模倣ナギサは焦っていた。
学園の周囲とブルアカの要となるMeister社は強力なミメシスで取り囲み、街の至る所にも兵を配置できている状況だった。
勝てるはずだった。
勝負にすらならないと思っていた。
しかし実際にはどうだ。
こちらの戦力は次々と削られ、トリニティの魔の手がすぐそこまで迫っている。
自分の指揮が悪かったのか。
このままではメフィストに無能と見做され『継承』のための生贄にされてしまう。
自分以外誰もいなくなったティーパーティーのテラスで、今にも泣き出しそうになりながら頭を抱えていた。
すると、テラスの床に一筋の影がかかる。
何かが上空を飛んでいるのか、模倣ナギサはその正体を確かめるために上を見上げる。
「ご機嫌よう。少々お時間いただけますか!?」
『なっ!?』
なんとそこにはパラシュートでこちらへ降下しようとしているナギサがいたのだ。
しかもナギサは下から迎撃されないよう先手を打つため、肩にロケットランチャーを担いでこちらを狙っている。
『嘘でしょう……!?自分の学園なのですよ!?そんなものを撃ったら……!』
模倣ナギサが言い終わらない内にナギサは引き金を引き、砲弾がテラスへ着弾し大爆発を起こした。
『きゃああああああ!?!?!?』
慌てて転がるように回避する模倣ナギサ。
爆心地を見ると黒煙がもくもくと上がっていた。
そして煙が晴れ、その中心にはナギサがロケットランチャーとハンドガンを手に立っているのが見える。
その表情からは、トリニティに仇なす者を絶対に許さないという強い意志が感じられた。
『ナギサ様!何事ですか!?』
テラス前を警護していたミメシスがぞろぞろと侵入してくる。
しかし……。
「無礼者!!許可なく神聖な場所に立ち入るなど何事ですか!!」
ナギサは入ってきたミメシスたちに向かってロケットランチャーを放つ。
弾は当然銀の弾丸と同質のもので、ミメシスたちは跡形もなく爆散した。
『ああ、テラスが……!なんて無茶苦茶な!あなたそういうタイプではないでしょう!?』
「ええ、仰る通りです。あなたたちの不意を突くために慣れないことをしましたが、案外気持ちがいいものです……ねっ!」
『きゃっ!?』
ナギサは弾の尽きたロケットランチャーを投げつける。
慌てて躱す模倣ナギサ。
どうにか反撃しようと銃を取り出しナギサへ向けるが、ナギサの方が動き出すのが早かった。
「遅いですよ」
ナギサは既に構えていた銃の引き金を引き、その弾は模倣ナギサの右肩に命中した。
『あ゛あ゛あ゛っ!?』
弾の当たったところが爆発を起こし、模倣ナギサは右腕を失う。
そのはずみで銃を取り落とし、反撃する手段も失ってしまった。
『はあ、はあ……!助けてっ!ミカッ!ミカぁぁぁ……!』
ほぼ一方的に蹂躙され、この殺気立ったオリジナルを倒す術は無いと理解させられた模倣ナギサはパニックに陥る。
「ミカさんなら来ませんよ。今ごろこちらのミカさんが方をつけている頃でしょう」
『そ、そんな……!?そうです、セイアさん!どこですかセイアさん!?助けてください!殺される!』
まともに立つこともできず、尻もちをついたまま逃げるように後ずさる。
「セイアさんも来ませんよ」
「彼女の命は、あなたたちが奪ったのでしょう……!!」
鬼のような形相とドスの効いた声。
度重なるストレスに、さらに畳み掛けるように訪れる悪い状況に模倣ナギサの心はついに限界を迎えた。
『ううっ……。ぐすっ、ひっく……うわぁぁぁぁぁぁん!!だれかたすけてええええぇぇぇぇ!!』
子どものように涙と鼻水を流しながら泣き出してしまう模倣ナギサ。
「チェックメイトですね」
しかしナギサは容赦なく額に銃口を突きつける。
「…………っ」
『……ぐすっ、撃たないのですか?』
ナギサはどうしてもその引き金を引くことができなかった。
銃を持つ手は震え、その表情は怒りと憎しみ、そして悲しみの混じった複雑なものだった。
『私が憎くないのですか?私たちはあなた方の大切なものを蹂躙し、奪い尽くしたのですよ?』
「っ!憎いに決まっているではありませんか!!自分と同じ顔をしているからこそ、なおのこと!」
しかし言葉とは裏腹に、ナギサは引き金にかけた指を外し、銃を下ろした。
「ですが私にはできません、ミメシスとはいえ心を持った一人の人を殺めるなど……!」
この時模倣ナギサはオリジナルとの決定的な違いを思い知らされた。
いつの間にか失ってしまった、相手の痛みを想像する共感性、そして思いやり。
模倣セイアの命を奪ったのは模倣ミカだが、仮にその役割が自分だったとしても、おそらくは引き金を引いていただろう。
「セイアさんから聞きました。あなたもミカさんも、そしておそらくサクラコさんたちも、皆メフィストフェレスに心を壊されたのでしょう?」
「罪は消えませんが、情状酌量の余地はあるはずです。今すぐ投降してください」
『……甘いですね。敵に情けをかけ、選択肢を与えるなど。ですが私もそのような心を持てていれば、セイアさんの命を奪わずに済んだのかもしれませんね』
そして気がつけば、模倣ナギサの目からは涙が流れていた。
『セイアさん、もう一度あなたに会いたいです……。もう一度会って、謝りたい……!』
ナギサは腰を下ろし、そんな模倣ナギサの頭を優しく撫でる。
しかし、悪魔はいついかなる時も他人の事情など考慮しない。
遠くから銃声や爆音が聞こえてくるだけの静かな空間に、突如携帯の着信音が鳴り響いた。
それは模倣ナギサのもので、画面を見るとメフィストからの着信であることがわかった。
『……もしもし』
〈ナギサちゃん大丈夫!?今ミメシスの状況見てたんだけど、君のところに危険信号が出てるから何かあったのかなって!〉
メフィストはブルーアークカタストロフの、ミメシスの状況を確認する機能を使って模倣ナギサが危機に陥っていることを知ったのだろう。
そしてこのタイミングで電話をかけてきたその意図を考え、模倣ナギサは己の運命を悟る。
『申し訳ありません、メフィスト様。上空から侵入した桐藤ナギサに重傷を負わされ、もう戦うことも逃げることもできない状態です』
模倣ナギサは諦めたように現状を報告する。
〈重傷!?ひどい……!待ってて!すぐ近くにいるミメシスにそっち行ってもらうから!だからそれまで持ち堪えて……〉
『そうやって私のことを他のミメシスに継承させるつもりでしょう?』
〈……えっ?〉
『もううんざりです!散々都合の良いように人を操って、不要になったら捨てる。これまで何人もの同胞がそうやって道具のように捨てられるのを見てきましたが、もう我慢なりません!!』
『ナギサさんと話して今はっきりと理解しました!私はついていく人を間違えたと!勝手ながら、ここから先は私の意思で行動させてもらいます!』
『徹頭徹尾くそみたいな思い出でしたね、メフィスト様との『おままごと』は!』
〈なっ!?〉
『短い間くそお世話になりました!とっととくたばれ糞野郎!!』
最後に思い切り言いたいことをぶち撒け、模倣ナギサは電話を切った。
直後、テラスへ三体のバルバラが侵入してくる。
「なっ!?強力なミメシスを三体も!?」
『大丈夫です、彼女たちの狙いは私ですから』
模倣ナギサは怯まず、テーブルの下に置いてあった鞄を手に取った。
そしてナギサに自身のスマホを手渡す。
『この端末には、私たちの犯罪のあらゆる証拠が詰まっています。役立ててください』
『それと、今更こんなことを言う資格が無いのは承知の上ですが、ミカさんやセイアさんとの思い出まで壊してしまうというのは、どうしても受け入れ難いので』
模倣ナギサの顔は憑き物が落ちたように穏やかだった。
直前に取った鞄、託したスマホ。
ナギサはこれから彼女がしようとしていることを察知し、急いで止めに入る。
「待ってください!!早まらないで!二人でここを切り抜けましょう!」
ナギサは模倣ナギサの肩を掴み違う道を示す。
しかし、模倣ナギサは優しくその手を振り解いた。
『あなたの装備でもこの状況が突破できないことは分かっています。お気になさらないでください。悪事を働いた者がけじめをつける時が来ただけですから』
模倣ナギサはバルバラたちへ向き直り、勇ましく声を張り上げる。
『さあバルバラたちよ、私の頭脳が欲しいのでしょう?三人仲良く分けることはできませんからね、早い者勝ちですよ!』
模倣ナギサの挑発を受けたバルバラたちが一斉に襲いかかる。
ガスマスクを外して模倣ナギサの体を掴み、鋭い牙をヘイローに突き立てている。
しかしそれでも模倣ナギサは倒れない。
『ふんっ、ぐっ…………だああああああああああああ!!!!』
模倣ナギサは桐藤ナギサとしての人生を含め、これまで出したこともないような雄叫びを上げながらバルバラたちを掴み、テラスの柵の手前まで片腕だけで引きずっていく。
その間にもヘイローはどんどんひび割れていく。
ナギサにはもう止めることはできなかった。
今の自分が突っ込んでいっても足手纏いにしかならないのはわかっていたし、仮にそんなことをすれば模倣ナギサの覚悟をふいにしてしまう。
そして……。
『さあ、いっしょに地獄に落ちましょうね……!!』
模倣ナギサとバルバラたちは柵を突き破り、下の庭園へ落下していった。
直後、校舎全体を揺らすほどの揺れと轟音を響かせ、テラスの真下で大爆発が起こった。
ナギサはただ静かに、上空へと上がる黒煙を眺めていた。
もっと違う道があったかもしれないと考えなかったわけではない。
ただそれでも、模倣ナギサの決断を、覚悟を否定はしなかった。
ナギサは最後に手渡されたスマホの動作確認も兼ね、電源スイッチを押してスリープを解除する。
表示されたロック画面には模倣ミカ、ナギサ、セイアの三人が笑い合って写っている写真が設定されていた。
ここに写っている彼女たちこそが、本来の穏やかで優しい仲の良い三人だったのだろう。
すると再び模倣ナギサのスマホに電話がかかってくる。
「……もしもし」
〈ナギサちゃん!?もう、いきなり怒るんだからびっくりしたよ!でも君の言う通り、確かに私の態度も良くなかったかなって。反省してるよ〉
〈って、それよりも学園!すごい音したけど何があったの!?〉
「何が『それよりも』ですか。本当に反省しているなら、口が裂けてもそんな言葉は出てこないはずですよ」
〈…………あっ、本物の方かぁ。よくもナギサちゃんをやってくれましたね?私の大切な仲間を……〉
「黙りなさい。死なれる前に彼女から力を奪い取りたかっただけでしょう。差し向けたミメシスたちもまとめて爆弾で消し飛びましたよ」
〈奪う?さあどうでしょう?敵に情報を教えるわけないじゃ無いですか♪〉
メフィストは白々しく誤魔化すが、ナギサの声色は至って冷静だった。
「確かにそうですね。では私も、セイアさんから聞いたあなたの末路を教えて差し上げようかと思いましたが、やめておきましょう。このような言い方をする時点で、ある程度察しがつくとは思いますが」
〈……〉
「最後に二つ。まず今のうちに懺悔の言葉を考えておくのですね。時間の許す限り、じっくりと」
「それから、たとえどこへ逃げようとも、私たちは地獄の果てまででもあなたを追いかけ回しますのでそのつもりで。そして必ずや、あなたの口に鉛玉をぶち込んで差し上げましょう」
テラスには他に誰もいなかったから良かったものの、この時のナギサはとても人には見せられない、鬼ような顔をしていた。
「それでは、ご機嫌よう」
ナギサは模倣ナギサと同じように、一方的に言いたいことだけを言って電話を切った。
どうにか冷静に話すことはできたものの、危うく怒りでスマホを握り潰すところだった。
「ふーっ、さて……」
ナギサは耳に付けた通信機でセイアに連絡を取る。
「セイアさん、学園の中枢機能は奪還できました。あとは最後の仕上げのみです。お迎えをお願いします」
〈お疲れ様、ナギサ。すぐに向かうよ〉
上空から迎えのヘリの音が聞こえてくる。
まだ戦いは終わっていない。
感傷に浸る間もなく、ナギサはセイアと共に次の戦場へと向かっていくのだった。