ティーパーティー・テラス
トリニティ総合学園の代表者たちが集い、会議を行う場としても使われる場所である。
素人が見てもわかるほど上質な素材で作られた椅子に腰掛ける少女は、ティーカップを持ちながら呟く。
「意思を持ったミメシス、ですか……」
桐藤ナギサ、トリニティ総合学園の生徒会「ティーパーティー」のメンバーである。
「私の業務用の端末が彼女らに奪われてしまってね。事件が起こったのはトリニティ自治区だから、相談するならここかなって」
「事情はわかりました。ですが、まずは皆さんご無事で何よりです」
ナギサは余裕を崩さず話を続ける。
「話を聞くに、狙いは最初から先生であった可能性は高そうですが、戦場にトリニティを選んだ理由は気になりますね。何かご存じありませんか、ミメシスのセイアさん?」
そう言うとナギサはセイアたちが座る方へ顔を向ける。
しかし当のセイアたちはお互いに視線をぶつけ合っている。
『ほら、大人しく答えたらどうだい』
「何を言っている、偽物は君の方だろう」
「はあ……先生、お願いします」
ナギサは額に手を当て、ため息をつく。
「任せて」
先生はナギサから拘束用の手錠を受け取り、二人のセイアの前に立つ。
「じゃあセイア、この間教えたことは覚えているかな?」
『ああ、もちろんさ』
「…………」
元気よく答えたのは模倣セイアだった。
それに対して本物のセイアは黙っている。
「じゃあそっちのセイア、いくよ?お手!」
『わんっ!』
模倣セイアは先生の差し出した手に自分の手を重ねる。
「おすわり!」
『わんっ!』
「ちんちーん!」
『へっへっへっへっ♡』
模倣セイアは蹲踞の姿勢で両手を犬のように曲げ、舌を出して媚びるような視線を先生に送っている。
『こんな芸を仕込むなんて♡全く、君は頭蓋骨の中に海綿体でも詰まっているのかい♡♡』
「よーしよし、いい子だね〜♪」
『くぅ〜ん♪』
「はい逮捕」
わしゃわしゃと模倣セイアの頭を撫でていた先生が突如真顔になり、ガチャンと手錠をかけた。
「ナギサ、連行」
「はい」
ナギサが目配せをすると、指示を受けた生徒が合図を出し、部屋の外に待機していた正義実現委員会の生徒たちがぞろぞろ入ってきた。
彼女たちは模倣セイアの両腕を掴みその場に立たせる。
『なっ、一体なぜ!?芸は完璧だったじゃないか!』
「だからだよ。本物のセイアにそんなこと教え込むわけないでしょ」
『ふっ、アドリブ力が裏目に出たようだね。君たちがそういう仲ではなかったとは……!』
「当たり前だろう。人を何だと思っているんだ……」
セイアも少し頬を赤くしながらも苦々しげな表情をする。
自分の姿で恥ずかしい行為をされたことに相当なダメージを受けているようだ。
「まあそもそもの話、肌の色からしてミメシスのセイアさんの方が明らかに薄いですし」
『そんな……わかっていて泳がせたとでも言うのかい!?』
「下手に暴れられたり逃げられたりしても困りますので」
『……レズのサディストめ』
模倣セイアが恨めしそうに呟く。
そしてそれを聞き逃すナギサではなかった。
「あ、もしもしサクラコさんですか?すぐにユスティナ式の拷問を始めたいので準備をお願いします」
『ま、待ちたまえ!!事情を話す!全て話すから!』
「ふふっ、セイアさんたら。冗談ですよ♪ですが話が早いのは助かりますね」
『ふーっ、ふーっ!』
模倣セイアの当初の余裕はすっかり崩れ去り、冷や汗を浮かべながら乱れた呼吸を整えようとしていた。
(いや、ナギサのあの顔は『本気』だった。それなりに長い付き合いだからわかる……)
一方、セイアもセイアで親友の恐ろしい面を垣間見て、袖に隠れた掌をほんのりと汗で濡らした。
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模倣セイアが落ち着いたところで話を再開することにした。
『事情を話す前に、私と志を共にする友人を二人呼びたい。いいかな?』
「ええ、構いませんよ」
模倣セイアはポケットからスマホを取り出し、メッセージを送り始める。
すぐに返信は来たようで、ナギサへ向き直り内容を告げる。
『あと二〇分ほどで着くそうだ。ところでもう一つ聞きたい。ミカはいないのかい?』
模倣セイアは辺りをきょろきょろと見回す。
この場にいるのは先生、ナギサ、セイア、模倣セイア、そして護衛役の正義実現委員会の生徒二人だ。
「ええ、ミカさんには泊まりがけのボランティア合宿に出てもらっていますから。本日は戻りません」
『そうか。彼女にも会ってみたかったが、仕方ない』
そう言うと偽セイアはどこか寂しそうな顔をした。
ナギサにはその顔が嘘ではないことはすぐにわかった。
(ミメシスのセイアさん、一体何を考えているのでしょう?ミメシスと言えば我々と敵対する存在という印象ですが、この方は本当に悪意を持っていないのでしょうか?)
ひとまずこの場は先生とセイアに任せて、自身は紅茶の準備のために部屋を後にした。
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「「なっ、なななな…………」」
程なくして模倣セイアの友人二人が到着した。
セイアの人間関係を知る先生もナギサも、想定こそしていたものの実際にその姿を見て驚愕した。
その少女はスカートの両端を軽く持ち上げ、片足を後ろに下げて優雅に挨拶をした。
『ごきげんよう。桐藤ナギサと申します。微力ながらお役に立てるよう、尽力してまいります』
反対にもう一人の少女は幼さと活発さのある表情で、手を振って挨拶をした。
『聖園ミカ、ついに登場〜★って感じかな?あっ、私たちの仲だしアイスブレイクとかはいらないよね?』
『彼女たちが私と共に行動する友人で、私たちも『ティーパーティー』という名で活動している。君たちからすると、にせティーパーティーと言うべきだろうね』
『まずはこちらのセイアさんがご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした』
模倣ナギサが深々と頭を下げる。
謝罪する時の言い方や動作、ほんのり感じさせる余裕さえもナギサそっくりだった。
「い、いえ!どうぞおかけください。紅茶とケーキも用意していますので、よろしければお召し上がりください」
『わーっ!本物のナギちゃんのケーキだぁ!いっただっきまーす!』
『もう、ミカさんったらはしたないですよ?』
異様な光景だった。
同じ顔、同じ声、同じ話し方をした少女同士が向かい合って会話をしている。
先生は考えていた。
(彼女たちは何者なんだ?生徒と同じ姿形である以上、シャーレとしてサポートする対象に含まれるのだろうか……?)
気がつくと模倣ミカがこちらを見ていることに気がつく。
彼女は目をキラキラさせ、溢れんばかりの笑顔で先生を見つめていた。
『じーっ』
「……クリーム、ほっぺについてるよ?」
『ええっ!?み、見ないで先生!恥ずかしいよぉ……!』
会話した感じも本物そっくりだ。
ただ、本物よりもどこか幼い印象を受ける。
『では早速ですが、私たちの行動する目的を説明させていただきます』
切り出した模倣ナギサを中心に、彼女たちの目的が語られた。
『目的と言っては大袈裟ですね。私たちはただ、三人で静かに暮らせればそれで良いのです』
『私たちが生まれたのは少し前、トリニティ自治区の外れにある廃墟地帯で生まれました。世間ではエデン条約調印式の事件があった少し後と言えば伝わりやすいですね』
『驚きました。気がついたらこの地に立っていて、ミカさん、セイアさんがいて、桐藤ナギサとしてのその時点までの記憶もある。そして何より、自分の意思で行動ができる』
模倣ナギサは自分の胸に手を当てる。
『原因としては、エデン条約の事件で発せられた沢山の人々の強い感情が、自然発生するミメシスの仕組みと混ざり合った結果だと推測しています。ですが正直なところ、私たちにとってそこはあまり重要ではありません』
『何であれ、私たちはこの世界に生まれてきてしまったのですから』
ナギサは正面の模倣ナギサの目つきから、羨望と僅かな嫉妬の感情が読み取れた。
自分たちは優雅に暮らし、彼女たちは誰かの模倣の存在である上に廃墟暮らしなのだ。
無理もない話である。
『そしてそれから、私たちは慎ましくも穏やかに暮らしていました。しかし、事情があり現在そうはいかなくなってきています』
彼女は少し間を置き、意を決したように続ける。
『何を隠そう、意思を持つミメシスは私たちだけではなかったのです』
「ユスティナ聖徒会だね。やはり彼女たちも……」
先生が会話に加わる。
『なんか、本物の先生って知的でかっこいい……!』
模倣ミカが目を輝かせ、片手にフォークを握ったまま固まっている。
ペースを乱されそうになるが、先生はそのまま続ける。
「彼女たちが今日午前、トリニティ自治区に現れこちらを攻撃してきた。トリニティを狙っていたのか、初めから今日トリニティに来る予定だった私が狙いだったのかは断定できていない」
『彼女たちは先生のタブレットとクレジットカードを奪っていったからね。おそらくメインターゲットは先生だろう』
模倣セイアが付け加える。
(正直なところ、シッテムの箱と大人のカードが奪われたことは今の段階では黙っていたかったけど、やっぱり難しいかな)
『なっ、先生が!?くっ、私たちの対応が遅れたばかりに……!』
模倣ナギサが悔しそうに俯く。
ここまでの内容からユスティナとティーパーティーが敵対していることはわかるが、これまでどの程度の争いを繰り広げきたのかはまだ明らかになっていない。
『彼女たちは廃墟での暮らしに満足できなかったのでしょう。ニュースにもなっている通り、時々人里に降りては物資を奪ったり、人を襲ったりしているようです』
『今はまだ都市伝説程度の規模でしか行動していませんが、いずれはヴァルキューレや連邦生徒会などにも目をつけられるでしょう。ですが、そうなっては善良なミメシスまでもが生きる場所を失ってしまいます!』
模倣ナギサの声に熱がこもる。
自分達の暮らしの平和を守りたいという想いがあるのだろう。
『ですから私たちは、事前にユスティナ側の情報を得て彼女たちを止めるべく戦っているのです。幸いこちらには腕の立つミカさんがいますから』
模倣ナギサは横目でちらりと模倣ミカを見る。
『ですが今回のように後手に回ってしまうのもまた事実。不甲斐ない限りです』
ナギサは顎に手を当て考えていた。
話を聞く限りはミメシスのティーパーティーに悪意は無さそうだが、協力できるかと言えば難しい。
トリニティ自治区であればまだしも、ユスティナ側の行動範囲が他の学区にまで広がっている場合は政治的な問題にも発展するため手出しができない。
そんなナギサの様子を見て、模倣ナギサが微笑む。
『そんなに悩まないでください。これは私たちの問題で、あなた方が頭を悩ませる話ではありません。今日だってセイアさんの『うっかり』が無ければ、ここへ来るつもりはありませんでしたから』
『ですが、今日この出会いは私たちにとって大きな一歩になりました。こうして自分の元となった人に出会い、記憶の中でしか味わったことのない紅茶、ケーキまでいただけたのですから』
『突き放すような言い方になってしまいますが、明日から私たちはまた他人同士。もうここへ来るつもりもありません。お互いに、自身のすべきことに力を尽くしましょう』
「ナギサ……さん……」
自分のことなのでぎこちない呼び方になってしまった。
気がつけば、ナギサは彼女たちの力になりたいと考え始めていた。
自分と同じ顔をした存在が健気に頑張っているのだ。
親近感が湧くのも普通のことである。
「ナギサさん、私たちにできることはありませんか?」
「ナギサ……!」
セイアも同様の考えだったのか、親友の提案に嬉しさを感じていた。
『い、いけません!トリニティ自治区ならまだしも、他の学区でユスティナが出現した場合政治的な問題にも発展してしまいます!同じ頭脳を持つあなたであれば既に考え至っているとは思いますが……』
模倣ナギサの主張ももっともだった。
しかしこのまま放っておくこともできない。
ナギサが考えを巡らせていると……。
『じゃあさじゃあさ!その代わりってことで、私今のトリニティを見て回りたい!思い出作りなら迷惑かからないでしょ?』
模倣ミカが元気に手を挙げて発言する。
それに対してセイアも頷く。
「いいんじゃないか、ナギサ?」
「ええ、ミカさんらしい素晴らしい提案です」
『たまには良いこと言いますね』
『たっ、たまにはぁ!?』
模倣ナギサは模倣ミカの頭を優しく撫でていた。
その光景に先生も思わず笑みが溢れる。
「では早速出発しましょうか。トリニティ見学ツアーへ!」