やあ先生、息災だったかな。
その顔、どうやら状況が飲み込めていないようだね。
ここは私の夢の中さ。
この物語を始める前に、どうしても君と話がしたくてね。
勝手ながら招待させてもらった。
まあ立ち話も何だからね、そこのソファへ掛けててくれ。
飲み物を取ってくるよ、何がいい?
紅茶、フルーツジュース、炭酸飲料、一通り揃っているよ。
……バーボン?ふふっ、洒落にならない冗談だね。
ああ、本題に入ろうか。
先生に質問だ。
もし、ある日突然自分と同じ見た目、同じ記憶、同じ性格の偽物が現れたら先生はどうする?
敵対するか、それとも調和するのか。
……困惑するのも無理はない。
そんな存在に出会ったことがあるという人の方が圧倒的に少数派だろうからね。
そう、これから始まるのは本物と偽物の物語。
どちらが優れているか、互いの威信をかけた戦いの物語だ。
失礼、また回りくどい言い方をしてしまったね。
最近の流行に沿って表現するなら『ここだけティーパーティーの偽物が現れた世界線に対する先生方の反応集』とでも言うのかな?
最近は本だけでなく電子の海も泳ぎ回っていてね、少し詳しいんだ。
そして偽物といえば、キヴォトスに伝わる古則にこんなものがある。
『名画と同じ画布、同じ絵具で描かれた複製画に価値はあるのか』というものだ。
つまるところ、完璧に再現された偽物を欲するくらいなら、もう本物を手に入れればいいではないかという話だ。
どんなに精巧な作りでも、本物を目指した偽物である以上はオリジナルの下位互換でしかなく不必要で無価値なものではないか、と。
しかし当然この話にも指摘すべき点は多い。
必要だから、価値があるから増やされて、そして与えられた役目を果たしているのだから無価値だなんてあり得ない。
考え方は人それぞれとはいえ、あまりにも極端だ。
思うに、きっとこの言葉を考えた者は偽物を生み出す側だったのだろうね。
否定して欲しかったのだろう。
『偽物に価値は無い』という、自身の歪んだ認識を。
さて、前置きが長くなったね。
ここまで話していたことはまあ、忘れてくれたまえ。
ただの世間話に、記憶に刻みつけるほどの価値は無い。
最後に。これから私は、私たちはたくさんの間違いを重ねるだろう。
皆がそれぞれの信念のために、また別の誰かを傷つけることになる。
だから、先生には支えになって欲しいんだ。
この馬鹿げた争いによって傷ついた者たちの、心の支えに。
おっと、そろそろ幕が上がる時間だ。
どうか背を向けず、目を背けず……最後のその時まで、しっかり見ていてほしい。
私の始めた『物語』を。