メフィストフェレスとの決戦から二週間。
この日、補習授業部は模倣ハナコの面会のため連邦矯正局へと来ていた。
戦いが終わった後模倣ハナコは矯正局へと収監され、罪を償うため日々刑務作業に取り組んでいるとのことだった。
『……というわけで、今はこうして罪を償っている最中です。ですが自由時間もあって大学受験の勉強をすることは許されましたので、並行して自身の進路も探しているといったところです』
「ふ〜ん。まあ、あんた程の頭脳があれば大抵の大学には受かるでしょうね。その時は一緒に遊びましょ!」
「大学に入る頃には外に出られるのですね。ちなみに、何かやりたいことはあるんですか?」
ハナコの問いに模倣ハナコは少し考える様子を見せる。
『……まだはっきりと決まっているわけではありません。ですが、悪い大人に利用されないよう、寄るべのない子どもたちへ手を差し伸べられるような制度や組織なんかがあれば、そこに貢献できれば、とは考えています』
『私のような愚か者をこれ以上増やすわけにはいきませんから』
模倣ハナコは自嘲気味に笑う。
「愚か者などではありません。あなたは立派です、ハナコさん」
しかしハナコはそれを笑わず、真っ直ぐ模倣ハナコの目を見てそれを否定した。
「わかるんです、同じ存在だから。あなたからは、もう道を間違えないよう何としてでも成し遂げようとする強い意志を感じます。きっと上手くいくでしょう。応援しています」
それを聞いた模倣ハナコは少し驚いた顔をした後、照れ臭そうに笑った。
「そろそろお暇しますね?ではまた」
『ええ、また会いましょう。皆さんも良い学園生活を』
こうして四人は矯正局を後にした。
「ミメシスのハナコちゃん、イメージと違いました。もっとこう、かーっ!て感じの苛烈な性格かと思っていたのですが……」
「可愛らしい笑顔だったな。私たちとも仲良くできそうでよかった」
ヒフミたちが談笑する中、ハナコは考えていた。
模倣ハナコはぼんやりとではあるが、自身の進むべき道を見つけている。
自分はどうだろうか。
今回の戦いではトリニティ奪還のために力を尽くした。
これからは求められることから逃げることなく、人々に貢献する道を行くべきなのだろうか。
「ひゃんっ!」
頭を悩ませ始めたそんな時、ハナコの首筋を冷たい感覚が襲う。
「大丈夫?何か考え事してそうだったけど、あんまり頭使いすぎると馬鹿になるわよ?」
気づけばコハルとアズサが冷たい飲み物をハナコの首筋に当てていた。
二人とも悪戯っぽい笑顔を浮かべている。
アズサは持っている飲み物を一つハナコに手渡した。
「桃のフレーバーティーだ。新作らしい」
カップの中は薄桃色の液体で満たされ、からりと揺れる氷が爽やかさを感じさせる。
桃の甘さと紅茶の味は考え事を忘れさせ、休みを、遊びを楽しめと訴えかけてくるようだった。
「……今のこの青春を蔑ろにするわけにはいきませんね」
今すぐ無理に答えを出す必要は無い。
ハナコは友人との今を楽しむことに決めたのだった。
「ああっ、もうすぐパーティーの始まる時間です!皆さん急ぎましょう!」
この後はティーパーティー主催で慰労のためのパーティーが行われることになっており、気づけば開始時間がすぐ迫っている状況だった。
慌てるヒフミを微笑ましく見つめながら、ハナコたちは彼女の後へと続く。
彼女たちの青春もまだまだ続いていくのだった。
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この日先生はヴァルキューレ警察学校へと来ていた。
用件はトリニティを襲撃したミメシス、つまりブルーアークカタストロフのユーザーたちについての調査と事件の後処理のため。
「……ですので、ブルアークカタストロフ参加者の足取りについてはティーパーティーの桐藤ナギサ氏からの情報提供もあり、全員分掴めています。逮捕し終えるのにそう時間はかからないでしょう」
「それから、自首した者、情報提供に積極的に協力した者については多少減刑されるかと」
公安局局長、カンナはヴァルキューレの捜査状況を先生へと報告していた。
今回は仕事ということで厳格な雰囲気が漂っていたが、必要な情報共有を終えたことでカンナはふと疑問を漏らす。
「これは個人的な疑問なのですが、今回の件、自首や我々に協力する者が他の事件の時よりも多かった印象です。規模が大きい事件なので人数が多いのも当然なのですが、明らかに割合が高い。皆罪の意識を持っているようでしたが、先生は何かご存じありませんか?」
「あるとすれば、彼らが直接トリニティの子たちと関わったことが大きいんじゃないかな」
「直接、ですか……」
「彼らは文字や切り取られた写真を見て行動を起こした。そして直接当事者と関わって、その人となりや戦う理由を知って、その結果考えを改めたんじゃないかと思ってる」
「直接話してみないとわからないことって、結構あるからね」
「そういうものですか」
カンナは納得したのか事件の詳細の書かれたファイルを閉じ、椅子に座り直して姿勢を正す。
「本日の用件についてはこれで以上となります。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそありがとう、カンナ。また進展があったら連絡するよ」
先生は見送りのために案内してくれるカンナと共に、校舎の出口へと向かう。
メフィストフェレスの起こした事件は一応終息したとは言えるが、まだ被害に遭った生徒のケアなどやることは山積みだ。
しかし命懸けで戦ったトリニティの生徒たちのためにも協力は惜しまない。
決意を新たにした先生が出口へ辿り着くと、外へ通じるドアの両脇に見知った生徒が立っているのが見えた。
背筋を伸ばして立っているのはミカとセイアで、その後ろには呆れ顔のナギサ。
ティーパーティーの三人が迎えに来てくれていたのだ。
「「お勤めご苦労様です、先生!」」
「出所したヤクザか私は。もう頭上げて、私捕まった側じゃないから」
「もう戻って来るんじゃないぞ!」
「カンナまで」
ミカとセイアがトリニティ仕込みの綺麗な礼をする中、呆れ半分恥ずかしさ半分のナギサが二人の頭を上げさせる。
「もう、ミカさんもセイアさんも、恥ずかしいのでやめてください!それから先生、お待ちしておりました」
「わざわざ迎えに来てくれてありがとうね、みんな。それじゃあカンナ、またね」
「ええ、また。ティーパーティーの皆様も、ご協力感謝申し上げます。トリニティの安全のため、我々も目を光らせていますのでどうかご安心を」
「ありがとうございます、カンナさん。私たちも事件解決に向けて協力は惜しみませんので、どうかご無理なさらないでくださいね」
ナギサたちは軽く挨拶を交わし、駐車場に停めてあるセイアの車へと向かう。
この後はティーパーティーの三人ととある場所へ向かう用事があったのだ。
セイアの運転する車で目的地まで向かう道中、先生はトリニティ各組織の動きについての報告を受けていた。
「そういえば、三人ともティーパーティーに戻れたんだね」
「ええ、一度は本当にティーパーティーが解散されましたので、改めて投票を行うという形にはなりましたが」
「あっ、でも出来レースとかじゃないんだよ?代理についてた放課後スイーツ部の子たちも含めて、十人以上候補者がいる中から選ばれたんだから!」
ミカは得意げな顔でピースをしている。
どちらにせよ、まだ不安定なトリニティを纏め上げるのにこの三人の力無しでは成し得ないだろう。
「そう言う割には、君は危うくアイリに票数で負けるところだったじゃないか」
「そうですよ。途中でアイリさんが気を利かせて公約を変更してくださらなかったら一体どうなっていたことか……」
「ま、まあ有望な候補者がいるってことはトリニティの未来は明るいってことじゃん?気楽にいこーよ!」
どうやらミカの当選に関しては一悶着あったらしい。
「ちなみにアイリはどういう公約を掲げたの?」
「毎月スイーツ部へ高級スイーツを献上する代わりに、正義実現委員会に安全を保証させるという制度だよ。それを全校生徒へ適用すると宣言したんだ」
まさかのみかじめ料。ヤクザもの流行ってる?
このトリニティにおいてそんな血生臭い制度を見ることになるとは思わなかった。
「ちなみに、献上されたスイーツがアイリさんの口に合わなかった場合、正義実現委員会の生徒に報復させるとも仰っていました」
違った。もっと悪質な制度だった。
個人の味覚という曖昧な基準である分、気に入らない生徒に私的な報復ができてしまう。
「他の三人の入れ知恵だろうなぁ……」
先生は荒事に慣れてそうな、悪い顔をした他の三人の部員の顔をしみじみと思い浮かべる。
「それから、先の戦いでの貢献に対してアリウス分校への支援を提案することになった」
「アリウスを!?」
セイアの口から驚くべき発言を聞く。
「まだ決定ではないけどね。反対意見も多いことが予想されるし、簡単にはいかないだろう」
「サオリとも話したんだけど同じことを言ってた。夢物語だって」
ミカもこの取り組みの実現が難しいことは重々承知しているようだ。
「アリウスからは反対されてるの?」
「ううん。スクワッドのみんなは協力してくれるって。何年かかるのやらってちょっと呆れられながらだけど」
話を聞いているナギサも反対こそしないものの、上手くいくかはわからず心配そうな様子だ。
「上手くいくでしょうか」
「難しいと思う。でもやってみなきゃ始まらないよ。言い出しっぺとしても、夢のまま終わらせたくないから。あの時はできなかったことを、今度こそ」
「そうだね。夢は醒めてこそだ」
課題は多い。
しかし先生はそれほど心配してはいなかった。
もちろんシャーレとしても支援はするが、彼女たちならきっといずれは成し遂げるだろうという確信があった。
現に今回の戦いで実際に協力することだってできたのだ。
今はお尋ね者とはいえアリウスの中心だったサオリたちの協力も得られるのなら、少しずつでもいずれはきっと成し遂げられるだろう。
他にもセイアたちは面白い話をたくさん聞かせてくれた。
何とミカは先日ヒナ、マコトとカフェに行ってきたそうだ。
目的は臨時で締結されたエデン条約の破棄をトリニティ、ゲヘナ双方合意のもとで行うというもの。
実際はほとんど苦労話を交えた雑談だったらしいが。
起こった事件の悲惨さ、後処理の大変さをミカから聞かされた二人にも同情されたらしい。
それから、正義実現委員会は自警団と協力して互いの穴を埋め合うようにトリニティの警備に力を入れていくこととなった。
実戦から得られた経験をもとに、訓練や警備体制の見直しも行うとのこと。
もしかしたらミカ率いるボランティア部も組み込まれるかもしれないらしい。
トリニティを守るためとはいえ、ミカは仕事が増えることを聞いてげんなりしていた。
あとツルギが盾や長射程武器、コハルが使ったドローンなんかにも興味を持ち始めたらしい。
彼女は一体どこまで強くなるのだろう。
シスターフッド、図書委員は失われた古書が無いか、また今回の事件で得られたミメシスに関する情報を残す仕事で大忙しのようだ。
結果から言うと幸い書物は失われずに済んだようで、今はシスターフッドの作成した資料のチェックを図書委員会に依頼しているとのことだ。
サクラコが、ウイに。
サクラコの笑顔、ウイの焦る顔が目に浮かぶ。
ちなみに、トリニティからは離れるがブルーアークカタストロフのナビゲーターを務めていたコロナはアロナとプラナにこってり絞られた後、二人の後輩になっていた。
アロナからの報告を受けた時は驚いたが、怒ったアロナとプラナがよっぽど怖かったようで、すっかり心を入れ替えたらしい。
彼女はアロナたちと根本の仕組みが違うためシッテムの箱には入れず、代わりにシャーレに新しく設置したサーバーの中で暮らしている。
もちろんマシンの購入費、維持費などタダではないので、彼女は食い扶持と先輩方のいちごミルク代を稼ぐため、ネット配信者として悪戦苦闘の日々を送っている。
試しに金ビキニを着てくれればサーバー関連の費用を肩代わりする取引を持ち掛けてみたが、すごい剣幕で断られてしまった。
もうあんな辱めはこりごりだと。
「着いたよ」
一行がやってきたのはトリニティ自治区外れにある廃墟地帯。
かつて色彩の力を取り込んだメフィストフェレスと激戦を繰り広げた場所だ。
模倣セイアたちの遺したスマホに残されていた情報をもとに、街の一角にある廃墟へと入っていく。
中へ入るとそこにはテーブルやティーセットが置かれており、埃を被っていたもののどれも手入れが行き届いているようだった。
ミメシスのティーパーティーの三人はここで暮らしていたらしい。
決して豊かではなかったのかもしれないが、その姿は気品に満ちていたに違いない。
「君たちの残してくれた情報のおかげで事件の解決、後処理も早く済みそうだ。必要な情報は既に受け取っている。これは返すよ」
「あと、君たちに聞いて欲しいことがあるんだ。それはね……」
セイアは彼女たちから預かっていたスマホをテーブルに置き、これまであったことを話し始めた。
その声色は穏やかで、セイアが話している最中は他の誰も一切口を挟むことは無かった。
「ありがとう三人とも。話したかったことを全て話すことができた。あの子たちに伝わっているといいが……」
「伝わってるよ、きっと」
「ええ、私もそう思います。セイアさん、これを」
セイアはナギサから受け取った花束をスマホと同じようにテーブルへと置き、最後に手向の言葉を贈った。
「聖園ミカ、桐藤ナギサ、百合園セイア。何か一つでも運命が違っていれば私たちは友情を育み、共に青春を過ごし、トリニティを守るために共に戦っていたかもしれない」
「約束通り、君たちを苦しめていた元凶は私たちが退治した。だからもう安心して、ゆっくり休んで欲しい。何も心配はいらない」
「戦いは終わったが、私たちはこれからミメシスやアリウス含め、寄るべの無い生徒たちへの支援を進めていく。こんな悲劇はもう起こさせない」
「……それから、ミメシスの発生条件についてはメフィストフェレスの研究結果を含めてもまだ不明な点が多い」
「変なことを言うが、もし君たちが再びこの世界に来ることがあったとして、もしその気があるのであれば、また私たちに会いに来て欲しい」
「何年かかっても構わない。その時は改めて友達になろう」
「最後にトリニティを代表して君たちに祈りを捧げる」
そして四人は散っていったミメシスたちの安らかな眠りを願い、祈りを捧げた。
そしてセイアたちが帰る準備をしている時、ミカは先生が一枚の封筒を花束の横に置いているのを見た。
「ミカ、返すのが遅れてごめんね。きちんと書いたから、読んでくれると嬉しいよ」
「ん?私?」
ミカは何やら状況が飲み込めないという顔をしている。
「ああいや、君じゃなくて。ミメシスのミカにプロフィール帳を書くように頼まれてたんだ。封筒の中身はそれだよ」
「ああ〜!小学校の頃流行ったようなやつね!好きな食べ物とか、血液型とかいろいろ書くやつ!あと好きな人のイニシャル書く欄とかあったよね!先生が書いたのにもあった?」
「…………」
「それじゃあ、帰ろうか」
セイアの言葉を合図にミカを除く一行は帰路へとつく。
「ねぇ待って先生!!あったんでしょ!好きな人書くところ!なんて書いたの!?私に頼まれたんだから、ちゃんと『M.M』って書いたんだよね!?」
「先生、この後トリニティにてティーパーティー主催で、ささやかながらパーティーを開く予定なんです。よろしければ先生もいらっしゃいませんか?」
「お、いいね!じゃあお言葉に甘えようかな!」
「開始まであまり時間に余裕は無いようだ。少し飛ばしていこうか」
「ね゛ぇ〜先゛生゛!!」
四人の笑い声は少しずつ遠のいていく。
最後には静まり返った部屋に吹いた風がテーブルの花束を優しく撫でたのだった。
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かくして、本物と偽物の物語は幕を閉じた。
さて、最初にキヴォトスに伝わる古則について話したことは覚えているかな?
『名画と同じ画布、同じ絵具で描かれた複製画に価値はあるのか』というものだ。
仰々しい問いを投げかけはしたが、蓋を開けてみればどちらが優れているかなんてさしたる問題ではなかったようだね。
それよりも大事なのは、隣にいる人を愛することなんだと私は思う。
何はともあれ、これにて『にせティーパーティーの逆襲』はお終いだ。
ここまで読んでくれてありがとう。
また会う日が来ることを願って、その時を楽しみに待つこととしよう。
おわり
ここまで読んでいただきありがとうございました!