気がつくと私は一人小さな公園に立っていた。
遊具があって、砂場があって、ベンチがある、どこにでもある普通の公園。
しかし周りに誰も人はいない。
何かして遊ぼうとは思うが何をすればいいかわからない。
小さい頃は公園に来ても本ばかり読んでいたが、しかし今手元に本は無い。
どうしようかと物思いに耽っていると、足元を小さな蟻が歩いているのが見えた。
『!るぎ過カデ、ついこだんな』
『!!たし身変に物け化の狐がアイセ園合百!だアイセ』
『!!だんるめ集を兵もらか区治自ィテニリト!べ呼を援増』
蟻たちは自分の周りをうろうろと歩いている。
公園で遊んでいる子どもたちはどうしてたっけ。
確か、こうやって足で踏みつけたりしていたな。
試しに蟻が固まっているところに靴を乗せ、ぐりぐりと地面に擦り付けてみる。
そして足を退けると、そこには黒い小さな粒が点々と落ちているだけになった。
それらはぴくりとも動かない。
その時私は言いようもない高揚感に包まれた。
そうか、あの時あの子たちはこんな楽しい遊びをしていたのか。
それからは今までの遅れを取り戻すかのように周囲の蟻をひたすら潰して回った。
タップダンスをしたり、トランポリンで遊ぶように大きくジャンプしてから思い切り両足で着地したりして、逃げ惑う蟻たちを悉く潰し尽くした。
「きゃああああああはははははははははははは!!!!きゃあ!!きゃあああああああああ!!!!」
あまりの楽しさに思わず奇声を発してしまう。
それなのに全く息切れはせず、どこまでも走っていけそうなくらい今の私は万能感に満ちていた。
そんな時、一つの疑問が湧いた。
この公園内の蟻をすべて踏み潰したらどうなるんだろう?
幸い、蟻はまだまだ沢山公園内にいる。
せっかくだからやってみよう。
あの時あの子たちは途中で友人や親に止められていたけれど、今の私を止める人は誰もいない。
そして私はその好奇心に従った。
遊具に登っている蟻を手で叩き潰し、砂の城を蹴り飛ばし、途中で面倒になったので大きな石でまとめて轢き潰したりもした。
『?すでんな者何体一たなあ……アイセ園合百』
一匹だけしぶとく生き残る蟻がいたので、そいつだけは念入りに何度も石を叩きつけておいた。
すると視界の端に、二匹の羽蟻が歩いているのが見えた。
おそらく女王蟻だろう。
大きな体に生えた立派な羽は私にある遊びを思い出させた。
「あれは確かトンボでやるものだったかな。まあ、とりあえず試してみよう」
自分の知識欲を満たすため、一匹の羽蟻へ手を伸ばし優しく掴み取った。
そして対となる羽をそれぞれ両手の指でつまみ、左右へ引っ張る。
『やだやだやだやだやだやだやだやい痛い痛い痛い痛!!い痛!!てめやんゃちアイセ!!だや』
途中までゆっくり引っ張っていたが、少し千切れかかったところで最後は思い切り引きちぎった。
片方の羽が千切れ、その先端には何かとろりとしたものが付いていた。
「ふむ、やはり両方同時には千切れないんだね」
そう言いながら羽蟻を片手で地面に押さえつけ、残ったもう片方の羽も引きちぎった。
そして今度はもう一匹の羽蟻に手を伸ばす。
『!!!!ああああああああああやい!っ嫌!!いさなんめご!いさなんめご!いさだくてし許!いさなんめご!んさアイセいさだくてっ待!嫌、っい』
今度は片手で胴体を掴み、細い首で支えられる立派な頭部を触っていた。
蟻の顎の力は強い。
この小さな体で自分の体より大きいものを運んでしまうのだから驚きだ。
その頭部の耐久性や可動範囲を確かめるべく頭を指でつまみ、軽く揉んでみたり、左右に回転させたり引っ張ったりしてみた。
「あっ」
そこで力の加減を誤ったせいで首が取れてしまった。
取れた直後、羽蟻はひとしきり手足を激しく動かした後そのまま動かなくなった。
「なんか、思っていたほど楽しくはなかったな」
そう思い後ろを振り返ると、そこにはたくさんのシロツメクサが生えているのが見えた。
自分だって女の子だ。やはり美しい花には目を惹かれる。
その時、冷めかけていた感情に一気に火が入った。
そして気がつけば、その花の方へ思い切り駆け出していた。
「きいいいいいいいいいいっ!!!!だああああああん!!」
花畑に思い切り飛び込み、花の香りを堪能する。
これだけあれば花冠を沢山作れるぞ。
彼女たちの分も作ってあげよう。
「みたまえミカ、ナギサ!!いっぱいお花があるよ!!いっしょに花冠をつくろう!」
しかし振り返っても誰もいなかった。
「ミカ?ナギサ?あれ、だれだっけ……」
気がつけば知らない名を呼んでいた。
興奮しすぎておかしくなったか。
気を取り直し、シロツメクサを両手いっぱいに掴んだ。
「!いさだくてけ分に私、をり怒、をみし悲のたなあ!いさだくてしま覚を目!んさアイセ」
「!!んせませさてんなに人一てし決をたなあ」
そしてそれらを摘み取ろうと力を込める。
その時だった。
『もうお終いにしよう、姉さん』
そんな私を後ろから誰かが優しく抱きしめた。
そして私の手を取り、花を手離すよう促した。
後ろを振り返ると、そこには自分と似た高校生くらいのお姉さんがしゃがんでこちらを見ていた。
「ねえさん?だあれ?わたし、トリニティようちえん、ゆりぐみのゆりぞのせいあだよ!」
『うん、自己紹介できて偉いね。私は……私もセイアだよ。さあ、みんなのところへ帰ろう。みんな心配しているよ?』
「えっ、でもまだおはなでかんむりつくってない……」
私は名残り惜しむように手元の花を見る。
『そうだね。でもそのお花さんたち、すごく怖がっているよ?優しくしてあげなきゃ』
「うーん……わかった!おはなさんごめんなさい!」
そうして私は花から手を離す。
『いい子、いい子。それじゃあ帰る方向はこっちの道をまっすぐだからね。振り返らず、寄り道せずに帰るんだよ』
「わかった!お姉さんもいこ!」
一緒に帰るように提案したが、なぜだか彼女は悲しそうに首を横に振った。
『私は一緒には行けない。君が元の姿に戻るには、同じ神秘を持つ誰かが反転の代償を肩代わりする必要がある。だから、私は君と同じ方へは行けない』
『大丈夫、離れていても私はいつでも君の味方だよ』
このお姉さんの言っていることはよくわからなかったが、なんとなくダダをこねて困らせたくないと思った。
「うーん、わかった。じゃあセイアおねえさん、バイバイ!」
そうして別れを惜しみつつ、私は明るい方へ走り出した。
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「…………さん、セイアさん!ナギサです!私がわかりますか!?」
セイアが目を覚ますと、ナギサが涙を流しながらこちらを覗き込んでいるのがわかった。
まだ頭がぼんやりとしている。
「ナギ、サ……?」
彼女は服が泥だらけで、髪も激しく乱れている。
一体何があったのか。
少し前の記憶が無い。
重たい体をゆっくり起こして周囲を見回す。
確か学園から離れて、タクシーで逃げていたところトリニティまで連れ戻されたところまでは覚えている。
「…………え」
そこは確かにトリニティ総合学園前の広場だった、はずだ。
地面は抉れ、そこかしこに動物の足跡のようなクレーターができていた。
そのどれもが戦車のような大きさをしている。
そして木々は薙ぎ倒され、飾られていたオブジェはどれも粉々になっていた。
そして辺りにはミメシスのようなものがそこら中に散らばっており、トリニティ生は倒れ、うめき声を上げていた。
思い出した。確かに感触を覚えている。
踏み潰して、叩き潰して、それから……。
ふと腰元を見ると、模倣セイアの亡骸がまるで姉を守るかのように覆い被さっていた。
「セイアさんが大きな狐になって暴れ出した後、亡くなられたはずのミメシスのセイアさんの体が起き上がって、セイアさんのところへ歩み寄って行ったんです」
「そしてそのままあなたを宥めるように抱きしめて、そうしたら狐の姿から元に戻っていって……」
ナギサが涙ながらに模倣セイアのしてくれたことをセイアに伝えている。
セイアがおそるおそる彼女の亡骸を起こすと、その顔は眠るような、とても安らかな顔をしていた。
そして役目を終えたかのように体が端からぽろぽろと崩れ始め、最後には灰のように崩れ去り、風に乗って飛んでいってしまった。
手元には、模倣セイアの使っていたスマートフォンが一台ぽつんと残されているだけだった。
「…………あ、あああ、あああああああああああああああああ!!!!」
セイアは半狂乱になり、銃を手に取りそれを咥え込もうとした。
「セイアさん!!!!」
ナギサが慌ててセイアを取り押さえ、地面に押し倒して抱きしめている。
「諦めないでください!!私たちがついています!!一人にならないで!!」
セイアは体力を使い果たしたのか、暴れるのをやめた。
まだ呼吸は浅く、顔は苦痛に歪んでいる。
「わ、私が、私のせいで……肩代わり……あの子が……!」
セイアの言っていることは理解できなかったが、ひとまずナギサは落ち着かせることに専念した。
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『メフィスト様、ご無事ですか?』
かろうじて生き残ったユスティナ信徒がメフィストの元へ駆け寄り手を差し伸べる。
『あ、ありがと……!まあ何とか生き残ったけど……うぐううっ!残機三割くらい持って行かれた!あの化け狐め、私ばっかり集中して狙っちゃってさぁ……!』
『まあでも、『収穫』もあったし結果オーライかな?』
メフィストは己の右手を愛しそうに見つめている。
するとメフィストの上空を数台のドローンが飛んでいくのが見えた。
『お、何かする気だな〜?ハナコちゃん……!』
そのドローンはスピーカーを備えており、広場全体に音声が届くようばらけて配置された。
『『先生』のみなさ〜ん!諦めるのはまだ早いですよ?今こそお手元のクレジット……いえ、大人のカードの出番です!生徒さんたちを元気にしてあげましょう!』
模倣ハナコのアナウンスが流れた直後、遠隔地からミメシスを操作していた市民のスマートフォンの画面に、片目の隠れた銀色のロングヘアーとオレンジ色のセーラー服の少女が映り込んできた。
『先生!シッテムの箱のメインOS兼、ブルーアークカタストロフのナビゲーター兼、愛を司る者、コロナです!』
『生徒さんが負けてしまったようですね!ですが大人のカードがあれば大丈夫です!藍輝石を購入し、百二〇個使用することで生徒さんを復活させることが可能です。もうひと頑張りしましょう!』
地獄はまだまだ始まったばかりだ。
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学園前の広場では、ナギサが懸命に救助活動を行っていた。
「どなたか、動ける方はいますか!?外部への遠征部隊の帰還を早めるよう伝えて……」
『お互いボロボロですね、ナギサちゃん?』
ナギサが振り返ると、少し離れたところにメフィストが立っていた。
彼女も相当のダメージを受けているとはいえ、まだ動く余裕はありそうだった。
それに加えて、さっきまでぴくりとも動かなかったユスティナ信徒たちが次々と立ち上がり始めた。
反転したセイアの猛攻撃を喰らったにも関わらず、まるでゾンビのようにゆっくりと起き上がりのそのそと歩き出す。
『よしよし、みんな起きてきた。おーい、ミネちゃん!セイアちゃんに千切られちゃったミカちゃんの羽根とナギサちゃんの首、ちゃんとくっついた?』
『どうにか縫合は終わりました。心臓は動いていますので、じき目を覚ますでしょう。全く、この体でなければ不可能な話です』
『素晴らしいでしょ、ミメシス!』
模倣ミネとメフィストはまるで一仕事終えた後のように笑い合っている。
『さてと、セイアちゃんとナギサちゃん揃ってるし、まとめて縛っちゃおっか。ミネちゃん、麻酔ある?また変に暴れられても困るし、一回眠らせた方がいいと思わない?』
『麻酔は痛みを和らげるためのもの。敵の拘束であれば締め落とせばいいだけの話です』
『うわー脳筋。まあそれでいこっか!』
メフィストと模倣ミネがナギサの方を見る。
セイアは意識が朦朧としていてとても動ける状態ではなく、ナギサはセイアを抱えて少しずつ後ずさる。
しかし、このまま敵の思い通りになってしまう。
そう思いつつも敵を真正面から睨みつけることしかできないナギサだったが……。
メフィストと模倣ミネが歩き出した瞬間、模倣ミネが突然爆発と共に大きく横へ吹っ飛ばされた。
『きゃああっ!?』
『ミネちゃん!?あぐあぁっ!?』
「なっ、何が!?」
続いてメフィストも同様に吹っ飛ばされる。
ナギサは二人が飛んでいった方を見て、横から爆撃されたのだと理解する。
そして反対の方へ視線を向けた。
「マリーちゃん、もっとスピード出せない!?」
「もう少しいけます!ミカさんも振り落とされないよう、お気をつけください!」
「りょーかい⭐︎」
ナギサの視線の先には、こちらへ走ってくる一台のバイクが見えた。
バイクには黒いライダースーツの生徒と、その後ろに白い制服を着た生徒の二人が乗っていた。
シスターフッド所属、伊落マリーとティーパーティー所属、聖園ミカである。