一方その頃、戒野ミサキは朝顔ハナエと共にセーフハウス内をかけ回っていた。
「誰か!X型とY型の血液型の人はいませんか!?友達に輸血が必要なんです!」
「救護騎士団からもお願いしています!該当する方は是非ご協力をお願いします!」
その血液型は、ミメシスたちの攻撃を受けたアツコと連れ去られたサオリのものだった。
特にアツコは『ロイヤルブラッド』と呼ばれる特別な出自のため、探すのにも一苦労だった。
「ごめんなさい、私該当しないです」
「私も……」
簡単には見つからないが、ミサキは諦めなかった。
自分のことは簡単に投げ出せるつもりだったが、どうやら友人の場合はそうはいかないらしい。
(自分のことはどうでもいいと思ってた。けどアツコは、サオリ姉さんは駄目……!)
そうして避難所の生徒へ血液型を聞いて回っている時、ついに一致する生徒が現れた。
「はい、私は確かにその血液型と一致しています。すぐに……」
「待って、この子アリウスだよ」
しかし、隣にいた友人らしき生徒はミサキへ疑いの目を向けていた。
事実、過去にトリニティを襲撃したスクワッドの一員であるミサキに言えることは何も無い。
隣にいるハナエも不安そうな顔でその様子を見ていた。
緊急とはいえ、強制できるものではない。
断られそうな気配を感じていたミサキは次の生徒のところへ向かおうと考えていた。
しかし、提供を申し出た生徒の答えは予想に反するものだった。
「確かに、エデン条約調印式の件が消えて無くなったわけではありません。ですが、アリウススクワッドの方々には同じ学舎の方を救っていただいたとも聞いています」
「そのどちらも、無かったことにしてはいけません」
生徒は一切の迷いを見せず、強い意志を感じさせる目でミサキの目を見る。
「……私から頼んでおいて何だけど、本当にいいの?」
ここまで真っ直ぐに、条件も無しに協力してくれるとは思っていなかった。
戸惑いながら尋ねるミサキへ、その生徒は優しい微笑みを浮かべながら答える。
「そんな疑問すら浮かばなくなる、いずれはそんな間柄になれたら素敵ですわね」
「……もう片方の血液型に心当たりがある。ちょっと電話するから待ってて?」
隣の友人も納得したのか、スマホを取り出してどこかへ電話をかけ始めた。
「す、すみません!さっき私は一致しないって言ったんですけど、友達に一致する人がいました!すぐ来てくれるって!」
先ほど断られた生徒もそのまま終わりにせず該当する者を探し、わざわざ伝えに来てくれた。
「これだけ集まればアツコさんは助かります!サオリさんの方は怪我の程度がわからない以上判断が難しいですが、一般的な基準で必要な血液の量は満たせる想定です!」
ハナエの言葉を聞いて安心したのか、ミサキはその場にへたり込んでしまった。
「ありがとう、ございます……っ!」
まだ何も終わっていないのに、立ってもっと働かなければならないのに。
しかしそんなミサキを責める者は誰もおらず、ハナエは優しい顔でミサキの背中をさすっていた。
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廃校を改装したセーフハウス内の保健室には、特に集中して治療が必要な生徒が運び込まれていた。
秤アツコもその一人である。
「…………ん」
そして輸血を受けた彼女はしばらくの間意識が無い状態が続いていたが、ついに目を覚ました。
「ア、アズサちゃん!アツコさんが目を覚ましました!」
「んん……っ!?アツコ!大丈夫!?私がわかる!?」
「私、ハナエさんに連絡します!」
アツコの側にはアズサとヒフミがついていた。
アズサはベッドにもたれかかるように寝ていたようで、寝ぼけながらもすごく心配している様子だった。
「うん、大丈夫。意識もはっきりしてる。それよりここは?」
「トリニティの代表、ナギサのサーフハウスの一つだ。ミメシスに襲われた後、みんなでここへ逃げ込んだ。ミサキやヒヨリも一緒だ」
アズサがこれまで起こったことを説明していると、ハナエとミサキが保健室へ入ってきた。
「アツコ!!」
「ミ、ミサキさん。お静かに……!」
「あっ、ごめん……」
「そっか、みんなのおかげで私は助かったんだね。ミサキ、ハナエ、アズサ、そしてヒフミもありがとう」
笑顔で礼を言うアツコを見て、ヒフミは胸が締め付けられる思いだっだ。
自分のせいでアツコが怪我を負ったも同然だからだ。
「お礼を、謝罪をしなければいけないのは私の方です。あの時私がデコイを出すのに失敗したからアツコさんが大怪我をして、そのまま起きなかったらって思ったら……。本当にごめんなさい」
震える声で頭を下げるヒフミ。
アツコはそんなヒフミを見て、首を横に振る。
「これは私が自分の意思で行動したことだから、ヒフミのせいじゃないよ。そもそも、ボロボロだった私を最初に介抱してくれたのはヒフミでしょ?誰かが悪いなんてことはないんだよ」
アツコの言葉に同調するようにミサキも付け加える。
「そうだね、むしろ心配なのはヒフミの方だよ。この間もブラックマーケットで暴れたって話を聞いたけど、あれ偽物だよね?」
ミサキには目の前の少女が、私利私欲のために他人を傷つけるような人間にはとても見えなかった。
「はい、私はブラックマーケットでお買い物をしたことはありますが、そんなことはしていません。どちらにせよ褒められた話ではありませんが……」
「でも、あの日ミメシスたちに襲われて、強盗と間違えられて、でも自分のしてきたことを考えたら完全に否定しきれなくて、それでも本当に怖くて……!」
周りの人間を助けるために気丈に振る舞っていたヒフミだったが、彼女はずっと恐怖と闘っていたのだ。
いつ再び襲われるかわからない恐怖と、自身の偽物がまた罪を重ねているのではないかという恐怖と。
アズサは安心させるように震えるヒフミの肩を抱き、その場の全員へ声をかける。
「もうアリウスだとかトリニティだとか、そんなことにこだわっていられるような状況じゃない。一度ナギサのところへ相談に行こう」
「今はヒヨリが今後の作戦についてナギサと話してくれてるはず。アツコとヒフミはここで休んでて。ナギサのところには私とアズサで行くから」
保健室を出ていったアズサとミサキの後ろを、少し遅れてヒフミが追いかけてきた。
「ヒフミ!?」
「私も行きます!何ができるか、今はまだ答えを出せません。でもアツコさんみたいに、私も自分のやることは自分で決めます!」
(怖くても立ち上がる。以前私たちの虚しさを真っ向から否定した時も、こんな感じだったのかな)
意志を固めたヒフミ、アズサ、ミサキはナギサのいる会議室を目指した。
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その頃、浦和ハナコは荷物をまとめ、セーフハウスを出る準備をしていた。
その脳裏に焼き付いているのは、必死に逃げる際にもう一人の自分からかけられた言葉。
『こんな本ばかり見ていないで、もっと日頃からトリニティのために手腕を振るっていればもっと対抗できたでしょうに』
『どこまでいっても自分本位。あなたの怠慢が友人を、トリニティを殺すことになるんですよ』
『わかるんですよ、同じ存在だから。結局、あなたが愛しているのは自分だけ』
彼女の言葉にハナコは内心同意していた。
もっと日頃からティーパーティーやシスターフッドなどと協力しておけば。
卑猥な本なんて読まず、聖書や兵法書を読んでいれば。
寄り道なんかせず、自分のすべきことだけに集中していれば。
そうすれば、友人たちに怪我を負わせることもなければ怖い思いをさせることもなかっただろう。
そして今も、その友人たちは恐怖と戦いながら前に進んでいる。
自分のように、己の利益のことしか考えていないような卑怯者に、ここにいる資格は無い。
そして何より、この期に及んでまだ逃げ出そうとする自分自身に彼女は心底失望していた。
玄関へ続く廊下を歩く。
これからどうしようか。
自分にはミメシスを殲滅できるような戦力は無い。
せいぜい一、二体倒すのが関の山だろう。
本当に無価値で、役に立たなくて、できることと言えば避難所を出て、自分の分少しでも物資の消耗を抑えることだけ……。
「ハナコ!!」
今一番聞きたくない声だった。
どんなに劣勢でも決して諦めることなく戦い続ける彼女の姿は眩しすぎる。
彼女と一緒にいると自分の自分の惨めさをより強く実感させられてしまう。
「コハルちゃん……」
「こんなところにいた、探したわよ!お願い、あいつらをやっつける作戦を思いついたからあんたに協力してほしくって……」
「無理ですよ」
「ハナコ……?」
「私にはできません。ミメシスにも言われました。寄り道なんかせず役目を果たしていれば、もっと被害を抑えられただろうって」
「求められることから逃げて、日頃ふざけてばかりいて、そのせいで巡り巡って皆さんにも取り返しのつかない大怪我を負わせてしまいました。ですからもうこれ以上迷惑をかけないよう、私はここを出ます」
ハナコの目にハイライトは無く、顔も真っ直ぐ前へ向けて、その目はどこを見ているのかコハルからはよくわからなかった。
「最後まで役立たずですみませんでした。コハルちゃん、どうかお元気で……」
そのまま歩いて行こうとするハナコの手を、コハルはがっちりと掴む。
「一回座らない?私、まだお喋りし足りないんだけど」
コハルは包み込むような優しい声色でハナコを引き留める。
二人は近くの空き教室に入り、隣同士の席に座った。
「ていうか、ハナコでもそんなこと思うのね。少し意外な一面だったかも」
「……」
「私も寄り道ばっかりして、正義実現委員会なのに先輩たちみたいにカッコよく活躍できなくて、おまけに成績も悪いからあんたたちと出会う羽目になったわ」
「最初はこんなところすぐに抜け出そうって思ってたけど、今はそうは思わない。変なやつばっかりだけどみんないい子で、誰も成績で人を馬鹿になんてしない」
なおもハナコは口を開かない。
「ねえ、あんたの偽物が言ってたことは本当に正しいの?寄り道もせず役目を果たすことだけを考えるって」
「そうしたら私みたいなのは、補習授業部はどうなるの?能力だけ見て、その人となりから目を逸らして、役に立たないからいらないなんて言ってたら、人の気持ちがわからない人間になっちゃうわよ!?それこそ、あんたの偽物みたいに!」
「私はそれを、寄り道しないことを正しいとは思わない!」
「!」
ハナコの目に光が戻る。
言われてみればその通りだ。
それと同時に親身になってくれる友のありがたさにも気付かされる。
自分だけでは歪んだ認識を正せなかった。
戻ってこられたのは間違いなく隣の友のおかげだ。
「そ、それに!あんたがいないと寂しいの!私だけじゃなくて、ヒフミもアズサも、先生だって絶対に同じことを言うわ!わかってないみたいだからハッキリ言うけど!」
「コハルちゃん……」
そうだ、自分にはまだ愛してくれる友がいる。
その友のためにも、まだ諦めるわけにはいかない。
「だから、手貸しなさい!あんたの皮を被って好き放題やってるあのムカつく奴を、一緒にやっつけにいくわよ!!」
コハルは力強い目でまっすぐとハナコを見つめ、ハンカチを差し出す。
その暖かさについには堪えきれなくなり、ハナコはたまらずコハルに抱きついた。
「ちょっ、加減しなさ……いや、やっぱりいいわ。気が済むまでこうしてなさい」
コハルはしばらくハナコの背をさすっていた。
やがてハナコの震えが収まり、改めて二人は目を合わせる。
「ちょっとはマシな顔になったんじゃない?」
「コハルちゃんのおかげです。本当にありがとうございます。それから……」
「いい雰囲気だったので言えなかったのですが、皮を被ってという表現はどうにもいやらしさを感じてしまいますね♡」
「あんたねぇ!!」
親友の復活を喜びつつ、不埒な発言に憤りを感じるコハルであった。