『ちいっ!!』
すんでのところで持っていた銃でこれを弾き飛ばすが、サクラコと入れ替わるように迫っていたサオリが宙を舞うナイフの柄を蹴り飛ばし、それは弾丸のような速度でメフィストを狙う。
流石に二回目は捌くことができずに彼女の首元が切り裂かれ、吹き出した鮮血が白い体を赤く染める。
『がぁっ……!?』
再び距離を取るメフィスト。
サオリはナイフを拾い上げ、自分と同等かそれ以上のナイフ捌きを見せたサクラコへ賞賛を贈る。
「手慣れているな」
「『体育』が少々得意なもので」
「なるほど……これ以上の詮索は控えよう」
サオリは口には出さなかったが、サクラコがナイフをまるで普段から使い慣れた武器のように扱えたのは、ユスティナ聖徒会かシスターフッド秘伝の戦闘技術によるものだろうと推測していた。
そして裏社会では特に戦闘技術が重視される分、その内容や出自を無闇に他人に話すことは情報戦におけるデメリットに繋がる、というのが一般的な認識である。
サクラコが詳しい説明を控えたのはこのためだろう。
サクラコから僅かに見え隠れする恐ろしさの理由にサオリは納得しつつ、戦いの方へと意識を向ける。
だが実際はそんな危なっかしい話などではなく、ただ純粋にサクラコが体育という科目を得意としているだけなのではあるが。
「まだまだまだぁ!!」
「ギャアアアアハハハハハハァ!!射程長ぇなぁ!!こいつはいい!!」
一方、メフィストに気を取り直す時間は依然与えられていない。
コツを掴んだミネによる瓦礫の投擲はさらに激しさを増し、上空からはサオリとサクラコのアサルトライフルを借りたツルギが銃弾の雨を降り注がせていた。
(おかしい、動きを読まれ過ぎている!)
先ほどからメフィストの中には一つの疑問があった。
最初は息の合った連携程度と認識していたが、毎度攻撃の初動を潰されているとあれば、もう未来を視ているとしか言いようが無い。
(こんなことができる奴は一人しかいない!)
〈次は右へ飛んで。A-5ドローンの辺りが安全だ。メフィストからの攻撃が一秒止まるから、その隙に攻撃を叩き込める。そして五秒後、ツルギは一度距離を取って〉
メフィストの予想通り、セイアが予知夢で視た次の動きをメンバーへと通信機越しに伝えることで、全員がメフィストの動きを知りながら戦うことができていたのだ。
もちろんメフィストには聞こえないように、スピーカードローンからは流していない。
もっとも、先の動きを知った上でそれに合わせて戦えるのは本人たちの戦闘能力の高さありきなのだが。
『何故私の動きを予知できるんです、セイアちゃん!?私は君の干渉を受けないよう、人から注目されにくい体質の子を取り込んだというのに!!』
〈いいや、厳密に言えば君の動きは視えていないよ。ただし飛んで来る銃弾、聞こえる音、皆の視線の向き先など『メフィストフェレス以外』の全ての情報を夢から読み取ることで、実質的に君の動きを知ることができるのさ!〉
予知を行っていることをすんなり肯定したセイアの声がスピーカードローンから聞こえてくる。
しかし、それを実現するのであれば一度視た予知夢の内容を正確に記憶し、細かいところまでメンバーと共有、そして事前に立てた作戦をこの超高速戦闘の中でタイミングの狂い無く実行する必要がある。
そんな常軌を逸した作戦を考案し、かつそれを実行に移すトリニティの異常性にメフィストは背筋が凍る。
『馬鹿な!把握しなければならない情報量が……いいやそれだけじゃ無い、他にも弊害が多すぎるというのに!!そうまでして私を倒したいですか!?この執念深い異常者どもめ!!』
〈執念深い異常者は君の方だろう。それと実は、この作戦の成功率を大幅に引き上げることのできるある秘訣があってね。他人を信用せず奪うことしか頭にない君には決して思いつかない、意外なものさ〉
『はあ?……何ですそれは!?是非ともご教示いただきたいですね!!』
セイアの挑発にペースを乱されそうになるも、ここは堪えて情報収集と考察に徹する。
(私に思いつかないもの……。まだ研究しきれていない神秘の秘密でもあるというのか、それとも先生による干渉か?)
(私に不可能ということは、キヴォトスの人間特有の体質に由来するものの可能性が高い。次の答えから、必ずその正体を掴む!)
メフィストは元々研究者であり、僅かな情報からその正体を探り当てていく思考能力には自信があった。
これまで看守との問答とセイアの放送、二度に渡って挑発に乗ってしまったが、もう同じ失敗は繰り返さない。
三度目の正直だ。
呼吸を整え、メフィストはセイアの答えを待つ。
〈それはだね……〉
〈愛の力だ!!〉
『ふざけるなァァァァァァァァァァ!!!!』
二度あることは三度ある。
メフィストは怒りのあまり、血管がはち切れるほど声を荒げた。
『何が愛だ、馬鹿馬鹿しい!!テクニックと言ったでしょう!!私は学術的な根拠に基づいた理論の話をしているのであって、感情的な話なんか聞いているのではない!』
〈私たち女子高生は全てにおいて『エモさ』を重視する存在だよ?愛さえあれば何でもできる!これが私たちの真実、私たちの青春の物語(Blue Archive)だ!〉
セイアもセイアで勢いづいているのか、普段は言わないような直球かつ捻くれの無い表現で言い返す。
〈それをいい歳した大人が横から入ってきてごちゃごちゃと!何でも自分の常識に当てはめないと気が済まないだなんて、どうやら君は独特な世界観を持っている、少々こだわりが強いタイプのようだね?ええと、これを何て言うんだっけ……そう、サブカルクソ女!〉
『殺す!!!!』
「ふっ、冴えているな」
「あははっ⭐︎セイアちゃん最高!」
あまりに切れ味の強い煽りに、サオリとミカも思わず吹き出す。
メフィストは翼を広げ怒りのままに大空へと飛び上がり、上空を飛んでいたセイアたちが乗っているであろうヘリに取り付き、扉をこじ開けた。
そして前の座席に座っているセイアの肩を掴み強引に引き寄せるのだが……。
〈抵抗はしないよ。こうなることは分かっていたし、全ては無意味だからね〉
セイアだと思っていたそれは彼女の服とウィッグを被せたただの人形で、顔には舌を出して挑発するセイアの写真が貼り付けられていた。
人形にはスピーカーが内蔵されており、そこからセイアの声が聞こえて来る。
〈このまま私は君に壊されて、ストレス発散の玩具にされてしまうのだろう〉
『こいつ……!!』
そしてその隣には同じ作りのナギサの人形も置かれていた。
しかしナギサは変顔をするのが恥ずかしかったらしく、顔に貼り付けられている写真は少し照れを感じさせるものだった。
『くそっ、こいつら馬鹿にして…………ん?』
ふと冷静になってヘリの中を見回すと、後部には明らかに怪しい多数の大きなボストンバッグが所狭しと積まれているのが見えた。
これではヘリの機動力が落ちてしまうというのに、そうまでして何を運びたかったのか。
そもそも、何故人形を乗せてまでヘリを寄越したのか。
それらの理由を考えた瞬間、メフィストは凄まじい怖気に襲われた。
〈すまない……ボンバーセイアなんだ〉
直後、積まれていた爆弾によってヘリが大爆発を起こし、メフィスト共々辺りは激しい爆炎に包まれた。
しかも、荷物の中には銀の弾丸と同じ素材の撒菱が大量に仕込まれていたのだ。
爆発と同時にそれらが散弾銃のように飛び散り、炎に包まれながら吹き飛ばされるメフィストへと容赦なく襲いかかる。
『くっ……そォォォォォォォォ!!!!』
その様子を見ていた先生は、当然の怒りとはいえ何としてでも自身の手で一撃を入れんとするセイアの執念に恐怖を覚える。
「セイア、あれ準備するのにいくらかかったの……?」
〈うん?まあざっと先生の生涯賃金くらいかな?〉
「ひいぃ、豪勢なことで……」
そしてメフィストの墜落地点にはサクラコとサオリが待機しており、メフィストの背中から生える腕をそれぞれ左右から掴み持ち上げる。
「行きますよ、サオリさん!」
「了解だ!」
「「せーのっ!」」
二人はそのまま綱引きの要領で腕を引っ張り、伸びた腕をピンと張る。
項垂れながら宙に吊られるメフィストは、まるで十字架に磔にされているかのような様相だった。
『なっ、何を……!?』
そして動けなくなったメフィストの正面にミネとツルギが立つ。
二人は片足を引いて拳を握り、パンチの構えを取っている。
「全力でやるぞ、ミネ」
「勿論、最後の仕上げですから」
『待て待て待て……!!』
そして呼吸を合わせ、銀の弾丸を握り込んだ拳でメフィストの腹部を全力で殴りつけた。
『ぐおおおぉぉぉっ!!』
「ぐっ、何て力だ……!」
「まだです!耐えて耐えて、張力を最大限に!!」
メフィストは後方へ吹っ飛ばされ、腕を掴んでいるサクラコとサオリも引っ張られそうになる中、どうにかその場に踏み留まる。
メフィストは度重なるダメージの激痛に意識を取られる中、敵の思惑に気付き始める。
『まさか……スリングショット!?』
サクラコとサオリが支えとなり、メフィストの腕がゴム、メフィスト本体を弾として考えると、四人の行動の理由に説明がつく。
そして吹っ飛ばされたメフィストの動きが止まったとろこで、何者かが彼女の両足を掴んだ。
「捕まえた!ヒフミ、発進だ!」
「了解です!クルセイダーちゃん、アクセル全開です!!」
いつの間にか後方へ回り込んでいたヒフミとアズサによって弾はさらに強く引っ張られ、メフィストの腕がミチミチと音を立て始めたところでクルセイダーの動きが止まった。
『くそっ、離せ!一体私をどこへ飛ばす……っ!?』
メフィストが自身の遥か前方へ視線を向けると、そこにはミカが待ち構えているのが見えた。
『まさか……やめろやめろやめろやめろ……!』
「今だ、アズサ!!」
「メフィスト砲、発射!!」
サオリの合図と同時にアズサが手を離したことで、まるでミサイルのような勢いでメフィストはミカの方へと吹っ飛んでいく。
サクラコとサオリも、メフィストが目の前を通過した瞬間その手を離す。
一方、ミカは右手に薬莢を外した銀の弾丸を持ち、それを全力で握り込んでいた。
すると圧力で弾丸の形が変形し、ミカの拳にジャストフィットした形となる。
「誰かはわからないけど、あなたの勇気ある行動のおかげでメフィストの弱点が見つかった」
「これなら、思い切りやれる……!」
拳を引き、パンチの構えを取るミカ。
彼女は既に極度の集中状態に入っており、迫って来るメフィストの動きがとてもゆっくりに見えていた。
『ふざけるな!!私はトリニティを、このキヴォトスを支配できるだけの力があるというのに!!それをこんなガキどもに……!!』
メフィストはなおも往生際悪く喚き散らしているが、ノイズとなる情報が全てシャットアウトされている今のミカには全く聞こえていなかった。
「ふーっ…………!」
ミカには確信があった。
今なら絶対に会心の一撃を撃てる、そんな確信が。
「「ミカ様!」」
「「ミカさん!」」
「「「「「ミカ!!」」」」」
『やめろ!!止まれ!!』
祈りにも似た叫びがこだまする。
仲間たちの期待に応えるため、ミカは地に足をつけ体を安定させ、右腕にありったけの力を込める。
そして最後に聞こえてきたのは、先生の声だった。
「行け!!ミカ!!!!」
「はぁっ!!!!」
ミカの拳はメフィストの腹部にクリティカルヒットし、その背部からは爆炎が突き抜ける。
そしてそのままミカは拳を振り抜き、メフィストはなす術なく白目を剥きながら吹き飛ばされていった。
『ぐお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!』
途中にあった廃ビルに激突してもその勢いは衰えず、合計五つのビルを貫通して岩壁に激突、最後には大爆発を引き起こした。