時を同じくして、ハナコとコハルはヒフミたちとは少し離れた公園近くで休憩を取っていた。
そこは自治区の中でも整備の行き届いた大きな公園で、噴水を取り囲むようにベンチがいくつも置かれている。
「じゃあ、ちょっとお手洗いに行ってくるから」
「はい、ここで待っていますね。でもコハルちゃん、一人でできますか?お手伝いしましょうか?」
「何のよ!いらないってば、このバカ!」
顔を真っ赤にして走っていったコハルの背を見つつ、ハナコはこれまでの情報の整理を始めた。
今日は本来平日であるはずだが、急に一般生徒を対象に休みの連絡が入った。
逆に言えば、一般ではなく学園にとって重要な生徒は登校の義務があるということ。
ティーパーティー、シスターフッド、正義実現委員会……。
一体何が始まろうとしているのか。
昨日捕らえた模倣ヒフミの件と関係があるのだろうか。
昨日はミメシスのヒフミを交えて遊ぶにあたって、セイアから事前に忠告を受けていた。
彼女だけ見た目がヒフミと一切区別がつかないことが気になる。
だから注意して見ていてくれ、と。
そしてそのセイアの直感は当たっていた。
最初こそ少し幼いヒフミという印象しかなかったのが、途中からどんどんヒフミと同じ振る舞いに近づいていき、後半はほとんど区別がつかなくなっていた。
正直不気味だった。
まるで高校生の着ぐるみを着た何か別の生き物が混じって、一緒にはしゃいでいるような、そんな違和感。
そして夕方にはセイアから連絡があり、ミメシスのヒフミは連行されていった。
その時アズサが匂いを辿ってすぐに判別していたが、さすがは特殊部隊出身だと思わず感心した。
そして次に気になるのは、彼女が拘束された理由だ。
おそらく自分達とは別行動していた模倣セイアに何かあったのだ。
そこでミメシスたちは危険だとわかる情報がトリニティ側に伝わって、拘束に至ったのだろう。
では、その内容は何なのか。
あくまで一般生徒でしかないハナコには詳細は伝えられていない。
ここから先、どのように情報を集めようかと考えていると……。
「あの、"ブルアカ"のリアイベってこの辺りでも参加できるんですかね……?」
「あっはい、大丈夫だと思いますよ」
気付けば周囲に市民がぽつぽつと増えてきているのがわかった。
彼らは"ブルアカ"と呼ばれる何かのイベントの参加者のようだ。
一体どれほどの規模のイベントなのだろう。
平日であるにも関わらず大人たちが皆スマホを見ながら歩き回っている。
ここまで人を惹きつけるブルアカが何なのか気になったハナコは、ネットで調べてみることにした。
(ブルアカ……ブルーアークカタストロフ?)
公式サイトのあらすじには、何気ない日常が惨劇へと変わり、方舟の乗船権を奪い合う物語とある。
それがソーシャルゲームであることはわかったが、詳しい内容まではわからなかった。
モモッターを見てもクリア報告や達成感に浸る投稿ばかりで、いまいちゲームのジャンルが見えてこない。
そこでハナコは、近くにいる二人組へと尋ねてみることにした。
「あの、すみません。私も"ブルアカ"を始めたいのですがどうにもわからない点が多く、よろしければご指導いただけませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ!僕ら事前登録ミッションの『アリウス戦』経験してるんで、一通り教えられると思います!」
振り返った二人のうち、片方はさわやかな笑顔で快く応じてくれた。
しかしもう片方はハナコを見て少し驚いた表情をし、隣の友人に待ったをかける。
「ちょっと待って、この子トリニティ生だよ?」
「え?あ、ほんとだ……」
すると先ほど応じてくれた市民の表情に困惑の二文字が浮かぶ。
トリニティ生に知られては都合の悪いことでもあるのか。
ほんの気まぐれで調べたことだったが、どうやら思っていたよりも休校の件と関係がありそうだ。
先ほどの『アリウス戦』といい、もう少し詳しく聞く必要がある。
「……ご心配には及びません。『諸々の事情』は把握しています。私はただ、一人のプレイヤーとして参加したいのです」
もちろんハッタリだ。
事情なんか把握してないし、ここで聞いた内容は全てトリニティへ報告するつもりだ。
これで通じるかどうか……。
「そうだったんですね、わかりました。ではアプリのダウンロードをして、まずアカウント登録をしましょうか。お姉さん、クレジットカードは持ってますか?カード番号の連携が必要なんです」
「えっ?あ、ええ、まあ……」
最近のゲームはそういうものなのか?
普段あまりゲームをしないハナコは思わずたじろいでしまう。
正直、情報収集のためとはいえ個人情報の中でも重要度の高いカード番号を渡すのは気が引けた。
名前だけなら偽名などで誤魔化せるかと思ったが、カード会社に登録されている情報をゲームの運営に見られた場合、トリニティ所属である自分への情報漏洩を避けるためアカウント登録を止められる可能性がある。
一か八かで登録してみるか、ハナコが財布を取り出そうとしたその時……。
『みなさ〜ん!ブルーアークカタストロフ リアルイベント『トリニティ解放作戦』はまもなく開始となります!お手元にスマートフォンの準備はできていますか〜?』
いつの間にか公園のそこかしこに置かれていた大型のスピーカーから、女性の声が響き渡る。
それを聞いた市民たちは一斉に顔を上げ、期待に満ちた表情で辺りを見回している。
しかしハナコにはアナウンスの声が酷く不快に聞こえた。
例えるなら、録音した自分の声を聞いた時のような、あの感じ。
(そんな、まさか……!?)
すると目の前の二人も何かに気付いたような顔でこちらを見ている。
「あれ、この声お姉さんの声とそっくりですね。あ、もしかして運営の方だったりします!?サプライズとか!」
非常にまずいことになった。
セイアからミメシスについて話を聞いた時、ティーパーティーとヒフミ以外の生徒のミメシスも存在する可能性は考慮していた。
しかし、よりにもよって最悪のパターンを引いてしまうとは。
だがこれはチャンスでもある。
運営になりすまして彼らから情報を引き出すべく、ハナコは呼吸を整え口を開く。
「ええ、実は私は……」
『違いますよね?オリジナルさん♡』
「!?」
突如後ろから声をかけられた。
今度はスピーカー越しではなく、直接発せられた声で。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました!『責任を負う』準備はできていますか?』
マイクを片手にハナコの横を通り過ぎ、市民の注目を集めながら噴水へと歩いて行く少女。
その顔はハナコもよく知る顔である。
そして少女は振り返り噴水に腰掛け、不敵な笑みを浮かべながらハナコの目を真っ直ぐ見つめ、語りかける。
『ふふ、やっと会えましたね。私のオリジナルさん♡』
彼女はトリニティ総合学園二年生 補習授業部所属、浦和ハナコのミメシスだった。
「え、どういうこと?お姉さんが二人いる……」
「でもちょっと色違うよね?2Pカラー的な?」
市民たちはハナコが二人いることについて驚いている様子だった。
しかし当のハナコたちは既に思考をその先まで巡らせている。
『こんなところで出会うとは、運命というものは本当にあるのかもしれませんね』
『ですが、今はあなたに構っている時間はありません』
動揺で言葉を発せずにいるハナコをよそに、模倣ハナコは立ち上がり再び市民へ向けて話し始めた。
『皆さん、まずは『シッテムの箱』を起動させましょう。システム接続パスワードは事前にお伝えした通り、皆さんご存知ですね?ではご一緒に、せーのっ!』
「「「……我々は望む、ジェリコの嘆きを。」」」
「「「……我々は覚えている、七つの古則を。」」」
何やら呪文のような言葉を口にした途端、市民たちのスマートフォンから次々と通知音が鳴り響いた。
そして画面を開くとそこには小学生くらいの少女が映っており、こちら側へ話しかけてくる。
『『シッテムの箱』へようこそ。就任おめでとうございます、今日からあなたは先生です』
『ようこそ』『ようこそ』『今日から』『おめでとうございます』『先生』『シッテムの箱』『ようこそ』『就任おめでとうございます』『今日から』『今日』『今日』『おめでとうございます』『今日からあなたは先生です』『シッテムの箱』『ようこそ』『就任おめでとうございます』『今日から』『今日』『今日』『おめでとうございます』『ようこそ』『ようこそ』『今日からあなたは先生です』
街中の至る所で同じ音声が聞こえる。
市民たちは困惑と、これから始まるゲームへの期待が混ざり合ったような顔で画面を見ている。
『私はシッテムの箱のメインOS兼、ブルーアークカタストロフのナビゲーター兼、愛を司る者、A.R.O.N.A。私のことはあだ名で、コロナとお呼びください』
片目の隠れた銀色のロングヘアーに、オレンジ色のセーラー服の少女は微笑みを浮かべそう名乗る。
『さあ、この私の指に、先生の指を当ててください』
画面の向こうからカメラに向かって人差し指を示すコロナ。
指示に従い指を添える市民。
直後、その市民の目前に青黒い光の柱が立ち上がった。
そして、同じような現象が街の至る所でも起こっている。
数秒後光は消え、そこにはユスティナ信徒のミメシスが佇んでいた。
「おお!近くで見ると迫力あるなぁ……!」
目を輝かせる市民。
あちこちで棒立ちになっているユスティナ信徒。
異様な光景だった。
(ミメシス、トリニティ解放作戦……っ!)
ハナコはこの後起こる事態を即座に理解し、怖気が走った。
「司会者さん、このゲームは……」
『ええ、ご想像の通りかと。ですが念のため、改めて説明させていただきましょう』
本物を凌駕している優越感からか、模倣ハナコの表情は余裕に満ち溢れていた。
『ブルーアークカタストロフ!それは、何気ない日常が惨劇へと変わり、方舟の乗船権を奪い合う物語』
『皆さんは先生としてサポーターのコロナさんと共にシッテムの箱を駆使して、そちらのユスティナ信徒を指揮していただきます』
『ボイスチャット機能も搭載されていますので、遠隔地からでもミメシス同士で会話することが可能となっています』
説明を聞いていた市民が、目の前のミメシスを見ながらスマホへ向かって話しかける。
「ボイスチャット?あーあー」
『ボイスチャット?あーあー』
「おお……!」
『そして随時公開されていくミッションに従い、敵を打ち倒していってください!』
『つまり、皆さんは力を手にしたということです!このキヴォトスから全ての悪人を排除することのできる、神にも等しい力を!』
『そしてノアの方舟の逸話のように、正しい心を持った人々が心地よく生きられる世界を共に作りましょう!』
模倣ハナコの演説に市民たちは大歓喜している。
その様子に彼女はすっかり機嫌を良くし、さらに説明を続ける。
『さて、最初のミッション『トリニティ解放作戦』ですが……』
「動かないで」
そんな模倣ハナコの後頭部に銃口が突きつけられる。
それは補習授業部兼、正義実現委員会所属、下江コハルのものだった。
「コハルちゃん……!」
一人で心細かったところに親友であるコハルが駆けつける。
しかしミメシスたち全員を相手できるほどの戦力は当然こちらには無い。
模倣ハナコは余裕を崩さずゆっくりと両手を上げ、顔をコハルの方へ振り向かせる。
『あら、コハルちゃん。いきなり銃を向けるだなんてご挨拶ですね?この行為は正義のためのもの。コハルちゃんとも意見が合うと思うのですが……』
「ふざけないで。この怪物たちは何?あんたの仕業?もう正義実現委員会へは連絡済みよ。すぐにでも引っ込めさせなさい!」
『さて、困りましたね。どうにかご理解いただきたいのですが…………ねっ!』
言い終わると同時に模倣ハナコは体勢を屈め、コハルへ足払いを繰り出す。
「きゃっ!?」
「コハルちゃん!」
コハルはその場に倒れ込むが、即座に体勢を立て直し模倣ハナコへ銃弾を打ち込む。
ハナコもそれをサポートするために銃を構え、自身の分身へ向かって攻撃を開始した。
『うふふふふふふふふふ♪』
しかしそれらの銃弾はただの一発も模倣ハナコへは当たらなかった。
彼女は素早い身のこなしとアクロバティックない動きで銃弾の雨の中をバレエのような動きで潜り抜けている。
そんな中、ハナコはコハルの元へ駆け寄った。
そして二人と向かい合うように、模倣ハナコは銃も構えず堂々と両手を広げて立っている。
「コハルちゃん、大丈夫ですか!?」
「平気よ。にしてもあいつは何なの?あんたの偽物にしては強すぎない?」
ハナコもコハルと同意見だった。
正直、戦闘は得意な方では無い。
当然、二人から同時に発砲されてそれを全て躱せるような運動能力も持ち合わせていない。
一体なぜ?
その疑問に答えるように模倣ハナコは口を開く。
『あなたたちの弾丸は全て見えていますよ?まるで止まっているかのように。当然、オリジナルの浦和ハナコには無い力です』
『私はあのお方との取引で、弾丸を全て見切れるだけの視力と、無茶な動きを実現できる身体能力を手に入れました。本来私の役目はブレーンですが、護身くらいはできないといけませんからね』
「取引?代償に何か支払ったようですね。あなたは一体何を……」
ハナコが言い終わらないうちに、模倣ハナコはハナコとコハルの間へ瞬時に移動してきた。
そして後ずさるハナコのライフルを蹴り上げ、模倣ハナコはそれと同じ形の銃を抜き、ハナコへ向ける。
「ハナコ!!」
直後、銃口から火花が飛び出す。
あやうく命中するところだったが、ハナコは身を捻り間一髪で躱す。
「あっ!」
しかし、発射された弾丸のうち数発がハナコの鞄を掠め、破れたところから本がバサバサと溢れ、床に散らばった。
それらはハナコが様々な目的で日頃持ち歩いている、成人向けの本たちだった。
『あなたはまたこんなものを……っ!』
それを見た模倣ハナコは、まるで汚物でも見たかのよう本から目を逸らした。
そして怒りのままに銃を本に向かって撃ち込み、辺りを紙屑だらけにしてしまった。
『汚らわしいっ!自身の役目も果たさずこんなものにうつつを抜かして!それなのに……!』
模倣ハナコは怒りに歪み、本物なら決してしないであろう表情をしている。
そして一度呼吸を整え、市民たちへ向かって声をかけた。
『ふーっ……。さて先生の皆さん、ご覧いただけましたか?このようにトリニティ生は野蛮で強欲な、善悪の区別のついていない罪深い存在なのです!』
『彼女たちには正しさを伝える大人の皆さんの力が必要なのです!今こそ狂気で閉ざされたトリニティを解放し、方舟へ乗るに相応しい教育をしてさしあげましょう!』
『トリニティ解放作戦、開始!!』
模倣ハナコの合図と共に、ユスティナ信徒たちが一斉にハナコたちへ視線を向ける。
一方で市民たちにはまだ戸惑いがあるようだった。
「え、これ押したら本当に攻撃するの……うわっ!?」
一人の市民がスマホを操作したところ、目の前のミメシスがハナコへ向かって発砲を始めた。
それを見た他の市民たちも『試しに』といった様子で攻撃を始める。
「まあトリニティって前からちょっとお高く止まってるとこあったよな」
「とりあえずみんなやってるし、一応撃っておくか。参加報酬だけでも結構いいアイテム手に入るし」
「ちょっと銃弾当たったくらいじゃ死なないでしょ?」
ミメシスたちが次々とハナコたちへ攻撃を始める。
「ハナコ、逃げるわよ!」
このままではまずい。
コハルはハナコの手を引いて急いでその場から逃げ去った。
『こんな本ばかり見ていないで、もっと日頃からトリニティのために手腕を振るっていればもっと対抗することもできたでしょうに』
『どこまでいっても自分本位。あなたの怠慢が友人を、トリニティを殺すことになるんですよ』
『わかるんですよ、同じ存在だから。結局、あなたが愛しているのは自分だけ』
「っ!」
銃声と、それに驚いた無関係の市民たちの悲鳴で辺りは騒然となっていた。
にも関わらず、その言葉だけははっきりとハナコの耳に入り、棘のように彼女の心に突き刺さった。