にせティーパーティーの逆襲   作:みかん目薬

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第3話:後悔

トリニティの生徒たちが続々と立ち上がる中、セイアは未だ暗闇に囚われたままだった。

 

「どうだった、セイアの様子は?」

 

先生の問いに対しミネは首を横に振る。

 

「外傷も無く生命活動に問題は無いのですが、ベッドからは動けず、食事も受け付けないので点滴で栄養補給せざるを得ない状態です」

 

セーフハウス会議室にて、ミネと先生はセイアについて話していた。

トリニティの生徒に死者は出なかったものの、模倣セイアを助けることができなかったことによる後悔を各々が抱えており、空気は重かった。

それは後から部屋に入ってきたナギサもミカも同様だった。

 

「セイアちゃん、私たちが声をかけても反応しなくて。焦点も合ってなくて、私たちが見えてないみたいだったよ……」

「念の為飲み物と食料は置いてきました。少しでも手をつけてくれると良いのですが……」

 

二人の表情も暗い。

 

『自分がもっと適切な行動をしていれば』と誰もが考えていた。

しかしそれを口にしてしまうと、『いいや自分のせいで』などと他の者も同調してしまう悪循環に陥ることはわかりきっていた。

何より、そんなことをして一番傷つくのはセイアである。

 

今できることは、後悔を飲み込みながら前へ進むことである。

トリニティを取り戻すために。

 

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「…………」

 

セイアは静かな個室でベッドに横たわっていた。

それ以外のことは何もせず、ただひたすら天井をぼーっと眺めているだけだ。

 

考えているのは、妹を助けられなかったことと、怒りに囚われ仲間まで傷つけてしまったこと。

どうすればよかったのか、どこから間違えたのか、かつて予言の大天使と呼ばれていた彼女からは想像もつかないほど、今のセイアは『過去』にしか目を向けられていなかった。

 

本当はやらなければならないことが山ほどあることを理解しつつも、大切な者を失った痛みは彼女をベッドへと縛り付けていた。

 

しかしどれだけ落ち込んでいても人間の体というものは正直で、眠気というものは自然とやってくる。

知らず知らずのうちにセイアは眠りに落ちていた。

 

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「はっ!?」

 

そして気がつけば、セイアは公園の中に一人ぽつんと立っていた。

そこは自身が怒りに囚われ破壊の限りを尽くした時と同じ、あの公園。

 

(あの時の公園だ。でもあの時とは違って自分の意識がはっきりしている。これは一体……?)

 

戸惑うセイアだったが、そんな時ふと後ろに人の気配を感じた。

 

 

 

『やあ姉さん、息災……では無いだろうね』

 

そこには死んだはずの模倣セイアが立っていた。

 

「あ、あああ……!セイア!セイア!!どうして?夢だからか!?いや違う。すまない、私のせいで君を助けられなかった!本当に、もう後悔しても遅いのに……」

 

模倣セイアに縋り付くセイアを、彼女は優しく抱きしめる。

その顔はとても安らかだった。

 

『姉さんたちのせいではないよ。これは私が選んだ結末だから』

 

模倣セイアはゆっくりとセイアを立たせ、二人で近くのベンチに座る。

 

『最後に少し、話がしたかったんだ。本当は全て一人で抱えて消えるつもりだったが、それよりもきちんと話しておいた方がいいと思ってね。あと、やっぱり一人で消えるのが寂しくなったというのもある』

 

『だから最後に夢を通して会いにきたんだ。百合園セイアの偽物としてではなく、感情を持った一人の人間としての私の人生を、誰かに知って欲しかった』

 

言い終えると同時に辺りの景色が変わり、気がつけば二人は映画館の中にいた。

模倣セイアは両手にジュースとポップコーンを持っている。

 

『姉さんの分もあるよ。なに、こういうのは重く捉え過ぎず、ポップコーン片手に眺めるくらいが丁度いい。さあ始まるよ、姉さん。私の記憶の上映会が』

 

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私たちはトリニティ地下から通じる地下墓、カタコンベの中で生まれた。

正確に言うなら、ある時突然気が付いたらそこに立っていた、と表現すべきだろうね。

 

殺風景な洞窟の中に不自然に置かれた洋風のテーブルと椅子、周りにはミカとナギサが居た。

 

『何だここは……?』

『セイアちゃん、ナギちゃん?』

『ここはトリニティではないのですか?』

 

そしてそこに、あの悪魔が現れた。

 

『おお〜!申し訳程度の茶会要素としてテーブルとか置いてみたけど、本当にティーパーティーのミメシスが作れるなんて!やっぱり思念って自分に馴染みのある物の側に集まるんだね!』

 

『あなたは、ヒフミさん……?これは一体……』

 

『あ、そっか!違う違う!私はメフィストフェレス、メフィストって呼んでね!えっと、私はあなたたちを生み出した研究者で、この姿は借り物なの。だから私はヒフミちゃんではないんだ!』

 

この軽薄そうな女はメフィストと言うらしい。

とてつもない怪しさを感じるが、まずはその目的を聞かなくては。

 

『なるほど。時にメフィスト、君の狙いは何なのかな?トリニティのティーパーティーを集結させるなんて』

 

『いいや、今は特に無いよ?ただティーパーティーのミメシスを作れるかなーって!だから君たちは自由に行動していいんだよ』

 

『勝手に生み出しておいて、何て身勝手だと思うだろうね。けど、せっかくならこの人生をエンジョイして欲しいかな?』

 

『何であれ、君たちはこの世界に生まれてきてしまったのだから』

 

そう言ってメフィストは去っていった。

 

『好きなようにと言われましても、何をしましょう?』

『う〜ん、私はナギちゃんとセイアちゃんと一緒に居られるなら何でもいいかな?』

『とりあえず、外に出ていろいろ見てみようか』

 

そうして私たちは外の世界を見にいった。

綺麗な街、活気のある通行人たち、たくさんの目を惹く売り物が置いてあるショッピングモール、記憶にはあるのにどれも新鮮に見えた。

 

けど、二人はあまり目を輝かせてはいなかった。

 

『いいなーとは思うけど、どうせ買えないもんね?』

『まあ私たちは食べなくても生きてはいけますし、眺めるだけで十分ですね』

『だよね。それよりさ、私帰ったらトランプやりたい!三人で遊んでる方が楽しいし!』

 

二人とも少し出歩いただけで飽きてしまったようだった。

手に入らないからと諦めて現状に満足する。

私はそんな二人が、向上心の無い怠け者に見えていた。

 

この時の私は、自分は二人とは違うと強く思い込んでいた。

百合園セイアの記憶にあるのはミカやナギサと違ってベッドで寝ている記憶か、読んだ本に関する知識ばかり。

だからこそ、より強く外の世界に惹かれたんだと思う。

 

そして今日外の世界に出て、改めてその素晴らしさを認識した。

こうしてその煌めきに取り憑かれた私は、いつしか暗い地下で燻っているだけの愚かな人生なんて到底受け入れられなくなっていた。

 

その後、一番愚かなのは私だったと気付くことになるんだけどね。

 

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『えーっ!?セイアちゃんバイト始めるの!?しかも接客業!?向いてないよ!』

『だ、大丈夫なんですか!?お客さんと喧嘩してすぐクビになる未来しか見えないのですが!?』

 

『二人とも私を何だと思ってる!シフトは日中だから夕方までには戻る。じゃあ、行ってくるよ』

 

そうして私のアルバイト生活が始まった。

人間というのは、自分の記憶の中では争いごとの絶えない醜い生き物という印象だった。

けど、アルバイトを通して実際に見てきた人たちは想像していたよりもずっと温かく、思いやりのある人たちばかりだった。

もちろん陰湿な者も中にはいたが、悪目立ちしているだけで実際はごく少数だった。

 

『ただいま、ミカ、ナギサ。今日も廃棄のサンドイッチとケーキを貰ってきたよ』

『わーい☆待ってたよセイアちゃん!』

『毎回毎回、本当に良いのですか?私たちは何もしていないのに』

 

『いいんだよ、店長さんからのご厚意だから。生きるのに食事が必要なくても、君たちにもこの味を知って欲しいんだ』

 

『それから、これを君たちに』

『ありがとうございます……って、これは!』

『なになに?』

 

私はミカとナギサにスマートフォンをプレゼントした。

もちろんおしゃれな最新機種など買えないから、中古の安いものではあるけれど。

 

『これで離れていても連絡が取り合える。まだ携帯会社との契約はしていないから、公共の電波を拾って使うしかないけど……ってうわっ!』

『ありがとうセイアちゃん!だ〜いすき!』

『セイアさん、ありがとうございます』

 

喜びのあまり、ミカだけでなく普段はお淑やかなナギサまでもが抱きついてきた。

思えばこの時が私にとって一番幸せな時間だったんだろうね。

 

でも、私はここで選択を間違えた。

もっと二人に喜んでほしかったし、もっと女の子らしい、華やかな日々を形だけでも送ってほしかった。

いつかは本物にも負けないいい生活を手にするんだと、私はより一層仕事に力を入れていった。

二人が本当に欲していたものにも気付かず。

 

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『あの、セイアさん。今日お時間空いてますか?よろしければミカさんと三人で久しぶりにお出かけでもしようかと……』

 

『ああすまない、今日もバイトなんだ。ええと、次予定が空くのは五日後くらいになりそうかな?』

 

『そう、ですか……。どうかご無理はなさらないでくださいね?』

 

『わかっているよ。じゃあ、行ってくる』

 

私はこの日、何が何でも二人のそばにいてあげるべきだったんだ。

その先に待っているのは華やかな日々などではなく、友を蔑ろにした愚か者への懲役刑だったのだから。

 

『最近セイアちゃんバイトしてばっかりだね〜?』

『ええ、ですがそのおかげで私たちも少しずつ生活の質が上がってきてはいますが……』

 

『でもセイアちゃんがいないの、やっぱり寂しいよね』

『そうですね……。やはり私たちもアルバイトを始めた方が良いのでしょうか?外に出て、そこで新しい人と出会って、関係を築いて、セイアさんだけに依存しないようにしたほうが……』

 

 

 

『やっほ、久しぶり!最近どう?君たちの近況聞かせてよ!』

 

そこへ現れたのがメフィストだった。

 

『……なるほど、仕事にかまけてばかりのセイアちゃんに、蔑ろにされるナギサちゃんとミカちゃん……。いやそれなんて昼ドラ?その後どっちか浮気して拗れるパターンじゃん』

 

『そこまで大袈裟な話ではないのですが、夢を持って邁進するセイアさんに、このままでは置いていかれてしまうような感じがするんです』

『私もセイアちゃんに追いつきたい!なんか、目標がある人ってかっこいいもん。私もあんな風になりたい!』

 

『うんうん、これだけ想ってもらえてセイアちゃんは果報者だね。じゃあさ、まずは二人も目標を持ってみるのはどう?』

 

『目標ですか?』

 

『そ!例えばセイアちゃん。君たちが使っているそのティーセット、お洋服に化粧品、全部セイアちゃんの稼いだお金で買ったものだよね?』

 

『私が思うに、セイアちゃんは二人にもっと女の子らしい華やかな日々を送ってほしいって思ってるんじゃないかな?目標の一つはおそらくそれ。』

 

『それともう一つ、彼女自身そんな生活に強い憧れを抱いている。他人のためと自分のため、二つの原動力があるから彼女はここまで頑張れるってことだね』

 

『なるほど。でしたら私の目標はずっとこの三人でいること、それと、胸を張って生きられるよう他者の役に立つ行いをすることです』

 

『じゃあ私は……うん!やっぱり三人一緒がいい!それと、先生に会ってみたいかも……。記憶の中に強く残ってる、私に優しくしてくれた人』

 

『いいじゃんいいじゃん!じゃあ次は、その目標を実現するために具体的に何をすべきかを考えないとね』

 

『具体的に……』

『う〜ん難しくなってきた……』

 

『ふふ、実は私にいい考えがあってね?それは……』

 

 

 

『君たちのオリジナルが通うトリニティ総合学園を乗っ取ること!』

 

『ええ!?は、犯罪行為じゃないですか!!』

『テロリスト!テロリストだよナギちゃん!もしもしヴァルキューレ!?』

『駄目ですミカさん!電話会社と契約していないので通報できません!』

『ああっ!盲点!!』

 

『さすがに冗談。でもね、実は君たちに見てほしいものがあって。ほら、この記事見て?』

 

"トリニティ総合学園はエデン条約調印式襲撃事件の際に被害に遭った一般市民への対応が不十分であるとして、インターネット上で非難が集中している"

 

『これは……』

 

『記憶にはあると思うけど、君たちが生まれる少し前に大きな事件があってね、おそらく上層部は自分たちの学園と生徒だけをケアした後、周辺住民への対応については揉み消す算段なんだと思う』

 

『その上層部が……』

 

『そう、君たちのオリジナルが取り仕切るティーパーティーさ。他にも表に出ていないような悪どいこと、いっぱいやってるみたいだよ?テザリングでネット使えるようにしてあげるから、調べてみるといいよ』

 

『とまあこんな感じで、今のティーパーティーは腐敗した政治家の集まりとも言える。だからこそトリニティには腐った部分を切り落とし、皆をまとめ上げる優秀なリーダーが必要なのさ。たとえば、オリジナルと同じだけの力を持つ君たちとか、ね』

 

『どうかな?もし君たちがトリニティを解放できれば、バイトなんかせずとも華やかな生活を送り、ティーパーティーとして人の役に立ち、ついでに業務を通してシャーレの先生とも会うことができて、三人ずっと一緒にいられる。いい案だと思わない?』

 

『で、ですが、いくらなんでも無関係の人々まで巻き込んでテロ紛いな行為を働くなど……』

 

『うん、そう思うのは君が真っ当な感性を持っている証拠だよ。世の中君みたいな子ばかりなら、きっと虐げられる人なんて生まれないんだろうね。この件については一度、セイアちゃんとも相談してみるといい』

 

『あ、そうだ。最後に君たちにおまじないをかけてあげよう!どっちにしてもセイアちゃんばりの行動力は必要でしょ?だから君たちに『勇気』をあげる。二人ともおいで?』

 

『えっ。は、はぁ、おまじないですか?ではお願いします……』

『意味あるの?まあとりあえずかけてもらおっかな……』

 

 

 

『よし、できた!二人とも私の話に付き合ってくれてありがとう!お礼に最近のトリニティや先生に関する情報を送るね!じゃ、またね!』

 

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『ただいま、ミカ、ナギサ。実は今日シフトの相談をして、予定を一日空けてもらえることになった。君たちの都合のつく日、一緒にどこかへ出かけないかい?』

 

『その、今朝せっかく誘ってくれたのに、無愛想な断り方をしてしまったと思ってね。お詫びと言っては何だが、トリニティで人気の店のケーキを買ってきたんだ。一緒にどうだい?』

 

『あら、お帰りなさいセイアさん。別に気にすることなどありませんのに』

『あ、セイアちゃんおかえり!私たちもセイアちゃんに話したいことがあるんだ!』

 

いつも通りの声にいつも通りの反応。

そのはずなのに、何故か私は違和感を感じていた。

何か大事なものが抜け落ちてしまっているような、そんな違和感。

 

 

 

『美味しいね★』

『だろう?ここはトリニティ自治区内でも特に人気の店でね、運良く買えたんだ。他にも美味しそうなものがあったから、次はそっちを……』

 

『外の世界の人たちは、毎日こんなものを食べているのですか?』

『毎日?いや、健康のこともあるし毎日ではないだろうが、食うに困らないのは間違いないね』

 

違和感はさらに強くなる。

怖くなった私は話題を逸らすことにした。

 

『そうだ、二人とも見てくれ!今日出勤前にトリニティ総合学園の校舎近くまで行ってきたのだけどね、すごく大きくて綺麗な校舎だったよ!他にも街並みとか、こっちはバイト先でみんなで撮った写真さ!』

 

私はナギサの機嫌を伺うように、これまで撮ってきた外の世界の写真を見せる。

しかしナギサの機嫌はみるみる悪くなり、写真に写る人々を恨めしそうに見ている。

 

『この写真も、こっちも、皆さん楽しそうですね』

『そ、そうさ!私たちもうまく社会に溶け込むことができればいつか……』

『反吐が出る……!』

 

『ナギサ……?』

『おろしたての良い服を着て、ヘラヘラ笑って、そんなに私たちの境遇が無様で滑稽に見えますか?』

 

『な、何を言っているんだ?彼女たちはそんな人たちじゃない!』

『そうでしょうか?私には彼女達の笑顔は、私たちに対する侮蔑と嘲笑にしか見えませんがね』

 

『侮蔑?嘲笑?馬鹿を言うな!彼女らが私たちの境遇を知っているはずがないだろう!一体どうしたんだ!?君たちを蔑ろにしたことを怒っているのか!?』

 

『何故私たちと彼女たちでこんな格差が生まれるのですか?能力だって、容姿だって劣っていないのに!私たちの方が必死で頑張っているのに!!』

 

『苦境を味わったこともない、大した努力もせず!それなのに良い思いをしている。そんな資格もないくせに!』

 

『違う!彼女たちは自分の青春を謳歌しているだけだ!それは万人に平等に与えられる権利で、資格を手に入れる必要なんかない!』

 

『平等?』

『っ……』

『平等、確かに仰る通りですね。彼女たちからすれば、私たちのような道端の石ころなんて目にも入らないでしょう。仲間内だけで富を独占し、それを平等と言い張る。何て卑しい!!』

 

(ダメだ、話にならない。私がいない間に一体何があった!?)

 

ナギサは私が見せた写真の一つを指差す。

校舎の写真の一枚で、ティーパーティーのテラスが写っていた。

 

『……時にセイアさん、ミカさん、提案があります。この写真に写っている、無能な政治しかできない呆けた女共を引きずり下ろせば、私たちがその椅子に座ることもできるようになる。そう思いませんか?』

 

ナギサのあまりの変貌ぶりに私は何て言い聞かせればいいのかわからず、ずっと黙っていたミカが先に口を開いた。

 

『私も許せないよ。先生はみんなのものなのに、一部の人たちが独占してる。私は会ったことすら無いのに。ねぇナギちゃん、私も先生とお話ししたいし、お姫様になりたいよ!』

 

『なれますよ!ミカさんだってたくさんの苦労をしてきたでしょう!物語のヒロインになるのは得てしてそういった女性たちなのですから!シンデレラのように!』

 

『先生もきっとあなたを愛してくれるはずです!』

『ほんと!?じゃあ私もナギちゃんと一緒に行く!』

『セイアさんも、ね?』

 

そう言ってナギサは私に手を差し出す。

 

私にはナギサやミカが愛に飢えている子どもに見えた。

欲しているのは物や肩書きであっても、その根底にあるのは他者からの愛を求める心。

 

そして、仮に肩書きや持っている物を奪えても、その人たちが受けていた愛までは奪えない。

そんな簡単な理屈を言い聞かせることすら不可能なほど、手遅れになっていることを私は悟った。

 

私は間違えた。

私は彼女たちに物を与えるのではなく、一緒の時間を過ごして愛を与えなければならなかったんだ。

けど、今の私では二人の心に空いた穴を埋めてあげられない。

 

そして私は二人を止めるため、その手を取るふりをした。

 

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私はこのことをメフィストに問いただした。

すると奴は自分のしたことを、まるで研究成果を自慢するかのように嬉々として語ってきた。

 

奴の話によると、ミカとナギサはトリニティや先生の情報を得る代わりに、感情を抑制するブレーキを失う取引をしたらしい。

それによってミカは先生への好意とそれを邪魔する者への怒りを、ナギサはトリニティへの怒りを抑えられなくなっていた。

 

それを聞いて怒り狂った私は、それらを取り戻すためにメフィストに戦いを挑んだ。

だが奴には勝てなかった。

 

『はあ、はあ…………ぐっ!』

『無理だよ、セイアちゃんじゃ私には勝てない。それにこの取引は二人の同意の上で成立してるんだよ?君が保護者面して横からどうこうしようだなんて、おかしいと思わない?』

 

『よくもぬけぬけと……!何が取引だ!一方的に騙したようなものじゃないか!!』

 

『そもそも生まれた時からおかしかったんだ!私もミカもナギサも、記憶の中にある本物の私たちと行動が明らかに違う!私たちはミメシス、複製であるはずなのに!私たちに一体何をした!!』

 

『何をしたっていうか、最初から違うというか……。ああ、マエストロくんが複製って言い始めたのが浸透しちゃったのかな?あれ、厳密に言えば間違いだからね』

 

『例えばユスティナ信徒なんかもそう。彼女たちだって業務以外では普通の女の子だったはずだよ。でもミメシスって、その人の感情以外にも周りの人からのイメージだとか、関係ない他人の感情だとか不純物も入り込むわけ』

 

『特に現代なんて、当時の彼女たちを知る人はもういない。あるのはこわ〜い拷問をするシスターさんってイメージだけ。そんな人々の念が集まって形を成したのが現代のユスティナ聖徒会、そのミメシスなんだよ』

 

『つまり、君たちミメシスは模倣であって複製ではないのさ。君の場合、他人からのイメージを含む、百合園セイアの記憶と能力を持って生まれた別の存在って言えばいいのかな?』

 

『それと、記憶があるとはいえ生まれたばかりの君たちでは本物とは精神年齢の差もあるからね。今の君たちはだいたい八歳くらいかな?』

 

『そりゃあ本物とちょいちょい違う性格にはなるよね〜。まあ、きちんと言うこと聞いてくれるなら私はどっちでもいいけどね』

 

『人の命をおもちゃみたいに……!!』

 

『まあ、君たちからしたらたまったもんじゃないよね。今私が何を言っても煽りになりそうだし、これ以上はやめておくよ。それよりさ、君は二人を止めたいわけだよね?』

 

戦闘では止められそうもない私に、別の方法として奴は取引を持ちかけてきた。

一つ得る代わりに一つ失う、シンプルな話だった。

 

『等価交換だよ。あ、そうそうこないだそれがテーマの漫画読んだんだけどね?あれめっちゃ面白いよ!?今度貸してあげるね!バイト先の人との共通の話題にもなると思うよ!』

 

『ああ、話が逸れたね。それじゃあ前置きはこのくらいにして、君に力を授けよう。代償は私が指定するね?大丈夫、思考に関する部分や生命活動に必要なものは奪わないよ』

 

『それと、この間君が並んで買ってきたケーキ、私も並んだことあるけど目の前で売り切れちゃってさ。明日再トライしてみるよ。きっと、何倍も美味しく感じると思うから♪』

 

こうして私は以前百合園セイアに備わっていた、未来予知の力を手に入れた。

取引は二回行った。

一回目は予知能力を手に入れるため、二回目はその精度と利便性を向上させる改造を受けるために。

 

 

 

そして取引が終わったその瞬間、私はこの結末に至るまでの全てを目の当たりにした。

 

『……は?え、あ、死?あ、あああ…………んぐっ、お"え"え"ぇ"っ!!』

 

そのあまりの恐ろしさに、私は胃の中のものを全てぶちまけてしまった。

そして、何を失ったのかを身をもって知ることになる。

 

『はあ、はあ……吐瀉物の味がしない?匂いも、全く感じない……!』

 

そう、私は味覚と嗅覚を失った。

 

『あらら、何か悪い未来でも視ちゃった?でももう立ち止まることなんてできないよね。ミカちゃんとナギサちゃんを止めたいんだったら、立ち止まってなんかいられない』

 

 

 

『友達のことを想うなら、自由も青春も惜しくなんかないよね?だから進み続けるんだよ。その命が燃え尽きるまで』

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