『私の過去はこれで終わり。あとは姉さんも見た通りさ』
映像が終わり、シアター内に明かりが灯る。
セイアは言葉が出なかった。
そして妹にこんな惨たらしい仕打ちをした悪魔に対し、再びどす黒い殺意が湧き上がる。
『戻ろうか、あの公園に』
そして気がつくと二人は再び公演のベンチに座っていた。
『それからというもの、何を食べても味がしなかった。ロールケーキはスポンジに、ガトーショコラは粘土に、紅茶はお湯に変わった。そして賄いを楽しめなくなったのとナギサたちを止める準備に忙しくなったのもあって、バイトも辞めてしまった』
「炭酸水を好んでいたのって……」
『ああ、味覚が無くても楽しめて、口の中の不快感も洗い流せる。私なりにもがいた結果見つけた、数少ない娯楽さ』
『ごめんね?ナギサのケーキに姉さんのホットミルク、私はみんなからの愛をきちんと受け取れなかった』
『スイーツビュッフェもそう。頑張って口の中に押し込んだけど受け付けなくて、みんなが未来の話をして、私にはそれが無いのもわかってて、気持ち悪くなっちゃって……』
『本当にごめんね』
「謝らないでくれ!!君は何も悪くないじゃないか!!友人のために自分を犠牲にして、一人で踏ん張り続けた!!」
『いいや、確かに私は道を間違えた。これまで色々な物を失ったのも、煌びやかな生活という甘い蜜に釣られ、友を地獄に叩き落とした馬鹿で無価値な愚か者への、せめてもの報いだと思っているよ。怖かったけど、死ぬことは受け入れているつもりだ』
模倣セイアは哀しげに笑っていたが、それから彼女は言葉を発さず、黙り込んでしまった。
しばらくするとその背が震え始め、鼻をすする音が聞こえた。
『……けどそれよりも、友人が道を踏み外していくのを見ている方が辛かった。何度も説得した。でも何をしても未来は変わらなかった』
『そうこうしている間にも期限は近づいてくる。そして私は、取り返しのつかないことになる前に、二人を終わらせることを選んだ』
『本当はもっと早くに、君たちと会う前に決着をつけるつもりだった。けどできなかった、友達を殺すなんて。直前でいつも躊躇ってしまう』
『それから彼女たちとは距離を置いて、隠し事をし、いつしか倒すべき敵とまで認識してしまった』
模倣セイアの声は震え、瞳からは大粒の涙が溢れている。
『そして最後の最後で、私は青春にしがみついてしまった!!姉さんと一緒に風呂に入って遊びに誘われて、断るつもりだったのに!涙が止まらなくなって、慌ててお湯を被って誤魔化して!』
『あそこでもっと早くみんなに相談していれば!そうすればもっと違う結果になっていたかもしれないのに!!そして私は道連れという短絡的な方法を取って、あろうことか失敗した!!』
子どものように泣きじゃくる模倣セイアを、セイアは優しく抱きしめる。
何も言わず、ただそっと。
『挙げ句の果てに、ミカとナギサに嫌われてしまった!命も失って、もう話し合うこともできない!』
『友達と喧嘩別れをすることが、こんなに辛いだなんて思わなかった!!』
『ごめんなさい!ごめんなさい!!もっと、彼女たちに寄り添っていればよかった!』
『仲直りしたかったよぉ……!!』
大声を上げて泣きわめく妹を、ただただ抱きしめ続けた。
普段小難しいことを言っているが、彼女は生まれたばかりの子どもだったのだ。
地獄のような未来を視て、それなのに投げ出さずにここまで進み続けた。
きっと想像もつかないほど苦しかっただろう。
そしてエデン条約を巡る事件の時、もしかしたら自分たちもこうなっていたかもしれないと思うと、セイアには妹の悲しみが他人事のようには思えなかった。
『……取り乱したね。ありがとう姉さん。君と話せて少し楽になった』
「ああ」
『それでも、彼女たちのしたことは許されるものではない。見逃してほしいだなんてぬるいことは言わないよ』
「当然だ。ミカとナギサ、二人とも罪を償わせる。まあ、荒事はそれが得意な友人に任せることになるだろうが……」
『それから、メフィストフェレスを止めてくれ』
「勿論だ。地獄の果てまで追い回してでも、奴は必ず仕留める」
「それと、私は君を誇りに思う。君の望みも私が受け継ぐ。だから安心して、もうこれ以上苦しまないでくれ。失敗しただとか、無価値だなんて私が誰にも言わせない……!」
セイアは真っ直ぐと強い目で妹の目を見る。
模倣セイアは少し驚いたように目を見開き、安心したように優しく微笑んだ。
『ありがとう』
『姉さんももう大丈夫みたいだね。心配していたんだ、短い間とはいえ友情を育んだ人たちが私の死を引きずっていないか』
「それは……まあ、しばらく引きずると思う」
『それともう一つ頼みたい。もし私を救えなくて、などとめそめそしているような者がいたら引っ叩いてやってくれ。これは私が望んだ結末なのだから、いつまでも落ち込んでいるなと』
「わかった」
『それから最後に、姉さんにこれを託す。戦いが終わるまでの間しか保たないけど、役に立つはずだ』
模倣セイアはゆっくりとセイアに顔を近づけ、優しく額を合わせる。
『説明はしないよ。その使い方は君もよく知っている。多少勝手が違うので戸惑うかもしれないが、そこはまあ……愛の力で何とかしたまえ』
「そんな適当な……」
『いいだろう?私たち女子高生は全てにおいて『エモさ』が重視される存在なのだから』
模倣セイアの想いが、暖かさがセイアへと伝わりとろりと溶け込む。
「これは……」
『じゃあ、私はそろそろ行くよ』
模倣セイアはベンチから立って走り出し、セイアの方へ向き直る。
セイアは思わず引き留めそうになるが、寂しさをぐっと堪えてその目を見た。
『ありがとう姉さん!愛してる!』
少し気恥ずかしそうな、暖かくまばゆい笑顔。
その後辺りは光に包まれ、セイアは夢の世界から帰還した。
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「はっ!?」
セイアが目を覚ますと、そこは自分以外誰もいない部屋だった。
ベッドに寝かされ、服も着替えさせられている。
(そうだ、確かナギサのセーフハウスに運び込まれたのだったな……ん?)
ふと枕元を見ると自分のものともう一つ、模倣セイアの使っていたスマートフォンが置いてあった。
それを手に取り側面のボタンを押す。
表示されたロック画面には模倣ミカ、ナギサ、セイアの三人が笑い合って写っている写真が設定されていた。
メフィストに心を壊される前は模倣セイアの言っていた通り、穏やかで優しく、仲の良い三人だったのだろう。
画面を見ていると、持ち主と同じ顔だったせいでロックが開いてしまった。
そこまでプライベートに踏み込むつもりは無く、申し訳ないと思っているとホーム画面が開かれる。
そこには、先生と放課後スイーツ部と共に夕暮れの公園で撮った写真が設定されていた。
あの後すぐに拘束されたことを考えると、カズサから共有されてすぐに設定したのだろう。
妹は自分たちとの思い出も大切にしてくれていたのだ。
「…………っ!愛してる。私も、君を愛してる……!」
妹の前では彼女を慰めるべく気丈に振る舞っていたが、今度は堪えきれそうもない。
セイアは誰もいない部屋で、一人静かに涙した。
ひとしきり湧き出る感情を洗い流し、ふと近くのテーブルを見るとそこにはいくつかの食料と水筒に入った紅茶が置かれていた。
そしてその横には数枚の手紙。
"どうかご無理なさらず、少しずつで良いので栄養を摂ってください。サンドイッチの具材は栄養もあり柔らかく、食べやすい物を選んでいます。 ミネ"
"私からはクッキーを。優しい甘さで美味しいですよ。辛いことがあればいつでもご相談ください。私たちはあなたの味方です。 サクラコ"
"美味しい苺が手に入ったので、よろしければ。正義実現委員会として、必ずあなたをお守りします。 ツルギ"
"セイアさんの好きなロールケーキもご用意しています。飽きているかもしれませんが、このような時にこそいつもの味は心を落ち着かせるものです。どうかご自愛ください。 ナギサ"
"前にセイアちゃんが食べたそうにしてたマカロン、手に入ったから食べてみて!それから、私たちはみんなセイアちゃんのこと大好きだよ! ミカ"
"私はみんなのようなセンスは無いから、趣向を変えておにぎりと味噌汁を。そしてどうか、大人を頼って欲しい。必ず君の力になる。 先生"
「気持ちは嬉しいが、私を大食漢か何かだと思っているのかな?それにしてもまったく、誰も彼も私の感情を揺さぶるのが得意らしい……」
丸二日ほど何も食べていないことと、皆の愛で心の調子を取り戻したこともあってセイアの腹はとてつもない空腹感に襲われていた。
彼女は仲間からの思い遣りに肩を震わせながら、差し入れを口へと運んだ。
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一方、先生はセイアの様子を見に行くために廊下を歩いていた。
しかしその足取りは重かった。
これまで何度か様子を見に来たが、こちらの声掛けにも反応せず、ただぼーっと天井を眺めているだけだったからだ。
そして、そうなってしまった責任の一端は自分にある。
自分がもっと適切な指揮をして、模倣セイアを守れていたら。
そんなことを考えているうちにセイアの部屋の前にたどり着いた。
おそらくノックをしても反応はない。
毎回その度に気分が落ちてしまうが、それでもセイアに寄り添いたい。
先生は意を決してドアをノックする。
……はずが、直前でドアが開き先生の手は空振りとなる。
「やあ先生、待っていたよ」
「セイア……!?」
目は真っ赤に腫れ、髪は乱れ、声は掠れているが確かにセイアが意識を取り戻し、自分の足で立っている。
その痛々しさと、それでも再び話すことができた喜びと罪悪感で先生は声を震わせる。
「もう歩いて大丈夫なの?痛いところは無い?いや、それよりも……すまない。もう一人のセイアのことも……」
先生は体勢を屈め、セイアと目線を合わせて会話する。
その手は触れそうで触れない、まるで繊細な硝子細工を前にしているかのよう。
しかし当のセイアはそんな先生に喝を入れるように、その頬を優しく二回叩いた。
「セイア!?」
「あの子に言われたんだ。自分が死んでめそめそしている者がいれば、引っ叩いてやってほしいって。二回叩いたのは、あの子と私からの分さ」
「……そっか、会ったんだね。そしてそう言われたなら、私も落ち込んではいられないね」
先生はしゃきっと立ち上がる。
一見頼り無さそうだけど、実はとても頼もしい。
その姿を見てセイアも笑みが溢れる。
「早速だけど、この後ナギサたちと今後についての打ち合わせがある」
「ああ、体調は問題ないよ。私も出席する」
「良かった。ベッドの横に……」
「差し入れだろう?本当にありがとう。後でみんなにもお礼を言いに行くよ。時間はかかったけど、全部食べきったよ」
「ぜ……!?」
「ああ、全部さ。君たちからの愛、確かに受け取った。大丈夫、無理はしていないよ。いや、少し吐きそうではあるが……」
「ん、この後かい?すまないがその、シャワーを浴びさせてほしい。あと今はあまり近づかないでほしくて……。会議には間に合うよ」
「うん、すまないね。もちろんそれまでにあの子から聞いた情報をまとめておく。ミメシスのこと、メフィストのこと、きっと役に立つはずさ」
先生は驚愕していた。
自身が質問する前からセイアは次々とその答えを口にしている。
直感が鋭いなどというレベルではない。
まるでどんな会話をするか、その先の『未来が視えている』ようだった。
「セイア、まさか未来が……」
セイアは胸に手を当てる。
「あの子は最後にこの力を私に託してくれた。この場にはいなくても、私の中で一緒に戦ってくれる」
「行こう先生!あの子の想いを、あの子が愛した人々を、学園を、この街を!これ以上奴らの好きにはさせない!』
百合園セイアの瞳が、光の輪が、かつてないほどの輝きを放つ。
予言の大天使が再びこの地に舞い降りた瞬間であった。
あとがき
先生「復ッ活ッ」
先生「百合園セイア復活ッッ 百合園セイア復活ッッ 百合園セイア復活ッッ 百合園セイア復活ッッ 百合園セイア復活ッッ」
セイア「してェ……」
先生「百合園セイア復活ッッ」
セイア「トリニティ奪還してェ〜〜〜〜〜〜〜〜……」