その後、連絡のためナギサは模倣ナギサと連絡先の交換をした。
用も済んだので解散することとなり、各々帰る準備を始める。
先生もシャーレに戻るべく上着を着ていたところ、背後から視線を感じた。
『じーっ』
模倣ミカが後ろ手に何かを隠し、上目遣いで先生を見つめている。
「どうしたの、ミカ?」
『えっと、私先生のことをもっと知りたいなーって思って。だからこれ、書いて?』
そう言って模倣ミカは一枚の紙を渡してきた。
アンケートだろうか?
ただでさえ機密情報を扱うことが多い仕事の上に、まだ彼女たちのことをきちんと知れているわけではない。
開示する情報の内容には気をつけなくては。
少し警戒しながらその紙を受け取り、中身を見る。
そこに書かれていたのは……。
マイプロフィール
あなたの名前は?
どんな性格?
好きな人は?(いる・いない)
好きな人のイニシャルは?
理想のデートは?
好きなものコーナー
キャラ、食べ物、お店、色、場所 etc
心理テスト!
あなたが廊下を歩いていたら曲がり角から誰かが飛び出してきたよ!それは誰?
シャーレの機密情報になどこれっぽっちも触れていない、小学生の頃に女子の間で流行っていたようなプロフィールカードだった。
「うわなっっっつかしいなコレ!!え、今もあるんだ!?えーっ!?おお、やっぱり恋愛系の質問ばっかり……!ありがとうミカ!」
プロフィールカードの質問内容を見て子どもの頃を思い出しているのか、先生は大はしゃぎである。
そんな先生を見て満面の笑みを浮かべている模倣ミカをよそに、他の生徒はやや引きつった顔をしていた。
「何だかその、年甲斐もなくはしゃいでいる大人を見ると、どうにもいたたまれない気持ちになりますね」
「ナギサ、少々辛辣すぎやしないかい……?」
「うるさいなあ!配る側だった君たちにはわからないだろうさ!横目でチラチラ見ることしかできなかった者の気持ちなんて!くぅ〜青春の物語(Blue Archive)が沁み渡る〜!」
「ダメだナギサ、私ももう見ていられない……」
先生の悲痛な叫びにセイアすら目を逸らす。
先生にだって子ども時代はあったし、人並みに傷ついたりするのだと、彼女たちは改めて認識するのだった。
それから模倣ナギサと模倣ミカ、そして先生はそれぞれ帰路につき、トリニティには模倣セイアと模倣ヒフミが残った。
「ひとまず私の部屋に案内するよ。そっちのヒフミはナギサについて行くんだよ」
『ああ、わかった』
『はい!よろしくお願いします、ナギサ様!』
こうしてしばらく歩いたセイアたち二人は部屋に到着した。
ティーパーティーのホストだけあって部屋は広く、ベッドも大きいため二人で寝ても狭く感じることはない。
「広いだろう?一人で使うには少々持て余し気味でね。文字通り自分の部屋のようにくつろいでくれ」
『ありがとう。君の記憶で見たからね、物の場所は把握しているよ』
模倣セイアはゆったりとソファに腰掛ける。
「それでだね、明日のことなんだが……」
セイアが何か言いかけたところで突然部屋のドアが開かれた。
『セイア様セイア様〜!匿ってください!!』
現れたのは模倣ヒフミだった。
ひどく焦燥していた彼女は、部屋に入るなり模倣セイアに抱きついた。
「落ち着きたまえよ。一体何があったんだい?」
セイアは模倣ヒフミに声をかけた。
ナギサとの間に何があったのだろうか。
『えっと、ナギサ様からいろいろ質問されてそれに答えていたんです。普段の生活のこととか、趣味のこととか』
「うんうん」
『でもだんだん内容がすごく踏み込んだものになってきて……』
「うん?」
『どこのシャンプーを使っているのかとか、柔軟剤の種類とかも聞かれて、しまいには「あなた方のことを知るために、一緒にお風呂に入りましょう」と……』
「『あの馬鹿……』」
セイアたちは揃って頭を抱えた。
疑問が湧くのは当然だが、聞き方というものがあるだろう。
ヒフミは過去ナギサに疑われ、あまつさえ退学寸前まで追い込まれ、やっと関係性が改善できてきているところなのだ。
模倣ヒフミにも当然その記憶はあるはずだ。
それなのにどうしてナギサはそれをぶち壊すかのように、盛りのついた獣のように踏み込んでしまうのか。
彼女には距離感の掴み方というものを一度しっかり学んでもらわねばならない。
セイアは怪しみながらも模倣ヒフミに同情していると、時計を見ていた模倣セイアが提案をしてきた。
『それならば風呂には私たちで連れて行こう。これなら問題ないはずさ』
「ああ、構わないが……」
模倣セイアには何か考えがあるようだった。
セイアは人数分のタオルを用意し、寮の大浴場へと向かった。
脱衣所から浴場への扉を開けると、少女たちの話し声や笑い声が聞こえてきた。
知り合いがいるのかまではわからなかったが、ひとまず体を洗うことにした。
『わーい♪』
「こら、ダメだよヒフミ。まずは体を洗うのが先さ」
湯船に飛び込もうとする模倣ヒフミの手を引いて、模倣セイアと共に洗い場に連れて行く。
するとそこには意外な人物がいた。
「あら?セイアちゃんではありませんか。それにヒフミちゃんも。つい先ほどまで私たちと一緒でしたのに。そしてセイアちゃんがもう一人……どういうことでしょう?」
補習授業部所属の二年生にして百合園セイアの友人、浦和ハナコである。
『やあハナコ、こうして会うのは初めてだね。私とこっちのヒフミはミメシスなのさ。よろしくね』
模倣セイアはさして慌てることもなく自己紹介をする。
「なるほど、生徒のミメシスの存在について噂話くらいは聞いたことがありましたが、まさか本当にいらっしゃったとは……。こちらこそよろしくお願いしますね、セイアちゃん、ヒフミちゃん」
ハナコも同様だっだ。
彼女たちにとってこの程度の事態は想定の範疇らしい。
『そこでだハナコ、ヒフミがいるということは補習授業部が揃っているのだろう?よかったらこっちのヒフミを紹介してあげてほしい』
『えっ?』
「はあい♡ではそちらのヒフミちゃんをお借りしますね。さあさあどうぞこちらへ、他の三人にも紹介させてください♡」
『えっ、ちょっ、ハナコちゃん!?一回離して……って力強いですね!?』
模倣ヒフミはハナコに連行されていった。
前門のナギサ、後門のハナコ。
セイアは思わず模倣ヒフミに同情した。
『さあ、これで姉妹水入らずだ。背中でも流すよ、姉さん』
「誰が姉さんだ。まあ、君と二人で話したかったのは事実だね」
こうして二人は洗い場の椅子に腰を下ろした。
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「みなさ〜ん、ヒフミちゃんがもう一人増えましたよ?ではもう一人のヒフミちゃん、自己紹介をお願いします」
『え、えっと、阿慈谷ヒフミです……』
「おお、ヒフミそのものだ」
「ダメですよタオルで隠しちゃ。きちんと広げて、みんなに見えるようにしてご挨拶するのがトリニティのルールです!」
『えっ!?』
「ハ、ハナコちゃん!?」
「何教えてんのよバカ!」
ハナコたちの楽しそうな声が聞こえてくる。
『よかったよ、馴染めそうで』
「いや、怪物に捕食されているようにしか見えないが……」
まあ、ハナコたちなら上手くやるだろう。
セイアはそれ以上追及せず、模倣セイアの背中を流している。
『ありがとう姉さん。私はそろそろ上がるよ』
模倣セイアは立ち上がると、少し急いだ様子で脱衣所に戻ろうとする。
丁度次の予定の話をしようとしていたセイアはそんな彼女を引き止める。
「ああ、待ちたまえ。明日だが、君は何か予定はあるのかい?」
『………いや、特にはないよ。何か用かい?』
模倣セイアはセイアに背を向けたまま答える。
「実は明日友人と遊ぶ予定でね、先生も来るんだ。君もどうだい?」
『……いいのかい?明後日には戦いが始まるんだろう?』
「ああ、だから遊ぶのは夕方前まで。忙しいのは承知の上で、ナギサが君を連れ出してやって欲しいと言っていたからね」
模倣セイアはそのまま黙ってしまった。
都合が悪かったか、初対面の集団に放り込むのは急すぎたか、セイアは少し心配そうに模倣セイアを見ていた。
すると突然、模倣セイアは桶いっぱいにお湯を溜め、それを勢いよく頭から被った。
「な、何をしているんだい?やはり急な誘いだったか……」
『喜んで誘いを受けるよ。ありがとう、姉さん』
ずぶ濡れの模倣セイアは振り返り、そう答えた。
先ほどの行動は昂る気持ちを抑えるためのものだったのだろうか?
ともあれ、そんな彼女を少し可愛らしいと思ってしまうセイアであった。
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『う、ううう……』
「こんなのあんまりです……」
脱衣所に戻ったセイアたちが見た光景は、とてもただの風呂上がりとは思えないものだった。
ヒフミは顔を真っ赤に染め、模倣ヒフミは力無く項垂れていたのだから。
「ミメシスの調査のためにヒフミちゃんたちの体を隅から隅まで『観察』してみたのですが、本当にそっくりそのままでしたね」
「九割方あんたの趣味にしか見えなかったわよ!?」
どうやらハナコがミメシスの真相解明のために一肌脱いでくれたようだった。
その調査方法に問題があったのか、コハル裁判長はお怒りのようだが。
「私もお見せしましたので、そこは『おあいこ』とさせてほしいですね♡」
「そ、そうか。協力感謝するよ」
「それでですね、セイアちゃん。ヒフミちゃんのことですが、今日は補習授業部でお泊まり会を開催して、こちらで預かろうと思うのですがいかがでしょう?」
「お泊まり会?ああ、構わないさ。ナギサには私から伝えておくとしよう」
ハナコは頷き、そのままセイアの耳元へ顔を近づけ周囲に聞こえないよう囁く。
「それと、私がそう感じたというだけですが、そちらのセイアちゃんはどうやらヒフミちゃんと少し離れたがっているように見えましたので」
「ああ、君も感じていたか。頼むよ、またモモトークで連絡を取り合おう」
視線を動かさずセイアは答える。
セイアとしてもミメシス二人を同時に相手するのは手に余ると感じていたので、ハナコの申し出はありがたかった。
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その後セイアたち二人は自室に戻り、就寝の準備を済ませた。
「明日も早いし、もう消灯しようと思うのだが問題ないかい?」
『あ、ああ、大丈夫だよ』
心なしか模倣セイアは緊張している様子だった。
「……とてもそうは見えないね。明かりを消すのはホットミルクでも飲んでからにしようか」
セイアは手際良く牛乳を温め、マグカップに注いで模倣セイアに手渡す。
「ふーっ、ふーっ。寝る前にミルクを飲むと胃もたれの原因になるとは聞いたことがあるが、私はそうなったことがないからわからないね。先生ならわかるのかな?」
『私は……少しだけわかる気がする。朝起きた時体が重いというか、食欲が無いこともある、あの感じ』
「それは……」
ストレスが原因のようにも聞こえる。
彼女たちはどれだけ過酷な環境で生きているのだろうか。
とはいえ、叶うのならここにいる間はそれを忘れて過ごして欲しいところだ。
「大丈夫さ。これからは私たちから支援ができるよう、ナギサやみんなにも働きかけてみるよ。一番心配すべきは、このホットミルクのせいで体重が増えてしまわないかさ」
セイアは安心させるように、優しく微笑みかける。
「乙女の悩みはかくあるべきだろう?」
『そうだな、その通りだ。でも私は……』
模倣セイアの目にはまだ少し心配の色が見えた。
人の悩みはそんな簡単には消えない。
どうしたものかと考えているセイアだったが……。
『正直私は、ホットミルクよりも炭酸水のほうが好きかな』
「こいつ……!」
額に青筋を浮かべながら、セイアは憎たらしい自分の分身をベッドに押し込んだ。
そして模倣セイアはさらっとミルクを飲み干していた。
しかし悲しいかな、この性格のベースになっているのは自分自身だ。
「じゃあ明かりを消すよ!おやすみ!」
『ふふっ、おやすみ姉さん』
セイアは部屋が真っ暗にならないよう常夜灯のスイッチを入れてからベッドに潜り込んだ。
『ありがとう、姉さん』
「ああ」
模倣セイアの声色は先ほどと比べたら落ち着いている様子だった。
自分は姉ではないが、今だけは訂正しないでおこうと思うセイアだった。
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深夜、セイアはほんの一瞬目を覚ましていた。
とはいっても意識は朦朧としていて、再び眠りに落ちるのも時間の問題だというのはわかっていたのでさほど気にしなかった。
しかし、隣の模倣セイアの様子が少しおかしい。
呼吸は浅く、汗をかいている。
悪夢にでもうなされているのだろうか。
『お願いだ……まだ、やり直せる……』
蕩ける意識の中で、セイアは模倣セイアを後ろから優しく抱きしめる。
それが功を奏したのか、模倣セイアの呼吸が落ち着いた。
『それでも愛してる』
優しい声色だった。
その言葉を最後に、二人のセイアは再び眠りに落ちた。