「今のところ順調だね」
最短ルートを駆け抜けつつ、途中で遭遇したミメシスは銀の弾丸で蹴散らしているので時間的なロスは無い。
「ハナエ、荷物重くない?もし辛かったら交代するからね」
「大丈夫です!いつも持ち歩いている重さと変わりませんから……っ!?」
ハナエは前方に何かを見つけたようだった。
他の三人は既に戦闘体制に入っている。
それは背の高い、ドレスを着た女性のシルエットで……。
『お久しぶりですね、アツコ、ミサキ、ヒヨリ。私がいない間に随分と反抗的な顔つきになりましたね?』
なんと待ち構えていたのはアリウススクワッドにとって最も因縁深い大人、ベアトリーチェのミメシスだったのだ。
模倣ベアトリーチェはミサキたちの行手を阻むように両手を広げ、そのまま怪物のような姿に変身する。
枯れ枝のように腕や羽は伸び、花のように開いた頭にはおびただしい数の目玉が付いていた。
『子どもは子どもらしく、大人に搾取されていればいいのです!邪魔はさせません。私の理想の世界を造るまで……』
模倣ベアトリーチェは威嚇するようにけたたましい叫び声を放つ。
『いきますよ、アリウススクワッド!!』
「うるさいっ!!」
しかしミサキは一瞬の迷いも無く、持っていたロケットランチャーを模倣ベアトリーチェへ撃ち込んだ。
『アリウススクワッドー』
発射されたロケット弾は銀の弾丸と同じ素材でできたミメシス特効ランチャーであり、模倣ベアトリーチェは何一つ役目を果たさないまま跡形もなく爆発四散した。
「えぇえーっ!?」
あまりの躊躇いの無さにハナエは驚いている。
「あの、よかったんですか?何やら因縁があるようなご様子でしたが……」
「えへへ。向こうは何か言いたげでしたが、私たちは何の用もありませんからね」
「ふふ、今日は母の日だからね。きっとあの世から戻って来てたんだと思う」
「は、はぁ、そういうものですか……」
アリウスの三人は納得している様子だったので、ハナエはそれ以上追及しなかった。
「アツコ、適当言わないで!それを言うならお盆でしょ!?ていうか今日、別に母の日でもお盆でもないし!」
そうこうしているうちに、四人は最深部の祭壇まで辿り着いた。
「サッちゃん……!」
祭壇中央のオブジェにはサオリが磔にされていた。
彼女は全身傷だらけで、ところどころ血が出ている。
「ひどい……。待っててサオリ姉さん、すぐ助けるから!」
「……来てくれたんだな、みんな」
すると、先ほどまでぴくりとも動かなかった彼女は僅かな笑みを浮かべ、掠れているものの声まで発した。
仲間たちの声を聞き、アリウススクワッドのリーダー錠前サオリが目を覚ましたのだ。
「待っていたぞ、この時を……!!」
サオリは力強く拳を握り締め、仲間たちの介添も無く次々と自身に絡みつく拘束を引きちぎっていく。
そのあまりの強靭ぶりにヒヨリは若干引いていた。
「ええ……。サオリ姉さん、全然元気じゃないですか……」
ついには完全に拘束を解いて祭壇から飛び降り、ミサキたちの方へ自力で歩み寄って来た。
そしてミメシスたちの電池として利用されていたサオリが解放されたことによって、外のミメシスたちの力は大幅に落ちることとなる。
「心配をかけたな、みんな。私も戦おう。敵はどこにいる?」
力強く見開かれた彼女の両目は青く輝いている。
「いや、もうみんなやっつけたよ」
「……え?」
ところが、ミサキの報告にサオリは素っ頓狂な声をあげる。
「だからそんな無理して歩かなくて大丈夫。顔色悪いし、血足りてないでしょ?じゃあハナエ、お願いね」
「既に準備はできています!サオリさん、ここに座ってください!」
「えっ……え?」
「はい、じゃあアルコール消毒していきますねー。以前アルコールでお肌が赤くなったり痒くなったりしたことはありませんか?」
「えっ?あ、大丈夫……です」
「はい、ちょっとチクッとしますね」
てきぱきと治療を進めていくハナエ。
状況を理解できておらず思わず敬語が出てしまうサオリ。
何が何だかわからない。
「ミサキ、これは一体……?」
「姉さんがミメシスたちに連れて行かれた後、私たちは先生や聖園ミカの協力もあって無事に逃げ切ることができた」
「そしてボロボロだった私たち、特にアツコを、同じ避難所のトリニティの人たちが助けてくれた」
「信じられないでしょ?トリニティと協力するなんて。でも、そのお陰で姉さんを失わずに済んだ」
ミサキの説明にハナエが付け加える。
「皆さんだってヒフミさんたちを助けてくれましたから。これはお互い様ですよ?」
「それからサオリさん。今輸血しているこの血液は、ミサキさんが一生懸命同じ血液型の人を探し回って見つけてくれたものなんです」
それを聞いたサオリはとても驚いているようだった。
仲間のとはいえ、かつては命を投げ出そうとしていたミサキが人を生かすために動くなんて。
ミサキの方を見ると、彼女は照れくさそうにそっぽを向いている。
「あ、あのさ、今姉さんに輸血されてるその血液。それはトリニティの人たちが、私たちがアリウスだと知った上で提供してくれたものだから」
「私が言っても説得力無いかもだけど、その……大事にしてほしい」
少し前までは目が離せなかったミサキにヒヨリ、アツコが、いつの間にか頼もしく成長しついには新しい仲間とともに自分を助け出してくれた。
その事実にサオリの胸が熱くなる。
「ああ、肝に銘じておく」
「あの〜、私もナギサさんと相談して作戦立案するの頑張ったんですけど……?」
ミサキばかり褒めていたせいでヒヨリが少し拗ねている。
「ヒヨリが……?珍しいな」
「こんな時にやることじゃないですけど、私とミサキさん、お互い不得意な方をやってみようって」
ヒヨリに同調するようにミサキが続ける。
「普段関わらないような人と話して、そうしたらもっと、人のことがわかるかもって。街で暴れてたゲームプレイヤー達を見て、自分たちも以前はあんなだったのかなって思って、それがきっかけで」
「不謹慎だけど、こんな機会でもないとトリニティのことを知ろうなんて思えなかっただろうから。マダムに教え込まれたことだけで全てを知った気になるんじゃなくて、自分の目で見て確かめようって」
「……立派になったな。ミサキにヒヨリ、そしてハナエも、本当にありがとう」
そして一通り応急処置が終わった頃、奥からアツコが荷物を抱えて歩いて来た。
「はい、これ。没収されてたサッちゃんのコートと武器。奥にまとめて置かれてた」
「……止めないのか?」
サオリは少し休んだ後、すぐに戦場へ向かうつもりだった。
特殊部隊の勘か、まだ戦いは終わっておらず、自分にも果たすべき役割があることを直感的に理解していた。
そしてアツコにはそれを止められると思っていた。
「どうせ何を言ってもサッちゃんは戦いに行くでしょ?それとこれ、通信機とミメシス特効弾」
「ああ、ありがたく使わせてもらう」
アツコはまるで母親のようにサオリの身支度を手伝う。
「それと、はい帽子。被せてあげる」
「ああ」
サオリは体を少し屈め、アツコはサオリの髪を整え帽子を被せる。
そして、アツコはそのままサオリを優しく抱きしめた。
「いってらっしゃい。無理はしないで、必ず無事に帰ってきて」
「約束する。ありがとう、アツコ」
アツコの想いに応えるように、サオリも優しく抱きしめ返した。
「じゃあ、行ってくる」
戦闘準備の整ったサオリは他のメンバーに背を向け歩き出す。
「私からもお願いです!治療はしましたが、あまり大きなダメージを受けると怪我が悪化する可能性があります。どうかご無理はなさらないでください!」
ハナエは最後に念押しするように忠告する。
「勿論だ。だが何故だろうな、今の私はこれまでに無いほど調子が良い。ミサキ、みんなを頼んだ!」
「はあ……はいはい、気をつけてね」
こうして四人に見守られながら、サオリは戦場へと駆け出していった。
「さて、と。そろそろ私もロイヤっちゃおうかな」
「は?何て?」
ミサキがアツコの方を見ると、彼女はサオリが先ほどまで拘束されていた祭壇のオブジェに手を添え、何やら精神統一のようなことをしていた。
「ちょっと貸して、ね」
ロイヤルブラッド秤アツコのささやかな反撃が始まる。
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サオリが解放されるとほぼ同時刻、トリニティ自治区では一般生徒がミメシスの侵攻を食い止めるべく戦っていた。
『なんだこいつら、ただのお嬢様じゃないのか!?』
『思ってたより一人一人が強い……!それに、こっちの力が落ちてるような感じがする!』
『応援来てくれ!このチビ強すぎる!アイスみてぇな髪色しやがって!』
「スーパースター大勝利!!さあ、次はどなたが相手ですか!?」
「レイサさんに続きましょう!」
「このままやられっぱなしで、黙ってなどいられません!」
「私たちだって戦えます!ドタマぶち込んでやりますわ!」
トリニティの生徒は一歩も引かずにミメシスたちを追い詰めている。
そしてその戦う生徒たちの中には放課後スイーツ部の四人も含まれていた。
一応現在は学園の代表なので、護衛としてスズミとレイサがついている。
「どうか無理はなさらないでくださいね?今のあなたたちは学園の代表なのですから。レイサさん……は前衛で、私はお側でお守りします」
「そうは言っても、ねえ?ここまでされてるのに、大人しく座っていられるわけないじゃない」
「同感だね。何より、年頃の乙女から青春を奪った罪は重いよ」
ヨシミだけでなく、珍しくナツまでもが怒っている。
そんな中しばらく膠着状態が続いていたが、そこでミメシスたちに異変が起き始めた。
〈ちょっと貸して、ね〉
『な、なんだ!?誰の声だ!?』
どこからともなく声が聞こえてきたかと思うと、その瞬間一体のミメシスがプレイヤーの操作を受け付けなくなった。
『うわっ!?おい、何をする!』
『違う、俺の意思じゃない!体が勝手に!』
するとそのミメシスは突然周囲の仲間を攻撃し始めた。
プレイヤーが気付くことは不可能だが、これはロイヤルブラッドの力でミメシスの制御権を乗っ取ったアツコの策略である。
遠く離れたカタコンベの祭壇を基地局として、アツコが次々とミメシスの制御を乗っ取り、仲間を攻撃させていたのだ。
『やめろ!どうした急に!』
『やりやがったな、こいつ!』
ブルアカのルール上、ミメシス同士であるためダメージこそ与えられないものの、妨害や挑発と受け取られる可能性がある。
アツコが乗っ取ったミメシスは全体のほんの一割、時間にして数秒だが、プレイヤーたちに不信感を抱かせるには十分だった。
寄せ集めの軍隊でしかないミメシスたちに仲間意識など無く、チームはあっという間に崩壊していく。
「何これ、仲間割れ?」
「今がチャンスです!一気に畳み掛けましょう!」
トリニティは徐々にミメシスを減らしていくことに成功する。
しかし……。
『邪魔するな!くそっ、こうなったら……!!その力、俺によこせ!』
一人のユスティナ信徒がガスマスクを外し、なんと争っていたミメシスのヘイローに齧り付いたのだ。
まるで獣のように頭を押さえつけて鋭い牙で噛みついており、ヘイローはミシミシと音を立ててひび割れていく。
『えっ!?あ、何……やめ……』
そしてついにヘイローが砕け、その瞬間襲われていたミメシスは地面に倒れ、動かなくなった。
『え……お前、何やってんの?』
突然の出来事に硬直するミメシスたち。
ヘイローを取り込んだミメシスは少し体が大きくなり、銀の弾丸によって失った腕も再生している。
武器は奪ったものを含めて二丁マシンガンを持っていた。
『……』
そのミメシスは無言のまま、次々と周囲のミメシスを押し倒し、ヘイローを捕食していく。
それはあまりに凄惨な光景で、トリニティ生たちも恐怖で手出しができなくなっていた。
同時に、セイアを通じて模倣セイアから共有された情報を思い出していた。
『まず奴の生み出したミメシスと奴自身は、他のミメシスのヘイローを食らうことでその記憶を引き継ぎ、身体能力を向上させ、捕食されたミメシスが私の予知能力のような特別な力を持っていた場合、それを奪うことができる』
「ひどい……仲間を襲って無理やり力を奪うなんて……!」
そして捕食されたミメシスの残骸は灰のようにボロボロと崩れ、後には何も残らない。
そして捕食された時点でそのプレイヤーはゲームオーバーとなる。
『もうなり振り構っていられない。今がその時なんだ……!』
捕食による能力の継承システム。
下手に公開すれば多くの兵を失いかねないため、この仕様はメフィストによって意図的に秘匿されていた。
万が一の事態に備え、アカウント登録時の心理テストで特に攻撃性が強いと判断された一部のユーザーにのみ教えられている隠し玉で、それが今表に出る形となった。
『このままだとあいつに全員食われる!私だって……!』
『やめろ!そういうお前が食われろよ!』
ミメシスたちは次々と仲間を減らし合い、最終的に数は大幅に減ることとなった。
しかし残ったミメシスたちはどれも凄まじい力を持っており、そしてついに……。
『GYAAAAAAAAAAAA!!』
力を大量に取り込んだ者が、悍ましい叫び声と共に一般的なユスティナ信徒からバルバラへと姿を変えた。
「ミメシスを取り込んで進化した……!?」
数は多くても一体一体が弱い分、ユスティナ信徒のほうがまだ相手をしやすかったかもしれない。
トリニティ生たちはこれ以上強くなる前に敵を倒すべく、再び戦闘態勢に入った。