の危険を伴う。
いつ死ぬともしれぬ身ゆえ、日々の記録を残しておく。
たとえこの身がダンジョンで朽ち果てるとしても、この記録が誰かの目に触れることを願っている。
【神聖暦822年3月20日】
アーン商会の依頼によりメルクトア地下ダンジョンに潜って三日目。
第13層で目的のディン晶石の鉱脈を発見し、採掘作業に入る。
採掘音を聞きつけてホブゴブリンどもが押し寄せてきたが、わたしとパーティーメンバーのセドリックが応戦している間に何とかヘイデンとケネスが必要量を採掘してくれたので、どうにか第12層の安全地帯まで逃げおおせることができた。
幸いにしてヘイデンが片耳を食い千切られた以外は皆軽傷だ。
血止め膏薬を塗ってヘイデンの傷に包帯を巻いてやり、今日はもう休息を取ることにする。
ケネスと交代するまでわたしが不寝番を務めている間、ヘイデンは傷の痛みのためあまり眠れていないようだった。
探索者に怪我は付き物だが、片耳を千切られた程度なら今後の活動に支障はないだろう。
3時間ほどでケネスが起きてきて交代を申し出てきた。
今日の幸運を女神に感謝しながら、わたしも眠るとしよう。
【神聖暦822年4月7日】
クランリーダーのドナテッロがまた辞めると言い出した。
わたしの知る限りこれで8度目くらいだが、誰も本気にしない。
ドナテッロが優れた探索者でリーダーであることは、彼が齢80を超えてもまだ一線に立っていることからも窺える。
むろん普通の80歳の老人にそんなことは無理だが、長年ダンジョンに潜りモンスターを倒し続けた者はその恩寵により肉体が若く保たれる。
事実、80歳の老人であるドナテッロの外見は精々50歳程度だし、戦士としてもいまだに一流だ。
ついでにいうと男としてもいまだに現役で、地上にいる間は後妻のマリアを毎晩抱いている。
マリア本人から聞いた話だが、それはもう凄いらしい。
さすがは前妻と後妻の子が合わせて12人いる男は違う。
ダンジョンで過ごす時間が長くなるにつれ、探索者は次第に子を残しにくくなるという話だが、ドナテッロには当てはまらぬようだ。
いずれにせよドナテッロがダンジョンで死ねば嫌でも誰かが引き継ぐか、あるいは今のクランは解散されるだろう。
それは明日かも知れないし、5年後や10年後かもしれない。
探索者とはそういうものである。
【神聖暦822年4月28日】
クランメンバーのカシムがダンジョン探索でドラゴンスレイヤーをいう魔剣を手に入れた。
ダンジョンに稀に見つかる遺物を地上で鑑定すると、魔法の道具や武具が手に入ることがある。
それら魔法のアイテムはダンジョンを創造した神代文明の遺産だというのが通説だ。
遺物にはある種の呪いがかけられており、『鑑定』という魔法で調べることによって呪いを解呪して本来の姿を現すことができるのだ。
遺物を見つけたらその場で鑑定できれば世話はないが、この魔法はそこそこ希少で独立都市メルクトアにも使い手は数人しかいない。
そこで探索者たちは決死の思いで持ち帰った遺物を鑑定魔法士の元へ持ち込んで金を払って鑑定してもらう。
何が出て来るかはお楽しみ。
使えないゴミが出て来ることもあれば、本物のお宝が出て来ることもある。
今回のカシムは無事お宝を引き当てたようだ。
彼の喜びようは見ていて微笑ましくなるものだった。
クランの中ではまだ経験の浅いカシムにとっては初めての大戦果だ。
売却価格は相当なものになっただろうが、カシムは迷わず自分で使うことを選んだ。
得意げに魔剣を腰に佩くカシムを見たベテラン探索者たちはさっそく『ドラゴンスレイヤーw』とからかい交じりのあだ名をつけたが、それすらカシムにはまんざらでもないようだ。
唯一の問題は、肝心の倒すべきドラゴンが歴史上一度も目撃されたことがないということだが、そこは言わぬが花というものだろう。
【神聖暦822年5月2日】
古馴染みのダニエルと久しぶりに街で顔を合わせたので、二人で酒を飲みに行くことにした。
ダニエルはわたしと同年代の探索者だ。
普段の探索やお互いのクランメンバーの話などで盛り上がり、そのままダニエルの部屋に押しかけて一晩を過ごすことになった。
別にお互い恋人というわけでもないが、たまに顔を合わせてそういう気分になったら同衾する。
それだけの間柄だ。
ダニエルにとってわたしは唯一の女ではないし、わたしにとってもそれは同じ。
ただ彼と一緒に過ごすのは楽しいし、たぶん相性がいいのだろう。
何度目かの精をわたしの中に吐き出し終えたダニエルがすぐ横に仰向けになって体を投げ出したので、筋肉質な腕に頭を乗せるとお返しとばかりに反対の手で彼がわたしの乳房をこねるように揉み始めた。
男っていうのはなぜどいつもこいつもおっぱいが好きなのかね。
何度も絶頂に達した全身が心地よい倦怠感に包まれていて、ダニエルの手を払いのけるのも億劫だったわたしは、頭をぐりぐり動かして腕の付け根のちょうどおさまりのいい場所を確保してから、目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。
ダニエルが今度の探索計画について何か話しているが、行為後特有の眠気に襲われて半分も頭に入ってこない。
体を拭いておかないと明日の朝後悔することになると思いつつ、ダニエルの低い声を子守歌にして睡魔に身をゆだねることにした。
【神聖暦822年5月20日】
ダンジョンで見つかる遺物の中には時に困惑するようなものが見つかることもある。
稼ぎ目的で一週間ダンジョンにこもってようやく遺物を発見したわたしは、パーティーを組んでいたソフィア、タチアナ、エミリアと共に鑑定魔法士の元を訪れたのだが、何というか反応に困るものが出てきた。
「デンジャラスアーマー?」
「そう、デンジャラスアーマー」
細い紐に小さな貝を三つくっ付けたような見た目の物体を示して、わたしと鑑定魔法士は馬鹿みたいな言葉の応酬を繰り返した。
鑑定魔法というのは不思議な魔法である。
使い手が言うには目の前に鑑定をかけた物体の情報が流れるように表示されるのだそうだが、魔法行使中は少々異様だ。
左のこめかみを押さえて焦点の合わない眼差しで恍惚とした表情を浮かべたりしているし、何か『ピピピピピッ』とか『ブーブーッ』とか音が聞こえてくるし、聞いた話では『over 9000!』とか意味の分からんことを口走った後にこめかみが爆発した鑑定魔法士もいるとかいないとか。
正直怖い。
ちなみにこの魔法で鑑定できるのはダンジョンで見つかる遺物やアイテム、素材のみ。
つまり神代文明にかかわるものだけに有効な魔法なのだ。
なぜそんなものを現代人が行使できるのかは不明だ。
一説には古代の探索者がダンジョンから術法を持ち帰ったとも言われているが、真実は闇の中である。
それはともかく、問題は目の前の物体だ。
鑑定魔法によってデンジャラスアーマーという正式名称が判明したこの物体は、どうやら防具の一種らしかった。
遺物を発見したわたしが代表して、というより他の皆が嫌がったのでわたしが生贄となって着用してみたのだが、ほぼ乳首と割れ目しか隠れておらず、アーマーと呼ぶのもおこがましいハレンチ極まりない物体だった。
ただ鑑定魔法士が言うには魔法抵抗力が500もある非常に優れた防具らしく、ダンジョン奥深くに潜むデーモンの破壊魔法にも耐えられるとお墨付きを頂いた。
……売却するか。
と思ったのだが、魔法抵抗力500はやはり惜しい。
何だって神代人はこんな高性能なものをこんなトンデモデザインにしてしまうのか。
ダンジョンの遺物からは魔石を動力にうねうね動く張り型とか卑猥な男女の様子をひたすら集めた絵図集とか実際に交合することのできるゴーレムとか、頭のおかしいものが結構見つかっているのだが、識者いわくそれらは神代文明の豊かさの証なのだという。
ようするに高度な技術や資金、労力をこんな下らないものに費やすだけの余裕が神代文明にはあったのだ。
文明が滅んだこと、人智を越えて強力な武具や術法も数多く見つかっていることを考えると、神代が現代より平和な世界だったとも思えないのだが。
とりあえずデンジャラスアーマーは下着代わり……にはならないから下着の上にでも着けて活用することにしよう。
何かに負けたような気もするが、命には代えられない。
つまらない見栄やこだわりで命を落とした探索者はいくらでも知っているからな。
【神聖暦822年6月13日】
ヴェノムリザードに左腕の肘から下を食いちぎられた。
毒についてはヴェノムリザード用の解毒剤を用意していたこともあって何とかなったが、困ったのは左腕のほうだ。
ヴェノムリザードは口の中に入れたものを丸呑みにする習性があり、わたしの腕も例に漏れずその場で飲み込まれてしまったのだ。
ちなみに虎の子のデンジャラスアーマーはもちろん下着の上から着用していたが、物理的な攻撃の前には無力だ。
苦戦の末にヴェノムリザードを倒し、パーティーメンバーに腹を裂いて腕を取り戻してもらったのだが、千切られるまでの間に鋭い牙で何度も噛みつかれたことと腹の中で強力な消化液に浸されたことでわたしの左腕は原形をとどめないほどボロボロになっていた。
通常の治癒魔法でも傷を塞いだり切り離された組織を接合することなら可能だ。
しかし、失われた器官や部位を再生させることはできない。
オラシオン教会の教皇がそういった高位の再生魔法を行使できるらしいと噂では聞いたことがあるが、そこいらの治癒魔法士や神父にはまず間違いなく不可能である。
魔法以外ではダンジョンの奥深くで見つかることがあるという霊薬であれば失われた体の一部も取り戻せるという話だが、歴史上で数個しか発見されたことがないらしいのでこちらも望み薄だろう。
ズタズタの肉塊となったわたしの左腕はもはや通常の治癒魔法では接合できない。
ダンジョンからの帰還後に治療してくれた魔法士からそう断言されたものの、探索者を引退するつもりがないわたしとしては左腕をどうにかする手段を探すしかない。
いずれにせよまずは療養だが……とりあえず今回は命があってよかった。
女神に感謝を。
【神聖暦822年6月18日】
魔法にも霊薬にも頼らず独自の技術で失われた肉体の再生を可能とする男がメルクトアのアンダーグラウンドにいるという情報を得て、半信半疑ながらもその男の元を訪れることにした。
メルクトアの公権力が届かぬ悪徳と退廃の巣窟、その一角にウィトゲンシュタイン博士と名乗る狂人は居を構えていた。
屋内に入るなり、わたしは顔をしかめずにはいられなかった。
猛烈な血と臓物、腐肉の臭い。
訪問の目的を告げたわたしを地下の研究室へ案内した博士は、そこで異様な申し出をしてきた。
わたしの肉片が欲しいというのだ。
ウィトゲンシュタイン博士曰く、神代の遺物から得られた知識を元に彼が開発した技術は、対象者の肉片から肉体の組織や器官を培養するものなのだという。
条件と時間が許しさえすれば、まるごと一人の人間を培養することすら可能だと博士は唾を飛ばしながら興奮気味に豪語した。
その言葉を鵜呑みにしたわけではないが、博士が肉片から人間を培養、あるいは創造しようと試みていることは、研究室に安置されているものからも察せられた。
半透明の液体で満たされたガラスの容器に詰められた複数の人間の姿。
だが、それらは誰一人として五体満足な姿をしていない。
悪魔ですら目を背けるような光景だ。
肉片さえ渡してもらえばわたしの左腕を再生させることは可能だと博士は断言した。
だが、その報酬として左腕の再生以外の用途に使う肉片も博士は要求した。
何に使うのかと問うと、博士は醜悪な笑みを浮かべてさも当然のことかのように答えた。
わたしの似姿を培養して実験動物として、あるいは肉玩具として思うがままにしたいのだと。
だらしなく歪んだ口の端からよだれを垂らす博士に嫌悪を込めた眼差しを送り、次いでわたしはその背後に視線を送った。
薄暗くて先ほどまで気付かなかったが、研究室の奥に人間が閉じ込められた檻がいくつもある。
博士の口ぶりでは完全な人間の培養にはまだ成功していないそうなので、あの檻の中にいるのは研究に使う肉片を提供させる目的で捕らえられた者たちなのだろう。
こちらの敵意にも気づかず、自らの壮大な『夢』を語り続けるウィトゲンシュタイン博士。
元々半信半疑だったが、とんだ無駄足だったな。
有無を言わさず足払いをかけて狂人の体を引き倒したわたしは、引き抜いた剣を相手の股間に突き立てた。
けたたましい悲鳴を上げる博士の顔を踏み砕いて黙らせてから、切り離した汚らしい竿と玉を剣先で部屋の隅へ弾き飛ばす。
こじ開けた檻の中から解放した5人の男女が気の済むまで博士の体を切り刻むのを見守ったわたしは、ことが終わった後に自死した3人を除く2人の女を連れてアンダーグラウンドを後にし、騎士団の元へ向かった。
対応してくれたサー・ケヴィンに事情を説明すると、彼は苦虫を100匹噛み潰したような見事なしかめっ面を浮かべて騎士たちの分隊をアンダーグラウンドへ向かわせた。
向かったところでウィトゲンシュタイン博士の研究室はすでに焼け落ちているだろうし、そもそも公権力に歯向かうことを生きがいにしているような連中の巣窟で騎士たちがどこまで進めるか分からないがね。
なぜ博士の研究室が焼け落ちていると知っているのか?
さて、どうしてかしらね。
憔悴した女2人を押し付けるとサー・ケヴィンはさらに険しい表情を浮かべたが、突っぱねることはしなかった。
もっと笑えばモテそうな容姿をしたサー・ケヴィンだが、どうにも苦労性が身に沁みついていそうな感じでもったいないと感じてしまう。
まあ、わたしは嫌いじゃないけれど。
【神聖暦822年7月12日】
腕のいい義装具技師に誂えてもらった義肢の調子を確かめるために6人パーティーを組んでダンジョンに潜っていたところ、男たちの集団が少女を強姦している現場に行き合わせた。
周囲を警戒するように見張りをする複数の探索者と、そいつらが囲む中央で14、5歳ほどの少女にのしかかって腰を振る男。
言うまでもなく、男たちはその場で皆殺しにした。
少女は二人いて、犯されていた方の一人はすべてが終わった時にはすでに事切れていた。
もう一人は拘束されているのみでまだ手出しされていないようであったが、ショックのためか話ができない状態だった。
わたしたちは目的を切り上げて保護した少女を連れてダンジョンを脱出し、その足で騎士団の詰め所へ向かった。
偶然か縁があるのか、またしても対応をしてくれたサー・ケヴィンは『またお前たちか』といううんざりした表情を浮かべていたが、わたしたちの説明を聞くとそれは鬼気迫るものに変わった。
ダンジョンでの活動は人目に付きにくい性質上、犯罪が絡みやすい。
ただ強姦に関して言うと実はあまりダンジョン内では行われないのだ。
理由は分かり切っていて、性行為というどう足掻いても無防備を晒す行為をするにはダンジョンはあまりに危険すぎるからだ。
ダンジョンの広大なフィールドで他の探索者と鉢合わせすることはあまりないが、常に魔物に襲撃されたり罠が発動する危険がある。
安全地帯でなら魔物や罠は心配する必要はないが、場所が限られているため休息目的の探索者がいつやってくるか分からない。
それでもなお捕らえた少女たちをわざわざダンジョンまで連れてきて、強姦して殺す理由。
命令を受けたか。
あるいは相当な恨みがあるのか
容貌や立ち居振る舞いからして少女たちはたぶん貴族に連なる者だ。
地上では決して手を出せないというなら、彼女たちの一族はかなりの権力者だろう。
……いや、深追いするつもりはない。
貴族のゴタゴタなどわたしには無関係だ。
わたしはただダンジョンで危機に陥った少女を拾った。
ただそれだけのこと。
皆殺しにした男たちの一人から剝ぎ取ってきた皮ふの一部をサー・ケヴィンに見せる。
皮ふには特徴的な刺青が施されている。
「赤い有翼の蛇……」
「ダンジョンで二人の娘は死んだ。ここにいるのはわたしが拾った哀れなみなしご」
「……よかろう。ミス・ローズ」
「マダムよ、サー・ケヴィン」
わたしの訂正を聞いて少し目を丸くしたサー・ケヴィンがいつもより無防備に見えて可愛い。
連れ帰った娘は相変わらず口を利くことができなかったが、筆談は可能なようだった。
『ありがとう』と。
随分と流麗な文字を書く。
身の上も名前さえもかたくなに明かそうとはしないが、自分の状況は理解しているようだ。
まあいい。
今日は色々なことが起き過ぎた。
早々に身を清めて眠るとしよう。
この子にとって今宵は長く苦しい夜になるに違いないのだから。
とりあえず呼び名がないと困るので少女を『スヴェトラーナ』と名付けたわたしは、彼女を胸に抱いて清潔なシーツにくるまった。
……14、5歳の少女か。
そういえばあの子もちょうどそれくらいの年齢になるのか。
あの方との間に授かってわたしが産み、すぐに奪い去られてしまった美しい赤ちゃん。
あれからもう14年も経ってしまったなんて……。
わたしの腕の中でスヴェトラーナが身じろぎをする。
眠ろう。
長い夜には時として他者のぬくもりが必要だ。
14歳の娘であれ、29歳の女であれ。
たとえそれが気休めであったとしても。