『……!』
もう一人のミカは、気が付けば街中に一人ぽつんと佇んでいた。
周囲を見渡すとそこはトリニティ自治区によく似た街並みをしており、生徒たちが友人と談笑しながら歩いているのが見える。
よく見るとその顔には見覚えがあった。
そこにいる生徒たちは皆メフィストによって生み出され、無念の死を遂げていった者たちだった。
『……そっか。死んじゃったか、私』
傷だらけだった羽も、失われたはずの手足も傷跡一つ無く綺麗な状態に戻っている。
目を覚ました段階でおおよそ察しはついていたが、自身と周囲の様子を見て改めてそれを実感する。
ではここにいる生徒たちは一体どこへ行くのだろう。
生徒たちの歩いていく方向を見ると、その先には大きな学園があるのが見えた。
彼女たちはきっと、あの学園で生前手に入れることのできなかった青春を謳歌するのだろう。
しかし自分は向こうへは行けない。
誰に言われたわけでもないが、ミカはその事実をはっきりと認識できていた。
自分が向かうべきは学園とは反対方向の、青春とは程遠い何も無いところ。
ミカは生徒たちとすれ違うように、一人街並みを歩いていく。
学園から遠ざかるほどすれ違う生徒は少なくなり、気がつく頃には周囲には誰一人いなかった。
それでもミカは進み続ける。
生前は散々人の大切なものを奪ってきたのだ、当然の報いだろう。
もしも友の命を奪っていなければ。
もしもあの時取引などしなければ。
今更遅いというのに、押し寄せてくるのは後悔の念ばかり。
そして何より心残りなのは……。
『きゃっ!?』
『すっ、すみません!つい考え事をしていて……』
そんな中、曲がり角で一人の生徒とぶつかってしまう。
こんなところにまだ人がいたのか。
相手の顔を見たミカは、驚きのあまり言葉を失う。
『…………ナギちゃん』
『ミカさん……!』
もう一人のナギサも自分と同じくこちら側へ来ていたのだ。
確かに彼女の罪も決して軽くはないが、まさかこんなところで再会するとは。
半ば諦めていたミカは、自身の中で抑え込まれていた寂しさが爆発する。
『なっ、なーんだ⭐︎ナギちゃんもこっち来てたんだ!まったく、まともな指示もくれずにさっさと死んじゃってさ!』
『は、はあ!?あんな状況でいちいちミカさんに指示なんて出せるはずがないでしょう!というより、むしろ何故私を助けに来てくれなかったのですか!』
『こっちだっていっぱいいっぱいだったの!!私ばっかりあてにしないでよ!』
『私だって余裕なんてありませんでした!!』
せっかく友と再会できたというのに、口から出てくるのは悪態ばかり。
こんなことばかりしているから、取り返しのつかない結果になってしまったというのに。
『ていうか、ナギちゃん言ったじゃん!お姫様になれるって!それなのに何でこんな事になってるの!?意味わかんない!!』
『そっ、それは……』
『ナギちゃんの嘘つき!!もうナギちゃんなんか知らない!!』
『っ!』
言ってしまった。
つい熱くなって、心にもないことを。
それを聞いたナギサは言葉に詰まり、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
『……申し訳ありません、確かにあなたの言う通りです。ミカさんの望みを、私は叶えてあげられませんでした』
俯き、心の底から申し訳なさそうに謝罪するナギサ。
違う、そんなことを望んでいるわけではない。
『……謝らないでよ』
それなのに言えない。
それでも『ごめんね』の一言がどうしても出ない。
二人が黙り込んでいるうちに、ついにミカは謝るタイミングを逃してしまった。
『……行きましょうか、ミカさん』
『……うん』
そして二人は再び歩き始める。
無言で、ただひたすらに。
そうしているうちに、二人は気が付けば学園から離れた住宅街まで来ていた。
一体どれくらい歩いたのだろう。
賑やかだった街並みは見る影もなく、辺りにあるのは一軒家か小さな公園だけ。
『……小学生の頃、こんな住宅街でミカさんとよく遊んでいましたっけ。自分の記憶ではありませんが、懐かしさを感じます』
『覚えてるよ。家が隣同士で、学校がある日も休みの日も、よく飽きもせず遊んでたよね。それこそ、あんな小さな公園……で…………』
『やあミカ、ナギサ。久しいね』
ミカが公園の方を見ると、そこにはナギサと同じくらい自分にとって大切だった、もう一人の友人がベンチに座っているのが見えた。
『セイア……さん……』
『全く、何度も説得したのに人の忠告を聞きもせず、随分と好き放題暴れ散らかしてくれたじゃないか。おかげで散々な目に遭ったよ』
もう一人のセイアはここぞとばかりに二人をくどくどとと説教してくる。
普段ならあまりの言い草に喧嘩になるところだが、ミカたちにとってはこの感覚がとても心地良いものに感じられた。
『で、今の気分はどうだい?その顔を見るに、文字通り憑き物が落ちたと見て良さそうだね。今なら私の話にも耳を傾けてくれそうかな?』
そこまで言ったところで、セイアは少しの間黙ってしまう。
『……いや、違うな。一番最初に道を間違えたのは私だ。本物に負けないくらい良い生活をしようと思って、空回りして、二人のことを蔑ろにして、結果的に長い間苦しい思いをさせることになってしまった』
『それなのに私は未来を視たことを言い訳に話し合うことを諦め、短絡的な行動を取った』
『本当にごめんなさい』
そう言うとセイアは深く頭を下げた。
自分が一番悪いことをしたと思っているミカとナギサは、そんなセイアを見て胸が締め付けられるような思いに駆られていた。
『ふーっ……』
そして頭を上げたセイアは何やら深呼吸をしている。
ミカとナギサはセイアの言葉を待つ事にした。
『単刀直入に言う。君たちと仲直りがしたい。もう二度と君たちと離れ離れに……なりたくっ、ない……!』
真剣な眼差しで想いを伝えるセイア。
その瞳からは涙が溢れており、それでもまっすぐ二人を見つめ続けている。
その様子からは、もう二度と選択を間違えないという強い意志が感じられた。
その言葉を受けて、次に口を開いたのはナギサだった。
『謝らなければならないのは私の方です。私はセイアさんの優しさを無碍にして、頬を打ち、酷い仕打ちをしました』
『私の方こそ、本当にごめんなさい』
ナギサもセイアへと頭を下げる。
誠意を尽くしたが、こんな謝り方で良いのだろうか。
セイアが何と言うか、半ば怯えながらセイアの言葉を待つナギサ。
『いいよ』
『……えっ?』
返ってきたのは予想に反し、随分とあっさりした返事だった。
ナギサは思わず顔を上げる。
『いいだろう?思いつく言葉の全てを綯い交ぜにして飲み込んで、たった一言でその全てを赦す。どっちの方が悪いとか、どうやって償うとか、そんな理屈など全てかなぐり捨ててしまって、ただ一緒にいることを望む。単純だけど想いの詰まった、複雑な言葉さ』
『子ども同士の喧嘩なんて、これでいいと思うんだ』
滅茶苦茶な理屈ではあったが、ナギサも妙に納得してしまった。
『ふふっ、まるで小学生ですね。ですが確かに、今の私たちにはとてもぴったりな……』
『ごめんね』
聞き間違いだろうか。
セイアもナギサも互いに驚き、顔を見合わせている。
そして声のした方へ顔を向けると、ミカがおずおずとしながら二人の様子を伺っていた。
ミカの謝罪などいつぶりに聞いただろうか。
ナギサもセイアもとても信じられないといった顔をしていたが、二人の心はすでに決まっていた。
『『いいよ!』』
その言葉を聞いたミカは堪えきれなくなり、二人に思い切り抱きついた。
その目からはとめどなく涙が溢れ出てくる。
『ごめんね……!ごめんね……!』
『いいよ』 『いいですよ』
ナギサもセイアも、そんなミカを優しく受け入れる。
これまでずっとすれ違い続けてきたが、最後にようやくわかり合うことができた。
『ナギちゃん、セイアちゃん、大好き……!!』
『私もだよ』 『ええ、私も大好きです』
普段なら恥ずかしくて言えないようなことも、今なら躊躇いなく言える。
三人はこれまで言えなかった分を取り戻すように、想いを伝え合うのであった。
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どれくらいこうしていただろう。
辺りは日が落ち、夕暮れ時を告げるチャイムが鳴っている。
『……そろそろ行かなきゃ。バイバイ、セイアちゃん』
『早いものですね。ですが、最後にセイアさんに会えて本当によかったです。私たちはご一緒できませんが、どうか今度こそ、幸せな青春を』
ミカとナギサは名残惜しそうに抱き合っていた手を離し、セイアへと別れを告げる。
二人は分かっていた。セイアと同じところへは行けないことを。
『……行きましょうか、ミカさん』
『そだね。行こっか、ナギちゃん』
彼女たちの顔に思い残した様子はなく、満足感に満ちている様子だった。
彼女たちにはこれからやらねばならないことが山ほどある。
トリニティやキヴォトスの人々を危機に陥れた罪を償う、それが彼女たちの役割だ。
ミカにナギサが寄り添い、セイアの安らかな幸せを願いながら、二人は学園と反対方向を目指して歩き始めるのだった。
『どこへ行く』
すると突然、セイアが二人の間に割り込んできた。
そしてそのまま二人の手を取り歩き出す。
『水くさいじゃないか。一緒に行こうの一言二言も言えないのかい?』
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、やがてセイアの意図を理解した二人は急いで止めに入る。
『駄目です!セイアさんは何も悪いことをしていません!』
『私はそうは思わない』
『家へ帰って、また明日学校へ行けば同じ境遇の方々と共に過ごせます!今度こそあなたに相応しい青春を送るべきです!』
『私は君たちと一緒にいたいんだ』
散々泣いたというのに、セイアの言葉で再びナギサの目から涙が溢れ落ちる。
『ダメだよセイアちゃん……。これ以上セイアちゃんに苦しい思いはして欲しくないよ……!』
『自分のことは自分で決める。苦しくなんかないよ』
その言葉に嘘は無く、セイアの顔はとても穏やかだった。
セイアに向こうへ行くように言っておきながら離れられるのが怖かったのか、ミカの手は震えていた。
握り方も強張っている。
しかしセイアの言葉を聞いて安心したのかその震えは収まり、そっと優しく手を繋ぎ直した。
『二人とも生まれ変わるなら何がいい?やっぱり私はシマエナガかな……』
『つ、次?……考えたこともなかったな。でも、また三人一緒になれたらいいな』
『そうですね、私も一緒がいいです。もし次があるのであれば。セイアさんは前向きですね?』
『得意だからね。夢を見て、未来を視るのは』
『それと実際に試してみて分かったんだが、やっぱり私は言葉よりも歌で気持ちを伝える方が得意みたいなんだ。聴いてくれるかい?』
『勿論です。久しぶりですね、セイアさんの歌を聴くのは』
『うん、すごく楽しみ。それで何を歌うの?知ってる曲なら、一緒に歌いたいな』
三人は手を繋いで歩き始める。
今度こそ離れ離れにならないように。
『大丈夫、君たちも知っているはずさ。その歌はね━━』
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瞳を閉じて思い浮かぶのは確かに笑顔ばかりではない。
すれ違って、傷つけあって。
でもいいんだ。
誰もが完璧ではないのだから。
それでもただ走り続けて、心と心をぶつけ合って。
だからこそここまで来れた。
三人一緒なら何も怖くはない。
だから前へ進もう、次の扉があると信じて。
おわり
もうちょっとだけ続くよ!