(ミカが成し遂げてくれたエデン条約締結、絶対に無駄にしない!)
セイアはカメラへ向かってさらなる追撃を加える。
〈言っておくけどハッタリなどではないよ?嘘だと思うならゲヘナ学園へ問い合わせてみるといい〉
セイアの強気な物言いを見て、メフィストは次の手を考える。
(この言い方、おそらく条約締結は嘘じゃない……。どうやったのかは知らないけど。こんな面倒なもの、すぐに潰してやる!)
『ハナコちゃん、あの四人のAI音声って用意できそう?彼女たちのミメシスは作ってなくて、見た目を真似して条約の取り下げ宣言をでっち上げるのはできそうにないんだ』
『駄目です、彼女たちのボイスデータはライブラリ内にありません!』
『ぐっ……!』
〈それから、放課後ティーパーティーのミメシスを作って、先ほどの宣言を取り下げさせることが不可能なことはわかっている。作っていないのだろう?彼女たちのミメシスを。そして、それをすぐに用意することはできない!〉
まるでこちらの手を読んでいたかのような発言に、メフィストの中に焦りが生まれる。
(駄目だ、読まれている!トリニティ乗っ取りに必要な能力のミメシスを優先して作り続けたことが裏目に出た!)
〈これまで作ってきたのはどれも目に見えて優秀な能力を持つ生徒ばかり。上っ面の能力しか見ないで、彼女たちのような平和の象徴を、人の心を軽んじてきた君たちの負けだ!〉
〈君に言っているんだよ、メフィストフェレス!自分よりも年下の子どもの背にこそこそと隠れて顔を出さないなんて、よほど私たちが怖いと見える!情けないね!〉
〈アリーティアだか何だか知らないけど、偽りの正義でコーティングした悪意を振る舞っておいて、何が真実だ!嘘の記事で民衆を騙してテロリストに仕立て上げて!〉
〈この際だからはっきりと言わせてもらう!君たちのやっていることはただの『お人形さん遊び』だ!もうお片付けの時間だよ!〉
『言わせておけば……!』
おかしい、手際が良すぎる。
旧トリニティはゲヘナを侵略して兵力が盤石になるまでは報復できない計算だったのに。
なのに的確にこちらの作戦の弱点を突いてくる。
(こちらの出方とタイミングを完全に読んでいる。未来でも視えているのか……っ!)
その時メフィストは敵の絡繰に気付く。
(そうか、セイアだ!奴め、死ぬ間際に百合園セイアに予知能力を継承させたな!だから私たちの行動を先回りできる!)
『くそっ!あの女狐め!死んでなお私の足を引っ張るか!』
思わず机を拳で殴りつけるメフィスト。
こんなことなら多少無理してでも模倣セイアを『継承』しておくべきだったか。
そこまで考えてメフィストは一度冷静になる。
(いや、依然私たちが優位に立っているのは変わりない。奴らは今後の学園間の関係悪化を防ぐために、狙いをゲヘナから旧トリニティへ向けさせることが狙いだ。呑気な奴らめ、すっかり学園を取り戻せる気でいる!こんな安い挑発なんかに乗るものか!)
メフィストはどうにか気持ちを立て直すことに成功する。
〈これだけラブコールを送ってもうんともすんとも言わないとは。全世界のお茶の間に年増の制服姿を見せることに引け目でも感じているのかい?〉
〈それとも、計画が崩れたストレスで顔が浮腫みすぎて元気百倍顔パンパンマンになってる様を見せたくないのかな?気にすることはないよ、杜撰な計画の皺寄せが顔に来ただけさ!〉
〈年相応の顔つきになっただけだ。今更だろう!どのみち十代のような透き通る瑞々しさは手に入らない!身も心もね!〉
『殺す!!!!』
メフィストの頭に一気に血が昇る。
(あの看守め、余計なことまで全て話したな!やっぱりあの時始末しておけばよかった……!)
『予定変更!ゲヘナへの侵攻は後回し!先にあの死に損ないどもを今度こそ叩き潰すよ!』
ミメシスたちの方へ振り向いたその顔は怒りで皺だらけになっていた。
〈大切な場所を、大切な人を侮辱し、傷つけ、奪っていった者達を私たちは絶対に許さない!〉
〈今一度宣言しよう。私たちトリニティ総合学園はテロリストから学園を奪還するべく、ETOの名の下に武力による制圧を行う!何と言われようとも、犯罪者に一切の容赦はしない。以上だ!〉
セイアの宣戦布告を最後に放送は終了した。
終始人を小馬鹿にしたような表情で捲し立てて、どちらが悪者なのかまるでわからなかった。
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「よろしかったのですか、セイアさん……?」
放送を終えて一息つくセイアのもとへナギサが歩み寄る。
「私はもうティーパーティーではないからね、好き放題やらせてもらった。普段なら自分の口の悪さに嫌気が差すところだが、今回ばかりは思い切りやれる」
「は、はあ……」
「それに君だって途中で笑いそうになっていたじゃないか?ん?元気百倍顔パンパンマン!蛆パン本仕込〜♪」
「んふっ、あっはははははは!や、やめてくださいセイアさん!」
ナギサはひとしきり笑った後、話を戻した。
「ふーっ、それにしても驚きました。まさか『ゲヘナとエデン条約を締結する』案の交渉役にミカさんが立候補するとは」
「私も驚いたよ。よりにもよって、あれだけゲヘナを憎んでいたミカが自ら志願するのだから。本当に変わったよ、ミカは」
友の成長に喜びつつ、ナギサとセイアも気合いを入れ直す。
自分たちも負けてはいられない。
するとそこへティーパーティーの生徒がやって来た。
「ナギサ様、セイア様!ヘリの準備ができました!ヘリポートまでお越しください!」
「ありがとうございます。ではセイアさん、私たちも行きましょう」
「ああ」
二人も戦場へと向かうべく、部屋を後にした。
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既に戦闘部隊の準備は整っていた。
前線部隊は四つに分かれ、学園を四方から囲むように配置されている。
西側の担当はシスターフッドだった。
「皆さん、参りましょう。敵は私と同じ顔をしていますが、どうか躊躇うことのないよう」
「はい、援護は任せてください!」
サクラコはシスターフッドの生徒たちを束ね、先頭に立って模倣サクラコと睨み合う。
恐れが無いわけではないが、側にはグレネードランチャーを持ったヒナタがいる。
頼もしい味方の存在にサクラコは勇気づけられる。
『ふふ、まるでシスターフッドの『交流会』ですね。ですが生徒の数はこちらが上です。それに……』
対する模倣サクラコは無言で後ろを指差す。
ミメシス側には模倣サクラコと多数のユスティナ信徒だけでなく、ヒエロニムスまでもが待ち構えていた。
太古の教義に基づいて作られた人工の天使は並々ならぬ威圧感を放っている。
『さあ、皆さんに神の恩寵を授けましょう!』
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東側はミネと、イチカ含む正義実現委員会の生徒たちがサポートとして加わったチームで攻め込む手筈になっていた。
迎え撃つのは模倣ミネとユスティナ信徒、そしてグレゴリオ。
『おや、随分と戦力が薄いようですが、そんな寄せ集めのチームで私たちに勝てるとでも?』
「所属は違えど、これまで何度も共に戦って来た方々です。あなたたちとは信頼の深さが違います」
『信頼?ふふ、重視すべきは個々の実力の高さ。私の存在そのものが強さの証です。もう一人の私を私が叩き、後ろのあなたたちをグレゴリオとユスティナ信徒で片付ける。これで終わりです』
「なるほど完璧な作戦っすね〜」
「不可能だという点に目をつぶれば」
普段は細めている目を開き、一歩も退かずに言い返すイチカ。
模倣ミネは不敵な笑みを浮かべて盾と銃を構える。
『この蒼森ミネの力で、あなたたちを救護してさしあげましょう!』
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
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北側には模倣ツルギとユスティナ信徒たちが待機している。
しかし現状、トリニティ側からは誰一人刺客が来ていない。
『なあ、俺らってすごく楽なところに配置されたってことなのかな?』
『そうかもな。まあ、ここはトリニティ正門の真反対。回り込んでここまで来るのに時間がかかってるのかも……ん?』
その時、上から黒い羽が落ちてくるのが見えた。
上空をカラスでも飛んでいるのか、ひらひらと舞うそれの持ち主を確かめるため一人のミメシスが上を見上げた。
「ばぁ」
しかし視線の先にいたのはカラスではなく、なんと黒い羽根に黒い髪の、狂ったような笑みを浮かべた少女だった。
正義実現委員会の委員長でありトリニティの戦略兵器、ツルギが空から降って来たのだ。
この時プレイヤーが感じた恐怖は、その後ずっと残り続けたという。
直後、ツルギは着地すると同時に周囲のミメシスを吹き飛ばし、あっという間に場を制圧してしまった。
『油断してるからだ、馬鹿どもめ……!』
模倣ツルギはそう言いつつ、全く怒ってはいなかった。
むしろ邪魔者がいなくなったことでツルギと一対一の勝負ができるからだ。
しかも模倣ツルギは己の強さに絶対の自信があったので、メフィストによる能力増強の改造を一切受けていない。
「キヒャアハハハハ……!さあ、殺りあおうか!!」
『望むところだ!ヴェアハハハハハ!』
援軍の到着も待たず、最強同士のぶつかり合いが始まった。
「うわあ、ツルギ先輩、まだナギサ様から合図出てないのにもう始めてる……。後で怒られても知りませんよ?」
早すぎるツルギの到着の後、マシロ含む正義実現委員会のメンバーが到着した。
そしてミメシスたちも大人のカードの力で続々と復活する。
「さて、私たちも気合いを入れないと。皆さん!ツルギ先輩の邪魔にならないよう、周りの雑兵を片付けましょう!」
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そして南側、学園の正面にあたるこの広場は他の三箇所よりも多くの兵が配置されていた。
ユスティナ信徒だけでなく、バルバラ、アンブロジウスまでもが数えきれないほど蠢いている。
そしてその中心には模倣ミカが、まるで魔物を従える魔女のように堂々と待ち構えていた。
対するトリニティ側はミカと、東や西側よりも少ない数の正義実現委員会やシスターフッドの生徒がサポートとして付いているだけ。
その様子を見て、模倣ミカは呆れたようにため息をつく。
『なになに?その程度の人数で私たちの相手をするってこと?ちゃんと脳みそ入ってる?もっと裏門側とか、人が少ないところを狙えばいいのにさ★』
それに対しミカは無言で右手を天に掲げる。
直後、上空に眩しい光が多数見え始めた。
それを見ていたミメシスたちは最初何が起きているのか理解できていなかったが、光の正体を見て凄まじい怖気に襲われた。
『なあおい、あれ……隕石じゃないか!?』
しかし、理解できたとて対応などできるはずもなく、過去に模倣ミカの落としたそれよりも大きなものが次々と着弾、大爆発と共にミメシスたちを吹き飛ばしていった。
その数およそ三十個、爆発が収まった後にはミカ側とそう変わらない数のミメシスしか残されていなかった。
『うわああああああ!!被害がデカ過ぎます!!』
自分が落とした時よりも遥かに大規模な攻撃を軽々やってのけるミカ、そして彼女への恐怖に思わず後ずさるユスティナ信徒たち。
一瞬でペースを飲まれた模倣ミカは苛立ちのあまり舌打ちをする。
『こいつ……!』
「私の学園に入るのに裏門から入らなきゃいけない理由があるのかな☆」
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かくして学園の四方を取り囲むように戦闘部隊が配置された。
その時、ブルアカのプレイヤーたちのスマホからサイレンにも似た通知音が鳴る。
『先生の皆さん、ボスエネミーが出現しました!彼女たち四人は『アリーティア防衛戦』における最難関ボスとなります。他の先生や生徒さんと協力して、彼女たちをやっつけましょう!』
画面を開くとコロナが現れ、『アリーティア防衛戦』についての説明を始める。
そこにはボスとして扱われている生徒たちの情報が表示されていた。
サクラコ(臨戦) Lv.90
ミネ(臨戦) Lv.90
ツルギ(臨戦) Lv.99
ミカ(臨戦) Lv.99
圧倒的な威圧感とそれに違わぬ強さを持つボスたちの出現に、プレイヤーたちは慌てふためく。
『はあ!?俺まだLv.5とかだぞ!?上位プレイヤーでもいいとこ30とかだろうし、どう考えても無理ゲーだろ!』
『低レベル攻略いけるかな?このゲーム自由度高そうだし、コンボでハメたりすればワンチャン……』
そうこうしている間にもミメシスたちは次々と削られていく。
藍輝石を使えば復活可能だが、蘇生した直後にすぐ狩られてしまう。
ゲームオーバーを繰り返して攻略法を掴むタイプの高難度ゲームも真っ青なワンサイドゲームに、ミメシス側は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
『怯むな!トリニティは政治的不正を行った悪しき学園だぞ!正義は必ず勝つ!諦めたらダメだ!』
一方、ミメシスたちもしぶとく立ち上がる。
メフィストの見立て通り、己の正義感に従って立ち上がった者はそう簡単には倒れない。
どんな信念を持っているにせよ、現状最優先しなければならないのは人の心を弄ぶ悪魔の操り人形になっているという事実に気付くこと。
しかし人の手ではなく戦う武器を取ってしまった者たちに、その選択肢を取る発想は浮かばないのであった。
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「始まったようだね。全く、ナギサが合図するまで手は出すなと言ったのに。ミカとツルギはいつもこうだね」
セイアはヘリコプターの中でタブレット端末を操作し、通信機越しの報告内容と併せて戦況の把握を行っている。
「いえ、これも想定内です。むしろ彼女たちには先陣を切って欲しかったので、願ったり叶ったりですね」
「そうかい?ふふ、馬鹿と鋏は使いよう、だね」
ナギサも同様で、二人は移動式の司令官という形となる。
〈二人とも!!聞こえてるんだけど!?〉
するとミカから怒りの通信が入り、耳元で叫ばれたせいで顔をしかめる二人。
そしてセイアはヘリの窓から黒煙の上がる街を眺め、戦いの決意を改めて固める。
「見ていてくれ。君の託してくれた想い、絶対に無駄にはしない」
「通信機は正常に動作しているようですね。それでは皆さん持ち場についたようですので……」
「これより、『トリニティ奪還作戦』を開始します!各員、戦闘開始!!」
「終わりにしよう。偽りの正義に塗り固められた悪意を振るまう、模倣の茶会を」
本物と偽物どちらが優れているか、互いの威信をかけた戦いの火蓋が切って落とされた。