不意に流れた聞き覚えのある声に、メフィストは夢の世界から現実に引き戻される。
『百合園セイア!?どうして……』
他のミメシスたちも皆動揺している様子だった。
画面にはセイアが映っており、カメラに向かって背筋を伸ばして喋っている。
模倣セイアを失って廃人になりかけていた時とは大違いだ。
〈君たちの放送は見させてもらったよ。その上でこちらも声明を出すべく、放送枠をクロノスに譲ってもらった〉
〈君たちの言う通り、トリニティは清廉潔白ではない。そこで、先のミメシス襲撃事件を市民からの声とみなし、これまでの罪を清算するべく、ティーパーティー解散のための不信任投票を実施してもらった〉
〈投票権を与えられたのは昨日時点でトリニティに在籍する生徒。そしてその結果、全ての生徒が不信任を選んだため、ティーパーティーは無事解散となることが決定した〉
『ティーパーティーの解散!?』
セイアの発表を聞きメフィストに動揺が走る。
(まずい、その場合セイアだけじゃなく、ナギサとミカまで権限を失うことになる……!)
〈これにより百合園セイア、桐藤ナギサ及び謹慎中の聖園ミカはティーパーティーとしての権限を完全に剥奪。よって、今日から私たちは一般生徒さ〉
〈ミカ、ナギサ、見ているんだろう?一緒に罪を償おうじゃないか〉
セイアは画面の向こうの敵に話しかけるように語る。
〈そしてナギサがホストとしての権限を失ったことにより、先ほど宣言した学園の改名は無効となる!よって、アリーティア総合学園はただいまを持って廃校だ。儚い命だったね!〉
〈何よりトリニティは神聖なる名だ。その重みもわからないような者が土足で踏み荒らすなど言語道断、返してもらおう!〉
セイアの怒りのこもった挑発にメフィストは苛立つ。
しかし画面の向こう側のセイアを止める手立ては無い。
〈そして次のティーパーティー決定までの代理として、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生より指名された以下四名が学園の代表となる。名前を呼ばれた者は前へ〉
〈栗村アイリ、伊原木ヨシミ、柚鳥ナツ、杏山カズサ〉
セイアが指名したのは放課後スイーツ部のメンバーたちだった。
事前に打ち合わせ済みとはいえ、アイリは特に緊張している様子だった。
〈それではアイリ様、一言お願いします〉
セイアに様付けされ驚くアイリ。
しかしすぐに呼吸を整え、手元に紙を用意し読み上げる〉
〈ご紹介に預かりました、栗村アイリです。これより私たちはティーパーティー代理組織『放課後ティーパーティー』として学園の治安維持に努めます!〉
〈ど、どうかよろしくお願いします!〉
アイリは精一杯頭を下げている。
〈ありがとうございます。では次にカズサ様、治安を乱す不穏分子を見付けられたようですが、詳細お伝えいただけますか?〉
〈うええ、本当にやるんだ……〉
今度はカズサが指名され、彼女は少々困った様子でポケットから話す内容の書かれた紙を取り出す。
〈えーと、桐藤ナギサ、聖園ミカ、蒼森ミネ、歌住サクラコ、剣先ツルギ、浦和ハナコの六名はゲヘナ学園への侵攻を宣言したことでエデン条約に抵触、ETOの名の下にこれを実力行使で鎮圧するものとする。うわー物騒……〉
『エデン条約!?馬鹿な!ゲヘナが締結に応じるはずがない!』
突然出てきたエデン条約の名にメフィストは驚く。
セイアはカメラを見ながら、エデン条約締結のために尽力してくれた友の顔を思い浮かべていた。
(君のおかげだ。これはゲヘナを強く憎んでいた君だからこそできたことだ)
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時は遡り一日前。
ゲヘナ学園の生徒会組織、万魔殿の執務室にミカは来ていた。
部屋ではメンバーの羽沼マコト、京極サツキ、棗イロハ、元宮チアキ、丹花イブキが各々自分の時間を過ごしている。
そして他にはゲヘナ学園風紀委員会の委員長と行政官、空崎ヒナと天雨アコも同席していた。
彼女たちの目的はトリニティと万魔殿の監視である。
アコはヒナの隣に背筋を伸ばして立っており、ヒナは特に興味も無さそうな顔で壁にもたれかかっている。
しかしその隣には愛銃である終幕:デストロイヤーが立てかけられており、少しでも妙な動きがあれば即座に鎮圧するとでも言わんばかりの圧力を放っていた。
「キキキッ……」
マコトは机に脚をかけ、不敵な笑みを浮かべてミカを見ている。
イロハとイブキは二人で玩具で遊んでおり、サツキはソファに座りながらミカとマコトの様子を眺めている。
そしてチアキはカメラを構えて、二人の様子を撮影していた。
まるで伏魔殿のような禍々しさと威圧感だが、ミカは気圧されることなく交渉を進める。
「エデン条約を締結してほしい」
「断る」
マコトの返答は早かった。
自分たちのホームだからか、この場はマコトの方が優位に立っている。
「まず質問させてもらおう。聖園ミカ、お前は今謹慎中のはずだろう?今のお前にティーパーティーの権限など無いはずだ。この条約の提案は校則違反に当たるんじゃないのか?」
「そうだね、あなたの言う通り今の私にティーパーティーの権限は無い。けど今日はティーパーティーではなく、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの使者としてこの場に来てるよ」
先生の関係者と聞き、マコトが興味を持ち始める。
「ほう、先生からの差し金か」
「差し金というのは少し違うね。先生にはこの場を設けるためのきっかけを用意してもらっただけ。会談の内容については特に干渉しないし、断ってゲヘナに制裁があるわけではないよ」
「なるほど、では二つ目の質問だ。お前たちの目的は何だ?」
「知っての通りトリニティは悪の手に落ちた。そして敵の次の狙いはあなたたちゲヘナだっていうこともわかってる」
「だからあらかじめエデン条約を締結しておくことで条約違反を起こさせる。そうすれば条約に則って、実力行使で学園を取り返しにいくことができるからね」
「キキキッ、小賢しい上に暴力的な作戦だな」
「でも目的はそれだけじゃないよ。このまま放っておけばトリニティの名を使ってゲヘナにも、他の学園にも攻撃を加えて被害が出る。けどエデン条約が締結できれば、少なくともゲヘナには手が出せなくなる」
「ほう、わざわざ守ってくれようというのか」
一転、にやついていた顔が険しい表情に変わる。
「ゲヘナを舐めるなよ。貴様らが負けたのは敵を叩きのめす強さ、冷酷さを持ち合わせていなかったからだ。だがゲヘナは違う。あんな賊どもに遅れなど取らない」
マコトは威圧するも、ミカは表情一つ変えない。
「相手はトリニティじゃなくて、その裏にいる黒幕だよ。もしゲヘナが勝っても、きっとそのゲヘナを内側から乗っ取りに来る」
「自分や大切な人と同じ顔をした兵を用意して、悪意で心を削りに来る。そしてある日突然、隣にいる人が学校外も含めた大勢の人の悪意に晒されることになる」
「たとえ退けることができたとしても、傷跡は残るよ」
マコトはトリニティ生の言葉など問答無用で否定してやろうと思っていたが、ミカの言葉は否定しなかった。
彼女の目は、語りは、それを体験した者のそれだったからだ。
「だがわからんな。貴様らは既に学園を奪われた。取り返せるならそれで良し、たとえそれができなくとも、憎きゲヘナを道連れにできるかもしれないんだぞ?」
「学園を奪い返すにしても、条約なんぞに頼らなくとも力づくで挑めばいいじゃないか。少なくともゲヘナならそうする」
マコトの言い分はもっともだった。
かつてのミカならそう判断したかもしれない。
けど、今は違う。
「確かにそうだね。でも今の私はそうしようとは思わない」
ミカの言い分にマコトは嘲笑うように言い返す。
「勝手だなぁ?ゲヘナ憎しの一心でこれまで散々無茶苦茶をしてきたくせに、今更心変わりか!」
「あのタヌキは……!」
近くで見ていたアコは内心マコトに苛立っていた。
自分のことを棚にあげてよくもまあ偉そうに言えたものだと。
しかし残念なことに、彼女の言っていること自体は間違っていない。
確かに過去、ミカの裏切りもありエデン条約調印式はテロリストの攻撃を受け中止となり、巡り巡って先生が大怪我を負う結果となった。
マコトの味方をするわけではないが、思うところはある。
そしてミカにも、表情にこそ出さないもののマコトの言葉が深く突き刺さっていた。
部屋の空気が重くなる中、意を決したようにミカが口を開く。
「……私にはあなたたちゲヘナの生徒が、物語に出てくる悪者に見えた」
「晄輪大祭の時も、エデン条約の時も、色彩の対策会議の時もそう。テーブルを挟んで向こうに座るあなたたちを、私は同じ人間として見ていなかった」
「でも、そんな私に考えを変えさせる出来事が起こった」
「私は事件を起こした罰としてボランティア活動に参加することが多いんだけど、その日も街の花壇の草むしりをしてた」
「そんな中私は日差しと暑さで体調を崩しちゃって、日陰で項垂れて動けなくなってた。そんな時、一人のゲヘナの子が私に声をかけて助けてくれたの」
「あの時はありがとうね、イブキちゃん」
ミカはイロハと遊んでいたイブキに向け、声をかける。
それを聞いたイブキはミカの方へ向き直り、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。
「どういたしまして!ミカ先輩、あの後は大丈夫だった?」
「うん、お陰様で。ごめんね、挨拶が遅れて。大事な話だったから……」
「ううん!イブキ、ミカ先輩とまた会えて嬉しい!」
ミカとイブキが知り合いだったという事実に、マコトの余裕が一気に崩れる。
「な、なにィー!?!?!?お前たち知り合いだったのか!?なぜ今まで黙ってた!?」
「あれ?イブキちゃんあの日のこと言ってなかったの?」
「うん?イブキ言ったよ?ミカ先輩と友達になったって!」
「…………あ」
マコトはイブキから聞いた話を思い出した。
「あの時のか!いや確かに聞いたが!ミカって、まさかトリニティの聖園ミカだとは思わないだろう!くそっ、私が確認を怠ったばかりに……!」
「もうマコトちゃん。いちいち友達一人一人のこと聞くなんて、そんなの過保護を通り越して過干渉よ?」
サツキの意見は至極真っ当だ。
頭を抱えるマコトを尻目に、イロハはイブキの頭を撫でている。
「イブキは偉いですね。それで、その後はどうしたんです?」
「うん!その後はエリカ先輩とキララ先輩と会う約束してたから、二人に来てもらって一緒に涼しいところに行ったの!」
「それでミカ先輩が元気になったから四人で草むしりを終わらせて、一緒にアイスを食べに行ったんだ!」
「キララちゃんの教えてくれたお店、美味しかったね」
「でしょ!他にもいっぱい美味しいお店があるんだよ!」
「なっ、なななな……」
イブキだけでなくキラキラ部とも知り合っていた事実にマコトは唖然としている。
ミカはマコトの方へ向き直り、話を続ける。
「話を戻すね?あの日私はイブキちゃんたちと出会って、たくさん話をした。あなたのことも聞いた。隣から見るあなたはとても頼りになって、かっこよく見えるって。イブキちゃんが真っ直ぐに慕ってるのがよく伝わってきた」
「だから私も、あなたたちをゲヘナで一括りにするんじゃなくて、一人一人をもっと見て知っていきたいと思った」
「きっかけはこの一件だけじゃない。どこへ行っても同じだった。トリニティも、ボランティアでも、アルバイト先も、ゲヘナも、みんな同じだった」
「普通に喜んで、怒って、悲しんで、笑って。良い人にも駄目なところがあって、嫌な人にも見習うべきところがあって、そしてみんな、誰かにとっての大切な人だった」
「だから今の私には、これからゲヘナが狙われると分かっていて放っておくことなんかできない」
「私がここに来たのはそれが理由だよ」
少しずつ空気が和らいでいく。
そして流れがミカに傾き始めたことでマコトに焦りが生まれる。
(ぐっ、なんだかコイツの方が大人に見えてきた。何か落ち度はないか……)
ということを考えているのは既に見透かされているのか、他のゲヘナ生からマコトは釘を刺すような視線を向けられていた。
「ぐっ、そもそもだ!我々やお前たち、どちらかがこの条約を反故にする可能性は考えていないのか!?そうなっては元の木阿弥ではないか!」
「無いとは言えない、悔しいけど。でもそうならないように私たちがいる」
「私はクーデター派なんかを見かけても、あえてスルーするかもな!?」
「あなたの大切な人がその選択に巻き込まれ、傷つくかもしれないとしても、あなたはそれを肯定するの?」
「っ!」
言い返そうとするも、マコトは言葉に詰まった。
もしイブキがそれに巻き込まれたら。
咄嗟にそう考えて、ミカに反論することができなくなっていた。
「……ゲヘナ学園は生徒の自由を奪わない。民がそれを望むなら、私はそれを尊重するまでだ」
「……が、それを見ても何とも思わないと言えるほど、私は完璧ではなかったようだな」
マコトは背もたれに首を預けて天井を見上げ、ため息をついた。
「憎きトリニティとはいえ、ここまで努力した人間を見てなお嘲笑おうものなら、私は偉大なるマコト様ではなくなってしまうだろうな」
「元から偉大なんかじゃないでしょ」
「んふっ、委員長……!」
自嘲気味に呟くマコトに、ここまで黙っていたヒナが突っ込みを入れる。
「お前なぁ!?イブキの前で私を貶すのはやめろ!私にもプライドはあるんだぞ!?」
ミカはイブキと目を合わせて微笑む。
「それから、締結してほしいとは言ったけど期限付きでいいよ」
「何!?」
「これはあくまでミメシスの侵攻を食い止めるためのもの。争いを根本から無くすのに、本来はこんなもの必要無いはずだから」
「大事なのは手を出せないよう壁を作ることじゃなくて、隣に立ってその顔を見て、相手を知ることなんだと思う。その人が何を愛しているのか、何に怒るのか」
「連邦生徒会長がそこまで見越していたのかはわからないけど」
「は、お花畑め」
そう言いつつも、マコトは観念したように姿勢を正す。
「書類を渡せ。判を押す」
マコトは渡された書類に判を押し、ミカへと手渡した。
「うん、確かに。ありがとう」
「これは互いに同意し合って締結されたものだ。上も下も無い」
「よかった。実は内心、締結に応じるかわりに無茶な要求とかされたらどうしようかと思ってたんだ」
「…………」
「おや、なかなか鋭いですね。今のマコト先輩は『イブキの前でかっこつけたいモード』に入ってるので気前が良いだけですよ。運が良かったですね」
「イロハ!!」
茶々を入れるイロハにマコトは憤っている。
「ふふ、それじゃあ私はもう行くね?ゲヘナへは手を出させないつもりだけど、警戒は怠らないで」
「そこに関しては風紀委員会が指揮を取るつもり。出口まで送るわ」
ヒナがミカを見送るために出口へと歩き始めた。
「さっき言った通り、この件に関して上下をつけるつもりはない。ただ、それを承知で一つ見てみたいものがある」
「何?」
「我らに無礼を働いたあの阿呆共の泣きっ面だ」
「!!」
部屋を出ようと背を向けたミカに、マコトからの遠回しな激励が飛ぶ。
「任せてよ!」
ミカは振り返り、とびきりの笑顔で答えてからヒナと共に部屋を出た。
「とんでもなく悪い顔してましたね、彼女。案外ゲヘナと相性良いかもしれませんよ?」
「あら、全方位に喧嘩売ってる?」
「まさか身内からスキャンダルが出るなんて!」
「馬鹿言うな!過度な馴れ合いを良しとした覚えはないぞ!」
「イブキも、ミカ先輩ならみんなと仲良くできると思う!」
「おお〜そうだなイブキ!仲良くできるさきっと!」
「情緒不安定なタヌキですね……」
こうして、無事エデン条約は締結された。
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ミカはヒナと共に校舎を出て、敷地の外へと向かっている。
「まさかマコトを説き伏せるなんてね。見ていてスッキリした」
「ええ……そんなに慕われてないの?マコトって」
「それはもう。ゲヘナ生が全体的に政治に対して関心が薄いのもあるけど、支持率の低さは圧巻の一言だから」
「それより本当に大丈夫?ETOは双方の学園から人員を出し合う中立組織。ゲヘナからも協力することだってできると思うけど……」
「ううん、今回は大丈夫。これは私たちの戦いだから。ゲヘナに被害が及ぶ前にトリニティだけで終息させるよ」
「そう、わかった。それにしても本当に驚いた。心境の変化があったとはいえ、前に会った時とは別人みたい。何か目標でもあるの?」
「うん、ええと……胸を張れるような生き方をして、大切な人を安心させたいの。これまでたくさん迷惑と心配をかけちゃったから」
ヒナの質問にミカは少しだけ照れくさそうにしながら答える。
「そう、先生も罪な人ね」
「うん」
「こんな素敵な子から真っ直ぐな好意を向けられているだなんて」
「そうだね」
「……ってええ!?!?!?」
世間話のようについ肯定してしまったが、うっかり先生への気持ちを悟られてしまった。
「ふふ、やっと年相応の顔が見れた」
ヒナは楽しそうにミカを見ている。
これもゲヘナの策略か、ミカは先ほどまでの余裕を一気に崩されてしまった。
「な、なになに!?何が狙いなの!?」
「私もあなたのことを知りたいと思った。それだけ」
その言葉を聞き、はっとするミカ。
目の前の少女はただ、同年代の者同士ガールズトークをしたかっただけなのだ。
人とわかり合うということを改めて実感し、心の底から緊張のほぐれたミカはヒナの目を見て改めて名乗る。
「私はミカ、聖園ミカだよ」
「空崎ヒナ、ヒナでいい。よろしくね、ミカ」
ヒナもまた条約締結前までの険しい表情から一転、ふわりとした柔らかな笑顔で答える。
「よろしく、ヒナちゃん!今日はありがとう、またね!」
こうしてミカはゲヘナとの条約締結だけでなく、新たな友を得て仲間のもとへ帰還したのだった。