こうして六人でトリニティの施設を見学し、各部活とも少し会話をしてテラスへ戻ってきた。
『あんまり変わってなかったね★』
『ミカさん!』
「まあまあ、思い出の場所がそのまま残っているのは良いことではありませんか」
「そもそも、エデン条約の後に生まれたのならそう長い期間は経っていないだろうしね」
それぞれが思い思いの感想を述べている。
そしてやはり先生としては生徒同士の会話に興味があったようだ。
「でも、シスターフッドに顔を出した時のサクラコの驚きっぷりは凄かったな〜」
『記憶を見た時の印象と結構違いましたね、サクラコさん……』
「まあ、無理もないと思うよ……」
模倣ナギサの困惑する様子に同調する先生。
すると、模倣セイアがさっきから黙ったままであることに気づく。
「どうしたの、セイア?」
黙っていた模倣セイアだったが、意を決したように、しかし寂しさも感じさせる表情で口を開く。
『私……もう少しここに滞在することはできないだろうか?』
『あら意外ですね。想定していませんでした。ですがセイアさん、先ほども申し上げた通り私たちは互いに干渉してはいけない……』
「私は今日君たちと話して、もっと交流を続けたいと思ったよ。政治的な課題は一緒に考えていこう。滞在も許可しよう。着替えは私のと同じサイズだから用意は必要ない。君たちもどうかな?」
模倣ナギサはしばし考え込んでいた。そして……。
『……せっかくの申し出ですが私は遠慮しておきます。しなくてはならないことも沢山ありますので。ミカさんはどうしますか?』
『私は……えっと、先生と一緒がいい、かな?』
何かを期待するように上目遣いで先生を見る模倣ミカ。
ナギサとセイアは、こんなところまで親友にそっくりなのかと笑いを堪えている。
「ごめんね、女の子一人をシャーレに連れ込むことはできないかな」
『ぶーっ!じゃあいい!ナギちゃんと帰る!』
先生の紳士的な対応にお姫様はご立腹だった。
『ではセイアさん、くれぐれもご迷惑をおかけしないように。明後日の朝ごろお迎えに上がりますね』
「良かったじゃないか、ナギサママのお許しが出て」
『誰がママですか』
セイアの茶化しに模倣ナギサが突っ込む。
珍しい組み合わせだ。
『頼んでおいて何だけど、随分すんなり許してくれたね』
『私だって鬼ではありませんよ。ただし、悪いことをしたらすぐに勘付きますからね?』
(私って圧をかける時こんな顔をしているんですか……!?)
ナギサが内心ショックを受けていると、テラスに正義実現委員会の生徒が入ってきた。
「ナギサ様、セイア様!お取り込み中失礼します!ブラックマーケットで暴れていた生徒を確保しましたので報告に参りました!」
「このタイミングで!?まさかユスティナのミメシスですか!?」
「いえ、身体的特徴から察するに、普通の生徒かと思われます!」
「そ、そうですか……」
ミメシスではないのは良いことだが、普通の生徒が捕まっているのもそれはそれで問題だ。
ナギサは紅茶を口にして落ち着きを取り戻し、引き続き彼女から情報を聞く。
「わかりました。それで、その生徒の名前はわかりますか?」
「はい!その生徒はファウストと名乗っています!」
「ぶーっ!!」
「せ、先生ッッッ!!大丈夫ですか!?」
なぜか先生が紅茶を吹き出していた。
おそらく知っている生徒が不良になってショックを受けているのだろう。
と、セイアは考えているが実際には違う。
ファウスト、その正体である阿慈谷ヒフミは以前からブラックマーケットに出入りしている常連である。
それだけでも大問題なのだが、以前危険に巻き込まれた際にアビドス高等学校の生徒たちと協力関係を結んでいる。
そこでファウストの名を得て、成り行きとはいえ犯罪行為にも手を染めている。
(でもまだファウストの名が割れただけだ。上手く逃げてくれれば、もしくは名前を借りた他人の可能性だってある!そうであってくれ……!)
「ファウスト……。その生徒の本名は分かりそうですか?」
「はい!紙袋の覆面を取って顔を確認したところ、その正体がトリニティ生である阿慈谷ヒフミであることが分かりました!」
「「ぶーっ!!」」
「せ、先生ッッッ!!ナギサッッッ!!」
セイアは大慌てで二人のこぼした紅茶を拭いている。
そして、そこで一つの疑問が湧く。
「そういえば先生、君はファウストの名前しかわかっていない時にも驚いていたね?もしかしてその正体を知った上で黙っていたのかい?」
(お、終わった……)
セイアの発言にその場が凍りつく。
セイアの直感の鋭さか、先生の失態か。
どうやって切り抜けようか考えていると、別の正義実現委員会生が現れた。
「阿慈谷ヒフミによると、『ナギサ様なら事情を理解しています!』とのことでした!お連れしてもよろしいでしょうか!?」
「ごほっごほっ!!」
「ナギサ、君も共犯者だったというのかい?」
「す、するはずがないでしょうそんな事を!!ヒフミさんが!私だって!」
悲しそうな顔をするセイアの指摘に、今度はナギサが窮地に立たされる。
ナギサはファウストのことを知らないはず。
濡れ衣を着せられたのではたまったものではない。
ナギサに同情する先生だが、今はあまり構っていられない。
(しかしなぜブラックマーケットで暴動なんて起こしたんだろうか。ペロログッズのため?)
先生が必死に頭を振り絞っていると、件の容疑者がテラスへ現れた。
『あーっ!ナギサ様!ナギサ様ーっ!』
手錠で両手を繋がれ、その手には薄汚れたペロロのぬいぐるみを持っていた。
肌は血色のいい薄橙色、ミメシスの青白さとは似ても似つかない。
本物のヒフミの人生終了に王手がかかった瞬間である。
「あ、あああ、ヒフミさん。本当に犯罪者になってしまったのですか……!?」
ナギサがこんな顔をするのは、エデン条約の事件の際にハナコの策略で精神的にダメージを負った時以来だ。
(終わった……)
先生も諦めかけていたところで、事態は思わぬ方向へ転がっていく。
『会いたかったです、ナギサ様!ぎゅーっ♡』
その『ヒフミ』が抱きついた相手はナギサではなく、模倣ナギサの方だった。
(一体どういうことだ……?)
そしてヒフミが不良に堕ちた上、自分と偽物を見間違えられたと判断したナギサは完全に思考停止してしまった。
セイアはそんなナギサをつついて意識の有無を確かめている。
(……いや待て!いくら見た目が似てるからって肌の色が違うんだ。本当に間違えるだろうか?そもそも、このヒフミはナギサが二人いる事実に一切驚いていない……!)
先生は思考を立て直した。
これならいけるかもしれない。
次に話す内容を考えついたところで、視界の端に模倣セイアが映ったのだが……。
『…………』
彼女は、この世のものとは思えない、信じられないものを見たといった顔をしていた。
(いくらなんでも驚きすぎじゃないか?いや、驚くというよりも恐れている、という顔か。でもそれを思考に組み込む時間はない!)
「ええと、ミメシスのナギサ。もしかしてだけどその子って……」
『ええ、お察しの通りです、先生』
『この方は、ヒフミさんのミメシスです』
新たに加わった模倣ヒフミの頭を撫でながら模倣ナギサは答えた。
『事態がややこしくなってしまうので黙っていましたが、我々にはもう一人同胞がいました。それがヒフミさんです』
『驚きますよね。私たちとは違って、普通の生徒と何一つ違わない見た目なのですから』
それを聞いていたナギサはハッと目を覚ました。
「ミメシスのヒフミさんでしたか!!でしたら本物のヒフミさんは無罪というわけですね!!」
語り出したナギサは止まらない。
「先生はファウストの調査をしていく中でその正体をヒフミさんだと知り、しかし本物のヒフミさんとも交流がある先生は、ヒフミさんが犯罪行為に手を染めるなどあるはずがないとすでに理解していたのです!」
「そんな状況だからこそ、私たちを混乱させないようにファウストの正体について誰にも話さずお一人で抱え込んでおられたのですね!!」
ナギサは目に涙を浮かべながら尊敬の視線を先生に向けている。
「……ああ、流石だよナギサ。理解が早くて助かる」
ナギサが勘違いしてくれたおかげで「ファウスト=本物のヒフミ」という線は完全に消え、先生の悩みの種が一つ消えた。
しかし、ナギサの思い込みの激しい性格は何とかしなくてはならないなと再認識したことで先生の悩みの種は一つ増えた。
結果、プラスマイナスゼロである。
『ところでヒフミさん、一体なぜ暴動など起こしたのですか?』
『はい!このペロロ様を手に入れるためです!』
模倣ヒフミは自信満々に手に持っていたぬいぐるみを差し出した。
『全く、いけませんよヒフミさん。いくら無法地帯とはいえ他人から物を奪い取るなんて。本物のヒフミさんのご迷惑にもなってしまいます』
『あははっ♪すみません混乱させてしまったみたいで!ってああっ!ケーキ!美味しそう……!ってあれっ、セイア様食べていませんね?食べないのであれば私がいただいてもいいですか?』
『あ、ああ。好きにするといい……』
『わーいっ!ありがとうございます!』
「大丈夫ですよ。セイアさんの分もヒフミさんの分もありますから。今、紅茶をお淹れしますね?」
『いや、私はいいよ。このケーキはヒフミが食べるといい』
『あっ、じゃあふたつ食べたいです!』
『ヒフミさん、はしたないですよ?』
『えへへっ♪』
(何だ、この違和感は……?)
本来微笑ましく感じるはずの目の前の光景が、先生には酷く歪に見えた。
ミメシスとはその語源の通り複製であるはずで、元になった生徒にある程度性格が似るのが普通というものだ。
それなのにヒフミのミメシスは行動があまりにヒフミらしくない。
本物の彼女は無闇に暴れたりしないし、まして私利私欲のために他人から物を奪い取るような事をする子ではないと断言できる。
ミメシスになっただけでこうも変わるだろうか?
そして、その模倣ヒフミと当然のように仲良くしている模倣ナギサに対する疑念も湧いてくる。
彼女たちは本当に信用してもいいのか?
肌の色が普通の生徒と同じなのも気になる。
それに何より、彼女が現れてか模倣セイアの様子がおかしい。
明らかに口数が減った。
一体何が起きているのか、先生は一度深く椅子に腰掛け直す。
その時、紅茶を淹れに席を立ったナギサと一瞬目が合った。
推測だが、彼女も何かを感じ取っている。
見逃してはいけない情報が多すぎる。
慎重に行動しなくては。
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『では、本題に戻りましょうか』
模倣ヒフミの頭を撫でていた模倣ナギサが正面に向き直る。
先ほどまで見せていた慈愛の表情が、仕事をする時の真剣なものに変わる。
『先ほど戦闘行為における援助をお願いすることは無いと申し上げましたが、その上でこれだけは共有させてください』
そう言うと模倣ナギサは鞄から地図を取り出し、テーブルへ広げた。
ところどころ見える欠けや汚れが、彼女たちの過酷な状況を想像させる。
『実は我々は、ユスティナ聖徒会が次に出現する場所を既に掴んでいるのです。それは、こことここです』
模倣ナギサは付箋を地図の二箇所に貼り付ける。
一つは坂道が険しい山岳地帯、もう一つは海岸から数km離れた小島だった。
「どちらも特に何も無い場所のように思えるのですが、トリニティ自治区に近いところにあるのが気になりますね」
『はい、奴らはここに補給地点を設けてそこから兵を送り、トリニティを侵攻する計画を立てているようです』
『そして、その計画の実行日は明後日』
「なっ!?」
ナギサは驚いた顔をした。
まさか既にトリニティが狙われていたとは。
「ずいぶん詳しく掴めているね。どうやってその情報を?」
セイアの疑問に先生は同意するように頷く。
ユスティナと偽ティーパーティーが裏で繋がっている可能性だってある。
彼女たちの身の上話を聞いて協力したいと思ったのも事実だが、模倣ヒフミの存在がその判断に警告を告げているのもまた事実だった。
『そこはしっかりと説明しなくてはいけませんね。結論から言うと、私たちには協力者がいます』
模倣ナギサの答えにセイアの耳がピクリと反応する。
ここでわざわざ宣言すると言うことは、やましいことは無いのだろうが。
『ユスティナ側も一枚岩ではないのでしょうね。数は多くありませんが、好き放題暴れ回るやり方を良く思わない一部の方々がこちら側に力を貸してくださっています』
「私からもいいかな?ちなみに、その協力者と直接話をすることはできる?カードやタブレットを奪われた件で何か知っていることがないか聞きたいからね」
『申し訳ありません。スパイであることが発覚しないよう、私たち以外の方とは関係を持たないようにしていますので。連絡は基本的に私たちを通していただく形になります。先ほどの件は、私から尋ねておきますね』
(やはり直接話をすることはできないか……)
躱されてしまった。
模倣ナギサの答えは聞いていて非常に「それっぽい」もので、仮に嘘が混じっていたとしても判別が難しい。
「ナギサ、どうする?」
セイアの問いに対し、ナギサは考える仕草をする。
(実際に今日トリニティ自治区でミメシスが暴れた事実がある以上、トリニティが狙われているという情報を嘘と断じることはできませんね。ひとまず共闘の線で進めましょう)
そして彼女は答えを出した。
「まずは敵の進路を予測します。幸い道が限られる地形のため、ある程度正確に絞り込めるはずです。そして、その進路上に正義実現委員会とシスターフッドを派遣しましょう」
その言葉を聞いた模倣ナギサはほっと胸を撫で下ろした。
『頼ることはできないとは言いましたが、実際のところ戦力に対してとても大きな不安がありました。学園の戦力が加わるのはとても心強いです。形は違えど、ここはお互いにとって大切な場所。共にトリニティを守りましょう!』
模倣ナギサの差し出した手をナギサが取り、握手を交わす。
『では、そろそろ私たちはお暇します。セイアさん、何かあったら私かミカさんへ連絡してくださいね』
『ああ、わかったよ』
『ええっ!?セイア様もしかしてトリニティにお泊まりするんですか!?羨ましいです!私もご一緒したいです!』
会話を聞いていた模倣ヒフミが自分も泊まりたいと言い始めた。
セイアは内心困っていた。
(参ったな。ナギサたちならまだしも、ヒフミはまだあまり信用できそうにもない。とはいえここで断っては角が立ってしまう。どうするか……)
そしてセイア同様ナギサも答えに迷っていた。
そして……。
「ええ、構いませんよ。私の部屋でしたら着替えもありますし、ベッドも二人は余裕で寝られます」
『良いのですか?こんな怪しい私たちの話を聞いていただいたばかりか、二人を泊めていただけるだなんて。あなたたちもお忙しいでしょうに』
申し訳なさそうに尋ねる模倣ナギサに対し、ナギサは揺るぎのない目つきで答える。
「ご存じとは思いますが、以前の私は少しでも疑わしい人間がいればすぐにでも学園から排除しようとする、そんな人間でした」
「正直なところ現時点ではわからないことも多く、戸惑いがあるのも事実です。ですが過ちは繰り返してはいけません。そうでなければ、またエデン条約の時のような事件が起こり、歴史が繰り返されるだけです」
「ですから今度は触れ合えないところに閉じ込めるのではなく、お互いのことを知っていくために交流を続けていくべきだと考えています」
「『もう関わることは無い』などと寂しいことは仰らず、あなたたちのことを、もっと教えてください。今日の『お泊まり会』はその第一歩ということで」
ナギサの言葉に、成長に、先生は暖かな喜びを感じていた。
(立派になったね、ナギサ。どうやら頭が固いのは私の方だったかな)
そしてナギサの言葉を聞いた模倣ヒフミは舞い上がり、ナギサにハグをした。
『やったあ♪ありがとうございます、ナギサ様!』
「うふ、うふふふふふふ……!いいんですよヒフミさん」
さっきまでの立派なナギサ様はどこへやら。
彼女の邪悪な笑顔を見た先生とセイアは真剣な眼差しでナギサに問いかける。
「念のため言わせてもらうけどね、ナギサ。そっちのヒフミは私たちのよく知るヒフミの代用にはならないからね?」
「ナギサ、来客だということを忘れてはいけないよ?」
「なっ!二人とも私のことを何だと思っているのですか!?熱々の紅茶ぶち込みますよ!?」